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第40話 森の香りは、ちょっぴりきな臭い

「うーん、いい香り!

やっぱり森の香りはいいね。人の営みの香りもするのがまたいい。」


 アーシェスタの街を出発して一日と半刻ほど。

馬車に乗り込んだ僕らはついにこの旅の目的地であるメイキドルアの森に到着した。


かつては鬱蒼とした深緑の壁だったはずの森の入り口。

それが人々の手で、ところどころが削られ、開拓の痕跡が露わになっている。

開けた土地のいくつかは地面が耕され、麦をはじめとした様々な作物が植えられている。


木々の間には簡易的な家々が立ち並び、作業者らしき人々が忙しなく動き回っていた。

学者風の人物が地図を広げ、農作業者と何やら議論している姿も見える。


 中心部へ向かう道は簡易的に舗装され、道沿いには煮込み料理や串焼き、パン焼きの窯などが併設された屋台が並ぶ。

時間的に昼を過ぎて大分立つためか、料理そのものは片付けられていたが、その残り香だけがふわりと漂ってくる。


鉄器を整備するための炉からは鉄を焼く匂いが立ち上り、鉄槌の音が森の木々を震わせていた。

それら全てが確かな人の営みの証。

こういった活気は本当に好きだ。


「エルフだから、森の匂いが好きなのはわかる。

でも、鉄の匂いは嫌うと思ってた。」


「鍛冶の匂いは好きだよ。

森で生きていくために、鉄器はなくてはならないものだったしね。

なにより、職人が描く生活の活気はいいものだ。僕はこういうの、好きだよ。」


「ふうん、エルフの印象が変わるね。

エルフは鉄の匂いとか鉱石加工物が嫌いで、森を仇なす匂いとして忌み嫌っているっておばあちゃんに教わってたから。」


 そういって、サリティさんは笑った。

さっきの話の続きじゃないけれど、やっぱりエルフっていうのはちょっと偏見があるんだよね。

というより、そのイメージのほうが正しくて、僕だけが変わっている可能性は高いんだけど。




 開拓地の開けた土地で、僕らは中心で馬車を降りた。

ガルデスくんたち以外の同行していた人たちは積み荷を降ろすために散っていった。

僕の荷物は手荷物だけなので身軽なものだ。


 久しぶりの森の香りとあって、それなりに機嫌はよかった僕だった。

が、違和感はすぐに感じられた。


 到着した僕らに対して誰も近寄ってこない。

遠巻きに見られているだけだ。

なんとなく歓迎はされていないことはわかるけど、同時に変な空気を感じる。

視線の中に、妙な色が混じっていた。


哀れみ?

同情?

しかし、どうして?


「歓迎はされてないようだね。」


「ある程度覚悟はしてましたが、それにしては妙な空気ですね。」


 彼の言う通りだ。敵意でも恐怖でもない。

ただ、何かを知っている者の目だ。

まるで、これから起こることを、僕らだけが知らないなんて空気。


そんな視線突き刺さる中、若い男たちがこちらへ歩み出てきた。

その中心に立つのは、その中でも最も小柄な男。


 背丈はサリティさんより少し低いくらい。

痩せぎすで、風が吹けば折れそうな体つき。

だが、その身なりだけは妙に整っている。


灰金色の髪は丁寧に撫でつけられ、小ぎれいな服装をしている。

素材や装飾がこの開拓地である森に相応しくない清潔さを感じる。

なんというか、野外活動に向いてなさそうな服装といえばわかるかな。


そして何より目が印象的だった。

怯えたように揺れる琥珀色の瞳。

だがその奥に、何かを秘めた冷たい光が潜んでいるように感じる。


 彼の背後には、対照的に大柄な男たちがずらりと並んでいた。

特に一番後ろにいる男はフードを被って顔はよく見えないが、体格だけならガルデスくんより大きい。

その巨体が、じっとこちらを見下ろしている。


他の男たちの出で立ちを一言で言い表すならば、粗暴なごろつき達。

ただ、その瞳にはなぜか敵意と決意が込められている。

彼らは、まるでこの小柄な男を守るように立ち、斧や剣、こん棒などの武器の柄を握りしめている。


小男が中心に立ち、巨漢たちがその影に従う――そのあからさまな構図に、僕はこめかみを抑える。


「どうも、初めまして。

隣国の使者……いえ、それを騙るエルフ殿といったほうが正しいかな?」


 うん、この物言いとこの歓迎。

これだけで外交問題必至の物々しい雰囲気だ。


僕が眉を顰める以上に怒りを露わにするのは、ガルデスくんとサリティさん。

2人はスッと僕の前に歩み出て、僕を庇うように立つ。

だが、小柄な男は構わず続けた。


「カドヴィ様の代理を務めております、レシクと申します。

臨時とはいえ、ここの指揮権を持っております。」


 卑屈そうな声ではあるが、言葉の端々には妙な自信が滲んでいた。

まるで、これから起こる展開を確信しているかのような声音。


「レシク。貴様どういうつもりだ?

