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第41話 うさぎ狩り

 轟音が響き渡り、森が揺れる。

葉擦れがざわりと波立ち、枝からこぼれた葉がはらりはらりと舞い落ちる。


 ティダン(巨人族)の男が振り下ろした手斧は、拳大の石を砕き、土を爆ぜさせ、地面を深く抉っていた。

威嚇ではない。

本気で殺しにきている一撃。


その一撃の威力に僕ら3人以外の男たちは一斉に息を呑んだ。

レシク――卑屈くんは腰を抜かしているくせに、目の奥だけは勝利を確信してギラついている。


「ひ、ヒヒッ!いいぞ、ロガン!そのままその憎たらしい女をひき肉に変えろ!」


 わあ、小物臭い台詞がよく似合うな。

当のロガンと呼ばれた男は、不愉快そうに斧を引き抜く。

その着弾点に、もちろんサリティさんはいない。


「……やる気満々ってとこ?お楽しみを急ぐ男はモテない。童貞臭い。」


 土煙が晴れていく。

彼女はその向こうで身体を慣らすように肩と首を回していた。

その動きは、まるで近場へランニングに行く前の準備運動のように軽やかだ。


それにしても挑発をするのはいい。

けど、その表現はどうにかならなかったのかな。


「サリティさーん、お下品ですよー。

乙女が品のないヤジを飛ばすのみっともないからやめましょうねー。」


 僕の呑気な声掛けに、周りの男たちがぎょっとしている。

その顔には、正気を疑う表情がずらりと並ぶ。

どうやら彼らには、サリティさんがこれからあの男に蹂躙される未来しか想像できないようだ。


つまり――彼らはサリティさんを舐めていらっしゃる。


「……この力をみて引き下がらねえか、女ァ。」


 ティダンの男が、獣のように喉を鳴らす。

その声には、戦士としての敬意は一切ない。

ただ、こいつはこの手で壊すという、空っぽの殺意だけがあった。


「怯える必要が、どこにあるの?」


 サリティさんは、にやりと歯を剥く。

その笑みは、普段の無邪気さとは違う。

獲物を前にした肉食獣のそれだ。


 どちらも狩人。

そして、どちらも自分が獲物だとは思っていない。


強いほうが狩人。

弱いほうが獲物。


その格付けを行うための戦いの火ぶたが切って落とされた。


 まず動いたのは男。

左の斧を唸りを上げて振り上げる。

今度は横薙ぎの一撃だ。


大木をまとめて薙ぎ倒すような、質量任せの一撃が迫る。

風圧だけで、近くの草が一斉になぎ倒された。

サリティさんは跳んで回避する。


その瞬間、男はニイッと口端を吊り上げる。


「爆ぜろ。」


 右腕から唐竹割りの一撃が空中のサリティさんを狙って振り下ろされる。


薙ぎ払いは、最初の一撃を軽やかに回避したサリティさんの身軽さを見越した避けさせるための一撃。

そして、彼女が逃げた方向は思惑通りの空。


そこには踏みしめる大地も壁もない。

何もできない、投げ出された空中。


狙い通り。


無防備。


あとは叩き落とすだけ。


卑屈くんは勝ち誇った顔で、すでに勝利の未来を見ていた。

……夢を見るのが早すぎるよ。


「遅すぎ。」


 その一言が、彼にとって目覚めの挨拶となる。

空中に逃げたと思わせた彼女は、狙い通り身体をしならせて斧の軌道を紙一重で回避し、そのまま斧の刀身付近の木製の柄へととんぼ返りで強烈な蹴りを叩き込む。


 バキィッ!


