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第37話 荒ぶる戦人

互いに中央に陣取り、向き合うと訓練場の空気がざわりと揺れた。


「お、おい……教官殿のアレ……」

「マジかよ……実戦以外であの状態なの初めてみたぞ……」

「相手のお兄さん、何者だよ?」

「エルフらしいぞ……」

「俺、初めて見た……」

「わあ、綺麗な人……私、あの人応援しようかな……」


ざわめきの中心は、普段の軍人らしさをかなぐり捨てた戦士の面構えをしたガルデスくんへの驚き。


――教官殿か。

普段は模範的で、秩序を重んじる指揮官と慕われているんだろうね。


その彼が、今は完全にその仮面の下を晒しているというのは衝撃的なことのようだ。

その次は、そのガルデスくんがそんな状態で向き合う必要がある僕への好奇。

やっぱりエルフというのはとても珍しいらしく、どんな存在なのかもよくわかってない人のほうが大半なようだ。


……へえ、女性もいるんだね。ふふ、それはいい所みせなきゃ。


「対戦方法は訓練武器の使用。

殺しはご法度。

決着は降参か、気絶。武器を破壊される、もしくは弾き飛ばした上で急所に突き付けられた時点で敗北とする!

以上!両者、前へ!」


レフェリーを買って出たサリティさんが簡潔にルールを告げる。

ようは決まった武器で相手を制圧したほうが勝ち。

絶対殺さないよう、注意をするってこと。


訓練用とはいえ、打ちどころが悪かったら死ぬからね。

急所を狙うときは、相手が反応できそうもなければ寸止めくらいできる技量は当然ないとこの緩めのルールにはならないだろう。


案の定、シンプルすぎるルールに周囲がざわつく。

ルールは少なければ少ないほど、互いの技量が高く、信頼されていることが前提となるからね。

何より殺しなしが明言されたことにより、これが指導訓練ではなく本当に模擬戦だということの証明になった。


僕への視線が、途端に心配をするものに変わっていく。

おや、侮りの視線もなくなったね。

それは優しさの証明だ。

良い組織なんだね。


「エルフの戦士よ!胸を借りる!」


ダンッ!


地面を踏み鳴らす音が訓練場に響き、ガルデスくんの声がビリリと周囲の空気を震えさせる。

一喝。それだけで周囲のざわつきをかき消した。

残ったのは戦場特有の張りつめた緊張。


彼が肩に担ぐは鎌形刀剣(ファルシオン)をそのまま巨大化させたような大剣。

腰に履くは幅広の剣(ブロードソード)


彼の体格に相応しい制圧と、小回りを生かす機動戦を意識したセットだ。

指導という名目など一切ない、本気の武器選択。

群衆は息をのんだ。


「……こい、ガルデス=ミックハイラ。

短命なる人では決して到達できぬ武の頂の片鱗をお見せしよう。」


対する僕は手に持った短棒と、腰に履いた片手剣(ショートソード)のみ。

制圧の武器に対しての備えは一見無力そうな武器選択。


だが、僕の体格からしてみんなもそこは心配してなさそうだ。

どう見ても機動戦特化だもんね。

まさか、僕が彼と()()()()()()()()()()なんて、夢にも思ってないだろう。


「両者、構え――」


サリティさんの声が、空気を切り裂く。


「――始めぇ!!」


壁が、迫る。


踏み込んだ一歩の威圧だけで、空気が圧縮され、僕の周囲の空間が狭まっていく錯覚すら覚える。

口端に湛えられた笑みは、獰猛な肉食獣の笑み。

これが、今まで紳士的な対応を忘れない、軍人ガルデスと同一人物とは思えない。


――いや、今は軍人の仮面を脱ぎ捨てた『戦人』ガルデスか。

彼の間合いへの踏み込みは、あまりに無造作。

だが、その無造作の威圧たるや、常人ではその一歩だけで影を縫い留められたかのように動くことはできないであろう。

この剥きだしの闘争心を普段は軍人の仮面で押さえつけているのかと思うと、称賛の拍手を送ってしまいそうになるね。


「――ッラァ!」


右手の大剣が振り下ろされる。

躊躇ない、叩き潰すためだけの唐竹の太刀筋。

間違いなく必殺がこめられた一撃だ。


「ハァ!」


ガゴンッ!


