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鬼滅屋 本舗  作者: 閃天
18/40

第5部 3部 電話

 静けさ漂う公園。

 ここは、今朝洸が襲われた公園だ。

 だが、争った形跡など無く、何事も無かったかの様だった。

 そんな公園の森林の中に、傷だらけの洸が横たわっていた。現在はもう夕暮れ。洸は朝からずっとこの公園で意識を失っていたのだ。


「うっ……」


 表情を顰めると、洸の目が静かに開く。自分がどれ位の時間意識を失っていたか、空を見てすぐに悟る。全身に痛みを感じ、頭が少しだけクラクラとした。痛みに堪え体を起すと、二・三度頭を振り、右手で頭を押さえる。

 制服もボロボロで、体中擦り傷だらけの洸は、奥歯を噛み締めると、ゆっくりと立ち上がった。だが、右腕に激しい痛みを感じ、表情を引き攣らせる。


「グッ……壊の反動か……」


 左手で右腕を押さえる洸は、軽く右手を開いたり閉じたりして、ちゃんと動く事を確認する。痛みは伴うが、これ位なら大丈夫だとホッとする洸は、ゆっくりと右手を下ろす。右腕に巻きついている封鬼符は、壊の破壊力に耐え切れなかったらしく、所々が切り裂かれていた。それを、綺麗に取った洸は、丸めてポケットに突っ込んだ。


「あの野郎……」


 悔しそうに呟く。あの少年に手も足も出なかった事が、相当悔しかったのだ。立ち上がった洸は、右肩を少しだけ下げ辛そうに森林から出た。空の一部がオレンジに染まり、その反対側は既に紺色へと変っている。

 右手で額を叩く洸は、目を細め小さくため息を吐く。完全に結衣に叱られると、洸は思った。その為、もう一度ため息を吐くと、つまらなそうに口を開く。


「今日は、最悪の日だ……。変な奴には襲われるし、依頼の調査も進まないし、挙句結衣に怒られるとは……」


 まだ先の話だが、既に洸は怒られる事を覚悟していた。ボンヤリと空を見上げる洸は、もう一度小さくため息を吐くと、両肩を落とす。俯きかげんになる洸は、猫背のまま公園を後にした。

 公園を出てすぐ、外撥ねした髪を左手で掻き毟る。土埃を大量に被った為、髪は大分パサツいていた。複雑そうな表情を見せる洸は、「帰ったらすぐに風呂だな」と、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

 そんな時、洸のポケットで携帯が震える。振動が足に伝わり、その事に気付いた洸は、訝しげにポケットに手を突っ込んだ。


「誰だ? あっ……。もしかして、結衣か? 怒ってんだろうなぁ〜」


 苦笑しながらポケットから携帯を取り出す。だが、その電話は結衣からではなく、非通知からの電話だった。

 目付きを変える洸は、眉間にシワを寄せると、恐る恐る電話に出る。


「誰だ?」


 穏やかな口調で問う。だが、受話器の向こうから返事は来ない。怪訝そうな表情をする洸は、耳を澄ます。微かにだが、受話器の向こうから音が聞こえる。風の音――それに混ざり、時折子供の声も聞こえた。そして、何処か聞き覚えのあるメロディーが聞こえてくる。


(このメロディーは……)


 メロディーに耳を傾ける洸は、必死にそのメロディーが何のメロディーか考える。その時、メロディーの奥でガコンと、何かの金属音が聞こえた。


(――今のは!)


