第8話 海都と素敵な女性
駆動車による旅は快適といって差し支えなかった。
そして、改めて荷物を預けてよかったと思う。
この駆動車は荷物を運ぶ目的にそぐわない。
僕が入国した時の荷物のままここへ向かおうとしたら、お迎えにきてくれた使者の方の苦笑いが絶えなかったであろう。
というより、最初から荷物はトルマド殿のところに預けさせる気だったかもしれないな。
僕が手持ちの荷物を最小にして彼らの前に現れたとき、彼らがトルマド殿へ目配せしていたのはきっとそういうこと。
多分、ちゃんと信頼して預けてもらったか?という意図が含まれていたのだろう。
「お帰りの際もこちらでお送り致します。
滞在中、必要なものはこちらのものにお申し付けくださいね。」
「はじめまして、リヴェリナ王国特使アルトゥス様。
本日よりルビーナ滞在中のお世話とご案内を務めさせていただきます。
ミルシャと申します。」
そういって使者のおじさんが紹介してくれた女性は綺麗な一礼で僕を迎える。
ミルシャさんの髪色は落ち着いた黒い色にほんのり赤が差しているような優しい色合いだ。
髪型は気取らず自然体で洗練されたくびれボブ。
ナチュラルかつ少しモードを取り入れた大人のおしゃれ感がある。
年齢は若々しく見えて雰囲気があるし、30代に差し掛かったところかな。
服もスマートだが、ボディラインは主張しない控えめさ。
総じて、人物に合わせて1つ下がって立てるのが上手そうな大人な女性だ。
実際の年齢確認?
するわけないでしょ。僕、特使だよ?
「これはご丁寧にありがとうございます。
リヴェリナ王国から開拓担当特使として招かれました、アルトゥス=ヴァイツェです。
なにぶん、アリヴィエ海邦国に訪れるのは数十年ぶりとなりますので、いろいろご案内いただければ幸いです。」
「特使様は以前、アリヴィエに?」
「はい。リヴェリナの先々代が即位するころだった思います。」
「まあ……。
エルフ様のお噂は拝聴しておりましたが、ご長命でいらっしゃることを実感するエピソードですね。
先々代様のお若い頃のお話なんて本当に興味深いです。」
「滞在中はお話する時間もあるでしょう。
私の噂もご存じのようですし、ご興味ありましたら有名なあのお酒もご用意してお話しましょうか?」
「あら、素敵ですわ。」
「アルトゥス様。
一応言っておきますが、ミルシャは結婚しておりますよ?」
「おや、これは失礼した。
確かにお酒を用意して時間を作るなんていったらご婦人を個人的にお誘いしてるようなものだ。
ミルシャさん、申し訳なかったね。」
「ふふ、無粋な指摘ですわ。
夫も私が特使様の身の回りのお世話をすることを承知してます。
それに、もう34ですから。
特使様もお若い人のほうがいいでしょう?」
「僕から見たら、ここにいるみんなが孫みたいな存在だけど。」
「それなら安心です。
ぜひお孫さんに語るように、優しい想い出話を聞かせてください。」
ミルシャさんはそういって優雅に笑った。
使者のおじさんも、俺が孫ですかぁ。と、はにかんでほほを掻いている。
「まあ、そういうことでしたら心配ありませんな。
では、良きルビーナの1日をお過ごしください。
ミルシャさん、あとはお願いしますぞ。」
「ええ、おまかせください。
まずはご滞在いただく施設までご案内いたします。
……孫らしく、手でもつなぎますか?」
ミルシャさんはそういって悪戯っぽく笑う。
ふむ、なかなかお茶目な人なのか、僕がそういうノリを好みそうなのかを会話で読み取ったのか。
まあ、綺麗な方からお誘いいただいたら答えなんか1つなんだよね。
「……あら、意外ですわ。ふふ、では参りましょう。」
「美人が手を取ってくださるのですからね。役得は受け取る主義なんです。」
僕は彼女の指先をつまむように手を取って、彼女のエスコートを受け入れた。
ミルシャさんは自分で言った通り、ちょっと驚いた顔をしたが、笑顔で僕を先導してくれた。
その頬に少しだけ朱が差しているのを見逃さなかった僕は、少しだけ彼女の思惑の上を超えられたかなと嬉しく思った。
***
案内された滞在中の施設は、海都の中心から少し離れた海のすぐそばにあった。
そして、来賓に相応しい大きな屋敷だった。
リヴェリナの特使を迎えるということが国にとってどれだけ重要かを眼に見えて示している。
装飾や見栄えの華美、財力の誇示は虚栄を感じさせて、時と場合によっては悪いイメージを植え付けることもある。
家屋は外に向ける顔であり、着飾ることで印象が変わる。
派手をやりすぎると下品になるということだ。
「へえ、海の近くだけど立派な庭園だね。」
その点、この施設はそのあたりを心得ていると言える。
海に近いが庭に多くの木々を植え、自然の中に屋敷が調和するように設計、建設されている。
お金をかけるところは絢爛豪華な調度品ではなく、その空間そのものを作るために手間暇をかけることだ。
外観からしてもてなされていると感じられて高揚する。
