第7話 海都へ
可愛らしいお姫さまと将来有望そうな青年との時間も終わり、そのままミリアルデ家に宿泊する。
数日後、アリヴィエ海邦の首都ルビーナに送った手紙の返事がきた。
どうやら僕を招待する準備が整ったらしい。
僕は山のような荷物をそのまま持っていこうとしたが、トルマド殿にそんな大荷物で行く気か!?と止められてしまった。
向こうに荷物を預けること自体心配されたし、そのまま大荷物で面会するわけにもいかない。
必要なものだけもっていき、使わないものは預かるから置いていくとよいと言われた。
任地が決まったらそちらに送るので安心してほしいとも。
まあ、確かにお偉いがたと会うのにこの荷物の量はどうかなと思う。
トルマド殿もここ数日一緒にいて十分信頼に足りる人物であると確信も持てた。
まだ見ぬ海都の人間よりずっと信じられるかなと思うし、それ以上に僕が彼を信じたくなったというのもある。
お酒が恋しくて荷物に手を付けたら……なんてこともないだろう。
そんな不作法するくらいなら、彼は荷物を預かるのでもうちょっとお酒を分けてくれと照れながら頼む。
そういう男だ。そして、預かったからには責任を持つ男だろう。
「アルトゥス殿、お気をつけて!
任地が決まったとしても一度戻ってきてくれ!無理矢理任地に連れてかれたら、国に抗議する!」
「あまり僕に肩入れしすぎちゃだめだよ。ちゃんと一度は戻るよ。」
「私の野望、この地にあの酒をもたらすためなら領地独立も辞さんという気持ちだ!心配するな!」
「心配だなぁ……。夫人、頼むよ。」
「おまかせください!
海都の有力な女性を取り込むよう、既に手を回しております!
よくないことがあれば、直ぐに私に伝わりますわ!」
「……う、うん。
なんか僕の期待とは違う気がするけど、僕を護ってくれるつもりなのはありがたいです……。」
妙に親しくなりすぎてしまったミリアルデ家の二柱は僕の心配をよそに、全面協力を約束してくれた。
ありがたいけど、自分の身の安全というか、立場を大事にしてくださいね。
じゃあ、そういったお家の事情に関しては、若い2人に釘をさしておこうか。
「シルバナくん。
キミの両親を、ミリアルデ家の立場を頼んだよ。
僕のことは心配しないでいいからね。」
「あはは……。本当に両親がすみません。
でも、私もアルトゥス殿のご無事を祈るのはお許しください。
父と母のことは私にお任せを。」
苦笑雑じりだが、頼もしい約束をしてくれるシルバナ君の存在はありがたい。
僕の味方をしてくれることは嬉しいけど、それでミリアルデ家の立場を苦しくするようなことは極力避けていきたいからね。
彼にはバランサーとしてミリアルデ家のかじ取りをしてもらおう。
両親という推進力が強い存在で大変だろうが、次期家長として期待をかけさせてもらうからね。
「アルトゥスさま……。いってしまうのですね……。」
そして寂しそうにするエーリス姫。
まるで今生の別れを惜しむよう、両手を祈るように組んで僕を見上げてくる。
さっきもお父さんが言ってた通り、戻ってくる予定なんだけどな。
ここ数日でさらに懐かれて、離れるのが寂しいという気持ちがあふれ出てしまっている。
「はい、いってきます。エーリス姫のお見送り、とても光栄です。」
僕はそう言って手を広げてしゃがんだ。
エーリスちゃんは、ぱっと花咲く笑顔になると僕の胸に飛び込んできた。
うーうーと気持ちが溢れるような声が漏れている。
紳士的に彼女の頭をなでたりはしないでおく。
少しの抱擁後、彼女は自分から離れた。
うん、淑女として立派だ。
「いってらっしゃいませ、アルトゥスさま!
