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第45話 エルフさんの探検隊

「サリティと一緒でしたら構いませんよ。」


 思いのほかあっさりと許可が下りたことに、唖然としてしまった。

結構いろんな言い訳を考えていたんだけど、丸々無駄になってしまったようだ。


 僕は今、ガルデスくんの部隊の詰め所に森の探索許可をとりに来ている。

肩書で言えば、僕の行動を誰かが制することはできないんだけど、立場で言えばそういうわけにはいかないからね。

僕はガルデスくんたちに護衛されている要人。

それを考えたら、筋はちゃんと通さなければいけない。

後々、面倒なことが起こっても困るしね。


 詰め所の中は、朝からずっと動きが絶えない。

書類を抱えて走るもの、地図を広げて議論するもの。

その空気には、これまでの混乱を立て直そうとする焦りと緊張が混じっていた。

そしてその中心で、ガルデスくんが指示を飛ばしながら、淡々と書類を処理していた。


僕の護衛任務に就いているガルデスくんだが、就任直前の隣国特使襲撃計画事件(バカの暴走)も相まってこの森で治安維持と警備業務も兼任することになった。

カドヴィ君の連れてきた人員がその業務を担当していたうえ、全員逮捕されてしまったからね。

数日前に正式な辞令が下りてきたようだ。


 つまり、この森にいる間の彼の任務は安全対策の全てを任されてしまっていることになる。

こうなると僕の護衛に専念するわけにはいかない。

前任者の杜撰な仕事の後始末と、新体制の構築。

彼の忙しさは、見ているだけで胃が痛くなるレベルだ。

そんな中で、護衛対象である僕が呑気に森に調査に行きたいんだけどなんて言い出したら、普通は止められると思っていたのだけど。


「そもそも、そういった調査や膠着した状況を打開するために赴任してきたのでしょう。

でしたら、止める理由はありませんよ。」


 ガルデスくんは、書類から目を離さずに淡々と言った。

その声音には、僕への信頼と、任務への割り切りが同居している。


「それはそうだけど、忙しいときに森に行きたいって言うのは流石に止められるかなって。」


「私より強い方でなければお止めしていましたよ。」


 さらりと言われたけれど、その言い分は褒められているのか呆れられているのか判断に困るって。

まあ、止める理由にはならないということかな。


「なるほど。じゃあ、予定を組むから、サリティさんに声をかけておいてくれる?」


「わかりました。」


「僕の居場所はユディに聞けばわかるから。」


 僕がユディというと、一瞬手を止め、はてと首をかしげた。

しまった。

ユディの愛称じゃ伝わらなかったか?


だが、しばらくすると一人思い当たったらしく、ああ!と声をあげたあと、また首を傾げた。


「は、はあ。ユディス特務行政官ですか?

