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第46話 ここを初日のキャンプ地とする

 森は開拓地から少し奥に踏み込むだけで表情を変えていく。


降り注ぐ陽光は高い枝葉に遮られ、地面にはまだらな影が落ちていた。

ただ、足元は大きな岩などはなく、地面は柔らかく沈み込むような腐葉土を中心とした土質なのか、足に返ってくる反応は心地よい。

踏みしめるたびにふわりと湿った匂いが立ち上る。

これで水が見つからないって言うのは、なかなか信じられないよね。


 隊の足取りは思いのほか軽かった。

ユディも研究員二人も、森の凹凸に足を取られることなく、一定のリズムで歩いていく。

身体の小さなユディが平然としているのは意外だったね。

てっきりデスクワークに慣れていて、体力面は多少不利かな?と思ってたけど。

まあ、開拓地内の至る所で駆け回っているのを思い返せば、見た目に反して机に縛られるタイプではないということなんだろうね。


 サリティさんも最初は、僕以外の三人の体力を疑っていた。

頻繁に後ろを振り向いて歩調が乱れないか気にしていたが、全員が森の歩き方に慣れていると分かると、すぐに気にしなくなった。

途中からは木の枝を飛び移り、周りを警戒してくれている。


 半日ほど歩いた頃、視界がふっと開けた。


そこは、木々が自然と間隔を空けたような、浅いくぼ地だった。

周囲には古びたキャンプ跡が残り、朽ちかけた木のテーブルや、簡易的な柵がぽつんと佇んでいる。

第一目的地であり、本日のキャンプ地でもある、開拓初期に井戸を掘ろうとした場所だ。


 地面には、今もぽっかりと丸い穴が残っている。

深さはそこそこあるが、底は乾ききっており、水が湧くような気配は感じられなかった。


「ここは、井戸を掘っても水が出なかったため、放棄された場所になります。

今では、我々土壌地質研究チーム以外はほとんど近寄りませんね。

穴も広く、井戸として使えるように整備してありました。

水は取れませんが、我々にとっては安全に各層の地質情報が取得できる、大事な現場でもあります。」


 アイゼンくんはそう説明すると、慣れた手つきで縄梯子を広げ、穴の縁に固定していく。

動きに無駄がなく、何度もここで作業してきたのがよく分かる。


「少し、安全確認を兼ねて先に降ります。

終わったらお呼びしますので、それまで待っていただいてもよろしいですか?」


「僕も一緒にいっていいよ?」


 軽く言ってみたが、アイゼンくんは首を横に振った。


「念のためです。穴に変な生き物が入っていないかの確認と、地盤が緩んで内側が脆くなってないかは確認させてください。

エルフ様でしたら心配ないかもしれませんが、立場上は危険を調べてからでお願いします。」


 縄梯子を握りながら、アイゼンくんは丁寧に頭を下げた。

研究者というより、現場監督のような慎重さだ。


 ま、それもそうだな。

僕は多少埋まろうが中に何かがいようが何とでもなる。

けど、そういう目にあいたいわけじゃないしね。

何とかなる前提で動くのは違うよな。


もし何かあったとき、責任者が勝手に穴へ飛び込んだためなんて報告書が上がったら、ガルデスくんからとんでもなく白い目で見られることは想像に難くない。

何かと理由をつけて本国へ呼び戻そうとする過保護者(うちの王様)からも面倒くさいことを言われる想像をするだけでうんざりする。

アイゼンくんが縄梯子を降りていくのを上から見送りながら、僕はそんなことを考えていた。


 本日はここで一泊する。

女性陣3人はテントを立て終わった後は各々行動しはじめた。

サリティさんは途中で仕留めた森林ネズミ(スニクリン)を上機嫌でさばいている。

ユディは料理をすると張り切っていたので、今日は彼女にお任せだ。

焚き火のそばで、真剣な顔でちょこちょこと山菜を刻んでいる姿は、妙に微笑ましい。

ミランゼさんは皮手袋をつけて満面の笑みを浮かべながら植物を採集したり、スケッチしたりしている。


 そうそう、今回の探検での夜間の見張りは、基本的に戦闘可能な僕かサリティさんが、時間を区切って交代で担当することに出発前から決めていた。

ユディからは私が起きてますとサリティさんに打診があったらしいが、当然のように却下されていた。

非戦闘員に夜間警戒を任せるなんて論外だし、万が一のときに僕とサリティさんが寝起きコンディションなのもよろしくない。


 ユディは、僕が満足に寝られないことに関して難しい顔をしていた。

ありがたいけど、僕を常人と並べちゃだめなんだよなぁ。

みんなより疲れるという感覚があまりないし、そもそも数日くらい寝なくても行動に一切支障はない。

なんなら、遠征中の夜間の見張りはずっと僕でもいいくらいなんだよ。


 ただ、それは言わない。

それはサリティさんの仕事の領分を侵害するような真似はしたくないものね。


こういったことを言わないのは、サリティさんの仕事の向き合い方を信頼しているところもある。

サリティさんのいいところは、当たり前のように頼ってくれるところだ。

私とアルトゥス様で見張を交互にする感じでいいか?と、さも当然かのようにお願いしてくれる。


だからこそ、僕も余計なことは言わない。

信頼しているからこそ、任せられる。

意識を合わさなくても分かり合えるようで、その距離感はとても心地よいものだ。




「……まあ。これは例の草ですわね。」


 ミランゼさんが、ふと弾むような声を上げた。

何か気になる植物を見つけたらしい。

僕は、もし知らない植物だったらという期待半分で、彼女のもとへ向かった。

テントからそう遠くない草むらで、ミランゼさんはしゃがみ込み、嬉しそうに細長い葉を持つ草のスケッチをしている。

背中越しにスケッチと植物を見比べる。


ああ、この草か。

根元は深い紫色で、地面に近いほど色が濃い。

葉先に向かうほど鮮やかな緑へとグラデーションしていく、どこか夜の気配を纏ったような怪しげな草だ。


 僕は手荷物から剣先スコップを取り出し、革グローブをつけると彼女の横にしゃがみ込んで根ごと掘り返した。

ミランゼさんはそれを見ると、流れるような動作で麻袋を差し出してくる。

研究者同士の無言の連携ってやつだね。


「アルトゥス様はこの草をご存じですの?」


「うん。こいつはニロコール(夜をよぶもの)

