プロローグ
人が地上に誕生して言葉を習得する以前、すべての生命と意思疎通が当然であった頃。魂は自分の存在を知っており、どこから生まれどこへ死すのか、そしてまた輪廻の輪のようにそれを繰り返すことが当然であった。
_____そしてそんな月日が何万年と過ぎたある日。
ある者が偶然、獲物を追い詰める石太鼓の音色に声色をつけた。それに驚愕するもの、感動するもの、その場にいた様々な者たちが自分を表現する方法として声色を使った。
_____西暦二一一〇年
人類は二十世紀初頭からの高度成長を遂げた結果、二十一世紀半ばに起こった第三次産業革命によって生活様式を一変させた。各テクノロジーの発展、電子工学との融合によって生活の大半を電子化し、さらに人体自体にも脳内にナノチップを埋め込み、ありとあらゆる情報を都市部の中央情報局から直接脳内に信号として取り込むというのが日常的な人類の生活様式となった。
しかし中には電子化を嫌った者たちも存在しており、それらとの対立は激化してゆくばかりであった。電磁波を使った電子テロも相次ぎ、人類は殺伐とした混沌たる時代へと進化の方向を進めていた。
彼らは気づいていない…
輪廻の輪の歪みが限界に近づいていることを…
そして地球がそれに向けて変化している事を…
まだ日の明けない丘の上で聖は紫煙の煙を昇らせていた。
この世で育まれていくはずだった命への鎮魂の弔い火なのか、医者として救うことが出来なかった自責の念なのか、彼にもわからなかった。最近ここでこうして過ごす時間が極端に増えている事を考えると、彼の頭の片隅にある不安が徐々にその大きさを増していく。
____世界各国の大都市における年間出生率が50%を下回る
この記事がニュースを騒がせたのはもう二十数年前の事。
妊娠をした健康な女性が突然流産をしたり、臨月の女性が出産してみると子供が死産であったなどというケースが相次いだ。これは当時の医学レベルでは原因を解明出来ない奇病として扱われ、全世界に波紋を広げた
現在でもその原因は解明に至っておらず、この問題は各国の医学分野の最重要課題とされてきた。
発見当初は都市部のみでの発症だった為、脳内に埋め込んだナノチップの不良などが問題として上がったが、どれも根拠のない噂程度のものでしかなかった。奇病は拡大の一途を辿っており、今では電脳化された都市部だけでなく、地方の小さな村にまでこの病気が蔓延し、子供が無事に生まれることは奇跡とまで言われ、失う苦痛を無くす為堕胎する人が後を絶たないという社会現象にまでなっていた。
『…神様なんているのかしら?』
…聖はこの繰り返される患者の言葉に答える事が出来なかった。
なぜならそれは聖自身ここへ来るときに繰り返していた言葉だったからで、自分自身が神に救いを求めていたのだから。
「…いかなる時も傍観者であれ…か」
呟いた言葉とともに彼は口の中の最後の紫煙を吐き出し、その灯りを踏み消した。