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鬼滅屋 本舗  作者: 閃天
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第6部 4話 慕う理由

 雨森を睨む俊也。

 体は既にボロボロで、血だらけ。動いているのも不思議だが、これが暴走なのだ。肉体を酷使し、精神を蝕む。そして、最後にはその者の命をも奪う。恐ろしいものだ。

 氣の放出が大きく、俊也の体から熱気の様なものが漂う。逆立った髪。荒い呼吸。口角から滴れる血を含んだ涎。前傾姿勢の状態で雨森を威嚇し、右拳を静かに地に下ろす。完全に雨森を攻撃対象としたようだ。


「うぐううっ!」

「苦しそうですね。自業自得です」


 苦しそうな俊也の姿にそう呟いた雨森だったが、少し間を空けてから言う。


「……と、言いたい所ですが、今回は私のせいで暴走した様なモノですのでから……」


 目を伏せると、右手にロール状の封鬼符を取り出し、静かに息を吐く。辺りは静けさが漂い、風の音だけが何処からとも無く聞こえてくる。ボロボロのスカートの裾が渦巻く風に揺れ、オレンジブラウンの長い髪が静かに靡く。穏やかだった目は、いつしか鋭く真剣な眼差しへと変化していた。

 先程の鬼との戦いとは違い、右腕に封鬼符を何重にも巻き、丸々一ロール使い切った。右腕に何重にも巻かれた封鬼符は、不気味に輝きを放つ。


「すぐに楽にしてあげますわ」

「うぐううっ! うがああっ!」


 意思とは関係なく奇声を発する俊也は、前傾姿勢から一気に地を蹴る。乾いた足音がリズム良く雨森へ近付く。その音に耳を澄ませながら、雨森は精神を集中する。すると、突如雨森の周りの空気が変り、封鬼符の文様が不気味に点滅し始めた。

 その威容な空気に気付いたのか、俊也は足を止め雨森から距離を取ろうとする。朦朧とする意識の中、俊也は暴走する体が、何故距離を置こうとしたのかを考えた。だが、それを考えるより早く、雨森の右手が俊也に向けられる。


「逃がしませんわ。封陣第一の型! 蛇縛!」


 雨森の右腕に巻かれた封鬼符が、不気味な輝きを放ったまま腕から離れた。そして、蛇行しながら素早く俊也の方に伸び、そのままその体の自由を奪う。意思を持った様に俊也の体に巻き付く封鬼符は、俊也の動きを拘束する。


「うがああああっ!」


 獣の様な叫び声。巻きついた封鬼符が、俊也の体を締め付けているのだ。

 封鬼符の文様が、更に輝きを放ち、俊也の体から放出される氣を無理矢理抑え付ける。


(うぅ……。体が……)


 焼ける様な痛みが俊也の精神を蝕み、激痛を伴わせる。そして、次第に暴走する体と俊也の意思が共鳴し始めた。右手の小指が微かに自分の意思で動かせ、右の瞼が次第に塞がりそうになる。広がっていた瞳孔が戻り、徐々に封鬼符の文様の輝きが薄れていく。

 放出されていた氣が、完全に俊也の体の中に押し戻され、元の一定の流れへと戻ったのだ。暴走とは、元々一定の流れの氣を、爆発的に放出する事によって起きる現象だ。それさえ抑え込める事が出来れば暴走は止まる。だたし、それを出来る者は少ない。その為、滅破の間では暴走は死と同様に扱われている。


「ハァ…ハァ……」


 肉体の感覚が戻り、肩で息をする俊也。だが、体は動かせない。暴走で体中酷使し過ぎた為だ。体中切り傷だらけだが、骨に異常は無い様だった。

 体中に巻かれた封鬼符の拘束が弱まり、ようやく俊也の体が地に倒れた。仰向けに倒れる俊也は、荒々しい呼吸を繰り返す。巻き付いていた封鬼符は、自動的に回収されまたロールされた状態に戻っていた。

