第39話 エルフさんは過去を振り返る
「なぜ、アルトゥス様はそこまでの強さを求めたのですか?」
ふと投げかけられた素朴な問いかけに、僕はついきょとんとしてしまう。
今はメイキドルアの森へ向かう馬車の中だ。
全身に怪我を負いながらも特に行動には問題ない状態まで持ち直したガルデスくんとサリティさんが同乗している。
話の流れそのものは唐突だったわけでもない。
あの模擬戦の後、ギャラリーの兵士さん達から尊敬のまなざしで是非私どもに指導を!なんて請われたり、サリティさんが八つ当たりのように模擬戦を仕掛けてきたので、指導組手に応じてあげたり、兵士のお嬢さんたちと握手会をしたりしていた。
もちろん、サリティさんにはガルデスくんと同じように!っていわれたけど、護衛2人が両方怪我してるのはまずいでしょ?と誤魔化して、向こうに着いたら便利な道具を作ってあげることを条件に指導に収めた。
基本的に女性だからといって手加減したりはしないけど、連戦で2人が怪我することは避けたかったのは事実だし、指導組手はちゃんと本気で攻撃を捌いていたしね。
そこはある程度許してもらえてよかった。
そんなこんなで、馬車の中は妙に穏やかな空気に包まれていた。
僕の剣や術式はエルフの秘伝なのかとか、師匠はどんな人だったとか、模擬戦を振り返ってよかった点をあげる感想戦したりしてるときに、ガルデスくんから出てきたのが先ほどの質問である。
本当にただの興味本位の問いかけだったのだろう。
だからこそ、僕がぽかんとした顔をしたのを見て、彼は慌てた。
「す、すみません!少し興味が湧いただけなのです!
答えにくいことでしたら、聞かなかったことにしていただいても……!」
「あ、ああ。いや、ごめんね。
別に内緒にしたかったわけでも、言いにくいことでもないんだよ。
でも、なんていうか、大した理由じゃないんだよね。」
「それでも、理由はあるのですね。もしよろしければでよいので。」
「ん。エルフの強さの理由を知れるかもしれない。」
2人はそう言って興味深そうにする。
強さの理由か。
……わだかまりがあるわけじゃない。
でもこの理由を聞いて、重く感じないだろうか?
――捉え方は個人の自由かな。2人ならそう深刻にとらえないだろう。
「じゃあ、ちょっとだけ聞かせてあげる。
自分の夢のために、全てをそこに置いて去った男の、つまらない昔話をね。」
馬車の揺れが、静かにリズムを刻む。
外の風が、木々を揺らす音を運んでくる。
そして、僕は目を瞑って手繰り寄せた。
あの日、置いてきたものの記憶を手探るように。
***
世界樹の森にはエルフの一族がいる。
僕らの祖先は世界創生時、神のいとし子として生まれ、世界樹の麓に住むことを許された選ばれた種であると自称するものたちだった。
彼らはその出生と長命、そして『魔』を操る能力を誇っていた。
自らより短命な者たちを侮り、最も優れた種族であると豪語して憚らなかった。
その驕りと侮りが、祖先を追い詰める契機になった。
世界はエルフを排除しようとした。
そう、文字通り革命が起こったんだよ。
エルフ以外の短命種は結束してこの驕る種族を散々に打ち破ったんだ。
技術で、相伝で、努力で。
僕らの祖先は、生まれ持った力に胡座をかき、下等な種族がいくら力を磨こうとも自分たちには届くはずがないって嘲笑っていたからね。
それを覆されたんだ。
お笑いだし、自業自得だよね。
散々に負かされた祖先たちは、ようやく己の態度を反省――どころか、世界樹の麓へ引きこもった。
そう、我らの祖先は、いじけて引きこもる道を選んだんだよ。
そして最悪なことに、世界樹は彼らを選択を受け入れ、甘やかしてしまった。
後の時代にエルフは2つに分かれた。
ひとつは祖先の言い伝えを守り、外の世界はエルフを害するといって引きこもり続けたもの。
もうひとつは、彼らのその反省のなさに嫌気がさし、森を出ていったものたち。
……いや、これは正確じゃない。
森に残ったのは、エルフの中でも特に優れたとされた一族で、世界樹の庇護を存分に受けていた。
森を出ていった者たちは、その庇護の独占に嫌気がさした他の部族だ。
実はね、世界樹の庇護は力の序列で一部のエルフが独占していたんだ。
本当に大した『神のいとし子』の皆さんだと思わないかい?
