第38話 極致を知る者
硬質化。
再度、短棒に術式を刻む。左掌にポンポンと打ち付ける。
うん、芯は生きている。まだまだやれるはずだ。
ガルデスくんの雰囲気は、大剣の構えの時と違う。
大剣は荒々しい暴風のような覇気。
対して片手剣は研ぎ澄まされた薄氷のような冷たい鋭気。
左手を腰の後ろに回し、右半身を前にした独特の構え。
切っ先をこちらでゆらゆらと揺らしながらじりじりと間合いを計る。
僕は踏み込みの勢いをつけるために右脚を下げようと
――その刹那
「――フッ!」
首元を狙った突きが放たれていた。
そう、放たれていたんだ。
予備動作もほぼなく、左脚一本で跳躍。
瞬きの間にその突きは放たれていた。
僕はそれを寸でのところで止める。
切っ先の軌道の内側に棒を構え、刃を撫でるように受け流す。
肉薄する僕らの視線が重なる。ガルデスくんの瞳の奥の光は、青く鋭い。
「放ッ!」
右手に力を籠め、剣を内側から外に弾く。
ガルデスくんはその力を吸収しながら、軌道を変えて次の一撃へ繋げる。
間髪入れぬ唐竹割りの太刀。
放たれる突き。流す。
下段からの切り上げ。止める。
撫で切り。躱す。
「う、うおお……」
「す、すげえ……」
周囲からため息が漏れる。
ガルデスくんの太刀筋は最小限の動きで次々と繰り出される技の応酬。
僕はそれをひとつずつ確かめながら最小限の動きでいなす。
息もつかせぬ攻防の応酬。
どちらかが相手の最短を超える速度で技を放った時点で拮抗は崩れる。
だからこそ、手順はより効率的に。
動きは最小に。
狙う場所は的確に。
そして――時に相手の思惑を超える工夫を込めて。
「――!?」
その工夫が、相手のペースを乱すのだ。今、僕が直面したように。
急激にガルデスくんの剣のリズムが変わった。
速度に緩急が入り、まっすぐ最短だった軌道に鋭敏な角度での切替しが加わった。
ちっ、流石にこちらの目的を察知したか。
僕は防戦一方……と見せかけて、攻撃を繰り出す気はなかった。
太刀筋を見極め、対応し、より多くの手札を引き出す。
いわば、相手のもつカードを消費させ、こちらの手札を温存する戦い方。
だが、それは相手にこちらから仕掛けるつもりがないことを見抜かれないことが前提だ。
相手がこちらの思惑に気づいたのなら、仕掛けるほうはそれを前提にした戦い方に変えればいい。
すなわち、相手に合わせて手札をこれ以上消費せずに決まった技を繰り返し、相手の体力を削る。
もしくは――今ガルデスくんが選んだように、手札のカードを惜しみなく使い、防戦状態の相手を質量で押し切る。
リズムを変えたガルデスくんの狙いが明確に変わる。
今までは首、胴、脳天を狙った一撃必殺の太刀筋。
対して今は小手、肘、足、肩などを狙った搦め手の連撃だ。
僕も全身の動きを大きくさせ、その狙いを散らしにかかる。
「射ッ!」
「くっ!」
こうなると、僕だって手札を切る必要がある。
場に出しているカードだけじゃ、ただ押し切られるだけだもの。
タイミングを合わせて軌道をずらし、ガルデスくんの攻撃の隙をつき、肉薄する。
左ジャブを2、3発けん制で置く。
ガルデスくんはそれに反応すると、急に前身をやめ、身をひるがえし間合いを取った。
睨み合う僕ら。
静寂。
一陣の風。
「ようやく攻撃してくださいましたね。」
「やられっぱなしは性に合わないからね。」
そこに立つは軍人のガルデス。
なるほど、アレは本性というより、戦い方が違ったってことね。
彼は再度、左手を腰の後ろに回し、右半身を前にした独特の構えを取り直す。
正直、あまりご存じない構えなんだよな。
剣を前にする目的はわかる。
剣先を揺らして間合いを幻惑させるためのものだ。
だが、片手で構えて左手を使わない構えというのは、理にかなっていないように見える。
でも、それは実際に相対してみて理解した。
「右腕のみで戦う剣術……。師は隻腕だったり?」
「流石の観察眼。ええ、わが師は戦で左腕を失いました。
そして、諦めずに右腕一本で戦う術を編み出し、並み居る剣豪を打ち破ったのです。」
なるほどね。だから構えに左手を添えない型なのか。
「反対の腕、もったいないって思わない?」
「正直なところ、そう思いますね。なので、私は適時左手も使っておりますよ。」
揺さぶりを込めて軽く提案してみたが、薄笑いで流されてしまった。
