第56話 そして三文芝居の幕があがる
「……以上のことから、土壌地質研究チームは、森に水がない理由を突き止めております。
また、動植物研究チームが現状水を貯める生態であるアーススライムの研究を通じて、森の土壌を荒野側に再現する研究を進めております。」
僕は張り出された森の地図の右上部分の未踏破地区を丸で囲んで強調した。
「ただ、土壌は再現できても先に述べたように水源確保の問題は解決しておりません。
荒野に広い農地を敷くためには、水源の確保は必須となります。
そのため、今後は森の奥にある未踏破地区の探索は避けられません。」
会議室の空気がわずかにざわつく。
僕はその気配を感じながらも、淡々と説明を続けた。
「質問があります。
森の開墾は中断する方向とありますが、その意図がよくわかりません。
森の土壌は良いものなのでしょう?
引き続き作物を作り続けても良いのでは?」
ある議員が手をあげてそう質問した。
「はい。こちらは当初の計画に立ち返る必要があるからですね。」
僕は頷き、視線を会議室全体に向ける。
「この事業は、荒野の土地を有効活用することが目的としてスタートしました。
これまでは荒野での水源確保が難しく、断念したという経緯があります。
しかし、水源確保の目途が立てば、森を拓く必要性がなくなります。
従来の森をそのまま農地にしていくという方法より、当初計画を推進するほうが重要と判断しました。」
「早計ではありませんか?」
「水源はまだ見つかっていないのでしょう?」
「新しく中継拠点を開拓するということに労力を割くよりは、現状の開拓拠点の規模を拡大させ、森林南部を巨大な農地にするほうがよいのでは?」
複数の声が重なる。
もっともな意見だ。
だが、それは森林という有限な資源に頼りすぎている。
何より……。
「現在の森林部を巨大農地にするには、莫大な労力が必要です。」
僕は確信を込めてそう言い切った。
強い断言に、疑問の声をあげた議員たちの顔が引き締まる。
「あの森の樹々は、先にも申し上げた通り、地中深くまで根を張り、アーススライムの粘菌で強く岩盤と結びついています。
農地転用のために、その樹木を全て処理しないといけないということをお忘れなきように。」
そういって、事前に配っていた資料を示す。
そこには、ミランゼさんとアイゼンくんがまとめたスライムの粘菌実験の結果が書き込まれている。
内容を確認していた議員の何人かが、それを思い出して唸った。
「そして、この事業はアリヴィエ海邦の国策として計画されているということから目を背けてはいけません。
森に接しているメイキドルア領だけが潤う計画ではなく、荒野各地で持続的な農地発展が可能であるというロールモデルを作らなければいけないということにご理解をいただきたい。」
国策であるというところをひと際強調する。
「どちらにせよ、メイキドルア領に面した森から水を引っ張ってくるのでしたら、メイキドルア領が国の食糧庫の役目を担うことになるのでは?」
違う議員が口を挟む。
うんうん、それももっともだね。
結局メイキドルアが広大な農地を作るという役割を担う。
農地の場所が、森であろうが荒野であろうが関係ないと思うのは自然なことだ。
「外から見える絵面と印象が大切なのです。
森を大規模に農地転用し、国策として予算を計上された計画の【ゴール】として他領が見たとき、彼らはどう思うでしょうか?
おそらく、『メイキドルア領は地理的優位があったのに、国に頼って自分たちの懐を守った』と印象づけられるでしょう。」
「む……。」
「もちろん、荒野側を開いた場合も地理的優位を指摘されることは免れません。
しかし、国が計上したのは荒野の農地転用のための予算です。
結果として荒野を農地にできたという実績を得られれば、こちらの言い分は格段に強くなります。」
「なるほど。」
「さらに、荒野側の農地ができた場合、そうですね……。
例えば収穫物の3割を国に納める契約をこちらから切り出すことで――」
「さ、3割も!?それは賢者殿、少々国が持っていきすぎでは……?」
僕が3割という具体的な数字をいうと、ある議員が椅子をガタンと倒し慌ててそういった。
気持ちはわかるが、たとえ話だし、最後まで話を聞いてくれよ。
「ええ、ですから中継拠点と開拓拠点を保持するのです。」
僕はにやりと笑ってそういった。
「森で得られる資源は、これまで通りメイキドルア領内で流通していたものです。
荒野側に農地ができた後は、それらは当然メイキドルア領の資産になります。
つまり――その後どう扱おうと、国も他領も口を出せない。」
利に聡い議員たちは僕が示す意図を瞬時に理解し、喉を鳴らした。
つまりこれは、中継地点という名の森林資源採取ルートを、今のうちに国の予算で整備してしまおうという、あくどい提案だ。
その提案が呼び水となってしまった。ある議員がぼそりと呟く。
「……国にさらに恩を売るならば、数年間は荒野側の農地を完全に国有化してもらってもいいのではないか?」
「農地を管理する人手はどうするのですか!?」
「それこそ、予算を貰う口実になる。
働き手はむしろ、雇用にあぶれている領民もいるのだ。
彼らに職を与えつつ、その費用を国に補填してもらえればよいだろう。」
「バカも休み休みいえ!そんな簡単に中央が予算を出すか!」
「出させるためにも、国有化させてしまえばいい!