空気を震わせるのは、大木と大木がうなりをあげてぶつかり合ったような轟音。

ぬるく乾いた衝撃波が皆の間を通り抜けていく。


目に映るのはガルデスくんが目を丸くする様子。

弾かれる彼の大剣。

僕は下から斬り上げるように短棒を合わせ、そのまま力で押し返した。


ガルデスくんはたたらを踏んで一歩下がる。

僕は振り抜いた勢いを殺さず、身体を乗せて左ストレートを放つ。

鼻梁(びりょう)を砕くための、容赦のない拳。


当たればタダでは済まない。

これを防げないなら、期待外れだ。


僕のそんな顔が気に入らなかったのだろう。

くんっと右手首を翻し、素早く眼前に大剣の腹を構える。

僕の拳は彼の顔面にたどり着く前に阻まれた。

僕は左手の拳を広げると思いっきりその剣の腹を押しこみ、そのまま後ろに飛び退った。

短く息を吐きだし、彼の目を見ながら語り掛ける。


「――警告だ。ガルデス。」


「!?」


()()()

手心など無用。――後悔したくないだろう!」


僕はそういって体内の【アイズ】を励起させる。


【エルドラ術式】の基本の術、『身体強化(リュミ=セリオン)』。


基礎の術式故に、ただ励起させたアイズの力を身体に巡らせるだけのシンプルな術式。

だが、研鑽を積めば実際の肉体そのものを回路(サーキット)として扱い、文字通り全身の強化を可能にする強力な術式へ昇華する。


『いつ見ても、せんせいのれいきはきれいですの!』


可愛い弟子(エーリス姫)の顔と声が脳裏に浮かび、思わず笑みがこぼれた。

僕の励起は真皮にまで行きわたっている。

身体から漏れる淡い麦穂のような輝きは、生命の力。

力が血流に乗り、全身を駆け抜ける。血が滾る。


群衆が息をのむ。

サリティさんの熱い視線を感じる。

そして、戦人は沈黙し――


「――オオオオッ!!」


奮い立たせるように咆哮する。

そうだ、畏れるな。

破壊してしまうかもしれないということを。


いままで、お前の本気の暴力はきっと壊しすぎてしまったのだろう。

だから、押さえつけていたはずだ。


安心しろ。

僕は、そんなやわじゃない。

狩りにこい、ガルデス=ミックハイラ。

僕は右手の棒を肩に担ぎ、左の掌を空にむけて、招くようにちょいちょいっと動かす。


――挑発さ、ガルデス。

さあ、お前は今、舐められたぞ。

僕を殺すつもりでこい!


「ッ!?――オラァ!!」


袈裟掛けに振り下ろされる大剣を右手一本で棒を振り上げる形で迎え撃つ。

ぶつかり合う僕たちの力勝負は、また僕が一歩リードしている。

ガルデスくんの武器の軌道は先ほどの光景の再現のようで――しかし、今度は違う。

弾かれた勢いを身体に逃がしながら左薙ぎへと繋げてくる。


これを真正面から受けるのは、流石に危険か。

刃になぞるよう棒を当て、力を横に受け流す。

振り切られた大剣が巻き起こす烈風が砂埃を舞い上げ、砂礫が頬を叩く。


だが、身体強化(リュミ=セリオン)で強化された僕の肌は傷ひとつない。

大振りで間合いを定めたガルデスくんは振り切った勢いを殺さずに身体をひねり、剣を頭上に掲げた。

その威圧感たるや、身体がいつもより巨大に見えるようだ。


これは、くる!


