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第59話 エルフさんは応えない

「……とんでもないことになりましたな、グランバル様。」


 一人の貫禄のある議員が、グランバル氏をにらみつけながら吐き捨てる。


「貴方が父親として、息子をきちんと教育していないからこうなった。

それは理解しておりますな?」


「……その通りだ、グスマン。」


「責任はどう取るおつもりで?」


 グスマンと呼ばれた議員は深い溜息をつきながら、立派な髭をいじった。

その瞳に宿るのは、息子を抑えきれなかった当主への怒りと、国家を揺るがす事態を招いた家への失望だ。


「……アーシェスタス家当主として、リヴェリナ国へ出頭するしかあるまいな。」


「……メイキドルアはどうするおつもりですか?」


「セルゼクを呼び戻す。しばらくは耐えられるはずだ。」


 セルゼクくん――セルゼク=アーシェスタス。


彼は現在ルビーナに滞在して、中央政府とアーシェスタスの連携を補佐している。

アーシェスタス家の長男であるため、順当にいけば次期メイキドルア領主となる青年だ。

僕とも交流があった子だね。


彼を呼び戻すということは、領主の実質的交代を意味する。

その言葉に含まれる政治的な重さを理解しているからこそ、グスマン議員は眉間をぐりぐりと押しながら顔を顰めた。


彼の態度と年齢を考えれば、アーシェスタス家を最も長く支え続けてきたのがこの男であることは明らかだ。

だからこそ、領主交代とは、グランバル氏の時代の終焉を告げる鐘の音に等しい。


「責任は?」


「……3名の命で何とかしてもらえるように、リヴェリナ王に嘆願するしかない。」


 その言葉に、カドヴィくんが弾かれるように顔をあげる。


「俺の……」


 だが、その声は最後まで届かない。


「少なくとも、アーシェスタス家の血はここで絶やすつもりで臨まなければ。

でなくなくては、リヴェリナは納得しないだろう。」


 グランバル氏は、息子の言葉を聞くまでもなく切り捨てた。


自分の命だけでと言おうとしたのだろう。

その浅い願いを踏みにじるように、淡々と、冷徹に。

敢えて言葉を重ねたのは、それだけ無価値と踏みにじるためだ。


 酷い父だと思うだろうか?


