第4部 4話 喫茶・極楽
帰路につく洸は、しばし面倒臭そうな表情をする。その数歩後ろからは、満面の笑みを浮かべる楓がついて来ていた。足を進める洸は両肩を落とし、深々とため息を吐く。そして、振り返る事無く言う。
「泊めて欲しいなら、泊めて欲しいって、普通に言ってくださいよ。あんな言い方だと、完全に誤解されますよ」
「ふへっ? 何々? 誰に誤解されるの?」
全く気に留めてない様子の楓は、嬉しそうな笑みを浮かべたまま洸の背中を真っ直ぐに見据えている。唖然とする洸は、もう一度深々とため息を吐き、右手の人差し指を眉間に当て考えた。『何でこうなったのか』と。
色々と思ったが、結局答えなど見つかるわけも無く、洸はまたため息を漏らす。今日は集会で色々あり、洸も少しだけ疲れていた。だから、何も考えてくなかったのだ。ボーッと正面を見据えたまま歩む洸は、ふと疑問に思う事を楓に問う。
「楓さん。何でまた、家を出たんです……か」
洸が振り返ると、そこに楓の姿は無かった。呆気にとられる洸は、目を細めると、微かにだが、額に青筋を立てる。引き攣った笑みを口元に浮かべる洸は、疲れたようにため息を吐き、右手で額を押さえ、「う〜っ」と声を上げた。
渋々と来た道を引き返す洸は、消えた楓を探す様にキョロキョロと辺りを見回す。だが、近くに楓の居る形跡は無く、洸は更に道を戻る。暫く戻った所で、洸は楓を見つけ足を止めた。
「楓さん……何してるんですか?」
楓の方に歩み寄り、ため息混じりの声で問う。楓はジッとガラス越しに店の中を覗いていた。少しだけ気になった洸は、少し遠ざかり店の看板を見る。『喫茶 極楽』と力強く書かれた看板に、洸は呆れたため息を漏らす。
呆然と仁王立ちする洸の方に顔を向ける楓は、キラキラと目を輝かし洸の顔を真っ直ぐに見据える。その瞬間に体がビクッと、自然に反応した。何か危険な匂いがすると。一歩後退する洸は、引き攣った笑みを見せると、楓が何かを言うより先に言い放つ。
「言っておきますけど、お金は無いですよ!」
「ま、まだ何も言って無いよ!」
「何も言って無いって……大体、予測は着くでしょ。そんな所に立たれちゃ……」
呆れる洸は、目を細め楓の顔を見据える。潤んだ楓の眼がジッと洸の眼を見詰めるが、洸はその眼を見ない様に努力した。だが、どうしてもその楓の潤んだ瞳が、洸の視界に入ってしまう。その為、洸は楓に屈し、喫茶極楽へと足を踏み入れた。
冷房でヒンヤリとする店内には、結構沢山の客がおり、洸は一番奥の席へと腰を下ろした。洸の向かいに座る楓は、満面の笑みを浮かべており、楽しそうにメニューに目を落としている。呆然とした表情で楓を見据える洸は、財布をポケットから出して所持金を確認した。
「マジで今月ピンチなんですから……」
「まぁまぁ、チョットパフェを食べるだけだから」
「それだけなら、良いんですけど……」
「それじゃあ、ジャンボパフェください!」
店員に向って笑顔でそう言う楓に、洸はまさかと思いメニューを楓から奪う。そして、ジャンボパフェの値段を確認した。
「さ、さ、三千円! ちょ、ちょっと、楓さん!」
「まぁまぁ。どうせ、一人暮らしでしょ? 一杯貯金もあるんだから、気にしない気にしない」
その言葉に、洸は額を右手で押さえ後悔する。初めに家の事を説明しておけばよかったと。ため息を漏らす洸は、困った表情で、嬉しそうな顔の楓を見据える。
そして、ジャンボパフェが来ると、楓は両手を合わして「いただきまーす」と明るく言い放つ。呆れた目でそんな楓を見据える洸だったが、そろそろ話していた方がいいと思い、口を開く。
「あのですね……」
「あげないよ。これ、私一人で食べるんだから」
頬を膨らし、ジャンボパフェを守る様な形をとる。唖然とする洸は、両肩を落とし右肘をテーブルに付くと、右手をそのまま額に当てた。そして、疲れ切った様に静かに重々しく息を吐く。項垂れる洸は楓の方を見ないで答える。
「いりません。それより、家の事ですけど……」
「家の事? 何々? まさか、彼女連れ込んでるとか? 一人暮らしだからって、そんな事してないわよね? って、言うより早過ぎるよ。彼女を家に連れ込むのは」
「……いや。その事なんですけど……」
言い辛そうな洸は、しかめっ面で俯き考え込む。すると、楓は驚いた表情をして聞き返す。
「まさか、あんた本当に彼女を――」
「違う! 彼女じゃなくて……」
「彼女じゃないって――ハッ! まさか、あんた男――」
「ちーがーうー!」
押し殺した様な声の洸を、変なモノを見る様な目で見る楓。その目を見据える洸は、眉間にシワを寄せる。
「あの……その変なモノを見る様な目は止めてくれません」
「だって、変――」
「違うって言ってるだろ! そもそも、俺には大切な家族が居るんだよ。彼女なんか連れ込めるか!」
「うぇっ!」
驚きの声を上げる楓はスプーンを置き、両手で口を覆う。そして、信じられないと言わんばかりに首を左右に振る。既にやってしまったと、項垂れる洸は、右手で額を押さえた。
「う、うう、嘘でしょ? 洸って、結婚しちゃったわけ!」
楓の言葉に、やっぱりかと言った表情を見せる洸は、静かにため息を吐く。呆れた様子の洸は、疲れた様な声で言う。
「楓さん……分かってて言ってません? 十五歳じゃ結婚できませんよ」
「あらっ? そうだった?」
「楓さん! こっちは、真剣な話してるんです。ちゃんと聞いてください!」
「ちゃんと聞いてるよ。結婚して家族が居るんでしょ?」
まだボケるかと、言いたげな視線を送った洸に、流石の楓も「分かった。分かったから」と、落ち着いた様に言い放つ。絶対に嘘だと、思いつつも洸は説明を始める。
「実はですね。今、俺は六人兄弟の長男です」
「ヘッ? 洸って、兄弟居たっけ? まさか――」
「ないですよ。絶対に」
洸は楓が言い切る前に言い放った。ムスッとした顔をする楓は、「まだ何も言って無いよ」と呟く。だが、洸には分かっていた。きっと、「優作さん結婚したの?」とか言うつもりだったんだろう。
優作とはもちろん、洸達の育ての親の事だ。鬼滅屋の初代責任者で、洸達に滅破の術を教えた人だ。洸達は優作の事を先生と呼んでいた。少しだけ変った人だったが、五年前に鬼の手で殺されてしまった。当時、二歳だった弘樹や千尋は覚えていない様だが、洸はそれでよかったと思っている。
「知ってるでしょ? 楓さんも。先生が俺を拾ってきたの」
「うん。知ってるよ」
それから少し間が空き、楓の顔がハッとする。
「ま、まさか――!」
大方、楓も予測がついたらしく、呆然としている。それから、表情が変っていき、哀れむ様な目で洸の顔を見据えていた。
「あんたも大変だな……」
「そうでもないですけど……」
正直洸は思った。楓と一緒に居るよりは、まだマシだと。だが、絶対に口にはしなかった。言うだけ無駄だと分かっていたし、多分この状況よりも更に悪化する事は間違いないからだ。
大分遅くなりましたが、やっとこ更新できました。
随分と更新スピードが遅いですが、これからも頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。