 木の幹ほどの太さを誇る柄が、ただの一撃で砕け散った。

その光景は、男たちにとってなんと現実離れしたものであろう。


彼女の細い身体のどこにそんな脚力があるのか、理解が追いついていないみたいだ。

だが、目の前で繰り広げられた一連の動きが、すべてを証明している。

彼女の足技の冴えは、男たちの幻想すら砕く一撃となった。


「フッ!」


 サリティさんは、地上に降り立つと一息込めて大地を蹴る。

爆風のような土煙が巻き上がり、彼女の姿が僕らの視界から消える。


今だ武器を破壊された衝撃にあっけに取られているティダンの男は、その姿を追うことすらできていない。


「ガッ!?」


 男から苦悶の声が漏れる。

腹に突き刺さるはナックルダスターをはめた右の拳。

容赦なくたたきつけられた右ストレートは、鋼のように鍛えられているはずのその腹筋の装甲を易々と突破し、鍛えようのない体内へと衝撃を叩き込む。

巨体が、ぐらりと揺れた。


「1発目。」


「て、てめえ……!」


 思いもよらぬ一撃に、ティダンの男は巨体をよろめかせた。

だが、後退した足を地面に縫い付けるように踏みしめ、まだだと言わんばかりにサリティさんを睨みつける。


折れた斧は後方へ投げ捨て、怒りのままに前進する。

斧の柄を投げつけられた形になった卑屈くんの悲鳴と怒号はしかし、怒りに燃える彼の耳にはもう届かないだろう。

巨体の右手が、サリティさんを握りつぶさんとばかりに無造作に伸びる。


「バカ。2発目。」


 その掌に疾風迅雷の一蹴。

あまりにも無造作な掴みかかりは、どうぞ蹴ってくださいといわんばかりの良い的だった。

サリティさんの脚が、しなる鞭のように、しかし鉄槌のような重さで振り抜かれる。


 バキッ


嫌な音が僕らの耳にまで響き渡った。


「――ッッ!!」


 男の喉から、言葉にならない絶叫が漏れた。巨体が一瞬、くの字に折れかける。


 あーあ。あれは完全に折れたなぁ。


サリティさんのあの蹴り。間違いなく、エルドラで強化されている。


ただ速いだけじゃない。

ただ重いだけでもない。


狙った一点を、確実に破壊するための必殺が籠った『術身一合(じつしんいちごう)』の蹴りだ。


 間違いない。

彼女は僕と同じくエルドラの、『身体強化(リュミ=セリオン)』の使い手だ。

学んだのか、たどり着いたのかはわからない。

けれど、あれだけ自然に【アイズ(内側の力)】を励起させていること。

そして、そのエネルギーを操って身体の特定の部位へ集束させていること。

それは、ただの素質では辿り着けない領域だ。

鍛錬の積み重ねがなければ、絶対にできない芸当。


 もう、これは勝負が決まったようなものだ。


方や生来の力に溺れ、ありのまま壊すだけだった男。

方や、己の身体能力の差のハンデを修練でねじ伏せ、身体強化を自在に操る達人。


同じ力を扱っているようで、その質と過程がまるで違う。


片方は暴力。

片方は技術。


勝敗なんて、もう比べるまでもない。


「お、おい……俺たちが束になっても歯が立たなかった、あのロガンが手も足も出てねえじゃねえか……」


「嘘だろ……?」


 周囲の男たちが、困惑と恐怖の入り混じった声を漏らす。

自分たちが畏れ、従い、逆らえなかった怪物。

それが、自分たちよりはるかに細い女性に蹂躙されている。

その事実に打ちのめされるように。


僕はその様子をみて、留飲がさがった。

あ、彼らに対してだけね。

現実離れした光景に困惑しつつも、彼らは勝負がついたと現実を受け止めているからね。


もう、あの男はサリティさんには敵わない。

それを理解できるだけの目は持っているんだから。


「ひ、ひるむな!まだだ!まだ終わってないぞ!

ろ、ロガン!本気を出せ!いつまで遊んでいやがる!

とっとと女とエルフをぶち殺せ!」


 ……その対比として、ひとりだけ愚かさを極めた小物くんがいるわけだけど。

顔を真っ青にしながら必死に虚勢を張っている姿は、もはや哀れを通り越して滑稽だ。


というか、君ね。

僕を拘束するのが目的じゃなかったの?