予定を共有していらっしゃるのですか?」


 どうやらユディが僕の予定を抑えている意味がよく分からなかったようだ。

その声には困惑の色がにじみ出ている。


「うん。まあ、そんなところ。

僕から共有しているわけじゃないけど、記録してくれているはずだから。」


「それは優秀ですね。

ユディス特務行政官のことはあまり存じていませんでしたが、後々頭角を現してくれそうです。」


 ガルデスくんは素直に感心している。


……真実は伏せとこうかな。

多分、僕の観察日記みたいなものを書いているということは。


僕の行動範囲を把握してくれているのは実際便利だ。

事前にどこ行くとか伝えてなくても、みんながユディに聞けば僕がどこにいるのか分かって助かっているのは間違いないし。

本人としては見守っているだけなんだろうけど。


 優秀なのも間違いないしね。

どういうわけか、彼女は僕の行動範囲を把握しながら、自身の仕事に抜かりはない。

僕の行動と資材管理については誰よりも詳しい行政官。

それが、今のユディの立ち位置だ。


……視線の湿度だけはどうにかしてほしいけどね。

仕事は完璧なのに、そこだけ妙に情緒が重い。


 以前はそこまで目立つようなタイプではなかったらしい。

が、どうやら僕の存在が彼女のやる気に火をつけたらしいとは、オッドモンドくんの弁だ。

やる気があるなら嬉しいけど、ちょっと見守りの視線には辟易することがある。

別に普通に話しかけてくれてもいいのにさぁ。


「……害もないし、好きにしてもらっていいんだけどね。

できればもうちょっと自然に仲良くしたいんだけどなぁ。」


 こちらの願い通りにはならないものだね。

僕は調査チームのキャンプ地へ向かいつつ、ユディとどうやって距離を縮められるかを考えるのだった。

 


 ***



「……というわけで、改めて我々は森林地区水源探索隊。

チームコード『ラウグモウ(森林オオカミ)』として水源探索に出発するよ。」


「おー。」


 パチパチパチ、とまばらな拍手が森に吸い込まれていく。

朝の空気はひんやりとしていて、木々の間を抜ける風が、これから始まる探索の緊張と期待を静かに揺らしていた。

我ら探索隊のメンバーは以下の通りだ。

 

 ・探索隊長 アルトゥス(僕)

 ・護衛兼副隊長 サリティさん

 ・地形記録担当 ユディ

 ・現地の動植物研究チームから1名

 ・現地の土壌地質研究チームから1名

 

 以上、計5人で森林奥地へ望むことになった。


 研究者二人は、僕の妙に緩い出発の挨拶に戸惑っていた。

それなりの立場だから、ピリッとした雰囲気かと思ったのかな?

その当の偉い人がゆるいテンションだったのなら、戸惑うのも無理はないよね。

悪いことしちゃった。


 ちらりと視線を送ると、二人はハッとして背筋を伸ばし、緊張と興奮が入り混じった表情で前に出て挨拶を始めた。


「動植物研究チーム所属、ミランゼですわ。

植物研究の権威でいらっしゃるアルトゥス様のフィールドワークに同行できるとは、光栄ですわ。」


 ミランゼさんは、胸に手を当てて優雅に一礼した。

見た目はどこかのご令嬢のように綺麗な女性だが、草の汁で染みだらけの上着は年季が入り、背負った採集用の大きな籠が妙に親しみやすさを漂わせている。

顔と中身が一致していない感じが、逆に可愛らしいお嬢さんだ。


「土壌地質研究チーム所属、アイゼンです。

水脈探索が本当に可能だとしたら、大発見です。

チームに所属できて、光栄です。」


 アイゼンさんは、分厚い地質図を抱えながら深々と頭を下げた。

真面目で堅実そうなおじさんで、こちらも年季の入った上着は土の汚れや擦り切れが多く、補修の跡がみられる。

靴の泥汚れの付き方ひとつ見ても、普段から現場や森の中を歩き回っているのであろうことがわかった。


 森の奥は現状、未踏査の領域が多く、研究者にとっては宝の山だ。

新しい発見への期待が、2人とも声の端々に滲んでいた。


 その横で、ユディは緊張のあまり、地形記録用の板をぎゅっと抱きしめていた。

僕と目が合いそうになると、慌てて視線を逸らす。

とはいえ目を合わせていないと、なんかこう、背中に視線を這わせてくる感じがする。

相変わらず元気であることは間違いない。

そもそも、彼女自身で同行を立候補したんだから、嫌われているはずはない。


「アルトゥスさま。

このちっこいのは多少発情しているけど、度胸はないから害はないと見ていいのか?」


「ピャーッ!?

な、なんてこと言うんですかサリティ様!

は、発情なんてしてません!

