第49話 未来への道は、何でもない日常の中に
焚き火のぱちぱちという音と、香ばしい肉の匂いが森の穏やかな夜気に溶けていく。
目の前には丁寧に串打ちされたお肉。
山菜と肉団子のスープ。
細かい切り落としまで余さず使った副菜。
そして芋で作った蒸しパンまで並んでいた。
いや、豪華すぎない?
遠征の夕食とは思えないラインナップだ。
ありがたいけど、気合入りすぎてちょっとびっくりしたよ。
料理を作ったユディに視線を送ると、胸を張って「ふんす!」と言わんばかりの自信満々な顔を向けてきた。
うん、もういいか。
頑張ってくれたんだよね。
「では、皆さま!どうぞお召し上がりください!」
「やった、いただく。……いただきます?」
サリティさんは思いもよらぬ豪華な食事に目を輝かせている。
「ユディ、張り切ってくれたんだね。ありがとう。いただきます。」
僕がそういうと、ピャッと小さく鳴いた。
そして、もごもごとおくちにあうかわかりませんが……とか細い声で応えながら俯く。
その声はあまりに小さくて、焚き火の音に溶けてしまいそうだった。
串の肉を一口。スニクリンは木の実を主食にしているからクセは少ない。
とはいえ、やはり野生の生き物だからある程度の獣っぽさがあるはずだけど。
ユディの調理したこのお肉はふんわりとした辛みと、塩締めされた旨味がぎゅっと詰まっている。
血抜きも完璧で、獣臭さがまったくない。
ユディ、かなり料理上手のようだね。
当の本人はというと、串の小さな肉を一口サイズにしては口に運び、何か考え込むような表情をしている。
どうしたんだろう?
隣ではサリティさんが、豪快に肉を頬張っている。
その袖を、ユディがそっと引いた。
「スニクリンって結構大きいですよね。
でも、骨が多くて処理が面倒なはずなのに、サリティさんの捌いたお肉はほとんど骨がないです。
どうやったんですか?」
スニクリンは、生後一年ほどの赤子くらいの大きさがある獣で、ユディの言う通り、細かい骨がとにかく多い。
一般的な調理では、細かく切った肉をしゃぶるようにして食べ、口に残った骨を吐き出すのが普通だ。
だからこそ、ユディが驚くのも無理はない。
サリティさんは、その話かといった風に淡々と答えた。
「こいつの料理に骨が多いのは、大体下処理と調理方法が悪い。
面倒だからなのか何なのかしらないけど、骨ごと叩いて切るやり方が一般化しすぎ。
ちゃんと捌けば、身と骨はうまく剥がれる。」
なるほど。この肉にほとんど小骨がないのは、彼女の丁寧な仕事のおかげか。
「そうなんですのね。
食材加工のレポートとして、捌き方も載せましょう。
帰ったら、教えてくださる?」
適切な捌き方ときいて、ミランゼさんも食いついた。
「ん。任せろ。
大きいやつほど捌きやすい。
今度仕留めたときにやり方を教える。」
「お願いしますね。
それにしても、お肉に臭みがありませんわ。
この辺りの処理はユディスさん、お上手ですのね。」
ユディは耳まで赤くして、慌てて手を振った。
「あ、ありがとうございます!