「オルゥア!!」


先ほどとは比にならない唐竹割りの降り下ろし。


刃がない木剣?


それがどうした。


この威力で振り下ろされた剣ならば、人体を引き裂くには十分すぎる。

僕は両手で棒を握って受け止める態勢をとった。

受け止めると決めた以上、腹の底まで精神を研ぎ澄ませる。


そして間もなく――武器に、僕に、大地に大きな力が叩きつけられた。


押し寄せる暴威。

トゥガナトの雪崩のような質量。


称賛する言葉がいくつも湧いてくる。

凄い、凄いぞガルデスくん。

この一刀にどれだけの研鑽を、どれだけの修練を積みこんできたのかが伝わってくる。


硬質化(カル=セリオン)で強化したはずの武器が悲鳴をあげ、踏みしめた足元の地面が割れる。

木製武器同士のぶつかり合いとは思えない轟音が訓練場を揺らした。


そして、拮抗が崩れる。


ガルデスくんの一撃が大地に突き刺さり、まるで爆発音のように衝撃が駆け抜ける。

砂埃が舞い上がり、視界を覆う。


群衆は息をのむ。


その眼には畏れが宿り、次いで僕の身がどうなったのかわからずどよめきが広がる。

まさか、教官殿が――そんな疑念を抱く者もいるだろう。

だがこの中で2人だけ、全く心配していないもの達がいた。


「すごいな、アルトゥス様は。」


「まったく、とんでもねえお方だ。これすら――防ぎきるのかよ。」


その声には、届かぬものの悔しさではなく――戦士としての純粋な歓喜が籠っていた。


砂塵の幕が上がる。

僕はそこに立つ。

何事もなかったかのように。


「ふふ、言ったでしょう?僕は『エルフの戦士』だって。」


ひと際大きなどよめきと歓声があがった。

僕は軽く手をあげて皆に無事を伝える。


……なんて余裕そうに振る舞っているけど、実際はヒヤリとしたよ。

押し返そうとしているのに、なぜかどんどん重くなるんだもん。

まさか強化状態の僕の膂力を持ってして均衡を維持されるとは思わなかった。


彼の力なら、もしかしたらいい勝負になるかなー、なんて思っていたけど。

まさか本当に予想を超えてくるなんて。


そのまま均衡を維持しても良かったんだけど、正直武器の耐久のほうが持ちそうになかった。

これが砕けてはお互いに不慮の事故となる可能性がある。


なので、僕は短棒の術式を解放し、そのエネルギーでガルデスくんの剣を一瞬押し返し、その隙に足元へアイズのエネルギーをぶつけて飛び退ったんだ。

まったく、2つの術式を駆使しなきゃ危ないだなんて。

笑えるくらいワクワクしちゃうじゃないか。


「さて、大剣の力は見せてもらった。次は、そっちかい?」


そういって、僕はガルデスくんの腰を指さした。

すると、彼はひとつため息をついて大剣を放り投げた。

その理由はもちろん――


「お、おい!教官殿の大剣……!」

「く、砕け散ってる……!」

「なんであのエルフの兄さんの武器は無事なんだよ!?」


そう、未強化の木製大剣だもんね。

耐えられるはずがないさ。


「……もう、二度と力比べなんかできねえって思ってたんだけどな。

均衡どころか、圧倒される。その上、頂の裾野も見えてこねえ。」


ガルデスくんはそういって今度は腰の剣を抜いた。

先ほどが壁のような圧であったとしたら、今度は氷室のような冷たい鋭利な殺気。

|武器によって戦い方を変える《スタイル=チェンジ》――か。

軽くトン、トンとステップを踏みながら、僕との間合いを計る。


「胸、借ります。」


「負けたときも、泣くために貸してあげるよ。」


さあ――第二ラウンド開始だ!

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