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第52話 エルフさんの業務改善計画

「まずはトゥガナトふもとまでの林道の整備のための人員と、作業者の安全と治安維持を図る人員は最優先。

林道整備作業者はその作業に集中できるように。

食事担当は拠点内での作業者より報酬に色を付けて公募制でいこう。

食事担当者は必ず4名以上を帯同させることを前提にしていく。」


 朝の会議室は、まだ冷えた空気が残っている。

ただ、ここ最近は僕の周りだけはずっと熱気がこもっている気がする。

次々と飛び交うメモ、走り書きされる指示、駆け回る職員たち。


「外部の人間を入れるのですか?応募はあるでしょうか?」


「林道整備に帯同する者は拠点内で実績のある人間を中心にするよ。

まずは応募がくるような状態にしないとね。


料理チームの待遇を現在よりもあげていこう。

料理チームの当面の課題として、新しい人員の配置と育成を重点的に。

新人はまずは最低限の腕前をつけることを重点に。

年齢や所属年数などのチーム内序列でもめそうなら相談して。」


 僕がひとつ指示するごとに、周囲の空気が少しずつ動いていく。

ある人は次の指示を伝えに走り、またある人はペンを走らせる。


「最終的には見習いであっても全員一定以上のクオリティの食事が作れるようにしていくことを目標にしていく。

高品質を追い求めたい料理人は今のうちに申し出る様に伝えて。

3人以上やる気がある人がいるなら、献立や新しい料理を開発するチームを新設したい。

増員は料理チームを最優先に。

食事の質は組織の質だ。

できる限り作業員の日々の食事の質は均一化すること。」


「林道整備の作業員はどう集めますか?」


「まずはメイキドルア領内で増員が可能かグランバル氏に確認をとろう。

ただ、領内に余剰人員があるとは期待しないほうがいいだろうね。

メイキドルアではこれまで相応の予算を割り当ててきてるはずだから。」


 僕の声が淡々と会議室内に響く。

頭の中では常に複数の計算が同時に走っている。

感情を込める暇はない。


「林道整備の作業員は基本的に現在拠点内で作業しているベテランたちに対して募集をかけて。

農作業従事者の中に、現在の仕事に不満を抱いている人が相応にいたはずだ。

日によって作業を変えたいという人もいたら、その旨もできる限り受け入れて。


林道整備の作業従事者は基本的に翌日は休息日にできることを伝えて!

……あ、ユディ!

通達の際に、休日も必ず食事が出されることを伝え忘れないでね!」


「はい!おまかせください!」


 予算再編成に、既存チームの再編成。

開拓優先度の再設定に、スポンサーへの具体的な増員依頼。

現場監督、研究チームとのミーティングでコミュニケーションを活発化。

林道整理、水源調査、あと森の外の開墾かいこん計画に醸造施設の基礎設計……。


目が回るような忙しさとはこのことだね。

よくもまあ、これだけやることが山積みなのに前任者はふんぞり返ってられたものだと呆れかえってしまう。


 まあ、彼らが潤沢な予算を自分たちのために使っていてくれた()()()で、その無駄分を軒並み作業者に還元することができたのは、僕にとっては都合がよかった。

与えられた予算を適切に扱うだけで、彼らの待遇が前より良くなる。


おかげで労せずして僕は理解ある上司として受け入れられた。

前任者が優秀だったらこうはいかない。

目新しいことをしないで信頼を勝ち取れるのはありがたいことだ。


「アルトゥス様。顔が怖くなってますよ。」


 整えられた短い黒髪。

疲れは隠せないのに、目の奥にはどうしても消えない誠実さとやる気が灯っている。

付箋ふせんだらけの分厚いメモ帳を片手に、壮年の男性――オッドモンド=マイルディが呆れたように声をかけてきた。


 元・開拓事業統括行政官。

現在の役職は開拓事業統括長官。

彼は今、この開拓地の長である。


僕が来る前、彼はずっとここで足掻いていた。

問題が山積みなのは分かっているのに、権限も予算も握られた状態ではどうにもできない。

そんな悶々とした日々を過ごしていた男だ。


 今は違う。

自由に動ける立場を得て、彼本来の誠実さと行動力が、ようやく息を吹き返しつつある。

まあ、一応その上に僕が顧問として収まっていて、こうやって組織のかじ取りをしているわけだけど。


彼に言わせれば、自分一人ではここまで大胆に動けないので助かってますとのことなので、そこは気にしないでおこうかな。


「そういわないでよ。これだけ忙しかったら目も怖くなるって。」


「いいえ、その目は忙しさで険しくなっているときのものじゃありません。

大体、良からぬことを思い浮かべているときの顔です。」


 むむむ、随分と言うようになったね。

でも、こうやって軽口を叩けるようになったのは、彼が今の体制に満足しているという証拠でもある。

以前のオッドモンドくんなら、こんな冗談を言う余裕すらなかったはずだ。


「良からぬことって……僕はそんなに悪い顔してた?」


「ええ。前任者の予算の使い込みのおかげで楽々信頼を勝ち取れて楽だなって思いつつ、その使い込みをしたことに対する怒りを隠せていませんね。」


 言い切る声が妙に自信に満ちていて、僕は思わず眉をひそめた。


「……図星だね。

使い込みに怒りを感じてたことも見抜くのは流石に気持ち悪いね。」


 そんな顔に出てたかなぁ?