錯乱しすぎて、目的を忘れてるよね。


「ゆ、許さねえ……!ここまでコケにしやがって……!ぜってえ殺す!」


 ティダンの男――ロガンもまだ何とかなると思ってるんだろうか?

これまで蹂躙の立場に甘んじすぎて、己が獲物になったことがなかったんだろうね。

実力の差を、立場の違いを、理解する前に勝ちすぎてしまったのだろう。


……哀れな。


きっと強すぎたんだね、君は。

磨き上げるまでもなく、勝ててしまったんだろう。

当たり前のように頂点にいた。

だからこそ、磨くという発想すら持てなかった。


その前に挫折していれば。

折られても立ち上がる機会があれば。

まだまだ先があっただろうに。


 サリティさんは、完全に勝負を見切っていた。


「ねえ、アルトゥス様。」


 振り返らずに、僕へ声をかけてくる。


「何発くらい殴れば、気が済む?」


 僕は、右手を開いて見せた。


「そうだね……五発くらい?」


「了解。」


 サリティさんは、にっこり笑った。


「じゃあ、あと三発ね」


 その笑顔は、戦場に咲いた花のように美しく――そして、容赦がなかった。


 ロガンが残った左腕の斧で渾身の横薙ぎ。

再度跳んで回避。

その回避に合わせて急な軌道変化をくわえるロガン。

斬り返しの振り上げで空中のサリティさんを狙う。


それはもう――通じないとわからないのか。


彼女は真上に跳んだんじゃない。

巨体の懐に向かって跳んだんだ。


刃の届かない至近距離。

ロガンの目が驚愕に見開かれる。


浮かんでいたのは、初めての恐怖だろうか?

その瞳に映るサリティさんの輪郭が揺れている。


「3発目。」


 地面にしゃがみ込み、バネのように勢いよく真上に向かって身体を射出。

右手が巨体の顎を捉えて振り抜かれる。渾身のアッパー。


「4発目。」


 のけ反る巨体。サリティさんの右脚が閃く。

男のこめかみに会心の膝蹴りが撃ち込まれる。


ゴキリ。


重く、儚く命の砕ける音。


「……5発目。」


 落下の途中で身体をひねり、左の回し蹴りがロガンの胸をえぐるようにたたきつけられる。

力を失った巨体が吹っ飛び――


 「へあ?」


 卑屈くんの間抜けな断末魔が響く。

巨体はそのまま卑屈くんの身体を飲みこみ、大地に沈んだ。


……ねえ、卑屈くん。キミさ、小物の末路として模範的すぎないか?

なんか、こう、腑に落ちないよ。


 衝撃が地面を揺らし、土煙が巻き上がる。

華麗に着地を決めたサリティさんは、ふっと一息つき、倒れ伏した男を見やる。


その逝く末を見送った彼女は、静かに両手を合わせて目を瞑る。


それは勝者ゆえの祈り。

戦士として刃を交わし、散ったものに対する敬意。


たとえ彼女を侮り、蔑んだ相手といえど、その最期には戦い抜いたことへの敬意を忘れない。


戦士の儀式。


 静寂の風が森の囁きに変わる。


ややあって、彼女はそっと目を開いた。

そして、僕たちに振り返る。

ほんの一瞬だけ、憂いを帯びた横顔。

不覚にも胸がどきりとするほど綺麗だった。


でも、それは刹那に溶けてなくなる。


次の瞬間には、ニッと歯をむいて満面の笑みを浮かべてこういった。


「5発目は、足りない分の証書として押し付けといた。」


 ――そうだね。僕も十分だよ。

後は生き残っているものに支払ってもらうべきだから。


 さて、取り立ての時間がきたよ。

言わずもがな……僕は、舐められるのが大嫌いだからね。

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