第53話 足りぬ人材 いらぬ面倒
オッドモンドくんと認識を合わせたあと、僕たちは拠点の外れへと足を向けた。
朝の空気はまだ冷たく、身を縮こませる。
しかしその中に混じる勇ましい掛け声が、眠気を吹き飛ばすように響いてくる。
「アルトゥス様!長官!おはようございます!全員、敬礼!」
「「おはようございます!」」
「あ、はい。みんなおはよう。邪魔してごめんね。気にせず訓練続けてね。」
「「ハッ!ありがとうございます!!」」
ここは、メイキドルア領軍の軍人、ガルデス=ミックハイラ率いる部隊の駐屯所だ。
朝の鍛錬をしていたと思しき若者たちが一斉に僕に敬礼して挨拶をする。
本当に元気だね。
頼もしいことは間違いないけど、この全力の挨拶はちょっと怯むんだよなぁ。
「相変わらずの人気ですね、アルトゥス様。」
「キミもあいさつに含まれてるんだから、ちゃんと返しなさいよ。」
揶揄うオッドモンドくんに仏頂面でそう返す。
まあ、あれがほぼ僕への挨拶だってことは、ほかならぬ自分自身が一番分かってる。
だから彼は肩をすくめるだけだ。
なんか、兵士の皆さんが僕に対して妙な敬意を抱いてしまっているんだよなぁ。
その理由に思い当たらないわけじゃないけれど、やっぱり少し居心地は悪いよね。
これも愚痴ることはあるけど、隣国の特使様となれば正しい対応ですよねとスルーされてしまう。
酷くない?
大体、この扱いになってしまったのには原因があるんだよね。
「おはようございます、アルトゥス様。」
「ん、おはようアルトゥス様。相変わらず人気者だな。」
はい、原因2人です。
メイキドルア領内最強格のこの2人。
ガルデスくんとサリティさん――サリティ=メーアガルド。
彼らが僕に対して過剰なほど丁寧に接するせいで、部下の皆さんまで僕を変に持ち上げるようになってしまった。
しかも事あるごとに、僕が模擬戦で2人をあしらったと言いふらすものだから、尊敬の眼差しが止まらない。
「いや、うちの部下達は実際に私との模擬戦を観ておりましたからね?
なので、私がいうまでもなく、こうなることは自明の理であったかと。」
「あーあーあー!聞こえない聞こえないー!」
ガルデスくんからの余計な追撃に、僕は両耳を塞いで全力で拒否した。
サリティさんからは呆れ顔を向けられ、オッドモンドくんに至っては何事もなかったかのように会議の準備を進める有様だ。
最近みんな僕を雑に扱いすぎじゃないかな?
「敬われたいの?」
「慕われたいです……。」
「ん、みんなアルトゥス様を慕ってる。問題ないな。」
「アルトゥス様、不貞腐れてないで席に着いてください。
ガルデス殿達も忙しいのですよ。」
「だから、敬意!!」
本当に失礼しちゃうよね。
いろいろ言い返したい気分にはなるけど、時間がないのも事実だ。
渋々席に座ると、間髪入れずに森の地図が机の上に広げられた。
そこには、トゥガナト麓へ向かう予定の林道が赤線で引かれている。
「気を取り直して、はじめようか。
林道整備の件なんだけど……ガルデスくん、サリティさん。
今日は軍部の2人に相談したいことがあってね。」
僕がそう切り出すと、二人は即座に表情を引き締めた。
さっきまでの軽口が嘘のように、視線が地図へと吸い寄せられる。
この切り替えの速さは流石だね。
「当面の目標として、トゥガナト麓までの道を整備して、森の奥までの往来をスムーズにできるようにしたいと思う。
目的は、現在の森の捜索範囲を広げるための中継拠点の建設。
そして、資源の確保が目的だ。」
僕はトゥガナト麓付近を丸で囲みながら説明する。
「ふむ。とすると森に道を作るための人手が必要になりますな。」
「えー?土木工事?」
サリティさんが、人手と聞いて露骨に嫌そうな顔をする。
ん?もしかして勘違いされちゃったか?
