第54話 カドヴィ=アーシェスタスという青年
さて、サリティさんや。
僕は馬車の中でカドヴィくんについて聞いていたけど、君はなんて言ってたかな?
「……ん。直情的バカ。
でも、流石に御屋形様の前ではまともな態度くらい保てる程度に礼節はある。」
「……あれは何?」
僕が小声で言うと、サリティさんはそっと顔をそむけた。
ちょっと、事前に聞いてた話と違うじゃん!?
あの漏れ出る殺気、礼節の「れ」の字もないんだけど!?
僕は笑顔を張り付けながらもサリティさんに無言の抗議を続ける。
が、彼女もここまでバカとは分からなかったんだと小声でぶつぶつ言うだけ。
横のグランバル氏も涼しい顔だ。
後で覚えてろよ。
***
さかのぼること数刻前。
日の光が真上に登った頃だった。
「あらためて、カドヴィ=アーシェスタスについて聞いておきたい。
サリティさんから見て、彼はどんな人?」
馬車の中で僕はそう尋ねた。
彼は、僕にとって最後の障害だと認識しているんだよね。
正直、彼自身にどうこうされることは問題ない。
多少の鬱陶しさはあるかもしれないが、彼の干渉によって僕の立場が揺らぐことはもう考えられなくなったしね。
だだ、彼の立場は厄介でね。
彼は僕に協力的なアーシェスタス家内部に存在する敵対者。
獅子身中の虫。
それが今の面倒な状況を生んでいる。
内部の虫はできれば可及的速やかに排除したい。
だが、カドヴィ君は領主の息子だ。
その地位と立場は、彼を守っている。
無理に引っぺがせば、痛みと血は避けられない。
患部だけをうまく摘出するには相応の手順と配慮は必須だ。
獅子が怪我を負うこと。
それは僕にとって仕事がしにくくなるのと同義だからね。
ムッセタリア?
そっちはどうでもいいよ。
敵だってわかっているようなものだもの。
彼を大人しくさせたら僕にとっては「外敵」しかいなくなる。
これはとても楽だ。
何しろ、外側だからね。
安心して僕が力を揮うことだってできる。
こちらの情報も得られていないだろうし、喉元で大きく暴れ散らかせば二度と逆らうことはないだろう。
だからこそ、最後の障害カドヴィくんをどう扱うかが重要なんだ。
そのための情報を得るために、あまり彼にいい印象を抱いていないサリティさんに話を聞いたのだ。
「前にも言ったけど、あれはとっておきのバカ。
正義感はあるけど、ズレている。
自分が良いと思ったほうが正義で、思い込みで肩入れする。
力の強さを誇っていて、ガルデス隊長のようになりたいといっている。
隊長は強いから、机に向かっては強くなれないといって勉強はしない。
それこそ、御屋形様が何度注意しても一切反省しない。」
強くなれない、のところを悪意たっぷりなモノマネを挟みつつ、サリティさんは続ける。
「助けを求められると真っ先に前に出る人の好さがあるけど、最初の言い分しか聞かず、相手側の事情を聞かない。
おかげであいつの周りはそれを利用する悪い友達ばかり。
一応、本当にあいつに助けられた人たちも多いから、それなりに支持はされている。」
「あー、もう大体察した。
性質は善人だけど、頭悪くて自分で考えないから間違ったり、騙されるタイプね?」
「うん、それ。憎めないバカ?
ちょっと違うか。
えっと、無能な働き者。
御屋形様の息子じゃなきゃ、みんな世話したくない。」
だいぶ辛辣な評価だ。
まあ、なんとなくどんな子なのかは察した。
以前から聞いていることから考えても、それ以上の裏はなさそうだ。
とすると、彼は本当に担がれているだけと見たほうがいい。
担ぐ神輿はできるだけ派手で目立つほうがいい。
そして、本人がお人よしのバカなら懐にも入りやすいだろう。
じゃあ、やっぱり彼を煽動していたのは卑屈くん……じゃなくて、従者のレシクと思ったほうがよいのかな。
「ちなみに、カドヴィ君と、この前の従者くんはどうなったっけ?」
「ん?隊長から聞いてなかった?
カドヴィは、従者に全権委任して管理者としての仕事を放棄してたことを御屋形様から鬼詰めされて、自宅謹慎中だよ。
かなりみっちり怒られたみたい。
従者はまあ、それ相応。
隊長自ら尋問してたしね。」
サリティさん曰く、レシクはガルデスくんの尋問でズタボロ。
五体満足ではあるものの、逆らう様子はなくなり、大人しいものだそうだ。
ただ、彼がやったことは特使殺害未遂。
これに関しては言い訳のしようもないし、処刑は時間の問題とのことだ。
「カドヴィはレシクをかばっているみたいだけど、そもそもあいつが全権委任なんてしなければこんなことにはならなかったはずだろうと御屋形様から余計に怒りを買ったらしい。
今はかなり大人しくなったみたい。
これから会うことになるだろうけど、御屋形様が近くにいるなら、無茶はしないはず。
さすがに外面整えるくらいはできる。」
***
そういってたじゃん、サリティさん。
僕はグランバル氏の後ろに控えつつ、背後に黒いオーラのようなものを纏った幻が見えるくらいの殺気を放つ彼。
僕は、それを一身に浴びながら、小声でつぶやいた。
「外面ってなんだったの?」
「バカは予想を超えるからバカってこと。私のせいじゃない。」
本当に勘弁してほしい。
「おお!これはアルトゥス様!
お待ちしておりました!