 思い出した。今のメロディーは、幼い頃優作に良く連れて行ってもらったデパートの屋上にある、乗り物のメロディーだった。その事から、この電話の主がデパートに居る事を悟り叫ぶ。


「誰だか知らねぇが、今すぐ捕まえてやる!」


 洸の怒鳴り声に、『フッ』と鼻で笑うのが、受話器の向こうから聞こえた。その笑いに怒りを滲ます洸は、奥歯を噛み締め必死に怒りを堪えている。その証拠に、携帯を握る左手は血管が浮き出し、微かに震えていた。

 また沈黙が続く。まるで洸を挑発している様だ。鼻筋にシワを寄せる洸は、流石に怒りが限界だった。その為、噛み殺した様な声で言い放つ。


「今すぐ、そこに行ってやる! 逃げるなよ!」

『いいの? それで』


 清らかな女性の声。この声に洸は聞き覚えがあった。と、言うより最近何度も聞いた声だった。


「雨森……霞……」


 驚く洸がそう呟くと、受話器越しに雨森の声が聞こえる。


『ご名答。良くわかりました』

「何の用だ! それに、何で俺の携帯の番号を知ってる!」

『そんな事はどうでもいいじゃないですか』


 穏やかな雨森の声に、苛立つ洸は早足でそのデパートへと向っていた。だが、雨森はそれを悟ったのか、少しだけ含み笑いを交えながら言葉を告げる。


『私の方へ行くよりも、あなたのご家族の方に行かれた方がいいと思いますよ』


 その言葉に足を止める。


「どう言う……事だ」

『現在、俊也君と結衣さんが鬼と激突。夏帆さんは連れさらわれましたよ』

「ど、どう言う事だ! ふざけるな!」


 雨森の言葉に洸は怒鳴った。驚き困惑し、頭の中が真っ白になる。その為か、更に口調が悪く荒っぽくなっていた。


「雨森! 一体、何をした! ゆるさねぇぞ!」


 荒々しい声に対し、雨森は冷静な態度で言葉を返す。


『落ち着きなさい。今回、私は敵じゃないわ』

「んな事信じられるか! 俺達の先生を馬鹿にする様な奴を――」

『私も頼まれているんですよ。優作から――あなた方の事を」

「うるせぇ! お前の事は信じねぇ!」

『そうですか。それでは、現在俊也君と結衣さんの居る場所と、夏帆さんの居る場所を教えておきます。信用するかどうかは、あなたの判断に任せます』


 雨森はそう告げると、静かに三人の場所を事細かに教える。結衣と俊也の居る場所は、現在洸の居る場所から多少離れているが、走れば十分で着く距離。一方、夏帆の居る場所は、ここから随分と離れた廃墟だ。その為、洸は躊躇する。夏帆を助けに行くのか、結衣と俊也の方に行くのか。

 普段の洸なら考えなくても、すぐに答えが出せた。だが、夏帆が連れて行かれ、戸惑いから冷静な判断がつかなかった。それに、今朝の事もあり、鬼と戦えるとしても、一戦が限界だろう。

 迷う洸は、拳を握ると、意を決したのか、いつもと違う鋭い眼差しを見せると、そのまま走り出した。



 デパートの屋上。子供連れの親が、乗り物に乗せて遊んでいるそんな場所で、携帯を持った女がいた。真っ黒なワンピースに、オレンジブラウンのロングヘアー。美しい顔立ちの女性は、耳に掛かった髪を上げると、携帯を当てる。


「もしもし……ええ。ダメだったわ」


 少しだけ沈んだトーンの声。表情も大分暗かった。暫く受話器の向こうから聞こえる声に耳を傾ける女性は、小さく頷いている。だが、直後に驚きの声を上げる。


「エッ! あ、あなたが出るの? で、でも……えぇ……そうね」


 驚いた女性だったが、電話の相手に言い包められたのか、最後には落ち着き小さな声で頷く。


「分かったわ……。ええ。あなたこそ、気をつけて。相手は――」


 女性が言い終える前に、電話が切れたらしい。小さなため息を漏らす女性は、そのまま携帯を耳から離すと、静かに閉じてバッグへとしまった。そして、度の入っていないメガネを取り出し、ソッとそれを掛ける。左目の下の小さなホクロが、印象的なその女性は、もう一度小さく息を吐くと、静かに落ち着いた足取りで屋上を後にした。

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