第3話 王を泣かす
風吹く平原と豊かな水源、肥沃な土地。そこを支配した民族には王がいた。
豊かな実りに恵まれた国の名はリヴェリナ王国。
大河シルヴァリス沿いに広がる丘陵地帯を中心に、広い範囲を保有している国である。
そのリヴェリナ南西部に位置し、海への玄関口を有する横に長い国土を有する国がある。
国の名はアリヴィエ海邦。
巨大な港を保有する首都ルビーナを中心とした国だ。
アリヴィエの国土の特徴として、内陸に国土の6割を占める荒野。
そして、北部に『トゥガナトの背骨』と名付けられる雄大な山脈がある。
世界創生時、神の御使いとして大地の開拓を行った巨人トゥガナト。
その役目を終えて眠りについた地と伝承される山脈。
その山脈を超えた東側には軍事国家であるノルカザン帝国が保有するノルカザン帝領がある。
ノルカザンは野心溢れる国ではあるが、山脈の先にあるノルカザン帝領とは、帝領と表現するようにあくまでノルカザン帝国の領土という扱いである。
その扱いの理由はトゥガナトの存在。
ノルカザンはリヴェリナを敵対国として認識しているが、攻めようにもトゥガナトという巨人の睨みは無視できない。
領土拡張の野心あれど、立ちはだかるは巨人の名を有する急峻。
軍事国家の名を持ってしても、リヴェリナ及びその友好国アリヴィエの攻略に多大な予算と時間をかけることに疑問を抱かせ続けている自然の要害。
帝国視点でもそんな山脈を挟んでいるということは、他所からの侵攻を気にしなくていい領地ではある。
が、ノルカザン帝領は不毛の地でもあった。
いくつもの渓谷と岩の大地。開拓も難しい。
帝国もこの地は見限る他なかった。
後に残るのは野心の残滓を残す山越えのための砦がいくつか残るだけ。
アリヴィエとリヴェリナはそんなノルカザンの野望の前に立ちはだかる大きな巨人の寵愛をうけ、発展していった。
さて、アリヴィエ海邦とはどんな国なのだろうか。
リヴェリナが農耕を重視した王国と評するなら、アリヴィエは海やシルヴァリスを運河とした交易中心に経済活動を重視する国である。
国土はリヴェリナと比べると小国といった規模ではある。
だが、アリヴィエには海とシルヴァリスへ通じる運河という強みがあり、水産や造船、貿易によって国家運営を行っている。
国土だけみれば小国ともいえるが、その経済力を屋台骨とした強靭な国家としての体力を有しているのだ。
この存在感は大国リヴェリナからみても決して軽視できない。
リヴェリナとの関係でいうと、農作物を輸入し、海を通じての貿易を行う関係で強い結びつきがある。
豊かな実りであるリヴェリナの特産は様々な地域で求められており、その卸売りでの利益を得る。
その分、リヴェリナへの輸出は税を優遇することで海外からの交易品などを商品として供することで利益を還元。
そんな互いに利があるよう注意を払うことでの関係強化を図り、よい隣人としてお互いを認識しているようだ。
もちろんその均衡を守る緊張感を保つ外交努力を続けながらである。
次に、アリヴィエの現在について語ろう。
アリヴィエ海邦はその名の通り、海沿いであることを強みにしている国である。
首都北部に広大な平原も保有しているが、その広大な土地は乾燥地帯で農業に向いているかと問われれば難しいとかいいようがない。
大河シルヴァリスの支流、エゥルーナ川が国の中心に流れ込んではいるものの、横に長い国土が農地開墾を阻む。
エゥルーナ川沿いの土地はともかくとして、さらに横方向への治水は困難を極めた。
荒地を開墾したところで農作物を育てる水をどうするのかという問題がさらなる開墾を阻む。
こういった理由もあり、アリヴィエも近年では内陸北部のトゥガナト麓に広がる広大な森林の開拓に力を入れようと方針転換した。
そもそも、アリヴィエが農地開拓を急ぐ理由はなんだろうか?
これはアリヴィエ国内が長年眼をそらし続けていった農作物に関して自給率が低すぎること。
そして、リヴェリナからの輸入に頼りすぎていることに対して無視できぬ事態に陥る危険が想定されるようになった出来事があったためである。
近年、リヴェリナ国内での農作物消費が進み、流通に変化が起きている。
結果、このままこの状況が続けばアリヴィエ国内の食糧事情に多大な影響を及ぼす可能性が高くなってしまっていた。
輸出元のリヴェリナも、アリヴィエの食料自給率向上の政策方針に理解を示すほどにはこの事態に関して憂慮するほどであった。
今後リヴェリナが不作になった場合、アリヴィエに農作物を回す余裕はなくなる。
アリヴィエもそうなった場合は自前で食料を用意するしかない。
これは当然である。
これまでは、農作物の輸出をしているリヴェリナとしてはアリヴィエに商品を輸出し続けたい。
アリヴィエの食卓を支える関係でいたいという気持ちがあった。
そう、これまでは。である。
農作物の輸出を経済の柱としているリヴェリナが、なぜアリヴィエの農地開墾を支持するようになったのか。
この変化の大きな理由として、僕の酒造りが端に発して原因となってしまったようである。
うん、リヴェリナの麦を使ったお酒。
ある程度想定してた以上に主食用の麦が酒造りに回ってしまったのだ。
だめだよ、お酒は嗜好品なんだから。
ちゃんとご飯に使って。なーんて助言もしてたんだけどね。
リヴェリナの酒に飢えた国民は止まらなかったね。広大な麦畑を保有する領主は競って自前の醸造所を構えてしまったのだ。
酒造りが活発になるとどうなる?
