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第57話 台本通りの転落事故

「父上!聞いてくれ!そのリヴェリナの犬の悪事を俺が暴いたんだ!」


 突然の怒声に、会議室の空気がざらりと波立った。

議員たちが互いに顔を見合わせ、ざわめきが走る。


「お前はまだそんなことを……!」


 グランバル氏の声は、怒りよりも呆れが勝っていた。

これ以上問題を起こしてくれるなという失望がにじみ出るような、そんな表情だ。


「頼む!聞いてくれ!」


「いいから出ていけ!

今はアルトゥス様と今後のことで話がある!

お前がいると話にならん!」


 父の叱責にも、カドヴィ君は耳を貸さない。

会議室の空気は、緊張と困惑と呆れが入り混じり、まるで湿った火薬のように不穏に膨らんでいく。


「まあまあ、よいではないですか。」


 僕は軽く手を上げて2人を制した。

その瞬間、議員たちの視線が一斉にこちらへ向く。


ふ、不自然じゃないよね?芝居っぽくないよね?


「身内として、息子さんの言い分を聞いておくのは悪くありませんよ。

……それに、それだけの証拠があるからこそ、こんな勇気のある行動に出たのでしょう?カドヴィくん。」


 僕の冷ややかな視線が、カドヴィくんに突き刺さる。

その温度に、一瞬だけ彼の肩が揺れた。


だが――すぐに思い出したように胸を張り、自分は正しいと信じ切った者の、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ふん!貴様の気に入らない余裕もそこまでだ!

父上、俺は野盗が持っていたという武器を調べたんだ!

そうしたら、証拠隠滅の手がかりが残ってたぞ!」


 会議室の空気は、さらにざわついた。

議員たちの視線が交錯し、誰もが胸の奥に同じ予感を抱く。

面倒なことになるだろうと。


ただひとり、当の本人だけが気づいていない。


彼の、武器を調べた。という言葉にグランバル氏がピクリと反応する。

それを見たカドヴィ君が勝ち誇るように続ける。


「柄頭やリカッソに刻印の痕跡があったんだ!

これはどこかやましいことがあるから削られたんだろうな!

だが、使用している武器の材質や特長は隠せない!

俺の部下が武器の造りに見覚えがあるっていうんで調べさせたら、これを見つけたんだよ!」


 そう言って、カドヴィ君は机の上に一本の剣を叩きつけた。

金属音が会議室に鋭く響き、議員たちが息を呑む。

その剣は、襲撃者が持っていたものと酷似していた。

ただ、一点だけ決定的に違う部分がある。


「これは、レシクが独自のルートで手に入れた武器だ!

リカッソ部分を見てくれ!

この刻印!そう、リヴェリナ王国の王家の紋章だ!」


 カドヴィ君は、勝ち誇ったように剣を掲げる。


「つまり――襲撃者をそそのかしたのはリヴェリナのやつらだったんだよ!

領内で襲撃させることで、俺たちが不甲斐ないという印象を強調し、アーシェスタス家の評判を落とす!

その後、計画を乗っ取るっていう算段の、自作自演だったんだ!」


 彼の声は、確信と正義感で震えていた。

……だが、真実はもっと単純で、もっと悪質だ。


襲撃者が使っていた武器は、すべて刻印が削られていた。

だが、武器の特徴までは消せない。

だからレシクは、別のルートでリヴェリナ製の武器を手に入れ、それをカドヴィ君に渡すというシナリオを用意したんだ。


ほら、同じだろ?と親友から言われれば、彼は疑わない。

そして今まさに、彼はその偽の証拠を誇らしげに叩きつけている。


その発言に、グランバル氏は顔を伏せる。

僕も掌で顔を覆ってしまった。

なんなのもう。台本通りすぎるよ。


「わかったか、父上!

このクソエルフは襲撃を偽ったんだ!

あわよくば開戦の口実にできると踏んだんだろうな!

