第34話 逢瀬をのぞき見する無粋なものへ
晩餐会の翌日。僕は森へ向かう準備をする。
準備といっても宿についてから荷解きしたわけじゃないから、大した準備は必要ない。
前日に市場で買いこんだカザルと、グランバル氏から正式に貰った開墾責任者の辞令と権限委任状。
追加されたのはこれくらいだ。
雑多な荷物についてはガルデスくんとサリティさんにお任せしている。
現地で僕の補佐をしてくれる役人さんも同行してくれるとのことなので、これまでの取り組みや人員配置に関する資料とかはその方に頼ることにした。
僕はいつものように背丈を軽く超えるリュックを背負って下に降りていく。
何人かすれ違う宿泊客にぎょっとされてしまったが、まあ多めに見て欲しい。
「何度見ても凄い荷物。強化術ありきとはいえ、正直あきれる。」
「そういわないでよ。僕にとって大事な荷物なんだから。」
宿の入り口で待っていたサリティさんにも呆れた目を向けられてしまった。
僕は苦笑いしながら荷物を馬車の荷台に向かった。
荷物を積み込んでいた人足の男性たちが、僕のリュックを受け取ろうと手を伸ばす。
大事な荷物だからと注意を添えて渡したのだけど……2人がかりで気合を入れた瞬間、ひょいっと持ち上がってしまい、揃って首をかしげていた。
「……あれ、やっぱりフロート板をリュックサックの底に仕込んでるの?」
「お、流石サリティさん。フロート板を知っているんだね。」
「ん、当然。便利な術具だし。
……あれもアルトゥス様が作ったとか言わないよね?」
「僕の手作りだけど?」
「……アルトゥス様、兵器を作ってとまではいわない。
便利な術具を、私に作ってほしい。」
「あはは、そうだね。そのくらいなら何か考えておくよ。」
武器はちょっと怖いけど、サリティさんにもガルデスくんにもお礼のために何か便利なものくらいはプレゼントしてあげてもいいかもしれない。
ちなみに、フロート板とはヴェルドラ式術具で、【ノエス】を吸収して上昇しようとする力を生む板だ。
これで、荷物を持ち上げる力を助けるわけだね。
あ、持ち上げるといっても宙に浮くほどではないよ。
あくまで少し手伝うだけ。
だから、人足の2人は思いのほか軽くてびっくりしちゃったみたいだ。
ちなみに、サリティさんが知っているのは、職業柄こういった術具に触れる機会が多いからだね。
フロート板は珍しい部類の術具ではあるけど、便利だから有名なんだ。
荷物の積み込みと準備は続く。
馬車の周りは慌ただしい空気だ。
人足の皆さんが森に持ち込む荷物を次々と運び込んでいく。
ガルデスくんは書類を片手に、彼らに指示を飛ばしている。
僕はというと、もう自分の荷物は渡してしまったので、手持ち無沙汰にサリティさんと軽く雑談していた。
そんな僕らの様子に気づいたのだろう。
ガルデスくんがこちらへ歩み寄り、控えめに声をかけてきた。
「アルトゥス様。準備にはしばらく時間がかかります。
しばらくお待ちいただけますか?」
「わかった。じゃあちょっと街の様子を見てきていい?
昨日は買い物で市場を見ただけだったし、森に行く前にちょっといいだろ?」
僕はそう言って街中を指さす。
が、ガルデスくんは渋い顔だ。
いやあなた狙われてる立場ですよね?といった気持ちを抑えきれてない表情になっている。
目は口ほどにものをいうとはこのことか。
とはいえ、心配しすぎじゃないか?
街中でそう無茶はされないだろうに。
「心配しすぎだよ。
「風」だって吹いているし、何よりサリティさんと一緒なら無茶する人はいないって。」
「ん?私もついて行っていいのか?」
「サリティさん?あなた、僕の護衛ね?」
「……そうだった。
なんかもう、強いってわかっているから護衛する意味を見失っていた。」
「お前、気が緩みすぎだぞ。
……はあ、サリティが付いてくれるなら構わない。
アルトゥス様を頼んだぞ。」
「ん、わかった。暴れないように見張っておく。」
ねえ、サリティさんって僕のことを暴れ馬か何かだと思ってない!?
こう見えて賢者と呼ばれる程度には頭脳派かつ穏健派だと思ってるんだけど!?
ガルデスくんも、頼んだ。じゃなくてさ!
