第4部 3話 十年ぶりの再会
集会が終わり、洸は建物から出た。
まだ、多くの滅破が残っている。皆、何らかの情報交換をしているのだろう。そんな事に興味の無い洸は、眠そうに欠伸をし、面倒臭そうな目で辺りを見回していた。
決まりとは言え、ここまで黒い服の連中が集まると、気持ちが悪い。蟻が甘い物に群がっている様な感じだ。
そんな気持ちの悪い状況から、抜け出そうと足を速める。だが、そんな洸に背後から迫る一人の少女が――。背丈は洸と同じ位で、黒く染めた長い髪をポニーテールにし、赤淵のダテ眼鏡を掛けている。目、鼻立ちは整っており、少しだけ大人っぽい雰囲気をかもし出していた。それは、黒の美しいワンピースを着ているから、そう見えるのかも知れない。
その少女は、静かに洸の背後に迫ると、急に飛びつく様に抱きついた。後ろから抱きつかれた洸は、突然の事に驚き、慌てふためく。
「だ、誰だ! お前! ってか、離れろ!」
大声を張り上げる洸は、少女の腕を解こうとする。だが、少女が耳元で「こ〜う」と可愛らしく囁くと、洸は動きを止め引き攣った笑みを浮かべた。そんな洸から静かに手を放した少女は、正面へと回り込み可愛らしい笑みを見せる。
「おひさ〜っ。十年ぶりね」
「か、楓さん! きょ、今日はどうして集会に……」
少し緊張した様子の洸は声が震えていた。
彼女は、神城 楓。洸と同じ滅破の一員で、洸よりも二歳年上の高校三年生だ。会ったのは十年前。優作に拾われてすぐの事だ。まだ、滅破の術すら教えてもらっていない頃で、ここが何の集まりかも知らなかった。
そして、優作が集会に出ている間、洸は外で遊んでおり、その時に出会ったのが当時七歳だったこの楓と言う少女だった。すでに楓は滅破の術を教えてもらっており、氣の集め方を教えてくれたのは、何を隠そう楓の指導だ。
あの時のスパルタ指導は恐ろしく、すぐに殴られたのだけは覚えていた。だから、洸の体は自然と硬くなる。怯える洸の目に、楓は少しだけ含み笑いを浮かべると、優しく洸の左頬を右手で撫でる。
「凄く大きくなったね。あの時はまだガキだったのに……」
「や、止めてくださいよ! か、楓さん!」
楓の右手を払うと、洸は半歩後退する。後退した洸に詰め寄る楓。あの当時とは随分と変り、女らしくなり美人の楓に、洸は顔を真っ赤にし更に楓から距離をとる。ムスッとした表情を見せる楓は、胸の前で腕を組むと、大きな胸を張り言う。
「ちょっと。何で逃げんのよ」
「べ、別に逃げてませんよ。楓さんこそ、何ですか! 用があるなら、とっとと済ませてくださいよ」
「ブーッ!」
唇を尖らしそんな言葉を吐く楓。こう言う所は十年前とそんなに変っていない様だ。少しだけ懐かしいと、思う洸だった。
ムスッとした表情を見せる楓は、唇を尖らしたままソッポを向く。呆れた様子で楓の横顔を眺める洸は、ため息を一つ吐き面倒臭そうに問う。
「楓さん……機嫌直してくださいよ……。話なら聞きますから」
「ブーッ! もういいもん。洸君なんて知らない」
「洸君って……。楓さんいつも呼び捨てじゃないですか」
呆れ返る洸は、目を細めて楓の顔を見据える。その視線に気付いたのか、楓は頬を膨らし洸の方に顔を向けた。
「何よ、何! その目は! 何か文句があるわけ!」
「逆ギレ……ですか?」
唖然とした表情でそう言い放つ洸は、目を更に細めていた。その表情に、楓は瞳を潤ませ、少しだけ頬を赤く染める。
「ねぇ……私……好きにしていいよ」
楓の艶かしい声に、洸は背筋をゾクゾクとさせ、全身に鳥肌を立たせる。何だか怖かった為、洸は少しばかり身構え、楓に言い放つ。