さあ、父上!いまこそこの不埒者を手打ちに――」


 ダン!っと地面を踏みしめる音が響き、直後に空がはじけるような殴打の音。

次いで、カドヴィ君が地面にたたきつけられる音が室内に響き渡った。

グランバル氏の腰の入った拳が、カドヴィ君の左頬を正確に、容赦なく殴り抜いていた。


「ちち……うえ……?」


 床に倒れ込んだまま、カドヴィ君が震える声を漏らす。

殴られた衝撃で、状況が理解できていない。


「……衛兵!衛兵はおらんのか!?」


 グランバル氏の怒号が会議室に響き渡る。

その声には、父としての情は一切なかった。

部屋の前で待機していた衛兵が、怒声に弾かれるように飛び出してきた。


「は、はい!こちらに!」


「貴様ァ!仕事を放棄して賊を部屋に招き入れるとはどういった了見だ!」


「は?で、ですが……?」


 おいおい、グランバル氏。

そりゃ無茶振りが過ぎるって。

衛兵くんだって領主の息子を止められるわけないだろうに。


「いいから、賊を捕らえろ!」


 あ、それはまずいかな。


ここにいるのはご領主様と、なぜか怪我をして尻もちをついて茫然としている息子さん。

そんな中でご当主様が賊なんていっちゃうと――


「も、申し訳ございません!――抵抗は無駄だ!大人しくしろ!」


 はい、賊は僕ですよねー。


うんうん、わかるよ。

なんせご領主様とその家族。

そして議員の皆様。


残ったのがお客さんの僕だったら、誰だってそう判断するよねぇ。

僕は両手を軽く上げ、僕じゃないですよアピールをしておく。


「馬鹿者ォ!誰がアルトゥス様を賊といった!」


「は……?」


「賊はそこにいる男だ!捕らえろ!」


「あ、あの……。ここにいらっしゃるのはカドヴィ様で……」


 グランバル氏の眼がギラリと輝き、一層厳しさを増す。

次の瞬間、衛兵は素早く応援を呼び、カドヴィくんを縛り上げ始めた。


縛り上げる最中に何度もグランバル氏の顔色を窺っていたが、何を手加減している!もっと強く縛れ!と息子に対する態度とは思えない怒声が飛ぶ。


その剣幕は、このまま斬り殺しかねないほどの殺気を帯びていた。

カドヴィくんは、さっきまでの尊大さが嘘のように萎縮し、怯えた子どものように震えている。


 だからといって、僕がこの場で執成し(とりなし)はしない。

だって、これはもう()()()()だからね。

そこに僕が譲歩することは、すなわちリヴェリナの国益を損なう行動になる。

特使として仕事を受けた以上、僕は今、公人なのだ。

私情を挟むわけにはいけない。


「グランバル氏。これはどういうことだろうか?」


 僕は声のトーン、そして室温そのものを一段下げた。

その変化に、何も知らない議員の方々が震えあがる。

丁寧に、しかし確実に『詰問』の響きを意図的に乗せて問いかけた。


「今回、私がリヴェリナ特使として訪問したのは、両国が今後も良好な関係を維持するため。

そう、アリヴィエ海邦側からの要請があったためです。

それが両国共通の認識であったと、私は伺っていますが?」


「……はい。その認識に相違はありません。」


 グランバル氏の声は低く、重い。

議員たちが息を呑む気配が、張り付くように伝わってくる。


僕はあえて、ゆっくりと言葉を続けた。

ここにいる全員が理解していたはずの前提を、丁寧に積み上げるように。


「ええ。ですので、私は今【リヴェリナ王国の代表】としてこの場に立っています。

この意味が、お判りですね?」


 僕はちらりとカドヴィ君に目線を落としながらそう告げた。

……ここまで言ってもわからないのか。

カドヴィ君はこの期に及んで僕をにらみつけている。

だから、僕は最悪のケースを具体的に語るしかなかった。


「……謀略を疑われ、失礼極まりない罵詈雑言。

あまつさえ、手打ち?

貴方のご子息は、リヴェリナに叛意をお持ちのようですな。」


 大国特使本人から告げられる『叛意』。

その重大さとその後の責任の所在の行先を察した議員が小さく悲鳴を上げる。

会議室の空気が完全に凍りつく。


「友好国と思っていましたが、残念です。

本件はリヴェリナ本国に報告いたします。

私も帰還は避けられませんね。」


 帰還と聞いたカドヴィ君の表情に喜色が差す。

……本当に、可哀そうな子だ。


「そのうえで、正式にアリヴィエ海邦国へ抗議がなされるでしょう。

今後、二度とアリヴィエ海邦とリヴェリナの友好はあり得ない。

国交は永久に閉ざされることとなりますな。」


 そして、その次の言葉に議員たちの顔色が一斉に青ざめた。


「その責任をアーシェスタス家で負っていただくことになる。

もちろん、ご覚悟の上で?」


「な、なにいってやがる!?お前がそもそも悪い――ゲハッ!?」


 言葉の途中で、グランバル氏の右脚が鋭く振り抜かれた。

つま先がカドヴィ君の顎を正確に捉え、鈍い衝撃音が会議室に響く。

カドヴィ君の頭が跳ね、口から血がだらだらと流れ落ちる。


「衛兵!猿轡(さるぐつわ)をかけておけ!」


「は、はい!!」


 衛兵たちは慌てて動く。

俯き、悔し涙を流しながら、カドヴィ君に猿轡がかけられようとする。


「少々お待ちを。」


 それを僕が止めた。


「な、なんだ!?情けをかけているつもりか!?」


 カドヴィ君に睨まれるが、冗談じゃない。

僕が猿轡を止めた理由は、慈悲なんかじゃない。

もっと冷酷で、もっと現実的だ。


「……カドヴィ=アーシェスタス。貴様にこれから尋問を行う。」


「は?貴様に何の権限があって!」


「口を慎め、カドヴィ=アーシェスタス。」


 僕は冷たく言い放った。

その瞬間、会議室の空気がまた一段冷え込む。


「お前はたった今、国家間条約における要人侮辱及び殺人教唆、内乱教唆、国家間紛争のきっかけを生み出した罪人として扱われるようになった。

これ以上の心象の悪化はアーシェスタス家の存亡に掛かるぞ。」


「は?なぜだ!?」


「害意を持って友好国特使の『殺害』を進言したからだよ。」


 僕は諭していない。

罪人に裁きを告げているだけだ。


その冷たさは、もはや刃物のようだった。

だが、突きつけられた不可視の刃の意味すら、カドヴィ君はまだ理解していない。


「この問題をリヴェリナに持ち帰った場合……アーシェスタス家は血、土地、歴史。

全てが世界から抹消される。」


 議員たちが息を呑む。

誰もが、今の言葉が誇張ではないと理解していた。


「そして、御父上、御母上、兄上――そして君の名前が、永久に汚名としてリヴェリナの歴史に刻み込まれるだろう。」


 僕の冷めた目と、冗談にしては重すぎる未来予想図。

それを聞いたカドヴィ君は、顔に困惑と――ようやく後悔という二文字の色を浮かべ始めた。


己が起こしたこの騒ぎの責任が家族に及ぶ可能性を示唆して、初めて繋がったのだ。


 ……遅い。あまりにも遅すぎる。

だが、それこそが台本通り。僕らは演じ切った。


 領主の息子をピエロにする、この胸糞悪い断罪という題名の茶番を。

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