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第47話 研究者たちの集い

「アルトゥス様。内部の安全確認はおわりました。」


「ありがとう。それじゃあ、調査を始めようか。」


 時刻は太陽が少しだけ真上から傾き始めたころ。

軽食を済ませた後に、僕は穴から戻ってきたアイゼンくんから降りる許可を得た。


サリティさんは引き続き周囲の警戒と焚き火用の木材を確保するために周囲を巡回している。

ユディは夜に向けて、サリティさんが仕留めた獲物の下処理を始めていた。

丁寧な仕事だから、夜が楽しみだね。


 研究員二人は、僕に付いて一緒に穴の中を確認することとなった。

ミランゼさんも誘ったのは、彼女にとっても有意義な発見があるはずだからだね。

最初は籠を担いで近くの植物を採取するつもりだったらしいが、僕が森の新しい発見があるかもしれないからというと、嬉しそうについてきた。

せっかく頭脳担当が集まっているからね。

研究者3名で森の仕組みを解析していこうじゃないか。




 僕らは順番に穴に降りていく。

深さは大人10人ほどかな。

明かりの術具(スペルギア)を片手に底へ降りていくと、肌に触れる冷気と、腐葉土の独特な香り、湿った空気がまとわりついてきた。


「穴の中は、このように湿気が多く含まれています。

比較的広く深く掘り進みました。奥に横穴も掘っています。

横方向からの水を求めた時の穴ですね。

まあ、結果は芳しくありませんでした。」


 アイゼンくんが淡々と穴の成り立ちを説明する。

ミランゼさんは周囲に生えた苔を採取したり、穴底に転がった根を興味深そうに拾い上げたりしている。

研究者の目と好奇心は本当に(せわ)しない。

僕もさっそく調査することにしよう。


 まずは横の土層を確認する。

この層は小さな石や細かく砕かれ砂利が多い砂礫層だ。


とりあえず、目線の高さの表面を指で引っ張ってみる。

ポロリと崩れた土塊は、指で軽く圧力をかけるだけであっさり崩れた。

水気は少なく、軽く乾燥しているように感じる。

指に残った砂の粒も細かい。


続いて僕はしゃがみ込んで岩盤付近の表面を指で引っ張ってみた。

今度はぬちゃりとした強い水気が指にまとわりついた。

砂粒も大きく、小さな砂利の原型が残っている。


 さらに、僕は梯子を少し上って上層の土を指でつまむ。

うん、こっちは立派な腐葉土だね。

黒く締まった腐葉土で、栄養が豊富そうだ。

こちらも適度な湿気があり、指に残る香りもまるで森の香りを圧縮して発酵させたような濃さがある。


 梯子を下りて、明かりの術具で穴全体をくるりと照らす。

見える範囲では、層は大きく三つに分かれているだけ。

レポート通りの土質だ。仕事の緻密さが伝わるようだよ。


「どうでしょうか?」


「流石だね。出発前に確認した資料の正確さを感じるよ。

僕が事前予想した通りの状態になっているね。」


 僕はそういってアイゼンくんたちのチームの情報の精度を称賛した。

想定していた回答と違い、資料を褒められるとは思っていなかったようだ。

アイゼンくんはきょとんとすると、照れ臭そうに鼻頭を掻いた。


「……ありがとうございます。では、エルフ様の見解を教えていただけますか?」


「答え合わせの前に、アイゼンくんの答えを聞いてないな。

君がこれまでの研究で導き出した仮説をまず聞こうか。」


「それもそうですね。

まずは身どものこれまでの研究結果から導き出した仮説を提示しましょう。」


 そういって、アイゼンくんはしゃがみ込み、懐から鉄のハンマーを取り出した。

そして、コンコンと軽く足元の岩盤を叩く。

返ってきたのは、金属音に近い高い音。


「この岩盤ですが、トゥガナトの山肌とおなじ、白い肌をしております。

トゥガナトの山肌は密度が高く、ひび割れにくく、水を弾くほど締まっています。

固く締まった岩は、このように金属のような音がするのです。

――また、このようにっ!」


 そういって、アイゼンくんは先ほどよりも強くハンマーを叩きつけた。


パキィン!