アルトゥス様に危害も迷惑もかけるつもりはありません!」


 うん、サリティさん。

勘弁してあげてね。

ユディなりに隠せていると思っているんだからさ。


「ユディは優秀な記録要員だから、心配しなくて大丈夫。

というか、僕以上に彼らを護ってあげて。」


 僕がそう言うと、サリティさんは腕を組んだまま、じろりとユディを一瞥した。


「ん。わかった。ちっこいの、ちゃんと私の後ろについてくるんだぞ?」


 ややあって、ひとつため息を吐くと仕方なさそうにそういった。


「ゆ、ユディスです!ちっこいのではなく、ユディスとお呼びください!」


 その様子を見たユディは、耳を赤くさせて反論する。

声は裏返り、語尾は震え、それでも必死に抗議するあたりがユディらしい。

当のサリティさんはというと、あまり興味がなさそうに片眉を上げただけだった。


「はいはい。

でも、戦闘時に長い名前を呼ぶ余裕はないから、三人とも愛称で呼ぶ。いいか?」


「もちろん、かまいませんわ。」


 サリティさんの確認に、ミランゼさんは優雅に微笑む。


「好きに呼んでかまわない。おっさんでもいい。」


 対して、アイゼンくんの返答は大変素っ気なかった。

ミランゼさんが「まあ」と小さく肩をすくめる。

彼なりの冗談なのかなと思ったが、ミランゼさんの反応を見る限り、いつもこんな感じなのかもしれないね。

サリティさんは腕を組んだまま一度だけ頷き、もう行こうかと言いたげに森の奥へ視線を向き直した。


 さて、ラウグモウ探索隊。

という勇ましい感じよりかは、なんだかアヒルの行進のような凸凹の微笑ましい集団みたいに見えるね。

いよいよ出発だ。


「ユディ。出発する前に話した目的地をみんなに共有して。」


「は、はいっ!最初の目的地は、開拓地北部の地質調査ポイントです!

ここは、開拓初期に大きな井戸を掘ろうとした場所になります!

こちらでアルトゥス様が確認したいことがあるとのことです!」


 ユディが周辺地図をひらいて、目的地を指さした。

緊張で声を裏返しながらもしっかり意図を説明する。

その初期に井戸を掘ろうとした場所という言葉に、アイゼンくんが反応した。


「北部の地質調査については過去の調査をレポートにまとめております。

それでは足りなかったということでしょうか?」


 彼の質問は、研究者らしい視点に基づいたものだ。

地質調査のレポートは通常、『土質・層構造・含水率・地盤の硬度』などを中心にまとめられる。

つまり、地面そのものの性質を調べるのが主目的だ。

もちろん、その点については事前に資料として共有されていたし、僕も目を通してある。

しかし、今回の調査で僕が知りたいのは地質以外の要素だ。


「地質についての情報はサンプル含めて十分に足りているけど、僕が確認したいのはそこじゃないからね。

今回調べたいのは、できれば現状の確認が大事なところになるから。」


 アイゼンくんは少々思案するが、直ぐに現状の確認が重要といった僕の意図に気づいたようだった。

彼の眉がわずかに上がる。


「なるほど。そうすると時期や時刻による観点からの情報が不足していましたか?」


 まさにそこだ。

地質レポートは大きな変化が生まれない、静的な情報が中心だ。

でも僕が確認したいのは、この地の胎動や血流。

つまり、季節や環境の移り変わりによる動的な情報だ。


たとえばこんな視点――

 

 ・水脈が季節でどう変わるか

 ・地面の湿り気が時間帯でどう変化するか

 ・地下水の流れがどの方向に偏っているか

 ・その他の、着目する点がない見逃された情報がないか

 

 今あげたような生きた情報とは、現地でしか分からない。


「できれば年間を通じた環境の変化についての観察があったら嬉しかったかな。」


「わかりました。

現地での調査の詳細と今後のレポート内容については、後程話し合いましょう。」


「うん、ありがとう。」


 アイゼンくんは、メモに僕の言葉を刻みながら小さく頷いた。

その表情には、研究者特有の謎解き前の高揚が宿っている。


 さて、北部の井戸跡か。そこには、僕が気になっているものが存在するかどうかのヒントがあるはず。

予想が正しければ、その痕跡が残っているはずだ。


それを確かめるためにも、まずは現地へ向かおう。

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