摂取すると、視力が一時的に低下し、めまいを起こす毒草だね。」


「やはり毒草でしたのね。これを初めて持ち込まれたときは、持ち込んだ作業者がしばらく視力低下に悩んでましたの。

素手で触ってしまったようですわ。

ただ、乾燥させた個体では症状が出ませんでしたので、判断が難しくて……。

また見つけられてよかったですわ。

毒草ということは、何かしらに使えるはずです。」


 ミランゼさんは、ニロコールを光に透かしながら嬉しそうに眺めている。

研究者としての好奇心と、この毒が医療に転用できるかもしれないという期待が、その横顔からはっきりと伝わってきた。

なら、ちょっと面白いことを教えてあげようかな。


「毒草の研究は大事だよ。

薬にもなるし、毒にもなる。

ただ、この草単体だとあまり意味がなかった覚えがある。」


「アルトゥス様はこちらの……ニコロールでしたっけ?効用をご存じなのですか?」


「ニロコールね。

うん、以前採取して簡単に調べたことはあるよ。

ただ、成分の揮発性が高くて、保存が効きにくいんだ。

生薬として用いるにも少々扱いづらい。

でも、ここにニロコールが生えているってことは……。あ、あったあった。」


 僕は周囲を見回し、別の植物を摘んだ。

こちらは、葉の大きさがあり、根本が白くなっている。

ニロコールに比べると地味な見た目で、ミランゼさんは首をかしげる。


「その草は……こちらの植物と関係が?」


「あるよ。むしろセットで扱うと面白いんだ」


 僕はミランゼさんの草を預かり、詰んだばかりの草とニロコールを木版に並べて見せた。

ミランゼさんの目が、興味のある講義の時間の生徒みたいにきらりと輝く。


「まず、こっちの草の名前だが、僕はアッケルバーン(暁で焼くもの)と名付けた。

効能は、摂取すると喉がひりつき、焼けるような痛みが生じる。

さらに、顔をくしゃくしゃに顰めるほどのかなり強い苦味がある植物なんだ。」


 説明しながら葉を軽く指で弾くと、ほのかに刺激的な香りが立つ。

ミランゼさんはスケッチ帳を抱え、興味津々といった様子で頷いた。


「ああ、ですからアッケルバーン(目覚めの日光)ですの?お洒落ですわね。」


 そう言って彼女はスケッチに名前を記載していく。

研究者の筆は迷いがなく、どこか楽しげだ。


「そうそう。で、ここからが本題。

ニロコールとアッケルバーンは、毒成分が反発しあうものでね。

同量の草をこうやってすりつぶすことで毒性が中和されるんだ。」


 僕は2つの草を乳鉢に入れ、ゆっくりと潰していく。

青臭さの中に柑橘系の爽やかさが混じったような香りがふわりと立ち上る。

ミランゼさんは目を細め、香りまで分析しようとしているようだった。


「あら、意外といい香りがしますのね。

成分が反発して中和ですか。でしたら、混ぜれば無毒化可能ですの?」


「うん。できる。

ただ、どちらも新鮮な状態だったらという前提だけどね。

どちらも揮発性が高く、乾燥させていれば成分も消えてしまうんだ。」


 僕が答えると、ミランゼさんは、ふむ……と顎に手を当てた。

ここまでの話で、頭の中では用途の可能性がいくつも浮かんでいるのだろう。

根っからの研究者だね。


「なるほど。ちなみに無毒化されると先に述べた効能はなくなってしまいますの?」


