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鬼滅屋 本舗  作者: 閃天
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第8部 3話 怒れる男

「ハァ…ハァ……」


 息を切らす洸。目の前には夏帆が居るであろう廃ビルが見える。

 足を止め呼吸を整える。後ろを振り返れば結衣がつらそうに肩を揺らしていた。男の洸でさえ肩で息をしているのだ、女の結衣にはもっと辛いはずだ。それでも、洸は結衣を待つ事はしなかった。

 胸がザワメキ、脳裏に過る嫌な予感。それが洸の足を自然と進めていた。

 結衣も決して「待って」とは、口にしない。洸の思いを理解していたからだ。だから、必死でついて行く。それが、結衣に出来る精一杯の事だ。

 洸の背中を追う結衣は、廃ビルの入り口で足を止める洸を見て、走るのを止める。時が止まった様な錯覚。一部始終が結衣の目に焼き付き、脳内に流れる。

 洸の表情が変わり行く様、洸の怒りの篭った叫び声。筋肉のその一瞬一瞬の動きが、結衣には全てスローに見えた。

 そして、その背後にほんの僅かに幻影が見る。怒りに燃える真っ赤な肌をした巨大な鬼の姿を。それを見た瞬間、結衣の中で何かが弾けた。


「夏帆!」


 洸の叫び声。それに、遼が先に気付く。


「おや。遅かったね」


 ニコヤカな笑みを見せる遼が、洸に顔を向けたまま刃をかわす。刃が何度も空を切る。

 刀を振るう夏帆。その表情には怒りが滲み出ており、いつもの冷静さは無い。そして、洸の声すらも耳に届いていなかった。


「ウアアアアッ!」


 夏帆が叫びながら刀を振る。我武者羅でデタラメな太刀捌き。これでは幾ら刀を振っても遼を捉える事は出来ない。それ所か、夏帆の氣だけが遼へと流れ出ていた。

 夏帆の氣を吸収し、増幅した遼の氣が一点に集められる。


「もう、キミに用は無い」

「止めろおおおおっ!」


 洸が叫ぶ。だが、遅かった。

 遼の右手から光が漏れ、それがゆっくりと夏帆に向けられる。


「邪魔だよ。消えてくれ。絶・衝波」

「止め――」


 右手が夏帆の腹部に触れる。眩い光が手の平から漏れ、轟音が轟き衝撃が広がる。

 立ち込める土煙。

 地面は何かに抉られ、真っ直ぐに線が続いていた。その先に夏帆が倒れており、刀がその横へと突き刺さる。

 拳を震わせる洸は夏帆の元へと駆け寄った。

 土煙が消え、遼の姿があらわになる。そして、夏帆に駆け寄る洸に目をやり、不適に笑みを浮かべると、静かに口を開く。


「フフフッ……。これで、邪魔は居なくなったね」

「……」


 夏帆の体を抱き起こした洸の唇が微かに動く。何を言っているのか遼には聞こえない。

 一方の洸にも、遼の言葉は届いていなかった。

 夏帆の衣服は裂け、アチコチから血が流れ出ている。腕や脚はもちろん、額に頬。傷痕が残るかも知れない。そう思うと、更に怒りがこみ上げてきた。


「ご…めんな。俺が――……」


 声が震えそれ以上何を言ったのか聞き取れない。憎しみが怒りを増幅させ、洸の体から禍々しいオーラが溢れる。それは、鬼が現れる時の現象そのものだった。

 制服を脱いだ洸は、それを夏帆の体に被せゆっくりと立ち上がる。


「結衣……。夏帆を頼む」


 低音の声に間が開く。その声に結衣はすぐに返事を返す事が出来なかった。

 先程の幻影がまだ脳裏に残っていたせいもあったが、それ以前に洸のあんな声を聞いたのは、久し振りだった。長い間、聞いていなかったその声に、全身の毛が逆立つ。恐怖と不安が胸の中で混ざり合い、モヤモヤとしたモノが生まれた。