「サリティ、我々に工事を頼むわけないだろう。
開拓地にはその為の人員が集められているんだ。
我々に聞きたいのは、作業者を守る護衛をどうするか、ということでしょう?」
「うん、察しが良くて助かるよ。」
そう。森の中で作業してもらう以上、林道整備する人たちの身を守る存在は必ず必要になるのは先に話した通り。
問題は、それをアーシェスタス家の軍で対応するか、それとも護衛専用の民兵――つまり傭兵を雇うかという選択だ。
どちらにもメリットとデメリットがある。
「まず軍を使う場合だけど……これは理屈としては正しいんだよね。
この事業は国家事業といっても過言じゃないし、現状アーシェスタス家が請け負っている以上、軍が支援するのは自然だ。」
僕は地図を指で軽く叩く。
「ただし、外から見える印象が問題になる。
理由をつけてメイキドルア領だけ兵士の予算を増やしている、と他領から突っ込まれる可能性がある。」
僕をよく知っているヴァルエルナ領家のトルマド殿なら理解は得られるだろう。
だが、ムッセタリア領家。
あそこは僕の存在を快く思っていない。
国家予算で領軍を養っているといちゃもんをつけられる可能性は高いだろう。
「それなら、民間の傭兵を雇うほうが角は立たないでしょうね。」
オッドモンドくんが補足する。
「そう。外聞はいい。でも、傭兵は危ないんだよな。」
僕は少し声を落とした。
「悪意のある第三者が紛れ込みやすい。
傭兵を装った刺客を差し向けられる可能性は、軍の比じゃない。
それに、国家事業の予算を傭兵に使うのか、と結局別の角度から攻撃される可能性もある。」
傭兵は外から見える体裁は良いが、内部の安全保障としては最悪だ。
それに、私兵を集めているという言いがかりも可能といえば可能なんだ。
こうなると、同じいちゃもんをつけられるとしても、信頼性の高い領軍に頼んだほうがまだ安心ではあるんだよな。
僕がそう考えていることを察したのか、ガルデスくんがすぐに口を開いた。
「可能であれば、我々軍部で請け負いたいですね。
訓練にもなりますし、実地経験は兵の質を上げます。
傭兵を雇うよりも費用を抑えられるでしょう。」
ありがたい申し出だ。
サリティさんも静かに頷いている。
ただ、軍を使う以上、慎重に進める必要がある。
僕はオッドモンドくんへ視線を向けた。
「軍部の協力はありがたいです。
しかし、費用に関しては予算を計上すべきでしょう。
軍部の行動として計上しては、後々流用を疑われかねません。
きっちり開拓予算として処理すべきです」
そして、彼は少し声を落とした。
「また、相応の危険がある任務だと兵士に理解を求める必要があります。
森の獣は基本的におとなしいですが……熊や、危険な生物もいます。
護衛といっても、場合によっては命に関わることもあります。」
うん。軍を使う以上、外からの疑いは避けられない。
でも、そこは運用で回避できる。
予算をこちらで計上し、帳簿をきっちりつければ反論は可能だ。
問題は、兵士たちへの説明だ。
戦時でもないのに命の危険がある任務だということは、事前にしっかり伝えなければならない。
「そうだね。オッドモンドくんの言う通りだ。先の二つは前提に入れよう。」
僕は指を二本立てて確認する。
「まず、任務にあたって発生するお金は開拓予算から計上すること。
そして、護衛の役目は第一に、作業従事者を安全に退避させること。
第二に、遭遇した野生動物の情報を取得すること。
あくまで護衛含めた安全確保が任務だ。」
そこまで言ってから、僕はガルデスくんを見た。
「この意識を徹底するように、ガルデスくんから説明してほしい。いけそうかな?」
ガルデスくんは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに深く頷いた。