そうなんだよなぁ。
実際には、力を押すときも、バランスを支えるときも、ちゃんと左手を使っている。
あくまで基本の型が片腕中心なのであって、片手のみで戦うスタイルじゃない。
「師匠は何て言ってたの?」
「せっかくあるんだから使えとしかいわれませんでした。
というか、両手あるなら俺が師にならんでもいいだろうと、一度は突き放されたんですがね。
……あまりに美しく、理想の剣でしたので、無理言って学び取りました。」
ははぁ、こりゃ剣を学ぶというより盗んできたといったほうが正しいな。
その技術は本来、足りないを足るための剣術だったはずなのに。
それに魅せられたのは既に足りてる男。
師匠も大変だね。そして、同時に嬉しかっただろうに。
自分の足掻きで編み出した剣を、ここまで使いこなす男が育ったんだから。
「いい弟子だね。」
「恐縮です。なので、師に報いるためにも、ただ負けるわけにはいかない。
……アルトゥス様。お願いが――」
「みなまでいうな。」
僕は右半身を前に出し、左脇に短棒を収める。
左腕と平行に差した短棒は、ガルデスくんからみれば、もはや持ち手の底しか見えてないであろう。
「脇差の構え」
初めて相対する相手に武器の間合いを正確に測らせないという構えであるが、既に間合いを知っているガルデスくんには無用の構え。
だからこそ、この構えは宣言だ。
ガルデスくんもその意図を悟ったようだ。
一瞬困惑の表情を浮かべつつも、締まる空気に何かを感じ取り、腹に力を込めた。
迎え撃つか。
「僕はいっただろう?武の頂の片鱗をお見せしようってね。」
「……ありがとうございます!」
「行くぞ!」
僕は掛け声をあげて、間合いに踏み込んだ。
そして、抜いた棒を振り上げる。ただそれだけ。
バキィン!
驚愕に目を見開くガルデスくん。
下から降り抜いた僕の一閃が、ただ一太刀で彼の剣を弾き飛ばした。
ヒュンヒュンをうなりをあげて宙を舞い――カランカランと乾いた音を立てて地面を転がる。
「――拾え、ガルデス=ミックハイラ。これでは裾野すら見せていないぞ。」
「!?くっ!」
茫然としている彼に活を入れる。
何を呆けている、ガルデス。
君が見たいといったんだぞ。
エルフが至った極致とは、重みは、覚悟は、物見遊山で眺められる娯楽じゃない。
極致に手をかけたいなら、気を抜くな。
恥じらいも捨てて、かじりつけ。
僕は殺す気がないんだぞ。
なのに、その片鱗を見せるといっているんだ。
チャンスを逃すな。貪欲に飲みこめ!
「その生き恥の先に――頂はある。」
「ぐっ!」
剣を拾ったのを確認して、僕は攻撃を再開する。
今度は間髪入れぬ連打、連打、連打。
打ち据えようとする直前で太刀筋を変える。
防ごうと構えた剣の持ち手を狙う。
蹴りも、殴りも織り交ぜる。
反応しきれないところを狙う。
圧倒する。
何もさせない。
でも、荒さはない。
的確に狙う。
的を絞らない。
視線を、気配を、身体の反応を見てから動く。
温度変化を見る固有術型で力を込められない部分を見てから打つ。
それを繰り返す。
もはや勝負はついていた。
「ラアアッ!」
でも、ガルデスくんは吠える。
そして、倒れずに立つ。
動けなくする一撃を放ったはずなのに反撃を試みる。
全身にあざを作りながら。血を流しながら。
でも、何かを見つけたように、眼を離したくないと訴えるように、瞳の光が消えない。
それは、諦めない心。
戦士の魂だった。
彼は自分の目で、足で、身体で。
その頂の存在を。
その裾野の存在をその眼に焼き付けようとしている。
ああ、凄い。本当に凄いよ。
百何十年ぶりだろうか。君という戦士に出会えたことを誇りに思う。
僕は、そうはなれなかった。
この力も戦士として生きるために得たものじゃない。
まず、全ての前提を覆すために求めた、邪な力だ。
君はそうじゃない。
武の極致を求め、正しい思いでここまで磨き上げたんだね。
僕はその場から去るために力をつけた。
でも、君は生きるために、人生をそれに賭けるために、まだ立っている。
だからこそ、眩しいよ。
「……頃合いだね。」
その眩しさから目をそらすように。
僕はそう呟いて、構えを解き、棒を投げ捨てた。
「!?」
その意味が分からず、ガルデスくんの目が曇る。
終わりなのか?