もちろん、食べる分を育てるところが減る。
降って湧いた国内の麦特需に対して、リヴェリナから外に出せる食料が減るのは自明の理であった。
こうなると溜まったものではないのが農作物を輸入に頼ってたアリヴィエである。
お酒を輸出すればいいじゃないといわれるのはわかるよ。
でも、嗜好品じゃお腹は膨れない。
それに僕のお酒は基本的に地産地消が推奨される程度に日持ちには向いておらず、なおかつアルコール濃度が低いお酒。
海を越えての交易品としてはちょっと使いにくすぎる商材だ。
何より、リヴェリナ国内での需要が留まることを知らない。
となれば、輸出に使える食用の麦が純粋に減ってしまうということになる。
両国の外交担当は頭を抱えただろうね。
特にリヴェリナ側。
これまでの関係を続けたいけど、国内での酒造りの流れは止められない。
なんなら酒造りを煽るやつがその先頭に君臨してる。
まったく迷惑な王様もいたもんだね。
こうなったらリヴェリナとしてはアリヴィエにいろんなことを譲歩するしかない。
そこで白羽の矢を受けに行ったのが僕ってわけだ。
立てられたんじゃないよ。
あえて矢面に立ったの。
僕はリヴェリナの酒造りが進んだことと、前からの約束を果たしたこともあり、以前からこの国を旅立つことを決意していた。
が、リヴェリナはそれを許さなかった。
そりゃそうだよね。
酒造りの技術者を国外に放出するとなるのは国家の損失に繋がる。
ただ、こっちとしては前々代の国王との約束で一時的な国民になっただけの立場であるという事情がある。
その約束の期間が過ぎれば旅を再開することで契約を結んでいた。
当時の契約書を今の国王に突きつけて、約束を果たせと要求した。
そしたらね、めっちゃ泣いたのよ。
うん、泣き落としなんだ。
お祖父様からそんな契約書のことなんて聞いてない。
突然そんなことを言われても、国民からも理解は得られない。
せめて自分の代くらいは見守るべきでは?等々、まあ盛大にごねられました。
王としてその手段はどうなのかと思う。
まったく、呆れた甘えっぷりだ。
しかし、前々代の王から孫である当代について頼まれてはいたし、もちろん当代の王本人にも情がないわけじゃない。
泣き落としという手段で止めてきたのには呆れはしたが、普段ちゃんと大国の王様の役割を頑張ってるのも見てきている。
何より可愛がっていた今の王が感情を露わにして引き留めてきたことは少し嬉しさもあった。
そんなこんなですったもんだ。
少し落ち着いてからの王。
自分のわがままをただ押し付けることになっていることに気がついた。
まあ、技術者の流出に伴う国家の損害を考えたら引き止めるのは為政者として当然ではあるから、我儘と両断するのは間違っていることは理解している。
自画自賛になるから有能な技術者を自称はしないよ。恥ずかしい。
対外的にも王の我儘で国民という立場から自由民に切り替わった旅人を手元に残す理由を作る必要があった。
そこで、とにかく目の着く範囲で呼び出せばすぐに帰ってこれる隣国。
なおかつ外交問題がくすぶっているアリヴィエならばと。
長年農業を指導してきた僕が問題解消のために直接アドバイスする使者という名目でならと旅立ちを認められたのだ。
その認められるまでも頑張りましたよ。
根回しに根回しを重ねて、ちゃんとリヴェリナの住人だよ、必ず帰ってくるよ、私が生きているうちは定期的に絶対顔を見せにくることを条件にするんだよと泣きつかれて……。
いろいろ頑張って何とか旅立てたという経緯を経ている。
***
アリヴィエとリヴェリナの国境付近の町に僕は到着した。
その道中の世話をしてくれた老人とは、一泊を共にしたのち別れた。
彼は生きているうちにまた会いたいものだと言ってくれた。
嬉しいことである。
彼はここから東にある村で家族と暮らしていると聞いた。
そのうち彼の家族にも会えればよいなと思う。
「とはいえ、まずはやることをやらないとね。」
僕は事前に宿でこの町の役場がどこにあるかを聞いていた。
役場に顔を出さなければならない理由はいくつかある。
1つはリヴェリナからの農業指導を名目に入国したことをアリヴィエの代表に報告するため。
もう1つは越境してすぐに町に寄らず、単独行動を開始した怪しげな男の探索依頼など出てないか確認するためだ。
アリヴィエはリヴェリナと友好的な関係を築いてそこそこ付き合いの永さはある。
故に国境での身元検査や入出国の手続きもかなり緩い。
さらには、僕は一応リヴェリナからの使者のような扱いも認められている。
そんな立場の強さに甘えて無理に乗合馬車を途中で降りるなんて無茶をしたんだ。
もしかしたら、密入国者として報告されているかもしれない。
まあ、一応越境してから単独行動したから大丈夫かもしれないけど。
他意はなかったことを両国に対して説明しておかないと問題になっても困るだろう。
「特にあの子は連絡遅くなったらアリヴィエの代表に迷惑をかけそうだしね……。さっさと連絡とりますか。」
涙目ですがる大国の王の顔を思い出す。
まったく、ちゃんとした王様になったと思ったけど、まだまだ成長の余地はありそうだね。
そんなことを思いつつ、僕は役場に向かった。
あの子も越境後すぐに単独行動始めた僕に、自分を棚に上げて偉そうに叱るなと抗議してきそうだな……。