「……了解しました。当人を含めた人命救助と退却を徹底するよう通達します。」
「うん、頼むよ。
兵士としてではなく、過酷な自然で危険を回避するための実地訓練だと思って対応してほしい。」
「ん。そう聞くとやる気がでるな。
野生は急に牙を剥く。
生きた訓練として、兵士には有用。」
サリティさんが張り切った声を出す。
いや、張り切るのはいいんだけど。
サリティさん、あなたは僕の護衛だからね。
流石にこの任務に就くことはないはずだよ。
僕は心の中でそっとツッコミを入れた。
まあ、それは一旦置いといて。
「……あと、林道整備の際に出る木材や掘り返した土はできるだけ拠点に持ち帰ってほしい。
できれば搬送も手伝ってもらえるかい?」
僕がそう言うと、ガルデスくんが首を傾げた。
「土ですか?」
何故そんなものをといった表情の横で、オッドモンドくんがああ、と納得の声をあげる。
「もしかして、少し前に言っていた新しい畑の資材として使うためですか?」
「うん。荒野側の開墾に使う。
アリヴィエ海邦側の依頼は広大な荒野を農地にしたいってことだったからね。
本来の目的は森林開拓じゃない。
あくまで荒野側の開拓が上手くいかなかった代案なんだ。
本命のほうに進捗の目途が立った以上、森での農業は今後縮小していく予定さ。
森の拠点は研究拠点として活用しつつ、農地は荒野に作るのが最終目標だ。」
オッドモンドくんは、なるほどといいつつも、渋い顔をする。
「荒野に畑を作るのは良いとして……水はどうするのです?」
もっともな懸念だ。
でも、荒野で研究用の小規模農場を維持する程度なら、水の確保はすでに見通しが立っている。
「当面は、森で早朝に降る雨を利用するよ。
水源が見つかるまでは、拠点内に雨を集める貯水地を作る。
……って、そうか。そのための人員も必要になるね。」
言いながら、僕は額を押さえた。
あー、もう。そうだったよ。
複数の計画を同時に動かそうとすると、こういうところを見落とすんだよなぁ。
水を集めて保管する設備も必要だし、余剰分とはいえ大地に還るはずの水をこちらの都合で奪う影響も考えないといけない。
この辺りはミランゼさんたち動植物研究チームに協力を仰ぐ必要があるだろう。
「……また人手が足りなくなりますね。」
オッドモンドくんが頭を抱えた。いやはや、僕も同じ気持ちだ。
「足りぬ足りぬは人材が足りぬ、だねぇ。
こりゃ、僕も早めに顔として外側で動く必要があるかなぁ。
スポンサーたちに声をかけるためにも、一旦街に戻るべきだろうか。」
そう言った瞬間だった。扉が軽く叩かれ、伝令が駆け込んできた。
「アルトゥス様!グランバル殿より急ぎの文です!」
わーお、何この計ったようなタイミングは。
僕は受け取った封書を開き、ざっと目を通した。
そこには短くこう記されていた。
『動きあり。急ぎアーシェスタへ帰還願う。』
うへぇ、このクソ忙しいときにめんどくさいほうも動き出したようだね。
またなんにも伝えてくれてないし。
……ということは、あれかな。
僕がグランバル氏の近くにいる状況そのものが重要ってことか。
「……なるほどね。ちょうどいいや。
余計なことも、まとめて片付けてこようか。」
僕は封書を折りたたみ、静かに息を吐いた。
あの古狸、本当に言葉通り僕を有効活用しようとしてくれてるみたいだ。
ま、乗りこなしてみなよと言われた通り、彼として僕をどう使うか考えたってことなんだろう。
ふふ、いいね。
本当に僕を乗りこなすつもりらしい。
それなら、上手に彼の戦場を駆け抜けてやろうじゃないか。
仕事といい、暗躍といい、本当に忙しい。
僕の周りは、しばらくは退屈とは無縁らしいね。