だが、そうさせたのは彼だ。

彼自身だ。


声をあげる権利すらなくなってしまった彼は今、何を思うのだろうか。

己の正義の無力さか。

それとも、父から完全に見限られたことか。


舞台を降りた役者は、舞台袖からスポットライトを眺めるしかない。

その光の中心に立つ資格を、もう彼は持っていないのだから。


父の台本に書かれた彼の役目は終わっている。

だから、彼を舞台から降ろす役も必要になる。


「……でしたら、必要な命はもう1つございますね。貴方。」


 会議室の向こうから、柔らかく、しかし覚悟の決まった声が響く。


マダム、アルフリーダ=『アーシェスタス』。


彼女もまた、家名の重みを理解している。


「アルフリーダ……。」


「アーシェスタスの歴史が絶えるとき、私もまた名を連ねるべきです。

息子を正しく導けなかった、愚かな母として。

生き恥を晒すくらいなら、せめて墓標に汚名を刻みましょう。」


「はは……うえ……。」


 カドヴィくんの声は、もはや幼児のすすり泣きに近い。

その震えは、恐怖だけとは思えなかった。

自分の行動が、母すら巻き込んでしまったという事実を理解した痛みが混じっていた。


「……カドヴィ、ごめんなさい。

母があなたを甘やかしたせいで、あなたの間違いを正せなかった。

もっと強くあなたの手を引くべきだった。


せめて、最期の時までは母として隣にいます。

……ともに、牢へ入りましょう。

せめて潔く。」


「――っ。はい……。」


 失意にひざまずくピエロ(息子)の手を引くのは、母親の役目。

最後まで、息子に対して辛く厳しい目に合わせるよう書かれている。

非情なる領主が記した脚本は、家族すら舞台装置に変えてしまう。


だが、目的のためには真に迫ってこそ。

本物にしなければ、この舞台の真の目的が達せられない。

黒幕が思い描いているように事が進んでいる。

……と、『勘違いさせる』ための演出でなければならないのだ。


 カドヴィくんは、母の手にすがりつきながら、ようやく彼の出番が全て終わったことを理解したのだろう。

衛兵に先導され、母の手を握り、会議室を後にする。


 しかし、終わったのはカドヴィくんの出番だけだ。

本当の舞台の幕は下りていない。


ここからの主役は脚本家本人であるグランバル氏だ。

彼もまた、真に迫った血を流す演技をする必要がある。


そう、真に迫らなければならない。

それこそ、演技のために本当の血を流してでもだ。


 会議室には、カドヴィくんとアルフリーダさんが退場したことで、奇妙な静寂が落ちた。


「……さて、グランバル様。

ここからどうしていくおつもりなのか、しっかりと説明いただきたい。」


 その沈黙を破ったのは、先ほどからグランバル氏に強く詰め寄っていた議員、グスマンさんだ。

何人かの議員がまだグランバル氏に食って掛かりそうだったが、彼が前に出ると、他の議員から何やら耳打ちをされていた。


それを聞いた議員の顔が苦々しげながらも振り上げた拳を下げていっている。

おそらくは、彼が議員の中でも最古参かつグランバル氏と最も対等に渡り合えるキャリアも積んできた議員なのだろう。

他の議員たちからも、この後の成り行きについては自然と彼にまかせようという空気が整えられていった。


「……アーシェスタス家当主としての責務は、ここで終えるしかあるまい。

グスマン。

今後のメイキドルアは、お前が導け。」


 その言葉に、議員たちがどよめく。

息子だけで何とかならないのかという声がする。

リヴェリナとの講和が先だという声もする。


「諸君、静粛に。」


 グスマンさんは手を軽く上げ、短く告げた。

そのたった一言で、議員たちは声をあげるのを止める。


長年アーシェスタス家を支え続けてきた者だけが持つ、重みと真摯さが混ざった一声。

その響きだけで、議会の空気が一つに収束していく。


「民は納得しませんぞ。

アーシェスタスの名でこの領は一つになっている。

あなたが退けば、混乱は避けられない。」


「だからこそ、セルゼクを呼び戻す。

暫定的に息子を領主として立て、民心をまとめる。」


「……しかし、リヴェリナは必ずセルゼク殿も要求するでしょうな。」


「わかっている。要求されたなら、差し出す。」


 議員たちが息を呑む。

その中で、グスマンだけが目を細めた。


怒りでも呆れでもない。

言葉に含まれる、旧友の覚悟を受け止めた者の目だった。


「……本気で、アーシェスタスの血を絶やす覚悟か。」


「それが、メイキドルアを守る唯一の道だ。」


 ひとつひとつのやり取りは短い。

だが、その短さこそが、二人の積み重ねてきた年月を物語っていた。


言葉の端々に滲む呼吸の揺れで分かる。

この2人だけが共有してきた政治の重さを。


アーシェスタス家の未来を。

いや、メイキドルアという領地そのものの行く末を。

今までずっと内側から俯瞰した者同士にしか見えない先があることを。


 議員たちはその深淵の底まではみえない。

だが、その水が清浄なものではないことだけは知っていた。


だからこそ、誰も口を挟めない。

この場の決定は、もう二人の間で形を成していることがわかったのだろう。

気づけば、議員たちはグスマンさんの意見に従う形で沈黙を保っている。


この老成した権力者がどういった判断を下すのか。

その先の言葉を待った。


 沈黙が耳に痛いほど張りつめた、その刹那。


 バキッ!


 乾いた殴打音が会議室に響き、グランバル氏の身体が横へ弾かれるように倒れ込んだ。


「ぐっ!?」


「グスマン様!?」


 幾人かの議員がグスマンさんの突然の狼藉に驚き、止めに入ろうと身を乗り出す。

しかし、それをグランバル氏は右手だけ軽く上げ、動きを制した。


「……衰えておらんな、グスマン。」


 腰の入った鉄拳だったね。

グランバル氏は口元から血を滲ませながら、静かに笑う。


「そんなことはない。

儂かて、かつて最初に森を切り開こうとしたときに(グルンヴェラル)を屠ったような力はもうないのだ。」


 グスマンの声は怒りに震えていた。

だが、その怒りは演技ではない。


状況を作ったカドヴィへの怒り。

そんな息子を導けなかった父として落第点を取ってしまった旧友への怒り。


何より、これほどの重荷を老骨に託したことへの怒り。

そのすべてが混ざり合った、深く、重い一撃だった。


「そんなジジイに……とんでもないものを託しおって。」


 その拳は、黒幕を欺くための『演技』であると同時に、長年の友としての『本音』が込められていた。

議員たちは誰一人として声を出せない。


鐘は鳴り響いた。


今の一撃が、アーシェスタス家の時代の終わりを告げた。

全員が、それを理解した。


 グランバル氏は、フッと短く笑って立ち上がる。

誰の手も借りずに、ただ一人。そして、僕を見た。


「……リヴェリナまで、よろしくお願いいたします。」


 彼が頭を下げる。

領主たる彼では、下げてはならぬほどの深い角度をもって。


僕はそれに応えない。

何かを口にすることはできない。


ねぎらいも、罵倒も、遠慮もしてはいけない。

それが僕の、舞台に上がる前からずっと求められてきた役柄だからこそ。

僕は応えてはいけない。


 隣国特使アルトゥスは、応えない。


台本に書かれているのは一文。

ただ、無言で振り返って舞台を降りていくことだけ。


僕は彼に背を向け、扉を出ていく。

冷たい空気を纏いながら、最後まで慇懃無礼に振る舞わねばならない。

大国の特使として、怒りを滲ませながら。


 すすり泣く議員たちの声が聞こえる。俯く者もいる。


 そんな中、そっと暗い影を忍ばせ、喜色を隠したねばつく黒い感情を忍ばせる者たちが混ざっている。


 どうやら、彼らはこの茶番に対して、スタンディングオベーションの喝さいをあげてくれるらしい。



 ……大変結構。



 全ては目論見通りだ。

あとは、彼らの後ろで見物料も払わず勝手に舞台を評価する評論家気取りに、正当な対価をいただくだけだ。


ただ、その価格は、正規料金より高くつくことになる。

それでこそ、公平だからね。

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