結局、負けても反省できず、性根が腐ったままだったのさ。
僕はそんな一族の中で生まれた。
生まれた当時はそんな歴史を知らなかった。
あるとき、僕は世界樹から力をもらったんだ。
世界樹の麓に住むエルフたちは世界から贈り物をもらえるんだ。
……その時に得た力。
多分、僕だけが授かった知識の結晶。
僕はそこで過去を見た。
そして知ってしまったんだ。
エルフの歴史と過去を。
そして、我が一族がそれを反省もせずに未だのうのうと世界に愛されていると歪んだ歴史を教えていることに。
だから、僕はこの一族を捨てることにした。
彼らが伝統に従って自らの力を必要以上に磨き上げないことを利用して。
誇り高き怠惰とか言ってたっけ?笑っちゃうよね。
僕はその中で目立たないように力をつけていった。
はた目から見れば、ある程度強くなったら次の技術にふらふらと浮気しているように見せかけて。
でも、同年代の誰よりも強かったから、誇り高き怠惰を体現していると褒められるように振る舞って。
そして、数百年かけて全ての強さを体得し、長老たちを超えたことを確信した。
「……そして、僕は行動にでたんだ。エルフの次世代として森を出るってね。」
案の定、長老どもは激怒した。
我らは世界樹の守り人。
穢れた外の世界に出るなどもってのほか。
次の世代という言葉も気に入らなかったらしい。
お前たちは古い世代だ、と言ったようなものだからね。
プライドを相当刺激されたらしく、いきり立っていた。
あの時の長老たちの顔を思い出し、僕はつい意地の悪い笑みを浮かべてしまった。
その黒い笑顔にガルデスくんの頬が引きつる。
……いけないいけない。もっと冷静に話さないと。
「思い上がり甚だしく、不遜なり。
そして、若造ひとりくらい縛ることなんて造作もないのだぞと、僕を拘束しようとしたんだ。」
そして、シュッシュッと素振りを見せながらこういった。
「だから、全員ぶん殴って言うこと聞かせた。」
その答えに、サリティさんが満面の笑みを浮かべながら耳をピコピコさせる。
「ん!どんな感じ?どんな感じ?」
いかにもサリティさん好みの展開だったらしく、身を乗り出して聞いてくる。僕の口も軽くなっていく。
「一族で一番の魔法使いであることを誇るやつには術式で回路を縛ってなんにもできなくさせて、力で制圧しようとするやつには肉体言語で分からせればおしまい。
もう1人、各種武器を使った武術の達人がいたけど、その人は僕の師匠でね。
その会合の前に一騎打ちして勝利しておいたから僕を送り出すことに賛成してもらっていたよ。
その人は僕の理解者でもあったしね。」
そして最後に大事なメインディッシュの愚か者。
「僕なんか片手でひとひねりだって粋がっていた長老の両手足をへし折ってゲームセット。
その時の長老の顔ときたらさぁ……いや、今思い返しても笑えてくるよ。」
クックック、と黒い笑いが堪えられない。
散々大した贈り物をもらえなかった子とバカにしていた僕に、何の抵抗もできずに敗北していった姿は滑稽極まりない。
最後まで捨て台詞でこちらを罵倒してくるから、黙らせるために散々バカにしていらっしゃった「温度を操る固有術型」で喉を焼いて黙らせたっけ?