穴の中に鋭い音が反響し、ミランゼさんが肩を跳ねさせる。

すぐに、ちょっと驚きましたわよという顔でアイゼンくんを睨んだ。


「申し訳ありません、ミランゼ女史。

……アルトゥス様、ごらんください。

鉄のハンマーでたたきつけたところで傷ひとつありません。


これは、内部に空洞が少なく、大変頑丈であることの証左です。

つまり、中に水がしみ込みにくい岩。

所謂、不透水性の高い岩盤なのです。


これが何を示すかというと、大地にしみ込んだ水は岩盤の向こう側に行くことはないということですね。

ということは、森の水は土の底の岩盤に到達した後は、どこかに流れていっているはずなのです。


多分、この頑丈さから言っても、アリヴィエ国のかなり広い範囲にわたって岩盤が続いている可能性があります。

……それこそ、海まで続いているかもしれませんね。」


 へえ、凄い。

僕がルビーナで推測していたアリヴィエの大地の成り立ちに、彼らは独力でほぼ到達している。


アリヴィエの地中には、トゥガナト山脈の肌が横たわっている。

その仮説に、彼らは地質学だけで辿り着いていたのだ。


アイゼンくんは続ける。


「この森は水に困っていません。

ですが、南部の荒野は現実として存在している。


何故、同じ国土でこのような差が生まれるのでしょうか?


我々は、荒野と森で水を得られる『高さ』が違うという仮説を立てました。

森は比較的浅層(せんそう)にこの岩盤がありますが、森の切れ目付近で急斜面のように岩盤が深く沈み、水が地下深くへ流れ込んでしまっていると仮定してみましょう。」


 そういって、アイゼンくんはミランゼさんをちらりと見やった。


「木の根は、そこまで深く根を届かせませんわ。

特に、固く締まった荒野のを切り裂くのは、相当な年月が必要になりますわね。」


 その視線の意図を察したミランゼさんが、植物研究者としての見解を話した。

そうだね。

あの荒野は岩場も隆起していたけど、大きな植物ほど根が張るのすら難しそうに感じる堅さだったよ。


「はい、その通りです。

そのため、荒野では水源深くまで木々が根を張れず、水を吸い上げられないのでしょう。


次に、この仮説を立てるに至った理由を話します。

地面奥深くまで潜ってしまった水はゆっくりと蒸発します。

この水蒸気は塩分などを含みながら、次第に表層へあがってくることが長年の研究でわかりました。


その証拠として、荒野では地表に白い粉が浮く現象が見られます。

さらに、現在の荒野の一部では岩塩が採れています。

水が地中の塩を持ち上げたことは間違いないかと。


以上の研究結果から、私たちはこの大地の下に巨大な水源。

それも地下大河があるのではないかと仮説を立てました。

この森で井戸を掘っても水が出ないのは、水がひとところに留まらないため。

それでも森が育つのは、浅層で水が賄えているためですね。」


 おいおい、『塩類集積』にまで辿り着いているじゃないか。

土壌地質研究チーム、優秀すぎないかい?


うーん、僕がいなくてもアイゼンくんならいつかこの問題解決できてたのかもしれないね。


 ただ、彼の現状の仮説は地質学での知見に集約されすぎて、別の要素の視点が足りてないようだね。

彼の推測では、まだ足りてない。

それは、地質ではなく、『この森』そのものの視点。

その専門家といえば……。


「あら、それではおかしいですわ。」


 ミランゼさんが仮説に疑問を抱いて、口をはさんだ。


「アイゼンさんの言う通りでしたら、森の表面にも乾燥した塩の層が出てきてもおかしくありませんわ。

ですが、この森の土は常に適切な水分に恵まれてますの。


それこそ、森で作物を育てても、ほぼ水やりが不要でぐんぐん育つ程度には水が豊富です。

水がすべて下流に流れてしまうのでしたら、森の土の含有水分量の説明が付きませんわ。」


 流石だね。

ミランゼさんの言う通り、アイゼンくんの地質分析が正しいとすると、常日頃から森が潤っている理由にはならないんだよね。


なぜなら、土そのものは水を通しやすい腐葉土の層と砂礫の層、そしてこの岩盤で構成されているんだから。

ここには水を留めさせる要因がなにもない。

じゃあ、この潤いはなんなんだ?