でも、匂い消しについてはミランゼさんの言う通りにしただけですよ。
なにより、赤染草が使えるとは知りませんでした。」
ああ、このふんわりした辛みはサンルージュ由来のものだったのか。
ユディの照れた笑顔に対して、ミランゼさんは胸を張って誇らしげに言った。
「最近、食用として有用であることが立証できましたの。
この辛みが血の匂いをうまく消せるみたいでしたから。
ちゃんと身をもって効果を体験できましたわ!」
最近という言葉に、ユディの笑顔が凍った。
「……えっ、もしかして本当にできるか試しましたか……?」
「もちろんですわ!」
「遠征時のご飯で人体実験するのはやめましょう!!」
焚き火の周りに、くすくすと笑いが広がる。
サリティさんは美味しければいいじゃないかと呑気に言いながら肉を頬張っている。
さすが戦士ってとこかな。
野営で食べられるものがあるだけマシという価値観で育ってきたのだろう。
ミランゼさんは悪びれもせず、研究用に捕獲したスライム入りの瓶を抱えたまま、満足げに肉を頬張っていた。
あの瓶を抱えたまま食べる姿、だいぶシュールなんだけど。
本人が満足しているようなので気にしないことにしている。
ユディはぷんすか怒りながらも、サリティさんの横で小さく抗議している。
その肩を、アイゼンくんがなだめるようにぽんと叩いた。
「研究者は、平気で自分の身体を実験材料にするものですから。」
うん、それはフォローのようでフォローじゃないからね。
ただの事実説明だからね。
ユディはそういう問題じゃないんです、と小声で抗議していた。
が、スライムにご執心のミランゼさんには届かない。
サリティさんも食べられるならいいだろ、と呑気に肉を頬張っている。
うん、平和だ。
しばらくこんなゆったりと森で過ごすことなんかなかったから新鮮だよ。
僕もやっぱり森の子ではあるってことだ。
耳をすませば森の呼吸が聞こえてくるようだ。
夜の鳥や虫たちの演奏が辺りを満たしている。
ぱちぱちと焚き火がはじける音も、その演奏に合わせるようだ。
辺りには僕らと『風』の気配しかない。
(いつか身軽になったら一人旅でもしようかな。)
ふと、ただ一人森で暮らした昔を思い出して考えてしまった。
ああ、いけない。
これは声に出さないようにしないとね。
このいつかは、本当に僕だけのいつかだからね。
こうやって僕の周りに誰かがいる間はこのままでいいんだ。
森の夜は深く、静かで、遠い故郷を思い出すかのようだった。
***
食事が落ち着き、焚き火の赤い光が少し弱まってきたころ、アイゼンくんが静かに口を開いた。
炎を見つめる横顔は、昼間の興奮が嘘のように落ち着いている。
「アルトゥス様……本日の調査だけで、膨大な情報が得られました。
調査隊出発初日だというのにこう提案するのも大変心苦しいのですが……。
拠点が近い今のうちに、戻って今回の調査結果のレポートを早急に仕上げたいのです……。」
真面目だねぇ。
まあ、研究者らしいまっとうな判断だ。
その横で、ミランゼさんも勢いよく手を挙げる。
「私も!この子を研究したいですわ!
きっと様々なことがわかると思うんですの!」
スライム入りの瓶を掲げながら、目をきらきらさせている。
今日の調査は、研究者二人にとって大きな成果だった。
一度帰りたくなるのは当然だ。
というか、この反応を見たくて土壌地質研究チームと動植物研究チームから一人ずつ選抜したようなものだしね。
「ああ、わかったよ。
サリティさん、そういうわけだから、明日は拠点に戻ろう。」
「ん?もういいのか?
あんまり遠征って感じじゃなかったな。
わかった。夜明けに出発でいい?」
「もちろん構わないよ。今日の夜の当番は後で決めよう。」
サリティさんは短く頷くと、残った肉へと再び向き直った。
その横で、ユディは何やら熱心に書きこんでいる。
ちらちらと僕の食べた後の食器を見てるようだけど。
なるほど。
僕がどれをどれだけ食べたか、気にしてくれていたんだ。
後で、どの料理が特に美味しかったか、それとなく伝えておいてあげるか。
帰るとなれば、明日の準備もある程度終わらせておいたほうがいいな。
とりあえずユディに見つからないようにしながら、後片付けをそれとなく手伝おうかな。
そんなことを考えていたとき、ふと視界の端でアイゼンくんが神妙な顔をしているのに気づいた。
どうしたんだろう?
「何か気がかりでもあるの?」
隣に腰を下ろして尋ねる。
彼は焚き火の火を見つめたまま、少しだけ肩を落とした。
「……いえ、残念だなと考えていただけです。
そもそも、森の開拓はまとまった水源への期待もあったのです。
しかし、今日の話が真実だとすると、森の土に水分が多い理由がアーススライムと樹木たちとの共生によるものだと結論づけられますから。
これは、森の中に明確な水源は存在しないことの証明にもなります。
国の目的である、荒野を農地にするという目的のためには、まとまった水源の発見も命題でしたから。
それをあきらめる必要があるということは、素直に悔しいなと。」
そう話しながら顔が歪む。
悔しそうな顔を見られていたことに気づき、バツが悪そうに目を伏せてしまった。
言葉を選びながらも、悔しいという感情が滲んでいた。
ああ、この森の仕組みから考えるとその結論に至るのは仕方ないよね。
「いや、森の中にまとまった水源はあるはずだよ。」
「えっ……?」
僕としては軽い調子で言ったつもりだったが、研究者2人は同時にこちらを向いた。
そんなに驚くようなことだろうか。
僕は森の中に水源がないなんて、最初から考えてない。
だって、不自然すぎるもの。
「森は年間を通して一定量の水分を維持しているんだろう?