「わ、割と陰湿な性格だったんですね……」
ガルデスくんがずっと引きつった笑みを浮かべながら呟く。
無理もない。
さっきまで武の極致を見せてやるなんて言ってたやつの力は、陰湿な仕返しみたいなことをするために培われたものなんて知っちゃうとね。
「若気の至りだよ。それに、本当に鬱憤が溜まってたからね。
何より、相手はエルフだ。
このくらいやっても時間がたてばもとに戻っちゃうよ。
だからこそ遠慮なくぶっとばしまくったけどね。」
僕が肩をすくめると、サリティさんが満足げにうんうんと頷いた。
こういう話、好きなんだろうね、この子は。
もしくはそういうことをやってきたんじゃないかな。
「そして、僕は森を出たよ。家族も、婚約者も置いてね。」
さらりと言ったつもりだったが、馬車の空気が一瞬止まる。
「婚約者いたの!?」
間々あって、婚約者というところにサリティさんが強く反応した。
その表情に浮かんでいるのはどんな人なの?という興味の二文字。
「顔はもう覚えてないかな。恋愛していたわけじゃないしね。
エルフは番が決まっているのさ。
子供もかなり計画的で、必要以上に増やさないことも大事だった。
僕は同世代で一番強かったから、番が宛がわれていたんだよ。」
淡々と説明する僕に対し、ガルデスくんはどこか言いにくそうに視線を落とした。
「それはその……。よかったのですか?」
彼の声音には、戦士としてではなく、一人の男としての戸惑いが滲んでいた。
まあ、婚約者いるのに振り切って逃げだしてきてるわけだしね。
不憫に思うのは仕方ないかな。
僕は少しだけ笑ってみせる。
「構わないよ。彼女は僕のことを嫌いだってずっと言ってたしね。
掟を守らず、一族の方針に従わないあなたとの結婚なんて、私自身が認めません!って。
だから、僕が出ていくっていったときも最終的には協力してくれたよ。」
言葉にすると、あの夜の空気がふっと蘇る。
彼女と手をつないで森の境界まで歩いた、あの静かな時間。
「へえ、協力もしてくれたんだ。」
サリティさんがぽつりと呟く。
その声は、いつもの軽さとは違い、どこか優しい響きを帯びていた。
同じ女性として、何か思うところがあったのだろうか。
「ああ。でも、彼女ももしかしたら森に嫌気は差していたのかもしれないな。
森を出る最期の瞬間、「私の手を、離すんですね」なんて言ってたからなぁ。
手を離さず一緒に森を出て、世界を見てみたかったのかもしれない。」
その言葉にサリティさんとガルデスくんが顔を見合わせる。
何?何かおかしな点でもあった?
「……なあ、隊長。普通に考えてそのセリフはアレだよな?」
「……どう考えてもアレだよ……。
案外、アルトゥス様は自分自身へ向けられる気持ちに鈍感な可能性が高い。」
なんだか随分失礼なことを言われているような気がする。
「ちょっと聞こえてるよ!人の目の前でコソコソ話すの気分悪いからやめようね!」
「も、申し訳ございません。」
「はーい。すみませーん。」
まったく、本当に失礼しちゃうなぁ。
……そんなの分かってたに決まってるよ。
あの子は最後まで素直じゃなかったからね。
それでも僕は自分で選んだんだ。
あの閉じた世界を見限って、外に出ることを。
何より、あの時結んでいた指を離したのは僕だけじゃない。
彼女はその時縋ることだってできたはずなんだ。
僕は彼女にずっと伝えてきた。
この閉じた世界から抜け出して見せるということを。
彼女はそれをお役目から逃げることは許されないと言い続けていた。
でも、僕が本気で長老たちをぶっ飛ばして帰ってきたあの夜、彼女は僕を見送ってくると手をつないで森の境界へ向かった。
森での出来事を。過去を振り返りながら。
僕は繋いだままでも良かった。彼女が望むなら。
でも、彼女は最期の最期でその手を離した。
そう、彼女も選んで離してくれたんだ。
自分の存在がしがらみになってほしくないなんて余計なことを想って。
だから、僕は振り返らないで進んだ。
彼女もこの手を離すと選んだことを受け止めて。
僕の覚悟はずっと前から決まっていたんだ。
あの瞬間に絆されて振り返るなんて選ぶわけにはいかなかったんだよ。
そして、僕は森の外へ脱出した。
初めて見た光景は今でも忘れない。
広く、ただ広く、何もない平原。
歩いても歩いても森以外の光景が広がる。
見かけた険しい山をなんとなく上り、高い所から見渡す。
進む先には広大な世界。振り返れば、その世界と比べたらちっぽけな森。
持ち出したのは世界樹の森の植物の種と、森の酵母が入った小瓶、そしていくつかの自作の装飾品とエルフの戦闘服。
それ以外の家族の思い出も、彼女との繋がりも全て置いてきた。
二度と戻るつもりはないから。
戻ったとしても、あそこはただの通過点に過ぎない。
僕は、世界樹の森という檻を抜け出したときからずっと、ただの旅人【アルトゥス=ヴァイツェ】として生きている。
それはこれからも変わらない。
変えてはならないと、あの日の僕が決めたのだから。