「庭園には力をいれてます。立地が海のすぐそばですからね。
林があるのは海からの防風目的で、複数人の庭師によって管理されております。
また、潮の匂いも強いため、葉の密度が高い木を植えております。」
この品の良さは、もてなすホストが居心地を作るために惜しみなく手をかけている印象を強く感じる。
屋敷までのまっすぐな道は落ち葉1つない。
何よりそう離れていないはずの街の喧騒からも離れた静けさは、どことなく厳かな雰囲気にまで昇華している。
「林の中に塔があるのかい?」
「はい。林があるため、屋敷からは海をご覧いただけないのです。
なので、あちらで朝焼けや夕焼けの海を楽しんでもらうことを目的として望遠塔が建設されました。」
海が見える塔は別途用意し、滞在中に睡眠をとったり身体を休めるための寝室や食事処は静寂な敷地の真ん中に位置しているようだ。
街の喧騒からも嘘のように静かだ。
うまく切り離しているためなのか、街の音が本当に聞こえにくい。
多分、この施設周辺で騒ぐような住人がいないよう、常日頃から警備などをしているのだろう。
街の中にオアシスを作るということか。
屋敷の中も綺麗だ。
エントランスは吹き抜けで、直ぐに中庭に出られる作りだ。
採光用の窓も多く、圧迫感が少ない。
大きなガラス窓はかなりの金額をかけているであろう。
その向こう側にある中庭の花々が美しい。
室内の廊下にある調度品もこれ見よがしと舶来品が並べて飾られているわけではなく、同じ職人の作品であったりするのであろうか統一感がある。
壁にあるのも海の景色や街の景色の絵画が多い。
経済国だからな。
あまりお金の匂いが濃いと、嫌味が飛ぶのであろう。
そういった意味では嫌味のない整った空間になっている。
使用人の所作も美しいな。
僕も男だし、メイドさんばかりなのかと思ったが、ボーイやフットマンも働いているようだ。
彼らも表に出て働いているし、性別による職の差はあまりないのかもしれないな。
「ご滞在中はこちらでお過ごしください。寝室は3階にございます。
お食事は寝室のお隣でお申し付けくださればいつでもご用意します。
貴賓室も別にありますので、外客やお約束のある方とのご面会はそちらをご利用いただけます。
あとは、図書室や遊戯室もございます。
おひとりでお楽しみいただけるダーツなどもございます。
が、遊戯のお相手は私をはじめ、こちらに控えております使用人たちにお声がけいただいてもかまいません。
あ、これはほかのご賓客の方には説明しないのですが、アルトゥス様ならメイドをお誘いしてもかまいませんよ。」
「おや、どうしてだい?
綺麗な方々ばかりだから、つい手を出してしまうかもしれないよ?」
「もちろん、そういう冗談をおっしゃる方だとわかったからですよ。」
「……それと、エルフだからかい?」
「そう、いじわるなことを聞いて困らせようとしないでいただきたいですわ。
はい、そうですね。なんて言えるわけありませんもの。」
そういってミルシャさんはちょっとだけ悲しそうに笑う。
まあ、デリケートな話題になりそうな話は、本人から直接つつかれたくないよね。
でもその表情をするってことは、そういうことをわかっている上に、働いているメイドさんという立場の人もこっちの事情を察せられるほど教育が進んでるってことだよなぁ。
メイドさんが一般的な市民というより、それなりの立場や権威のある人の家族が働いてる可能性も高そうだ。
特使を迎えるような施設で働く人だとすると、メイドや使用人とはいえ市井の人材を募集したりしないよな。
「ごめんなさい、ミルシャさん。
なんだか多少困らせるようなことをいっても許してくれそうだからさ。」
「立場上、困った方も快適にお過ごしいただけるよう努力するのがお仕事ですからね。
適切な距離を護るためにも、デリケートなところにはできる限り触れたくないものです。
ですので、ご協力してくれれば嬉しいです。
あ、そういうこと以外のお願いでしたら遠慮なくどうぞ。」
にっこり笑ったミルシャさんは、こぶしを握ってそう宣言した。
そこには気にしないよう計らいますので、遠慮なさらないでくださいねという言葉にしない想いが含まれていそうだった。
まあ、そういうことならお言葉に甘えさせてもらいましょう。
本日はここでのんびりして、明日の昼に海邦代表と面会するスケジュールであることを教えられた。
なので、今日はルビーナの街や他の施設の案内はないようだ。
どうしても施設外に行きたいなら、ミルシャさんが付きっきりになってしまうようだし、今日は大人しく敷地内の散歩くらいで済まそうかな。
庭も綺麗だったし。
「……知らない植物あるかなぁ?流石にアレはないと思うけど。」
あ、もし知らない植物みつけても、こんなところで立場を忘れて採ったり食べたりしないよ。
誰かが育ててることがわかりきってるし、欲しかったら頼むつもりだ。
何より、ここで道草食べてたらミルシャさんにどれだけ叱られるかわかったもんじゃないしね。




