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第61話 正義の炎 大義の罪

「帝国としても、万全を期するための『ひとみ』の単独投入を行ったのでしょう。

ですが、その『瞳』が何も持ち帰れずに死亡。

この事態にかなりの混乱が生じたようです。

結果として、帝国はあの出来事以来アリヴィエから姿を消し始め、ついにはムッセタリアとも協力関係が瓦解がかいしたようです。」


 どうやら、僕が葬った(ほうむった)密偵は帝国中枢ていこくちゅうすうにおける相当な戦力だったようだ。

しかも、『瞳』という名前が示すように帝国にとって、無くしたものは周囲を見渡す視界。

つまり、情報戦を得意とする人員だったのだろう。


なおかつ、その人物が何も残せず排除されたことに狼狽ろうばいするほどの実力者。

これは、死んだ者の能力が唯一無二であったことを示している。


「なるほど。つまり敵は既に【ドゴメス】とムッセタリアだけ?」


 ここに至り、僕はとうとう黒幕の名を口に出す。

それに対し、2人の反応は平然としていた。

肯定の頷きは短く、迷いがない。


つまり、両者も伏せる必要もなくなった段階まで作戦は進んでいるという意識を共有していることになる。

そして同時に、ドゴメスという男がどういった存在なのか。

その背景を語る準備が整ったということでもある。


 これまでずっとグランバル氏が罠にかけようとしてきた相手の名前は、ドゴメス=メイキドルア。

そう、『メイキドルア』である。

その名が示すように、元々はメイキドルア領はメイキドルア家の領土だった。


 節目が変わったのは4世代前くらいらしい。

当時のメイキドルア領は独立していて、アリヴィエ海邦の一部ではなかった。

どころか、メイキドルアは明確にアリヴィエ海邦に対して敵対していた。


一応、この辺りの背景は理解できる。

メイキドルア領そのものは海にも運河にも接していない不毛な荒野が中心の貧しい土地だ。

一方、アリヴィエ海邦側が海沿い全ての領をひとつにまとめた国である。

アリヴィエ海邦とは、メイキドルアから見れば 外への販路である海までの道に蓋をしてしまう形になっていた。


アリヴィエ海邦は建国当初からメイキドルアも海邦の一部として加盟を求めていた。

しかし、メイキドルア家はそれに対して強く反発した。


 そこで彼らが頼ったのがノルカザン帝国。

当時の帝国は、リヴェリナ攻略への野心を全く隠さなかった。

トゥガナト山脈越えを視野に入れつつも、巨人のような山脈を越えられずにいた。

だからこそ、南部のアリヴィエ海邦側からリヴェリナへ侵攻する橋頭保きょうとうほを求めていた。


 メイキドルア家は帝国の力を借りてアリヴィエ海邦を叩き、その見返りとしてリヴェリナに面するヴァルエルナ領を差し出すつもりでいた。

だが、帝国はメイキドルア家すら眼中になかった。


当然のようにメイキドルア家が持ってきた話に乗る()()をして、そのままメイキドルア領へ侵攻。

メイキドルアは、ヴァルエルナに近いここ、アーシェスタの街――いや、当時のアーシェスタ砦まであっという間に侵攻されてしまった。

メイキドルア家が帝国の思惑を察した時点で、既にメイキドルア領は3/4ほどを掌握されていた。


 ここで立ち上がったのがアーシェスタス家である。

グランバル氏の先祖は、当時から諜報ちょうほう築城ちくじょうを重視しており、アーシェスタ砦を密かに改築かいちくしていたのだ。


また、ヴァルエルナ領に独自に接近しており、メイキドルア家の動向は逐一アリヴィエ海邦側の中枢まで伝えられていた。

そして、メイキドルア家が帝国を招き入れるという行動を起こした時点で、アーシェスタ砦で帝国兵を迎えるという名目で離脱。

メイキドルア家のコントロール下から抜け出し、独自戦力で帝国を迎撃したのだ。


たまらないのはメイキドルア家だ。

外は帝国、大事な情報を抱えるアーシェスタス家にこちらの情報が筒抜け。

さらに領土はどんどん奪われていく。


帝国も上手く占領が進まないことにいら立って、当時のメイキドルア家があった領都を先に攻略する方針へ切り替えた。


 この時、メイキドルア家はアーシェスタス家でかくまわれていた遺児いじを残して根絶やしにされたらしい。

残ったアーシェスタス家は、この遺児がいることを旗印はたじるしにして再決起。


周辺に帝国駆逐(くちく)の協力を求めた。

事前に相談されていたアリヴィエ海邦、ヴァルエルナはこれに呼応。

そしてリヴェリナも、メイキドルアが落ちれば帝国の侵攻は避けられなくなる。

この期に及んで、知らぬ顔はできない。

故に、この4名が帝国の侵攻に対して一致団結し、帝国へ戦いを挑んだ。


幸い、帝国が攻略できなかったアーシェスタ砦は地理的にも優位がとれていた。

そもそも、不毛な荒野であるメイキドルア領は補給線も伸びにくく、前後から攻め立てられた帝国はあっさりと侵攻を諦め、退却した。


「……そうして、メイキドルアは勝利した。

勝利の代償として、それまで領を支え続けてきたメイキドルア家を切り捨てることで。」


 グランバル氏の言葉は、淡々としているのに重かった。


「……我々は、先祖の尻拭いをしているわけですな。

