第3部 2話 謎の少年
人混みの中を駆け抜ける。一つの気配に向って。
だが、その時気配が消える。後一歩と言う所で。
渋い表情をする洸は、足を緩め気配の消えた場所へと向う。何が起きたのか確認する為だ。
そして、人混みを掻き分け、気配の消えた場所が視界へ入った。その瞬間、洸は一人の少年と視線がぶつかる。撥ね上がった茶色の髪。派手な服装に、多くのアクセサリーを身に纏っている。鋭い眼差しは洸に向けられ、洸もその目を鋭く睨み返した。だが、すぐに右手に巻かれた封鬼符に気付く。
「お前……」
「ふん」
少年は鼻を鳴らし、背を向け歩き出す。
「お、おい! 待て」
洸はすぐに後を追いかけ様としたが、人混みに紛れ少年の姿を見失った。
「くっ! あいつ!」
人混みの中、洸は足を止め眉間にシワを寄せる。一体、あいつが何者なのか、それだけが洸の頭の中に残った。
「う〜っ……」
洸は自分の席に座り呻き声をあげていた。
「何だ? また依頼の事か? 神村」
癖毛に眼鏡の男、白井 涼助がそう声を掛ける。眼鏡の奥の切れ長の目を真っ直ぐに見据える洸は、「おめぇには関係ねぇ」と言い放った。腕を組んだまま洸の前の席に腰を据える涼助は、ため息を漏らし口を開く。
「何言ってんだ。俺とお前の仲だろ?」
「悪いが、お前とそこまで親しい間柄じゃない」
「オイオイ……そりゃないだろ?」
半笑いでそう言う涼助を、洸は睨み付けた。何やら機嫌が悪いと察知した涼助だが、笑みを浮かべたまま洸の肩を二度叩き耳元で囁く。
「今日、女子の体育はプールらしいぞ」
その言葉に目の色を変える洸。それに気付いた涼助は口元に僅かに笑みを浮かべ、更に口を開く。
「いい穴場があるんだ。もしよかったら、お前も一緒にどうだ? 他のメンバー……」
涼助は洸の拳が震えているのに気付き、言葉を止める。そして、恐る恐る洸の顔を見た。鬼の様な形相の洸と目が合う。そして、涼助は襟首を洸に捕まれ、喉を鳴らす様な声で言い放たれる。
「き〜さ〜ま〜。可愛い妹の水着姿を盗み見るつもりか!」
襟首を掴み涼助の頭を激しく揺らす洸は、完全に我を忘れていた。そんな洸に頭を揺さぶられながらも涼助は反論する。
「お、お前ら……血、繋がってないだろ……。お前だって見たいだろ?」
その言葉が更に洸の怒りを駆り立てた。更に目を吊り上げ涼助を持ち上げ叫ぶ。
「コロース! てめぇも、プールを覗こうとした奴らも全員ブチノメス!」
「うわっ! 大変だ! 神村が暴走した!」
「何! のわっ! や、止め――」
暴走した洸は教室に居た男子全員を相手に暴れまわっていた。
そこから少し離れた席に座る結衣は、呆れた様な情け無い様なため息を吐く。そんな結衣に金髪でロングヘアーの女子生徒が声を掛ける。
「全くこのクラスの男子って、皆子供よね」
背丈は結衣より少し高めで、スタイルは良い。この女子生徒の名は菊池 洋子。洋子は高校に入学して出来た友達で、結衣の真後ろの席だ。洋子が積極的で人懐っこい性格の為、結衣はすぐに洋子と仲良くなった。今では、一番仲の良い友達だ。
金髪の髪を掻き揚げる洋子は、結衣の右肩に手を置き、暴れる洸の方に目をやる。そして、呆れた様にため息を漏らし、哀れむ様な口調で言う。
「結衣も大変だね。あんなのと一つ屋根の下で暮してるなんて」
「へっ? そ、そうかな?」
引き攣った笑みを洋子へと向け、困った表情を浮かべる。その表情で洋子は結衣の大変さを理解した。まだ高校生だというのに、炊事・洗濯・家事全般をこなしているのだ、それは大変だろう。それに加えて、あの大暴れしている洸と、その他に四人の兄弟がいるのだから。
「結衣さ……。いっその事、家に来る?」
「えっ! ど、どうしたの? 急に」
驚いた様子の結衣に、悪戯っぽく笑みを浮かべる洋子は、「何驚いてんのよ」と背中を叩く。背中を叩かれた結衣は、痛みに少々表情を歪め、半笑いを浮かべる。