そんなこんなで僕はサリティさんの護衛の下、アーシェスタの街をぶらつくことにした。
気になったのが見送るときのガルデスくんの表情と、つぶやきだ。
神妙な表情を浮かべながら、なにやら思い悩む様子。
「……機会は、今しか……しかし……」とぶつぶつ言っているのが聞こえた。
思いつめるくらいなら、言いたいことを遠慮せず言ってくれていいんだけどな。
ガルデスくんは立場もあって僕に対してすごく丁寧に接してくれる。
でも、たまにサリティさんのことを羨ましそうに見てたりするのも知っているんだ。
街に着いてからは、彼なりに距離を少し詰めようという努力も見られるしね。
もっと僕側から歩み寄るべきなのかなぁ。
でも、僕としては彼に十分歩み寄っているつもりではある。
これ以上の歩み寄りとなると、僕からもっと砕けた態度をお願いするしかない。
それは権力を傘に強要しているようにも見えてしまう。
そういう関係の築き方は、できれば避けたい。
アーシェスタの街は、朝の光を受けて活気づいていた。
石畳の通りには朝食の香りが漂い、それに交じって鍛冶屋の鉄が溶ける匂いやゴリゴリと石切の職人が意志を削る音が朝を彩る。
昨日は市場しか見られなかったけど、こうして民家の並ぶ地区を歩くと、この街の普段の息づかいというものがよく分かる。
人の営みとは、どこも同じ光景ではないと感じるね。
「朝は穏やかだね。
ただ、昨日は商人さんばかり見かけたけど、ここだと違う雰囲気だねぇ。」
「ん。こっちは居住地区。この辺りは職人が多い。」
隣を歩くサリティさんは周囲に目を配りながら一方後ろを歩く。
護衛としての癖なのか、視線はあまり変えず、気配を察知しようと神経をとがらせている。
しかし、街を見るその表情はどこか楽しそうだ。
「なるほど。……あ、あれ美味しそう」
僕がが指さしたのは、串に刺したお肉だった。
香ばしい匂いが風に乗ってくる。
サリティさんの鼻と耳がピクリと動く。
「ぬふん。
あれはラプラメルのカザル焼き。カザルとお酒に付け込んだ肉をじっくり焼いて、挽いたカザルの種をふりかけて食べる、この辺りでは有名な屋台料理。ピリッとした辛みがたまらない逸品だ。特に朝の串焼きはいい。脂がのった肉が残っている。脂多めはすぐになくなる。通は必ずアバラがないか店主に聞く。これを聞かないと、モモ肉を渡される。まずくはないが、無難すぎる。必ずアバラを要求するんだ。」
ピコピコと耳と尻尾が動き、早口で説明する。
テンションの上がり様に、思わず笑みがこぼれてしまった。
これはよっぽど好きな料理なのだろう。
部位以外にも食べる順番とか、合わせる飲み物の話までしてきた。
そこまで語ってくれた以上、もう次の行動は決まってるよね。
「食べる?」
「ん。食べる!」
即答だった。
僕は笑いながら店主に話しかける。
「串焼き頂戴。4本。モモ2本、アバラ2本でね。」
「あいよ!」
「オヤジ!アバラは辛めで!脂落とししないで!」
「あいよ!って、サリちゃんかい。
初見でアバラを求めるなんて通な兄さんだねぇって思ったけど、サリちゃんが付いてりゃ、アバラ頼むわな。」
「ラプラメルは脂多めが命!焼き加減はレア!鉄則!鉄則!」
「はいはい。ちゃんといつもの焼き方にするよ。」
どうやら顔なじみのお店だったようだね。
買ったうちの2本を受け取り、4本分のお金を渡した。
サリティさんは流石におごってもらうことには難色を示したが、ここは街を観たいという我儘に付き合わせているんだからということで納得してもらった。
ちょっと納得いかなそうな顔はしたものの、焼き立ての好物には敵わなかったようだ。
彼女は嬉しそうに串焼きを頬張った。
大きな耳をピンと立たせたまま、とても幸せそうな表情をしている。
これを眺める権利を得ただけでも驕ったかいがあるというものだ。
――そんな平和な一コマを過ごしていると、ふと、何かを感じる。
背中にソワリと触れるようなこの感覚。
それは、僕にとってはどこか懐かしい違和感。
視線だ。
敵意というほど強くはない。でも、好奇でもない。
どこか探るような、くぐもった視線。
僕はエルフだから、たまに視線を感じることはある。
物珍しいものを見るような眼だったり、女性からの熱い視線だったり。
だが、この視線の質感は違う。
野生動物が、まだ獲物と決めつけずに距離を測るような、そんな温度の視線だ。
僕は、目線を向けずに視線の方向に向かって術式を展開する。
通りの向こう、雑踏の中に紛れるようにして、こちらを探る気配。
温度を辿ればその数は2人ほどか。
「……アルトゥス様。」
サリティさんが低く囁いた。
彼女も気づいたらしい。
その声は、普段の無邪気さとは違い、獣のように鋭い。
が、彼女もさるものだ。
その表情は変化をみせず、緩ませるような表情のまま雰囲気だけをとがらせている。
向こうも気づかれたとは察してなさそうだ。
「気づいてるよ。……今のところ、何かをする気はなさそうだ。」
「追う?」
「いや、僕らは追わない。風はもう、吹いているから。」
そう言った瞬間、視界の端で何かが揺れた。
街の空気に溶けた影が、風のようにすっと通りの角へ消えた。
通り過ぎていく風が抜ける先は、もちろん通りの向こう側。
その微細な動きと変化に、僕とサリティさん以外、誰も気づいていない。
あの練度なら、彼らは気づけないだろう。
追うものは、自分たちもまた追われるものであるという立場に気づきにくいものだからね。
「……ちっ。まだるっこしいな。ここで捕まえたらダメなのか?」
「見ているという証拠がない。
ここで捕らえてもすっとぼけられるだけさ。
わざわざ付け入る隙を作る義理はない。
同時に、向こうだって今すぐ動くわけにはいかない。
のぞき見くらいは許容してあげようじゃないか。」
「……ん。わかった。我慢する。」
不満そうに頬を膨らませるサリティさん。
ちゃんと引き下がってくれるあたり、彼女は本当に物分かりが良い。
たまに空気が読めない発言が飛び出すことはあるものの、根が狩人だ。
仕掛ける意味とリスクを素早く判断する。
僕はアバラ串をひと口かじりながら、通りの先を眺めた。
風は吹いた。
不可視の風は、景色の揺らぎや音を認識した時、風と気づかせてくれる。
だが、あの視線の主は僕たちを見すぎていた。
木が揺れたことに気づいていないだろう。
さて、グランバル氏のもとにどんな「報告」が上がってくるのかな。
面倒ごとは御免だし、せめて僕らの掌でお行儀よく踊ってくれる程度の相手であってほしいものだね。