僕は自分の顔に手を当ててむにむにと揉んでみた。


「やはりそうですか。……気持ち悪いは酷くありませんか?」


「口に出さないことも美徳だということを教えてあげただけだよ。」


「態度に出ている以上、それを表す言葉にするのもまた美徳でしょう。」


 むすっと言い返した僕に、オッドモンドくんは堪えきれないように笑い声を上げた。

その笑いは、どこか肩の力が抜けたような、長く張り詰めていた糸がようやく緩んだような響きだった。


まったく……彼なりに本来のありようを取り戻してくれたようで、そこは嬉しいね。

でも、随分と小憎らしいことを言うようになってしまったのは残念だよ。

本当、これだけ言えるような環境にできてよかった。


「それで、オッドモンドくん。

今後の方針について、少し整理しておきたいんだ。」


 僕が声の調子をほんの少しだけ変えると、オッドモンドくんはすぐに空気を読み取った。

笑みを引っ込め、姿勢を正し、付箋だらけのメモ帳を開く動作は、まるで戦闘態勢に入る兵士のように無駄がない。


これを見ると彼もまた、アーシェスタス家の常在戦場の心意気を持っているってことなんだろうか。

まあ、それは一旦置いといて。


「まず、君には拠点を中心とした内政の長として動いてほしい。

僕が主に外側で動く分、君が内側を固めてくれることを期待する。」


「……つまり、私はアルトゥス国の宰相さいしょうということですか?」


 さらりと何言ってくれてるのかなこの真面目くんはさ!?

さっきの軽口の続きなのか本気なのか、判断に困るから真顔で言うのやめてくれない!?


「冗談でもやめてよぉ!

そうじゃなくて、君は実質的な長になってほしいの。

僕は名目上、ここの全権を委任されてはいるけど、その権限の大半は君に渡したい。」


 僕のその申し出に、オッドモンドくんの目が若干泳いだ。

まあ、急にほぼ全権を委任したいなんて言われて、すぐに飲み込める人間のほうが珍しいよ。


 ただ、これには理由がある。


僕はリヴェリナ王国から特使としてきている。

アリヴィエの開拓計画を手伝うという名目でね。


ここで大事なのは、僕は大国リヴェリナの人間として見られているということだ。

うちの王様とアリヴィエ現代表のネーシアスくんとの間では、僕がある程度権限をもって動くことに対して合意は取れているだろう。


でも、問題はそこじゃない。

外から見たときの印象だ。


アリヴィエの食糧事情を改善するためにリヴェリナ王国から特使が派遣はけんされ、その特使が計画のトップに立って物事を進めた。

そう見えた瞬間、他国はこう思う。


 『アリヴィエには自力で問題を解決する力がない』


 うん、間違いなくこうなる。

これは火を見るよりも明らかだ。

実際がどうこうじゃない。そうみられること自体が致命的なんだ。


 だからこそ、計画の主導はグランバル氏の権力の範囲内で収めたほうがいい。

実際はどうあれ、外から見たときに僕は特使として手伝っただけにしておく必要がある。


グランバル氏にこれは言ってないけど、多分グランバル氏もこれは理解している。

だからこそ、オッドモンドくんに『長官』の辞令を出したのだろう。

僕に対してもこういう風な立ち回りを期待していたに違いない。


 まあ、期待しているのだとしたら、ちゃんと言っては欲しいけどね!

ヴァルエルナ領主のトルマド殿といい、グランバル氏といい、僕に暗黙あんもくの信頼よせすぎなんだけど!


あの古狸ふるだぬき、頼まれたことだけはきっちりやるくせに、頼まれてない部分は平然とスルーしやがるタイプだ。

間違いない。


僕を狙った暗躍あんやくについての情報共有はちゃんとしてくれる分、そっちは頼まれてませんでしたのでってシレっととぼけられそうなんだよな。

本当に迷惑だよ。

……別に嫌いじゃないけどさ。


「僕は計画を推進する原動力を集める『顔』になる。

オッドモンドくんは、その集めたもので実際に動かす。

……僕が外で走り回るための、確かな土台になってほしい。」


 言いながら、僕は彼の表情をそっと伺った。

重い役目を押しつけているつもりはない。

僕は彼と一緒に組織を動かすつもりでいるんだ。

もちろん、長としての責任は軽くない。

それでも、彼ならやれると信じている。


 オッドモンドくんは、しばらく黙っていた。

でも、顔を見ればわかるよ。

その沈黙は迷いではないってね。

そう、その時間は、彼にとって責任の重さを静かに受け止める時間だった。


「……わかりました。任せてください。

私は、ようやくやるべき仕事ができる気がします。」


 その言葉には、これまで押し込められていた悔しさと、今ようやく得た自由への喜びが滲んでいた。


「ですが、計画を作るときは私にもわかるよう、引き続きご指導くださいね。」


「それはもちろん。僕は早いところ麦酒を造りたいからね。

面倒な仕事はどんどん早めに片付けていこうか!」


 相変わらずお酒のことばかり語る僕に、オッドモンドくんは呆れたように眉を下げた。

それでもどこか楽しそう笑う僕を見て、静かに苦笑している。

何のかんの言ってるけど、僕の行動原理はずっと変わらないよ。

 

 アルトゥス=ヴァイツェ。


好きなものはお酒と楽しい友人たち。


嫌いなものは故郷のジジイと、舐められること。


 僕はエルフ。


この世界を楽しく旅をする、ちょっとだけ長寿の――ただの人間さ。

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