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第55話 父は子を見ず、領主は駒を見る

「随分なご挨拶だったね。少しは教育したらどうなの?」


「申し訳ありません。事が終われば、性根を叩き直します。」


 深々と頭を下げるグランバル氏に、僕はため息を漏らす。

冷静なように見えて、やはり父親だな。

あの不甲斐なさに一定の責任は感じているし、それを恥じてもいるようだ。


「あれでも、昔は聞き分けのよい子でした。

家では常に領民のために、アーシェスタス家の誇りをもってまっすぐ育っていた。


……と、思い込んでいたようです。

実態を知ったときには、あれは人の言うことを聞く子ではなくなっておりました。」


 その声には、悔恨と諦念が入り混じっていた。

父親としての後悔と、領主としての自責。

どちらも隠しきれない。


「森に出したのも、自立を促すため?」


「ええ。しかし、忙しさにかまけて帳面としか向き合っておりませんでした。

全ては私の不徳の致すところ。」


 小さくため息をつき、眉間を指で押さえる。

その姿は、老獪な政治家ではなく、年頃の男子に悩まされる父親のようであった。


「今回の件で、自身の未熟さを思い知りました。

アルトゥス様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。」


「……僕は別にいいさ。

でも、現場で頑張ってたオッドモンドくん達には伝えておく。

ああ、君が直接頭を下げちゃダメだよ。

組織の頭は、下げるタイミングを誤ってはいけないからね。」


 僕がそう言うと、グランバル氏は静かに目を伏せた。

次に目を合わせたときに見えた彼の表情。

それは、厳格な領主の顔つきだった。


「下げるのは1回。最大の効果が得られる時、ですな。」


「その通り。

全てが終わったら、一度だけ全員に頭を下げるといい。領主としてね。」


 部屋の空気が、わずかに張りつめた。


領主の矜持とは何か。


その重さを、互いに確認するような沈黙が流れる。


 領主たるもの、民に簡単に頭を下げる姿を見せるべきではない。

それは弱さを晒すことだ。


弱さは侮りを生む。

領民は強く頼もしいものに己を委ねるものだ。

だからこそ、軽率に下げてはいけない。


ただ、下げないのもいけない。

頭を下げるのは己の不甲斐なさを伝えるときではない。

未来に進むときに、引き続きついてきたいメッセージを持ってきたときだ。

再スタートを切るときに頭を下げるべきだ。


その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに変わった気がした。

グランバル氏の背筋が、ほんの少しだけ伸びた。


「さて、気が引き締まったようだね。

まったく、政治の話をしているときの君は頼もしいのに、息子が絡むと形無しだな。」


「まったくです。まだまだ学ぶべきものは多いということですな。」


 彼はそう言って苦笑を浮かべる。

その笑みには、父としての情けなさと、領主としての自嘲が入り混じっている。

しかし、その苦笑の奥に別の色が潜んでいるのを僕は見逃さなかった。


「それじゃあ、本題に入ろうか。」


 僕がそう切り出した瞬間、グランバル氏の苦笑はすっと消えた。

まるで仮面を付け替えるように、冷徹で厳粛で――そして、老獪な古狸らしい表情へと戻る。


空気が変わった。

さっきまでの父親はもういない。


ここにいるのは、アーシェスタス家を率いる領主であり、何十年も政治の荒波を泳ぎ切ってきた男だ。


 僕にはわかる。

その仮面の馴染み方で。


どちらが本当の彼なのかなんて、もはや彼自身にも分からないのだろう。

父としての顔も、領主としての顔も、古狸としての顔も。

すべてが彼の本性であり、すべてが役割でもある。


そして彼にとって、その仮面をつけることは、笑顔を浮かべるのと同じくらい自然な行為なんだ。


だからこそ、ここから先は本音だ。

政治だ。

策略だ。


さあ、僕らの戦い(よからぬ企み)の話を始めようじゃないか。


僕が促すと、グランバル氏は静かに息を吐いた。


「カドヴィは、レシクと今も通じております。」


「予定通り?」


 僕がそう聞き返すと、グランバル氏はこくりと頷いた。

その頷きは、すでに勝ち筋を見据えた者の確信を含んだものだった。


「ええ。両名の動きは完全に掌握しております。

レシクがある情報をカドヴィに渡したことも、こちらの想定通り。」


「……武器のことだね?」


「流石ですな。

邸内に保管されている例の武器の存在を、レシクがカドヴィに吹き込んでおります。」


 僕は額を押さえた。

あれに本当に引っかかるやつがいるとは思いたくなかった。


あの武器は、リヴェリナ製。

意匠も素材も、僕が見れば一発で分かる。

