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第5話 特使のお仕事

こう見えて王国暮らしを通じて上流階級とのお付き合いというのはそれなりに経験してきて慣れている。

故に適度な距離感と適切な交流の匙加減は理解しているつもりだ。

……そのはずだったんだけど。


「いやはや、さすが麦の賢者殿が持ち込んだ酒だ!

リヴェリナから輸入したものとこうも味が変わるものとは!

これもまた麦の酒なのか!?」


「これは下面発酵(ラガー)の酒ですね。

上面発酵(エール)とは酵母が異なる麦酒で、今飲んでいるラガーの麦酒はリヴェリナ国内の寒冷地で造ったものなんですよ。」


だからこそ、この距離感に対して少々面食らってはいる。

王国では経験なかった距離感だ。

どちらかといえば下町の距離感といったところか。

えらくフレンドリーに肩を組むかの如くパーソナルスペースをガン詰おじさんは、僕の語る製法が異なる麦酒ビールの話題に目を輝かせている。


「では、元々は同じ原料で造った麦酒と!?

なのに味が透き通っているように感じるのは何故なのか!?」


「様々な理由はありますが、基本的には麦汁の温度管理と酵母の差が1番ですね。

環境にあった酵母がどういった反応で酒を造るのか。

これが酒の方向を決めることになると私は考えてます。」


「ということは、アリヴィエは比較的温暖な気候だから、寒冷地で造るラガーは難しいのだろうか?」


「どうでしょう?寒冷期は雪が降るほど冷え込みますか?」


「海沿いはさっぱりだな。冬でも暖かいくらいだ。

しかし、本領は巨人が近くに横たわっている。

山の吹きおろしは冷たいし、麓の森周辺は毎年雪が降っているぞ。」


「では、適切な酵母があればラガーも仕込めるかもしれませんね。」


「そうか!もし賢者殿がよければ製法を学ぶ人材を送っても良いか?」


「私はしばらく農業に専念することになると思われますよ?」


「もちろん、それも手伝わせていただきたい!

酒造り以外のこともどんどんやらせてかまわない。

そうだ、雑事で直接手を煩わせるようなことを少なくできるようメイドか執事をつけようか?」


「そんなお約束して良いのですか?