遺児からメイキドルアの名を奪っておけばよいものを……。」


 グスマンさんは苦々しげに吐き捨てる。

たしかにそうだ。

個人の名前に領と同じ名前を持つという意味。

これは、少し考えれば扱いが難しいということがすぐにわかる。

それならば、メイキドルアという領の名前か、遺児からメイキドルアの名前を取り上げておくべきだっただろう。


「過ぎたことをいうな、グスマン。」


 だが、グランバル氏は静かに首を振って先祖の行動を責めることを諫め(いさめ)た。


「そもそも、ドゴメス以外のメイキドルアの名を持つ子孫は、先祖が起こしたことを悔み続けていた。

だが、ドゴメスは、それが嫌だったのだろう。」


 その声には、たしかな同情と哀れみが混じっていた。


「メイキドルアの名を冠しながら、その名は汚名となり、メイキドルア家からみれば敵となるアーシェスタスが君臨しつづけるということが。

……その気持ちは、わからんでもないからな。」


「グランバル……。」


 ドゴメスは、それまでのメイキドルアの子孫たちとは違った。

領と同じ名前を持つ自分こそが、メイキドルアを導くにふさわしい。

その歪んだ歴史を正すための「正義と大義」を掲げている。


だがそれは、彼がメイキドルア家の歴史と正面から向き合えなかった結果。

時代が進むにつれ薄れていく罪の記憶。

自分以外の誰かが作った『正史』に押しつぶされる息苦しさ。


正しい歴史という名の光が、彼にとってはその身を焼く忌々しい炎にしか見えなかったのだ。

そのすべてから解放されるために、「メイキドルアという名を冠する自分」 を大義に変えた。

そう。ドゴメスは、ただ解放されたかったのかもしれない。


「……だからこそ、だからこそわしにはわからんのだ。

何故頑なにメイキドルアの名を捨てなかった。

いや、捨てさせなかったのか。」


 グスマンさんは悔しげに唇を噛む。

その声は震えていた。

怒りではなく、恐れに近い。


「いずれはドゴメスめのような考え方をするものが生まれるのは、記憶と罪の意識が薄れるのと同じ。

いつかは汚辱おじょくを晴らさんとしようと考えるものなのだ。

だからこそ、捨てさせるべきだったと、儂は思うんだよ。」


「もう一度言う。グスマン、過去を振り返るな。」


 グランバル氏の声は低く、しかし揺るぎなかった。


「遺児が望んだにせよ、アーシェスタスのご先祖様が望んだにせよ、メイキドルアの名をもった子を残すことを決めたのは当時の考え方があったからこそだ。

未来にいる我らが、過去の過ちを裁くような考え方をしてはならぬ。

その行為は何の意味も持たぬ。

もし、我らにできることがあるとすれば……。」


 ダンッ。グランバル氏は、目の前の紙にナイフを突き立てた。

そこにある名前は、ドゴメス=メイキドルア。

ナイフが突き刺さっているのは、ドゴメスの名のほうだ。


「今度こそ、メイキドルアの名をこやつから取り上げる。

そして、我らの領に還すのだ。

二度と、その名が人の名とならぬように、徹底的にな。」


 それは、覚悟の宣言だった。

これ以上、未来へ火種は持ち込ませない。

だからこそ、当時どんな想いがあってメイキドルアの名を人の名として残す必要があったのかは関係ない。


問題になった以上、ここで終わらせる。

それが領主の役目。

人の形をした、民の安寧あんねいを導く生きた秩序の維持装置。


 彼は、先祖の尻拭いだの、当時の遺児が護ったメイキドルア家の歴史も、これ以上の波乱を防ぐために踏みにじることに決めたのだ。

その覚悟たるや、常人には理解できないだろう。


 彼は、冷酷な領主だ。

だが、カドヴィくんの行動に頭を悩まされる父親の顔も確かに持っていた。

その優しさや、身内への甘さは、確かに彼の中にある。

それでも、彼はメイキドルア領主として、過去から続く一つの物語を終わらせる決心をしたのだ。


そこに対して、良い、悪いという価値観を持ち込むことも、その身勝手さを断じることもできない。

部外者の僕にはできない。

何せもう、僕は彼らの側に立っているのだから。

だからこそ、彼らのやり方に異を唱える気はない。


 ふたりの覚悟は決まった。

いや、これは正確ではないか。


もう彼らの覚悟なんて、ずっと前からきまっていたようなものなんだから。

そう、覚悟を示してくれた。

これが正しい表現だろう。

彼らはドゴメスとムッセタリアが結託したときから、メイキドルアの名前をひとつにするつもりだったのだろう。


 選び取っていいのは、その覚悟を持つ者だけだ。

その手が汚れようとも、何かを失おうとも。

それでも人は選んで、捨てて、前へ進んでいく。


命短き彼らだからこそ、選び、捨て、繋ぎ、託していくことができる。

何より、そのすべてを、地続きの時間の中で見届けてしまえる僕が。


エルフ(ひとでなし)である僕が。


彼らの選択を評価するなんて、それこそ彼らへの冒涜だ。

長く生きるということは、選ばない者の側に立つということでもある。

だから僕は、ただ見届ける。

彼らが選び取った未来を。


その覚悟ごと、黙って受け止めるだけだ。

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