「意外だったから……。チョット驚いただけ」
「な〜に、それ! あたしがあんな事言ったらいけないわけ?」
「えっ! べ、別に、そうじゃないけど……」
慌てふためく結衣は、必死になってその場を誤魔化す。そんな結衣の姿を見て、楽しそうに笑う洋子は「冗談だよ」と、軽い口調で言う。赤面する結衣は、俯いたまま「う〜っ」と、唸り声を上げながら動かなくなった。相当恥ずかしかったらしい。
そんな結衣を抱き締める洋子は、「結衣は可愛いな〜」と大声で言う。洋子の大きな胸に、結衣の顔が埋もれる。もがく結衣は「く、くるし〜」と、曇った声で叫ぶ。だが、その声は洋子には届かなかった。
グランドに元気の良い男子の声がこだまする。結局、涼助の覗き計画は、洸によって木っ端微塵に打ち砕かれた。その為、涼助も皆と混じってランニングをしている。
「くっそ〜ッ! 涼助! どうにかならねぇのか!」
悔しそうにそう叫ぶのは、洸と同じクラスの鈴木 寿樹だった。茶髪に染めた髪の根元からは黒髪がチラホラ見える。背丈はクラスの中でも高い方で、成績はクラスでも悪い方……いや、一番悪い。しかも、普段は思いっきり保健室でサボっている。
「うるせぇ〜。鈴木! お前、教室に居なかったからしらねぇんだよ」
ムスッとした表情を浮かべる涼助が寿樹の方に振り返る。そして、涼助の青タンだらけの顔に、寿樹は驚きの表情を見せる。
「うわっ……。なんじゃその顔……」
「寿樹君が、保健室に行っている間に、洸君が暴れて……。教室に居た僕等もボコボコだよ」
そう言ったのは、加藤 信吾だった。サラサラの黒髪に、幼い顔つき。背丈は低くクラスでも前の方だ。大人しい性格で、クラスでも目立たない存在だが、席が洸の真後ろの為、その犠牲となってしまったのだ。
殴られた事など無い信吾にとって、これ程まで顔に青タンを作ったのは初めての事だった。その為、痛みに何度も表情を引き攣らせていた。
「ううっ……痛い……」
「くっそ! こんな事なら、サボればよかった」
「う〜っ。俺の青春!」
信吾・寿樹・涼助の三人は思い思いの言葉を発したままランニングを続けるのだった。
それから、授業は進み、準備運動を開始する。ぼんやりと準備運動をする洸は、今朝の事を考えていた。あいつは一体何者なのか、そんな事が洸の頭の中で駆け巡っていた。
そんな洸に気付いた涼助は、これはチャンスだと、言わんばかりにこっそりとその場を離れる。その後に続けと言わんばかりに、その他に数名の男子が涼助の後を追う。その中に寿樹の姿もあった。
『フフフフフッ……。洸の奴は、考え出すと周りが見えなくなる。これを逃さぬ手は無い』
含み笑い混じりで、そう呟く涼助の口元は緩みっぱなしだった。そんな涼助に後方から寿樹の声が聞こえる。
『グフフフフッ……。これで、神村の水着姿が……』
不気味な声を出す寿樹に、周りの男子は変な表情を浮かべ、寿樹から距離をとる。
そんな男子を見据える信吾は、ため息を漏らし準備運動を続けた。もちろん、洸はその事を知らず、ぼんやりと準備運動を続ける。
だが、涼助達の前に立ちはだかったのは、学校最強の男。体育教師、山本 健二だった。歳は、三十前半で、肉体は滅茶苦茶筋肉質だ。しかも、顔つきはカッコいい。その顔と体のギャップからか、物凄く女子から人気だ。
「お〜ま〜え〜ら〜!」
怒りで震える声に、静かに表情を引き攣らせる涼助と寿樹、その他の男子生徒は、逃げようとしたが手遅れだった。山本の怒声が響いた後、涼助と寿樹とその他の覗きをしようとした男子生徒は、マラソンをさせられたのだった。
そんな中、グランドの洸を見据える一つの影があった。
「チッ……。あれが、優作さんの跡取りか……」
と、呟き静かにその場を後にした。