なんなら、農地になった土地を貸し出すという名目をつければ、中央だって文句はあるまい!」
「そのために領土を国に差し出せというのか!
貴様、それでもメイキドルア領民か!?」
「貸すといっているだろうが!
そもそも国策であるはずの食糧自給率の向上のために実際に手を動かしているのは我らだぞ!?
荒野に農地ができるという実績さえ生み出せたら、国が引き続き面倒を見るべき話になるのは必然だろうが!」
あ、やっばい。
議論が紛糾しすぎて本来の話題から逸れつつある。
僕はちらりとグランバル氏に目配せをする。
彼は、少々眉を顰めるけど、僕より効果的だもん。
立っている者は領主でも使えってね。
というわけで、お願いの視線をぶつけると、彼は少しだけため息をついて手を叩いた。
「静まり給え、諸君!」
厳粛な声色が含まれるその一声で、紛糾する会議室の空気が一瞬で引き締まった。
「今日の議題は今後の開拓計画についての進捗報告、及び質疑応答だ。
中央だの、利益の確保だの、そういった話は含まん!
そのような内輪の心配事は、アルトゥス様に聞かせるような話ではない!」
「も、申し訳ありません、閣下!しかし、将来的には……。」
「それらを今は考えるなと言っているんだ。」
グランバル氏の声が、静かに、しかし諭すように響く。
「諸君らは、今は計画の進捗や今後の方針に対する疑問や課題に集中したまえ。
……もう一度言うぞ。
『今は』考えるな。
その視点は必ず後で課題になる。
会議の後、各議員は課題を持ち帰ってプランを練ろ。」
そして、少しだけ声を落とす。
「中央に金を出させる方向だけで考えるな。
金を出させるということもリスクだと思え。
こちらが一方的に恩を売る方法も考えろ。
メイキドルアもアリヴィエの一部であることを忘れるなよ。」
会議室に、静寂が戻った。
中央の資産は国家の血液。
そして、打算を忘れるなという領主としての厳命。
何より、資金という大きな力を畏れる権力者の、重い警告だった。
中央の金とは打ち出の小槌ではない。
それありきで考えると、後で必ず痛い目を見るだろう。
なんなら、借金くらいの気持ちのほうがいい。
グランバル氏は、中央に金を出させずに済む方法が望ましいと考えている。
つまりは、返済計画。
そして、将来的な貸し付けまで視野に収めているのだろう。
議員たちもその表情から、この領主の深謀の一端を嗅ぎ取った。
しばしの間、メモを残す筆の音だけが会議室に響いていた。
「では、続きをどうぞ。アルトゥス様。」
「ああ、ありがとう。それじゃあ続きを――」
僕はひとつ咳ばらいをして、続きを話そうとした瞬間だった。
ドカン!
爆ぜるような大きな音を立てて、会議室の扉が開け放たれた。
議員たちが驚愕の声を漏らし、一斉に扉へと振り返る。
領主が参加している会議室に前触れもなく乱入するような無礼、それは急報、急変、緊急事態を意味する。
だが、そこに立っていたのは、兵士ではなかった。
「リヴェリナ特使!大人しくしろ!」
全身から怒り、そして妙な自信を漲らせた青年。
カドヴィ=アーシェスタス。
彼の登場に、一部を除いたすべての人間が戸惑いを感じている。
何のつもりだ?と。
そう、一部を除いたすべての人間だ。
その一部に含まれていない人間が複数人いる。
僕とグランバル氏という脚本家。
そして、その脚本家が用意したシークレットゲストが複数名。
驚いたふりをしているが、『温度』は嘘をつかない。
むしろ、本当に始まったことに対する呆れを感じた。
幕が上がる。
僕は、冷徹で厳粛な隣国の使者という仮面を音もたてずにそっと取り付けた。
大丈夫。こう見えて、僕は器用だからね。
素敵なショーになると思うよ。
ただし、見終わった後にいい気分になれるかは保証できないけれどもね。