それこそ、夏であっても土の中の水分は多いと聞いている。
これは、アーススライムの保水能力だけでは説明できないんだ。
春先の雪解け水だけで、これほど充実した水分を賄える?
それは少し無理がないかい?」
焚き火の火が消えないように薪をくべながら続ける。
「岩盤は水を通さない。
北の山脈から南にかけて緩やかな傾斜の傾向はある。
でも、地形ってそんな素直じゃない。
起伏で盆地のようになった地形が、森の奥に点在していると考えるのが自然だよ。
ならば、どこかに水が溜まる場所があるはずだ。」
アイゼンくんが息を呑んだ。
「つまり、森の中に湖が?」
「北方面には未踏破区域が多いからね。
特に北東部の地図はほぼ空白だ。
この辺りを調査する価値はあると思うよ。」
開拓地周辺の地図を広げ、僕は指でなぞった。
地図によると、拠点からまっすぐ北上して、トゥガナト山脈ふもとまでの地図はそれなりに整っている。
だが、北東部に関してはほぼ空白のままだ。
ここに調査隊を送っていない理由が、何かあるはずだ。
そして、その理由の中に水に関わる問題が含まれている可能性が高いと予測する。
「今後の方針として、水源探索を目的とした森の未踏破地区を調べること。
既存の踏破地区の林道を整備して安全に往来できる道を作るようにしよう。
この国の未来のためにね。」
焚き火の光が二人の顔を照らす。
ミランゼさんも、アイゼンくんも、真剣な表情で深く頷いた。
焚き火が赤々と燃え、炎の揺らぎが森の闇を押し返していた。
この赤い炎が、森の獣を寄せ付けない周囲に危険な気配もないためか、『風』の気配も遠ざかった。
見守ってくれるのはありがたいが、彼らに負担をかけ続けるのは本意じゃない。
やはり僕自ら長期間の遠征を行うのは避けておきたいところだね。
いっそ彼らも含めた夜間警備体制をとるのも悪い考えじゃない気がするんだよな。
今度アーシェスタに帰ったときに、グランバル氏に相談しておこう。
研究者2人は既にテントの中だ。夜間警戒を負担させることに申し訳なさそうにしていたが、適材適所って言葉があるしね。
見張りの当番については、僕が先に見張りをして、途中でサリティさんと交代するつもりでいた。
まあ、道中狩りとか周囲警戒とかで疲れがあるだろうし。
サリティさんとしても、順番については特段どちらでも構わないといった感じで提案を受け入れてくれた。
――ユディが面白いことを教えてくれるまでは。
「あ、アルトゥス様。
交代で見張りありがとうございます。
そういえばこの森、明け方に5分くらいだけ雨が降ります。
その時間帯に濡れないように準備しておいてくださいね。」
「明け方に5分くらいの雨……?それはこの辺り一帯?」
「この辺り一帯というか……森の中だけですね。
あっという間に降って、あっという間に止むんです。不思議ですよね。」
僕はその言葉に、思わず首をかしげる。
森の中限定で、短時間の雨?なんだそれ?
そんな都合のいい天候変化、聞いたことがない。
山の天気は変わりやすいというのはよくあることだが。
森の中限定で、そんな都合のいい天候変化なんて聞いたことがないよ
。
……天候じゃない気がするなこれ。
何より、拠点にいた数日間、雨の気配なんて一度もなかった。
こんなことなら普段からもっと早起きするべきだったなぁ。
仕方ない。
いい機会だし、それを見ておくか。
「ごめん、サリティさん。見張りの時間を逆にしてくれる?」
僕が言うと、サリティさんはやっぱりねといったような顔をした。
「ん。わかった。顔に確かめたいって書いてある。
私はどっちでも良かったから構わない。
でも、そういうことならさっさと寝て欲しい。」
「我儘言ってゴメンね。
それじゃあ、後はよろしく。
何かあったらすぐに声をかけて。」
僕はそう言ってテントへもぐりこんだ。
焚き火の火が静かに揺れ、森の奥から冷たい風が吹き抜けていく。
明け方の通り雨かぁ。
僕は天井を見上げて考える。
「僕にもまだまだ知らないことが一杯あるんだねぇ。」
生き急いでたのかもしれないし、見逃しても大したことじゃないと振り返らなかったのかもしれない。
でも、気づかせてくれる人がいると、見えてくるものがこんなにも違う。
小さな気づきかもしれない。
けれど、それがなんだか嬉しかった。
明日の朝が、少し楽しみになってきたよ。