こちらの方は正真正銘、リヴェリナ王国よりおいでくださった特使アルトゥス様だ。」


「ええ、存じております。

カドヴィ様より、リヴェリナ王国からの特使と称し、アーシェスタス家の侵略を企てるエルフが政府より派遣されてくると聞いております。」


 あらまあ、随分な言われようだね。

うーん、というかこのレシクとかいう男はカドヴィ君のどういう存在なんだろう?

代理を名乗るくらいだから、それなりに立場があるのだろうけれど。


「レシク、カドヴィの与太話を信じるのか?所詮バカの従者はバカということか?」


 サリティさんが吐き捨てるようにいうと、男は少し不快そうに舌打ちをする。

ふうん、従者か。

大方カドヴィ君がアーシェスタに戻るからその間の管理を任されて調子に乗っちゃってるってことなのかな?

それだけなら小悪党ですむけど、はてさて。


「ちっ。ラパン(兎女)が粋がりやがって。それも今日までだ。

おい、サリ。上官への侮辱は一旦見逃してやるから、横のエルフを取り押さえろ。

俺はいまカドヴィ様の代理だ。つまり、テメエより偉いんだ。上官命令を聞け。」


「あ”あ”!?」


 わあ、すっごい不愉快そうな声と顔。

サリティさんはドンっと地面を踏み鳴らし、牙を剥いて戦闘態勢に移る。

卑屈くんはその剣幕にヒッと情けない声を出して後ずさった。

周囲の男たちは、サリティさんが戦闘態勢に入ったことで警戒心を高め、男より前にでてくる。


一触即発の雰囲気。


とっさにガルデスくんが止めなきゃ、サリティさんはとびかかってたね。


 ちなみに大分失礼なこと言われたので、僕もそっとアイズを励起させ、いつでも戦えるように準備していたのはここだけの話。

しかし、この卑屈男。

サリティさんの威圧で怯む癖に妙に威勢がいいな。

これは何かしらの算段はあると見たほうがよさそうだね。

少しだけ警戒レベルを上げておこうかな。


「お、おいガルデス!貴様でもいい!

そのエルフを取り押さえろ!命令だ!俺はカドヴィ様の代理だぞ!?」


 ……まさか本気で権力を盾にガルデスくんとサリティさんをいいなりにして、僕を拘束させるのが目的だったとは言わないよね?

だとしたら愚かってレベルじゃないよ?

それだったら、僕が警戒したことすら馬鹿みたいになるから、それだけは勘弁してほしいんだけど。


「……俺たちは御屋形様の命令で動いている。

カドヴィ様より上位の、御屋形様からのだ。

よって、貴様の命令を聞く義務はない。

何より、俺たちアーシェスタス軍部はカドヴィ様の指揮権下にない。

つまり、従う筋合いもない。」


 ガルデスくんも聞く価値もないと言わんばかりに淡々と断る。

ただ、卑屈くんは鼻を鳴らして偉そうにふんぞり返ったままだ。

うん、僕の危惧していた考えなし展開は避けられたとみてよさそうだ。

内心、安堵のため息をついてしまう。


「はっ、役に立たねえな。

せっかくこちらに付くチャンスを与えてやったってのに。

……もういい。おい、そこのエルフを拘束しろ。」


 卑屈くんは僕に指を差しながら周囲の男たちへそう指示する。

その瞬間、森の空気が、ピンと張り詰めた。


「れ、レシク。

俺たちではガルデス様とサリティさん相手には勝てない。そこはわかってるだろ?」


「ふん。そんなのわかりきっている。

そのためにこの方がいらっしゃるんだろうが。」


 彼はそういうと、後ろへ目配せする。

その合図に応えるように、ひときわ大きな影が前へ進み出た。


フードを深くかぶった巨体。

その男は、ひとつ大きく息を吐くと、まるでその肉体を誇示するようにフードを脱ぎ捨てた。


「ようやく弱いものいじめじゃなくて、まともな戦士と戦う機会が来たと思ったら。

男は怪我人、女は獣じゃねえか。

俺はこんなのを相手にするために雇われたってかい?」


「う、うるさい!貴様のような壊すだけのやつにようやく出番が回ってきたんだ!