「いや。多少成分が穏当になるためか、目がさえて、喉が暖かくなる。

薬効は緩やかだけど、気付けとして十分な効果を発揮すると思う。

なんなら、食事にも耐えられるポテンシャルは秘めていると思うよ。

これをスープに使えば滋養強壮の効果がある、よいスープができるからね。」


 ミランゼさんの目がきらりと輝く。

無毒化が可能で薬効が残るなら、食材として利用できるかもしれないからね。

新しい可能性に眼が光る気持ちもわかるよ。


「へえ、お味はいかがでしたの?」


「クソまずいよ。」


 一拍置いて、ミランゼさんの表情が固まった。


「食用にする理由がなくなりましたわ!?」


 森に鳥の声が響く中、ミランゼさんのツッコミだけが妙にクリアに響いた。

聞き耳を立てていたサリティさんは後ろで肩を震わせて笑いを堪えていた。

まあ、食用にできるって話をしているはずなのに、クソまずいって言われたらそりゃそうだよね。


「あはは、ごめんごめん。

このままスープに使ったら美味しくないってことだよ。

苦み成分がかなり残っちゃってるからね。

ただ、この苦味はお酒でつけるとあっという間になくなってね。

スープを作るときはお酒を入れるといい。

そうすると、爽やかな香りはそのままに、苦味が甘みに変わって、とても奥深い味がするスープになるんだよ。

今度、作ってあげるね。」


 そこまで言ってから、草むらに向かおうとしていたユディを手で制した。


「……ユディ、今日のスープに使っちゃだめだよ。

知見がない状態じゃ毒だからね。

安全な処理方法と最適なレシピを教えてあげるから、後日ね。」


「ピャッ!? は、はい! わかりました!」


 ユディは耳まで真っ赤にして、慌てて手を引っ込めた。

まあ、美味しくなるっていったら使いたくなるよね。

でも、扱い方を即興で覚えるよりは、ちゃんと安全な手順を覚えることが先だから。


「本当にお詳しいですわね。

そういうのも口にしたりして調べてらっしゃいますの?」


「僕は丈夫だからね。

まあ、丈夫すぎるから反応がなくて、人によってはとんでもない毒性になったりするかもしれないのが怖いけど。

普通の人が摂取していいものかどうかは慎重に見極めてるよ。

不安なら、現地の人が長年薬に使ってないかとか調べてね。

ガチ目の毒は、とにかく危険とだけ伝わってたりするものだし。」


「ちなみに、この2つの植物については結構調べましたの?」


「うん。強くていい苦味だったから、麦酒に使えるかなって。」


 苦味と麦酒というところに、ミランゼさんは首をかしげる。

まあ、醸造家(ブルワー)じゃない人なんだから、添加物(ホッピング)の工程は知らないよね。

アッケルバーンの強い苦味とニロコールの柑橘の香りはよい素材になりそうだったんだけど、まさかアルコール成分で苦味が飛んじゃうとは考えてなかった。


見つけた当時はかなり理想のホッピング素材になりそうだったからテンションあがったなぁ。

苦みが甘みに変わって、やたら甘いビールになったときは頭を抱えたよ。


 僕にとっては()()思い出ってことだね。

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