 雨森のヒールの踵が地面を叩く音が近付くのが分かり、俊也は何とか体を起そうとする。だが、体に力が入らずその場から動く事が出来ない。そんな俊也に、雨森が声を掛ける。


「今は動く事など出来ないでしょう。暴走したあなたの体は、あなたが思っているよりも酷い状態ですから」

「わ…分かってるさ……んな事」


 そう言いながらも、立ち上がろうとする俊也は、、体が動かない事に苛立ちを見せる。呆れた様子の雨森は、俊也の横へと膝をつくと、静かに右手を俊也の胸へと翳す。


「な、何だよ!」


 突然の行動に驚く俊也は、警戒心から声が裏返る。落ち着いた様子の雨森は、俊也の胸の前に翳した右手に、氣を練りこんだ。薄らと輝きを放つその手は、俊也の胸の上へとゆっくりと下ろされた。


「浄」


 雨森の呟きと共に、俊也の体に何かが流れ込む。温かく包み込む様な優しいものが。

 俊也の体から、光と共に白煙が立ち上る。そして、俊也の体の傷が塞がっていく。重かった体も、次第に楽になり痛みも引く。だが、全てが完治するわけでなく、光が治まり雨森が立ち上がる。


「終わりました。これが、今出来る最善の処理ですわ。後は、病院に行くか、暫く安静にしていれば、治るでしょう」


 埃を払う雨森は、自分の傷は癒さず、辺りを見回す。結の内部とは言え、派手に破壊されたものだ。幾らなんでも、これは酷すぎると頭を抱える雨森は、小さくため息を漏らすと、静かに右腕を天に翳す。

 指先が僅かに光を放ち、結の最上部の膜が弾ける様な音を響かせ、シャボン玉が消えていく様に結が消滅した。すると、破壊されていた道路が元通りに戻る。小さなため息を吐いた雨森は、夕焼けに染まる空を見上げ呟く。


「激しくなりそうね」


 雨森の小さな声に、体を起した俊也は、右目を軽く閉じると、不思議そうに問いかける。


「あんた……優作さんとどういう関係だ。それに、あの鬼は――」

「優作とは、同じ師の下で修行した仲よ。あの鬼は人工の鬼」


 予測していたかの様に、スラスラと答える雨森は、俊也の方に目を向け不適に笑みを浮かべた。それが、逆光を浴びて少しだけ眩しく美しく見え、俊也は言葉を失い視線を少しそらした。

 先程と違い、穏やかな表情を見せる雨森は、まだ本調子ではない俊也の方に足を進め、右手を差し伸べた。


「さぁ。掴まりなさい。まだ、体は痛むでしょう」

「す、すいません……」


 頬を僅かに赤く染め、俊也は雨森の手を取った。腕を引かれ、立ち上がった俊也は、フラフラながらもバランスを取る。そんな俊也に、雨森は小さな声で聞く。


「あなたにとって、優作はどういう人かしら?」

「それって……どう意味ですか?」


 不思議そうに問う俊也は、眉間にシワを寄せる。

 寂しげな微笑を一瞬見せた雨森は、首を左右に振り答えた。


「いいえ。あなた方は随分と優作の事を慕っている様でしたので、チョット気になっただけよ。特に、洸君は優作の事になると、過剰に反応しますから」


 作った様な笑みを向ける雨森に、俯いたまま俊也は静かに答えた。


「あの人は……俺達皆の命の恩人で……」


 そこで一度言葉が詰まる。軽く首を傾げる雨森は、俯く俊也の頬から涙がこぼれたのが見えた。だが、何も言わず俊也の事を見据える。


「闇の中に居た俺に、光を与えてくれた人だ」

「それだけで、洸君はあんなに優作を慕っているの?」

「それだけ……。あんたにとっては、それだけかも知れない。だが、幼かった俺にとっては、大切な事だ。それに、洸兄だって……」


 それ以上、俊也が言葉を語る事はなかった。ただ、雨森にも分かった。優作がどうして彼らを弟子にしたのか。そして、何故優作を彼らが慕うのかを。

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