「気色悪いですよ。楓さん。何か変なモノでも食べたんですか?」
「――ムッ! 酷い……酷いよ……」
顔を両手で覆う楓。今度は泣き落しと言う策を講じたらしい。困り果てる洸は、右手で頭を掻く。流石に女性を泣かすのは、男として恥じる事だと思う洸だが、実際問題、楓を女性として見ていいのか不安だった。十年前に会った時は、それで痛い目を見たからだ。その為、暫し迷う。そんな洸にトドメを刺す様に、楓は洸に抱きついた。
どうせ、嘘泣きだと分かっていたが、自分の胸の中で泣かれては、流石に手の打ち様も無く、洸は渋々と優しい声を掛けた。
「分かりました。分かりましたから、もう嘘泣きは止めてください」
「うっ…うううっ……。嘘泣き……じゃないもん……」
「はいはい……。そう言う事にしておきましょう。それより、そろそろ離れてくれません?」
相手をするのが疲れた様子の洸の声に、顔を上げた楓は可愛らしい表情で洸の目を見詰める。十年前よりも数段可愛らしく、大人っぽい楓の顔に、洸は赤面し視線をそらす。洸に視線を外された楓は、ギュッと洸の体を抱き締め、自分の胸を洸の胸へと押し当てる。
「ちょ、ちょっと! な、何してるんですか!」
柔らかい感触に焦る洸は、大慌てで楓を押し退け様とする。だが、楓の力は洸の思っているよりも強く、ピクリともしない。
「か、楓さん! ホントに、何やってんですか!」
「もう、今日は帰りたくない」
「はぁ? な、何言ってるんですか? ってか、冗談は止めてください!」
「冗談じゃないもん……。今日は――」
「ワーッ! 何言おうとしてるんですか!」
大慌てで楓の口を手で塞ぐ洸は、辺りを見回すと、そのまま楓の体を抱きかかえその場を走り去った。このままでは、明らかに周りの連中に変な疑いを持たれてしまう。これ以上、他の滅破の連中に敵意を持たれては、もともこも無い。第一、既に変な奴に目を付けられているのに、これ以上は迷惑としかいえない。
集会場から随分と離れ、洸は人気の無い公園へとたどり着いた。明らかに息の荒い洸に対し、全く疲れが無くピンピンとしている楓は、いつしか腕を洸の首へと回していた。
「あ…あの……。いい加減、離れてくれませんか?」
「私はもう少し洸の温もりを――」
「ですから……あなたはそう言うタイプじゃないでしょ? いい加減からかうのは止して下さい」
「からかってないよ。本気だよ」
明らかにからかっていると言わんばかりの口調に、洸は唖然とし、遂に体から力が抜けた。蓄積された疲労が一気に襲い掛かってきたのだろう。芝生に腰を落とした洸の上に、楓の体が圧し掛かり、洸は完全に尻に敷かれた状態になった。
疲労でグッタリする洸に抱き付いた状態の楓は、洸の胸に耳を当てる。心拍数の上がった状態の洸の鼓動が、楓の耳に聞こえてきた。
「ねぇ……。洸は私の事……好き?」
その楓の問いに、洸は即答で答える。
「大ッ嫌いです」
「ううっ……ふぇーん! 洸に振られた〜」
明らかな嘘泣きに洸はホトホト愛想を尽かせため息を吐き静かに体を起し、楓の体を突き放す。疲れてはいたが、楓に抱き付かれている方がよっぽど疲れる為、そうしたのだ。
「楓さん……。マジで、冗談は止めて本題に入ってくれません? そう言う所は十年前と全く変ってませんよ」
「あっ! ひどーい! 十年でこんなに胸も出たのに、その言い方は失礼でしょ?」
「だから……本題を……」
「もう、だから、さっきから言ってるじゃない! 今日は一緒に居たいって」
その言葉に呆然とする洸。暫し間が空き、ようやく洸が発言した言葉は、「はぁ?」と言うたった一言だった。