というところの証明にはなってないんだ。


「ええ、全くその通りです。

地質学の側面で見るこの森の水分含有量は想定外なのです。

何かしら別の理由があるとしか考えられません。

それがわからないからこそ、我々土壌地質研究チームは、この結論を提出できないのですから。」


 そういって、アイゼンくんは顔を曇らせる。

ミランゼさんは、その表情に合点がいったようだ。


確かに、彼の理論はほぼ僕と同じところにたどり着いている。

ただ、それは()()だ。あと一つの視点が足りてない。

そして、その視点は彼の専門外だ。だからこそ、気づけない。


 あと一つの要素。

それは、森そのものが一つの巨大な生命集合体であるということ。

そして、どうやってその巨体を維持するための水をため込む仕組みを有してるのかということだ。


残念ながら、これは地質だけでは説明できない。

この森には、植物と菌類と根の網が作るもう一つの水脈がある。


さて、ここからが僕の出番だ。


「うん、ありがとう。素晴らしい仮説だよ。

ほぼ、僕とこのあたりの地質に関する見解と相違なかったよ。

まさか大地の下に大河があるという予測まで辿り着いていたのは見事というほかない。

まあ、その川が岩盤の上か下かという予測の差はあったが、むしろ僕の仮説を上回っている可能性すら感じるよ。」


「!!……ご高名なアルトゥス様よりそのようなお言葉をいただけるとは、大変うれしく思います。」


 胸の奥に溜め込んでいた緊張がほどけたのか、アイゼンくんは深く息を吐いた。

僕は彼の肩を軽く叩き、ここに至るまでの努力を労う。


「とてもよく調べられた結論だった。

地中の水が塩分を持ち上げて表層に持ち上げているところまで辿り着いていたのは、ひとえにアリヴィエの人々が長い時をかけてこの開拓問題に向き合い続けてきたという証拠だと思う。

地下に大河があるという説は、人の常識の範囲ではなかなか理解を得にくい考え方だからね。」


 これは本当にその通りだろう。

人は、目に見えている部分しか信じられない。

だからこそ、証拠のない仮説は受け入れられない。


彼らが提出できずにいる理由は、まさにそこだ。

ミランゼさんの言う通り、森がなぜ水に困らないのかという明確な理由。

その説明がつかない限り、地質学だけの仮説は穴のある理論にされてしまう。

宗教的なもっともらしい理由のほうが、よほど受け入れられやすいだろう。


でも、あと一歩だ。

あと一つの視点が加われば、彼らの仮説は完成する。

地質ではなく、森という広大な環境という名の生き物の視点。


 僕は壁面の土層に手を当て、指先に残る湿り気を確かめた。

この土の中に、常に滞留している豊富な水分の存在。

これをどう証明するかが、彼らの仮説に足りなかった鍵だ。


森はただの土地ではない。

環境そのものが巨大な生命体。

彼らもまた、呼吸し、飲み、巡らせている。


「アイゼンくん。君の仮説は正しいよ。

ただ――君の視点だけじゃあ足りないんだ。」


 僕はゆっくりと振り返り、二人の研究者の視線を受け止める。

アイゼンくんからは困惑が、ミランゼさんからは期待が僕に向けられる。


「森には、まだ水を運ぶ仕組みがあるんだ。

そう、土だけじゃ()()()()()()()()

この森そのものが生きているという証明こそ、水の循環を説明できるんだ。」


 ミランゼさんが息を呑み、アイゼンくんが目を見開く。

ここから先は、地質学ではなく森の理。


すなわち、生きとし生けるものたちがいるからこそ世界を変えているという生物学。

僕が長い間、麦の生育という自然との対話で重要視してきた、動植物たちの物語だ。

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