(グルンヴェラル)だの(ブルスクホグ)だのを狩るために高い金を払っているわけじゃないんだぞ!」


 卑屈くんの声は震えているのに、言葉だけは妙に強気だ。

巨体の男はギロリと卑屈くんを見下ろし、チッと舌打ちを返す。

その視線と悪態だけで、周囲の男たちも目を逸らしてしまっている。


「……巨人族(ティダン)か。こんなところでお目見えするとはね。」


 男の身長は大きな荷車の幌の上端に頭が届くほどで、大柄なはずのガルデスくんと比べてもひと回りは大きい。


僕と比べたら?

そうだね、僕がお人形さんのように片手で持ち上げられてもおかしくないくらいの差っていえばわかるかな。


灰褐色の皮膚は岩肌のように硬く、無数の古傷が白い線となって走っている。

肩幅は荷車の横板ほどもあり、胸板は鍛冶場の鉄板を思わせる分厚さだ。

腕は丸太のように太く、握られた手斧が子供のおもちゃに見えるほど。


濁った黄色の瞳はらんらんと輝き、自分の強さを微塵も疑ってない。

ある意味傲慢な光を宿している。

短く刈り込まれた髪の下、首元には鉄の首輪の跡が残っている。

それは罪人として繋がれていた証。

どんな罪を重ねてきたのか、考えたくもないね。


「ああ?なんだ、優男。テメエに珍しがられる筋合いはねえな。

エルフなんぞ、北か森に引きこもっている奴しかいねえ。

俺らよりもっと珍妙な種族だ。」


「珍妙ね。まあ、否定はしないかな。」


 ティダンに兎人族(ラプラメル)にエルフかぁ。

確かにこの中なら僕が一番珍しくはあるのかな。

特に世界樹の一族出身という意味でなら他では絶対見ないもんね。


 特に相手がエルフということに感想はないらしい。

巨体の男は準備運動とばかりに、両手の斧をぶん、と振り回し始めた。


「ヒッ、ヒイイ!?私が近くにいるのに、武器を振り回す奴がいるか!」


「キィキィとうるせえな。当たんねえよ。

お前は金蔓なんだからよ。とっとと下がってろ。

……おい、怪我人。女。かかってこい。

後ろのひょろっちいエルフなんざ興味ねえ。戦士だけかかってこい。」


「……あ”?」


 カッチーン。


僕、今こいつに舐められた?

ねえ、舐められたよね?


どうしよう?

まず両手足?

それとも顔?

ボコボコにしていいよね?


僕が笑顔を張り付けて前へ出ようとする。

が、その行く手を阻むものがひとり。


「……私にやらせて?」


 僕の前に、ひょいっと影が差し込む。

ニイっと口端を持ち上げて前に進み出たのはサリティさんだ。


僕は舐められたことに対してちょっとご機嫌斜めになっているので、抗議の目線を送る。

が、サリティさんは首を振った。


「こいつ、私を戦士としてみた。

気骨はある。でも、ちょっとおつむが足りてない。

強者を知らない、弱いやつしか相手にしてこなかったやつだ。

アルトゥス様の出る幕じゃない。」


「……いってくれるじゃねえか、女ァ。」


 ティダンの男の瞳がギラリと光る。

むう、相手もサリティさん相手に闘争心むき出しにしちゃった。


仕方ないなぁ。

ここは大人しく引き下がろう。


 サリティさんは上機嫌で具足の紐を締め直し、ナックルダスターを手にはめた。

彼女の近接戦スタイルは蹴り主体だけど、今回は拳も使って戦うつもりのようだね。


「今回は譲るけど、ちゃんと僕の分も殴っといてね。」


「ん、まかされた。……いっぱい殴ってあげる。

模擬戦で手加減されて、いい加減フラストレーションマックスなので。」


 あ、もしかしてガルデスくんとの模擬戦後の指導組手の件、結構根に持たれてた?

ガルデスくんをちらりと横目で見ると、やれやれといった風に首を振った。

どうやら、相当溜まっていたみたいだね。

それは悪いことをした。


「まったく……。サリティ、気をつけろよ。」


「ん、怪我人は黙ってみてろ?」


「お前、後で指導な!」


「俺を無視して後の話なんてしてんじゃねえ!!」


 ティダンの男が、大きく手斧を振り下ろした。


森の大地にたたきつけられた斧の爆裂音が、戦闘開始の合図となった。

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