これで終わりなのか?
そんな言葉が、彼の瞳から伝わってくる。
――違うさ、ガルデス=ミックハイラ。
「ガルデスくん。今から放つ技は、僕がたどり着いた極致の技のひとつだよ。」
そう言って僕は腰から木剣を抜き取り――刀身を折った。
「なっ――」
「動かないで。そして、ただ見ていて。」
僕はそう言って剣を再度納める。
攻撃の嵐がやみ、さらに武器を折るという異様な行動に、全員が息をのむ。
「【アイズ】の術式である【エルドラ】は身体のうちにある生命本来が持つエネルギーを操作して力を得ることができる。」
生徒に教え含めるように、優しく、丁寧に術の解説を加える。
「このエネルギーは、己自身を回路に見立てることで、高速回転させ、その流動をエネルギーとする。ここまでが基礎なんだ。」
これはアイズの使い手の常識。
「ただ、流動的なエネルギーは体内に留まらない。
流動を止めればその勢いはなくなり、霧散してしまう。
だから、爆発的なエネルギーを生み出すことはできない。
これが【エルドラ】の弱点だ。」
肩で息をしながらも、ガルデスくんは僕の話に耳を傾ける。
うん、わかってくれてるね。
そう、これは授業だ。
そして――相伝の儀だ。
「でも、僕は考えた。
爆発的なエネルギーとは、量的なもの以上に、その質がものをいう。
もちろん、絶対的な量に勝るものはない。
でも、逆に言えばその量を用意するなんて外の力を使った【ヴェルドラ】ですら難しいんだ。
ならば、あるものをもっと磨いて効率化したほうがいい。
そうして、僕は【アイズ】の純粋化を極めようとした。
体内の隅々まで回路を広げ、数十年という時をただエネルギーを回転させる修練に費やした。」
全身に【アイズ】の力が行きわたる。
久しぶりすぎて、発動準備に時間をかけすぎちゃったなぁ。
怠けてるというより、感覚を思い出すほうに時間をかけすぎちゃった。
まあ、喋る時間が増えたからいいよね。
「そして、たどり着いたのが……力の放出先も小さく絞ること。
瞬間的で爆発的なエネルギーの放出で、自身を打ち出すという、バカげた技。」
足に麦穂の黄金色の輝きが集う。
僕は、その光を内側から外側に向けた。
そして、ガルデスくんの横を、虚空を駆け抜けた。
折れた剣を振り抜きながら。
「抜刀――【置き去りの太刀】。」
突風が、轟音が、後からやってくる。
僕がいた場所を中心に巻き起こったそれは、砂埃を巻き上げていろんなものを吹き飛ばしていく。
群衆の悲鳴が、折れた武器が転がる音が、いろんなものをかき消しながら。
やがて、静寂が帰ってくる。
ガルデスくんは、《《斬られた》》という感覚だけ残る首に手を当てて、茫然と立ち尽くす。
もちろん本当に斬ったわけじゃないよ。
そのために刀身を折ったのだから。
そして、隣にはとても悔しそうな顔で僕をにらむサリティさん。
……え、なんで僕睨まれてんの!?
「……アルトゥス様、ずるいずるい!なんでそんなカッコいい技できるの!?
私もそういうのできるようになりたい!」
……あはは、本当だよね。
限りない命が、僕をここまで連れてきてくれたんだ。
そんなズルをみて、あんなに無邪気に怒るサリティさんに、僕は苦笑するしかなかった。
こうして、僕とガルデスくんの模擬戦は幕を閉じた。