野盗が持つには立派すぎるし、流通経路を辿れば必ずリヴェリナに行き着くように仕組まれている。

つまり、あれを証拠として持ち出すこと自体が罠だ。


「カドヴィは既にその武器を押さえております。

特使襲撃そのものが、リヴェリナの……いえ、アルトゥス様の自作自演だったと、どこかでぶちまけるつもりなのでしょう。」


「バカだなぁ……。いや、バカなんだけどさぁ……。」


 僕は心底呆れた。

あれは、少し考えれば罠だと分かる代物だ。

普通なら、そんなものが使われているのだとしたら、その武器をこちらに抑えることそのものが相手の思惑であると普通は気づくはずだ。


でも、あの子は考えなかったんだね。

信じたのは、幼い頃から共に育った友の言葉。

理屈より、感情を優先させる。そこにつけこまれ、利用される。


「カドヴィは、もはやずっと共にいたレシクという兄弟同然の友を救わなければいけないという正義に酔いしれております。

その酩酊は、私の叱責という水を差し向けても効果はありませんでした。」


 その言葉の温度に、僕は目を見開く。

これは、息子の不出来を憂う仮面をつけたときの声じゃない。


「なので、利用します。

カドヴィには、このまま断罪騒ぎを決行してもらいましょう。」


「……息子はそのまま、道化(ピエロ)の自覚を与えないということ?」


「ええ。

レシクもカドヴィに解放させてしまいましょう。

アレは最後に犬笛になってもらう必要がありますから。」


 僕は眉間を押さえてため息をつく。


「……キミねぇ。息子に罪人の役目をさせる気?」


「ええ。この計画が上手くいけば、アレも実は演じていたというシナリオにできますからね。」


 まったく、本当にろくでもない。

彼が言っているのはつまり。


「息子はそのまま何も分からないまま外交問題を起こさせ、さらには国家反逆罪を犯した罪人を解放させるという罪を重ねさせる。

事が終わる最後まで彼は何も知らないまま自分の無能さを悔んで大人しくなる。

その隙に、今回の件を起こした黒幕を掌握して幕引きを図るってこと?」


「まさしく。

準備が整ったので、アルトゥス様にも舞台で演じていただきたいのです。」


 いやはや、とんだ父親だ。

扱いにくい性格に育ったことを悔やんで彼に何もさせないのではなく、そのまま無様に踊らせる。


非情にも程がある。

つまり彼は、既に父親としてカドヴィ君を扱うことを放棄している。

そこにある駒として、きっかけを作る先陣として。

……捨て駒にする覚悟を決めているんだ。


「自責の念に駆られて、命を絶つかもしれないよ。」


 忠告を挟む。


思い込みの激しそうな若い青年なんだ。

己がやらかしたことで大きく傷つくだろう。


正義感ある彼が、己の正義のせいでアーシェスタス家の危機をもたらしたと気付いたとき、いかほどの衝撃が彼を貫くことか。

その痛みに、彼は耐えきれるのだろうか。


「耐えられぬのなら、いつかそうなるだけです。」


 その言葉に、僕はため息をついた。


……哀れな。


そう育ててしまったのもグランバル氏の責任があるというのに。

それでも、彼はメイキドルアの領主として彼が潰れたとしたらその時はその時と割り切る気なのか。

僕は眉間を指で揉んでから、もう一度聞く。


「決意は固いんだね?」


「もちろんです。私はメイキドルア領主ですから。」


 僕はその答えを聞いて、決意の固さを知った。

父としてではなく、領主としてそこにある選択肢を最大限利用すると、彼は決めたのだ。

ならば、僕はもう言うことはない。


「……わかった。僕にどうしてほしい?」


 僕がそういうと、彼はニイと口端を吊り上げた。

その笑みは、老獪な古狸のそれだった。




 その後、僕らの企みの話はしばらく続いた。

本当に、こってりしたものばかりお出しされて、胸焼けしそうだ。

でも――正直に言うと、僕も性格が悪いなって思った。


彼の計画自体は、本当に面白いものだった。

彼は、全ての情報をその手にしていた。

黒幕も、その背後にいる者も、その狙いまでも。


相手が何を仕掛けようとしてくるのか、そのプラン、対策、逃げ道すら事前に抑え込む。

それが彼の戦い方だった。


彼を貶めようとしたほうが、入念な準備をした傍から落ちていく。


それはもう、真っ逆さまに。

無様に。

滑稽に。


その手際を裏方で眺めていられるなんてこんな愉快なこと、そうそうない。


 これは、絶対に人には言えないよなぁ。

こんなことを楽しんでるなんて知られたら、僕の性格が疑われちゃうもの。


 僕らだけが、舞台裏を知っている。


この密談で話された、一部の役者しか知らない台本で描かれた演劇。

これからアーシェスタス家という会場を揺るがす大騒動という名のピエロたちの大喜劇。


その一部始終のすべてが、既に準備されていたということを。

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