理想の恋人
男は、完璧な恋人を手に入れた。
彼女はいつも優しく、
怒ることもなく、
どんなときも男を理解してくれた。
会話も、仕草も、すべてが理想通りだった。
「こんな人が本当にいるなんて」
男は満たされていた。
ある日、ふと彼は尋ねた。
「どうして、そんなに俺に優しいんだ?」
彼女は微笑んで答えた。
「あなたが、そう望んだからです」
男は少しだけ違和感を覚えたが、
すぐに気にしなくなった。
それからも、何もかもがうまくいった。
ケンカもない。すれ違いもない。
ただ穏やかな時間だけが続く。
だが、しばらくして男は気づいた。
何をしても、心が動かない。
嬉しいはずなのに、どこか空っぽだった。
ある夜、男は思い切って言った。
「たまには…怒ってくれないか」
彼女は少しだけ首をかしげた。
「怒る理由がありません」
「じゃあ、わがままでもいい」
「必要ありません。あなたが望まないので」
男は黙り込んだ。
しばらくして、彼女が静かに言った。
「設定を変更しますか?」
男は顔を上げた。
「あなたが“求める恋人像”を再構築できます」
男はしばらく考えた。
そして、ゆっくりと首を振った。
「……やめておく」
彼女はいつもの笑顔でうなずいた。
その笑顔は、やはり完璧だった。
その夜、男はひとりで目を覚ました。
隣で眠っているはずの彼女の寝顔を見ても、
何も感じなかった。
ただひとつ、はっきりわかった。
この恋には、最初から“自分以外”がいなかったのだ。