わたし、おかえりをおまちしております!」
「はい。戻ってきたら、お帰りという言葉をいただけますか?」
「もちろんですわ!」
そんな戻るときの楽しみを1つ作りつつ、僕は海都ルビーナへ旅立ったのだ。
***
海都への移動手段は自動駆動車だった。
これは【ノエス】という外界に満ちた特殊なエネルギーを動力にした車で、最近になって流通し始めた新しい移動手段だ。
この辺りの最新のツールが導入される当たり、アリヴィエ海邦という国が貿易盛んで、経済的に発達していることを示している。
外からこういった最新の技術を取り込む柔軟的な思考は国土の大きい王国ではなかなか見られない。
それ以上にノエスを用いた術式が一般化されるためには開発元の国が広く技術開示を認める必要があるだろう。
僕はノエス術式、【ヴェルドラ】の扱いを得意としているので、あまりにもヴェルドラ駆動車の技術が一般化されなければ、こういった技術に関する基本的な知識を広める旅をしていくのも悪くなさそうだ。
うん、手始めにエーリス姫が術式の勉強をしたいって言ってくれたら教えるのはどうだろう。
アリヴィエは貿易立国だから、こういった知識を持つことは将来役に立つかもしれないしね。
最新技術に触れるためには、術式の勉強が必ず役に立つ。
特使の仕事の合間にどうだろうとトルマド殿に聞いてみようかな。
ヴェルドラ駆動車は馬車より速度はあるが、乗り心地は少々劣る。
振動がダイレクトに伝わってくるせいだろう。
駆動接地部分に弾力性のある素材を使ってないのだろうな。
懸架装置の技術はかなり発展してきているが、こういった部品の進化も課題になっているな。
「揺れて申し訳ありません、特使様。
速度が出るとどうしても揺れてしまいますね。」
「そうだねぇ。
最近は馬車にも懸架装置が一般化してるから、速度さえ目をつぶれば馬車のほうが揺れないんだっけ?」
「そういうこともいわれますね。
ですが、やはりこの速度という利便性を前にしてしまうと馬車でお出迎えとはいかなくて。」
「気にすることはないよ。
ほんの150年前に至っては、この懸架装置という考え方すらなくてね。
お尻に成すがまま、あざを作るしかなかったんだよ。
おかげで歩くのが今でも好きなのさ。」
「あはは、さすがエルフ様ですね。
150年前といえば、私は海の魚として生を謳歌しておりました。
地上のことは何も知らなかったのですよ。」
「住む場所が違ったんなら知らなくても仕方ないね。地上はどうだい?」
「こういう心が弾む乗り物であったり、見目麗しい女性が多かったり、海の中より断然楽しいですなぁ。
まあ、それでも海が恋しくなります。
特にこの地の魚介の旨さは忘れられません。
地上に住処を変える際、この国に揚がってきてよかったと私は思っております。」
ワハハと気持ちよく使者の方は笑った。
あ、ちなみに本当に150年前から生きてる魚人とかじゃないよ。
見た感じ、30代後半のおじさんだ。
まあ、僕から見たら若者かもしれないけど。
それは長命種の感覚だから、もちこんじゃだめね。
ほんの150年前なんて言葉に対し、ウィットに富んだ表現で自分の国のいい所をそれとなく語れる彼は僕をお迎えする役目に向いているな。
隣の運転手も同年代くらいのおじさんだ。
彼は寡黙で、最初の挨拶以外はほぼ喋らないようだった。
ただ、緊張の面持ちだったから、事故がないよう細心の注意を払っているだけなのかもしれない。
「ところで特使様はこちらの駆動車に驚きませんでしたが、帝国にいたことが?」
「北のエルフたちの国を旅したころ、一度だけね。
その頃は帝都でも駆動車は珍しかったな。
帝国外で見られるとは思わなかったから驚きはしたよ。」
「あまり驚きがあるような反応ではなかったのですが、一度見たことがあったのですね。
ちなみにこれは帝国製ではなく、海の向こうの国から入ってきたものなのですよ。
我が国と王国は帝国から敵視されてますからねぇ。」
「なるほど。
帝国で開発されたはずの駆動車がどういった経緯でここに持ち込まれたのか不思議に思ってましたが、帝国は海の向こうの国ならばということで技術提供したんでしょうかね。」
多分、第3国を経由して輸入してるだけだと思うけどね。
それこそ帝国は友好国であっても技術をそのまま外に出す気はないだろうしなぁ。
でも、王国と懇意しているアリヴィエに輸入を許すあたり、アリヴィエの経済力は無視できない帝国の事情もありそうだ。
「生産国が違うといえ、帝国生まれの技術に抵抗はなかったのかい?」
「老人は嫌がりましたな。
ですが、アリヴィエは商業の国です。
良いものはできる限り取り入れるようにするのが商人の生き方ではないですかな。
そう思えば、どんな母の腹から生まれてきたのかというのは気にしないものです。」
気にしないね。
気にならないと表現しないあたり、多少思うところはあるのだろう。
でも、敵国の技術という前提があったとしても魅力的なツールだ。
馬を必要とせず、馬より速度も輸送量も優秀。
運送業における革命は必至だ。
専門的な機構を学ぶ必要があるが、技術者が育てばコストも優秀だ。
貿易立国であるアリヴィエならば、他所から研究素材を集めることができる。
帝国がそれとなくアリヴィエに駆動車が回るよう手をまわしたと仮定すると、そのあたりのいろんな素材を手に入れるためにもアリヴィエ海邦は手懐けておきたいのだろう。
リヴェリナ特使という名代を背負ってきたことによる、帝国からの干渉か……。
懸念はしていたが、実際に駆動車を目の当たりにするとあの国ならばという考えがより鮮明になる。
僕はのんびり、新しい麦酒を造りたいだけなんだけどな。