急にお呼びたてして申し訳ありませんな。」
そんな僕の心がわかってか、わかってないのか。
グランバル氏から大変白々しいねぎらいの言葉をかけられた。
「グランバル氏からのお呼びとあらば、飛んで参りますよ。」
僕は軽く会釈をしながら、形式的な返事を返す。
視線だけで後で説明してもらうからねという気持ちを込めたけど伝わっているかな?
彼なら伝わるよね。
丁寧に視線を避けた。
絶対わざとだよね。
そして、睨みをやめない息子の肩を押し、紹介する。
「アルトゥス様とは初対面でしたな。こちらが息子のカドヴィでございます。」
そういって青年が一歩前に出てきた。
歳は16から18の間といったところだろうか。
栗色の髪は短く整えられ、外で動き回っているのか少し日焼けしている。
鍛え込まれた体つきは、若い兵士のように引き締まっていて、戦士らしい迫力は備えている。
ただ、眼つきが鋭すぎる。
眉間には深い皺が刻まれ、僕を見た瞬間、そこにさらに一本増えた気がした。
若いな。
というよりは、幼い。
どこか野生味を帯びた、青臭い若さ。
なんていうか、グランバル氏のような冷徹で厳粛な雰囲気がひとつも見当たらないのが、本当に親子なのか?と問いたくなるような、正反対さを感じた。
カドヴィくんは、礼儀正しい姿勢を取ろうとしている……ように見える。
でもね、僕に向けられる視線。
それはどう見ても敵を見る視線なんですよ。
「……はじめまして、リヴェリナ特使殿。
ご紹介にあずかりました。カドヴィです……。」
声は淡々として、お辞儀も所作も丁寧。
感情すら大変ご丁寧に「憎悪」を包んでらっしゃってますね。
ええ、「お気持ち」で全く包み込まれていないどす黒いやつが包みから箱から漏れ出てますよ!?
僕は笑顔を貼り付けたまま、勘弁してよと心の中で叫んだ。
しかし、グランバル氏あからさまにこれをスルー。
まるで息子の殺気など存在しないかのように、涼しい顔で僕に向き直る。
お前、ほんと後で覚えてろよ。
「さて、まずはこれまでの一連の件について、改めて謝罪を。
まさか、森での監督を任せていたはずの息子がその任務を放棄し、あまつさえ従者にその権限を預けて専横を放置。
さらにはアルトゥス様の命を狙っていたことすら把握していなかった。
こちらの教育の落ち度です。
大変申し訳ありませんでした。」
そう言って、グランバル氏は深々と頭を下げる。
僕はそれに少しムッとした。
いや、あなたが頭を下げるのは違うんだよなぁ。
僕は内心でツッコミを入れつつも、表情は崩さない。
まあ、監督不行き届きという面では、責任者が頭を下げるのは当然ではあるんだが、目的はこの後だよね。
「……何をボーっと突っ立っておる、カドヴィ。
貴様、父に頭を下げさせていることに対して思うところはないのか?
それほどまでに恥を忘れたか?」
そう、こっちが本命。
カドヴィ君は、自身より先に最高責任者である父親が僕に頭を下げている意味を把握しているのだろうか?
してないだろうなぁ。
頭を下げる父親に侮蔑の表情を浮かべていたカドヴィくんだったが、自ら矛先が向いた瞬間、ビクリと肩を揺らした。
お前のせいで父が頭を下げる羽目になっている。
そう言外に突きつけるような声音。
聞き分けのない子供を諭すような、しかし容赦のない響き。
彼は、歯ぎしりするように顔を歪め――
「……申し訳、ありませんでした。」
絞り出すように頭を下げる。
握る手はぶるぶると震え、血が滴りそうなほど強く握られている。
口端からはギリィ、と歯ぎしりの音が聞こえた気がした。
誠意も心も籠っていない。
最低の謝罪だ。
言葉と感情が真逆すぎる。
その瞬間、横から冷気が走った。
マダム・アルフリーダ――カドヴィの母が、氷のような視線を息子に向けていた。
初めてお会いした時の優しい視線じゃない。
冷徹なまでの、心臓を掴んで握りつぶさんばかりの圧。
カドヴィはビクリと肩を震わせ、あからさまに動揺する。
……反省しない。謝り方を知らない。場をわきまえない。
その上、母に頭が上がらないか。
最低の印象が一瞬で完成した。
正直、家族の喧嘩にこちらを巻き込まないで欲しいんだよね。
「気にすることはないよ。
もう終わったことだしね。
『そんなこと』より、今日呼ばれた理由のほうが重要な気がするんだけど。」
僕がそう応えると、終わっただとというつぶやきが聞こえてきた気がした。
うん、終わってるよ。
この謝罪だって形式的なものだから。
それを知らないのは、そう呟いた彼だけなんだろうね。
「それもそうですな。では、奥までご案内します。
――カドヴィ、部屋に帰っていろ。
後で話がある。大人しくしていることだ。」
グランバル氏はそうって踵を返した。
背を向けられたカドヴィ君は悔しそうに俯くだけだった。
僕は黙ってグランバル氏の後ろについていく。
そのすれ違いざま、カドヴィくんが吐き捨てるように小声で呟いた。
「……今に見てろ。リヴェリナの犬が。」
おーおー、よく吠える。
僕は心の中で肩をすくめた。
君の思惑なんか、どうでもいいんだよ。
僕はこんな茶番はさっさと終わらせて、森に早く帰りたいの。
どうせこれから本当の黒幕のことやら、古狸の計画やらこってりしたものばっかりお出しされて胸焼けすることになるのは目に見えてるんだしさ!
あー、もう!早く宿に帰って麦酒飲みたい!
……まあ――彼に舐めた態度をとられたことは、忘れないけどね。