代表がどんな人を付けてくれるかわかりませんよ?」


「そしたらそれより有能な人を送るように勉強させていただきますよ!」


ハッハッハ!と大きな声で彼は笑った。


この親しみやすい性格の御人。

彼はトルマド=ミルアリデと名乗った。


短く刈り上げたアップバングショートの髪の色はアッシュグレーで、瞳も同じ色をしている。

口元には髭が生えているが、整った口髭なので清潔感が損なわれてない。

全体的に顔のパーツ1つずつがくっきりと彫りが深く、パっと見するだけでも印象に残りやすい顔つきをしている。

御年40歳と壮年らしく気持ちの良い歳の取り方をしているのが分かる。


彼は僕の持ち込んだ王国北部で醸造している麦酒(ラガー)が殊の外お気に召したらしく、由来や製法、その歴史について語る時間が増えるたびに距離が近くなっていた。


とはいえ嫌な気分にさせる距離の詰め方ではない。

最初こそとても親しげに踏み込んではきたが、こちらに断りもせず身体に触れることはなかった。

話すときも顔をぐいっと近寄らせて話すような無作法はしない。

あくまで上品さと礼節を忘れない中で、ぎりぎりまで親愛を示したいという心構えが見える距離の詰め方だった。

きっと若い頃はもっと無邪気な距離の詰め方をして、周りからぎょっとされては指導されていたのであろう。

この絶妙さは、人懐っこい空気を纏ったまま今日のような上品さも手に入れた彼の努力の結果だ。

そんな経験を経て、今の地位を築いていったのだろうな。

なんて、勝手な想像。


「本領……ヴァルエルナ領域はリヴェリナの国境の領であるため、交易で潤ってはいる。

さらには、肥沃なトゥガナトの恵みが流れ込むアリヴィエ海邦内でも土地が生きた場所でもあるのだ。

だが、1つ内陸の領に移れば途端に土地がやせてしまっている。

私はね、アルトゥス殿。

ヴァルエルナは恵まれているからこそ、人や資源を積極的に動かし、アリヴィエ全体の利を積極的に作る義務があると思うのだよ。」


「良い心がけと存じます。」


「今までは交易での発展が重視されすぎて農地開拓での食料自給率向上という国家の基本からアリヴィエはずっと目をそらしてきた。

それを意識することになったのがこの酒だ。

アルトゥス殿。貴殿なら、これがどんなに幸せなきっかけであることなのかわかるだろう?」


「うーん、どうですかね。

変えてしまったという意味では、影響を与えてしまったものですからね。

自分への弁明になるので沈黙させてもらいます。」


「では、あらためて私の気持ちを聞いてくれ。

食料を自分たちの国で何とかしないといけないという意識が生まれるのは、基本的に国家の危機によって直面することなのだ。

そして、国家の危機とは何かしらの悪意を持って生まれるのが大半だと思う。

隣国との軍事的緊張。

自国の不作や天災。

疫病などもあるな。

もちろん、原産国でとんでもない凶作が起これば輸出なんてしてる場合ではなくなってしまう。」


そうだね。

国がそれを問題と捉えることのきっかけというのは不幸な出来事であったり悪意が絡んでいることが多い。


「だが、今回は違う。

リヴェリナは、この麦酒を作りたくて仕方ないから輸出量を減らさなくてはいけなくなったのだ。

そして、我々も改めて自分の国で食料を作ることを真剣に考えることになったのだ。

悪意ではない。未来へ進んだ先に問題が露呈している。

リヴェリナもアルトゥス殿を問題解決のために派遣してくれるという協力をしてくれている。

これはね、私は美しいと感じるのだ。」


「そう言って受け入れてくれるとは、本当にうれしいものです。

アリヴィエの立場からすれば、この酒のせいでといわれてもおかしくないでしょうから。」


「もちろん、そんなことを公言して憚らない者もこの国にはいるさ。

特に貴方が手を入れることになる痩せた土地の領主には、下手をすれば危害を加えてもおかしくないほど逆恨みする者たちもいるのでな。」


申し訳なさそうな顔で、彼はこちらを気遣う。

まあ、それはそれで仕方のないことだろう。

見方によっては豊かな土地をもつ国からのお情けだ。

苦しい立場の自分の領ではあるものの、頼んでない助けを自分ではなくもっと上から助けてもらえといわれてくる奴なのだ。

いい気分はしないだろう。


「トルマド様は。」


「トルマドと呼んでくれ。エルフだし、年上だろ?」


「私が招かれたものであるという立場をお考えくださいよ。

……トルマド殿と、対等に呼ばせていただきましょう。

トルマド殿はそういった悪意が直接及ばないように人をつけたいということですか?」


「それもある。

が、純粋にあなたという人がそんな悪意にさらされて、この国がそんな者たちばかりであると思われたくない。

何なら私のように喜ぶ人々の存在を最初から心に植え付けておきたいという打算もありますな。」


ニカっと上手なウインクと笑顔を魅せてくれた。

やれやれ、歳に似合わない人懐っこい性格だな、トルマド殿は。


「そこまで言われては、トルマド殿のご厚意を受け取らないわけにはいかないね。

僕もよい関係のまま仕事が終われるよう努めるよ。」


「ええ、いい仕事にはいい人材が欠かせない。

ろくでもない人材が中央から渡されたらいつでも言ってほしい。

必ずよい人材を用意するよ。」


「ちなみにトルマド殿の理想とする良い人材とは?」


「よく見、よく聞き、よく話し、よく働き、よく休む者ですな!」


「なるほど、理想的だ!」


僕たちはそういって笑いあった。

給仕をしているメイドさんたちは、そんな僕たちを見てニコニコしている。

なるほど、良く見るということを実践しているものだ。

彼が人材という面で支援を約束してくれたことは幸先のよいことになりそうだな。

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