「――結衣!」

「う、うん。分かった……」


 洸の怒鳴り声に、結衣は不安ながらも返答し、夏帆のもとへと足を進めた。

 傷は酷く出血も多い。それでも、致命傷は免れていた。本能的にそうしたのか、また何かの力が作用してそうなったのか、それは結衣には分からない。

 右手を夏帆の胸の前に翳す。氣が結衣の右手から夏帆の体へと流れ、光が体を包み込む。傷口からは赤黒い気泡が溢れる。これは邪気だ。傷口から入った邪気が『浄』によって浄化されているのだ。

 しかし、その光もすぐに消えてしまった。結衣の氣が尽きてしまったのだ。


「ハァ…ハァ……ダメ……。血が…止まらない……」


 氣が尽き、右手を夏帆の胸に下ろす結衣は、涙声でそう呟いた。

 傷が塞がらない。血が止まらない。体温が下がり体が冷たい。もう助からない。そう思った。自分にはもう何も出来ないとも。

 頭の中がグチャグチャで考える事も集中する事も出来ない。

 どうすればいいのか、どうしたらいいのか。それだけが頭の中で繰り返される。

 自然と涙が零れ、結衣は夏帆のお腹の上に顔を埋めた。


「うっ…ううっ……」


 声を殺す様に泣く結衣の頭に、弱々しく夏帆の右手が触れた。


「か…夏帆?」


 顔を上げると、夏帆の唇が微かに動く。

 声は出ていないが、結衣には伝わった。


「うん。分かった。分かったけど……」

「……」


 夏帆の口が更に動く。ゆっくりとだが、確実に結衣に告げる。自分は大丈夫だと。そして、洸兄を頼む、と言う事も。

 困惑していた結衣の思考が冷静さを取り戻す。


「ありがとう……。夏帆」


 結衣はそっと夏帆の右手を握った。その手を弱々しく握り返した夏帆は、ニコッと笑みを浮かべる。



 睨み合う洸と遼。乾いた風が二人の合間を抜ける。

 足元に舞う土煙が、渦を巻き消滅した。溢れる氣を抑え込む遼は、不適な笑みを向ける。

 静かにゆっくりと封鬼符を右手に巻いた洸は、続けて左腕にも封鬼符を巻く。封鬼符の文様が不気味に光り、洸の視線が遼の方に向けられた。

 だが、遼は同ずる事なく、笑みを見せ口を開く。


「僕を楽しませてくれよ」

「楽しませろ? 寝ぼけるな」


 洸の右手が輝く。


「一撃で殺してやるよ!」


 鼻筋にシワを止せ叫んだ洸は、地を駆ける。

 右手の光りが微かに光りの線を残しながら、遼の方へと近付く。

 しかし、顔色一つ変えない遼は、その行動を鼻で笑いボソリと呟いた。


「一撃で死ぬなよ」


 左腕に氣が集まり、不気味な輝きを放つ。

 二人の視線がぶつかる。

 奥歯を噛み締める洸は、右足に力を込め地面を蹴った。


「ウオオオオッ!」


 僅かな爆音と土煙を舞い上がらせ、洸が宙に舞う。空中で右腕を振り上げる。拳から溢れる光りが、夕日を浴び美しく輝きを放つ。


「くらえ!」

「フッ」


 洸が拳を開き右手を突き出す。それを更に鼻で笑う遼は、首を左右に振った。

 その行動がどういう意味なのか、洸は考えもしない。頭に血が昇り、怒りに支配され完全に我を見失っているからだ。

 突き出された手の平に氣が圧縮され、ほんの一瞬だが輝きを失う。それと同時に洸の声が響いた。


「壊!」


 凄まじい衝撃が解き放たれた氣と同時に、洸の右肩を衝き抜ける。その衝撃で洸の体は後方へと投げ出され、轟々しい爆音が先程まで遼の立っていた場所から轟く。

 洸は地面に着地すると、土煙の方を真っ直ぐに見据える。砕けた岩の破片が飛び散り、ゴツゴツと重々しい音を鳴らす。

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