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第33話 晩餐会で風が吹く

「これが、リヴェリナ王国北部地方、ノースヴェリナで醸造した麦酒。

氷結麦酒(アイスボック)』と名付けられた新しい麦酒です。

通常の麦酒より濃く、酒精がかなり強くなっています。

甘みも深みも別物でしょう?」


「本当。これが同じ麦酒でして?

先ほど頂きました南部の麦酒とはまるで別物ですわ。

まるで蒸留果実酒(ブランデー)のような甘い香りがしますのね。

……あら、でもほんのちょっとだけ舌にピリピリとした炭酸が残りますのね。」


「そうですね。発酵の段階で氷をとるために一度樽をあけるんですが、その時に炭酸が抜けてしまうんです。

が、それでも少し炭酸は残るんですね。

その少しの刺激が、この麦酒のよいところですね。」


「ふむ、私はこちらのほうが好きだな。

酒精の強さがちょうどよい。割って飲んでも旨そうだ。」


「私は南部の爽やかな口当たりの麦酒のほうが好きですわ。

ねえ、アルトゥス様。

私、もう少し炭酸が弱くて、フルーティな味わいのほうが女性には好まれると思うの。」


「なるほど。

でしたら敢えて少し炭酸を抜いて、果汁を加えるカクテルはいかがでしょうか?」


「まあ、カクテルですの?

そういう飲み方も許されるなら、是非試してみたいわ。」


そういって、上品に微笑むマダム――アルフリーダ=アーシェスタス。

グランバル氏の伴侶である彼女に簡単な麦酒のカクテルのレシピを教えてあげた。


小麦色の肌に、柔らかな栗色の髪。

控えめな笑みを浮かべるだけで、場の空気がふわりと華やぐ。

丁寧な所作と、裏表のない澄んだ声。

彼女がグランバル氏の隣に立つと、あれほど威厳に満ちていた彼が、どこか肩の力を抜いたように見える。

ふふ、気骨ある武人を虜にし、深く愛されている理由がよく分かるよ。


それにしても、49歳と聞いていたがまるでそう見えないな。

健康的に焼けた肌とまっすぐな瞳が、どこか少女のようなあどけなさを残している。

なるほど、これは領民にも愛されるだろうな。


僕は今、アーシェスタス家の晩餐会で持ち込んだ麦酒を振る舞っている。

もちろん、僕が飲みたいからってわけじゃないよ?

アーシェスタス家のご両人や、メイキドルア領で商売を行っている商家、役人の方々にこれからの農地開墾のための資金や労力の提供いただけるよう協力を仰ぐための会合だ。

いわゆる、ピッチイベントってやつだね。

森と荒野の土壌改善が進めばこんな魅力的な商品が生み出せますよってプロモーションを行っているわけだね。


この麦酒はリヴェリナの僕が関わった醸造所に頼んで、いろんな種類の麦酒を贈ってもらったものだ。

なので、見慣れた麦酒が多い。

これなら僕にも説明できるし、製法を問われてもある程度解答できる。


ただ、事前に確認したとき、いくつか見たことのない麦酒が混じっていた。

というか、果実を原料にしたスパークリングワインの種類が増えていて焦った。

多分、僕が声掛けしたから自分たちだけで開発したお酒をアピールしたかったんだろうね。


そちらは全部僕が頂戴しておいたよ。

独り占め?違うよ。

説明できない製品だから目的にそぐわないってだけ。

僕に渡したかったお酒なんだから、僕が飲まないと。ね?


商人たちの反応は、かなり積極的な人が多いね。

どの醸造所で造られているのかとか、製品の特色をどうやって生み出しているのかを根掘り葉掘り聞きだそうとしてくる。

僕は肝心な部分や各醸造所独自でたどり着いた配分などはぼやかしつつ、基本的な製造工程は包み隠すことなく説明した。

将来的にメイキドルア産の麦酒が生まれて欲しいからね。

肝心なところを聞いてくる商家の方には、そのあたりは収穫物で造りたいですよねと軽くはぐらかす。

察しのいい商人ならこれで大体目的を察するからね。

まずは力仕事を担当できる人員を求めていることを伝えておいた。


商家の反応を見る限り、積極的な態度を示しているのは全体の7割程度か。

残り2割は様子見で、とりあえずどんなものかを試すだけってところだね。

そして、残りの1割は……。


「あれは、ペルーガ商会ですな。」


グランバル氏が、僕の視線の先を察して声を落とした。

僕が見ているのは、唯一僕の持ち込んだ麦酒そっちのけで役人や他の商家との話をしようとしている人だ。

ホストであるグランバル氏やアルフリーダさんへの挨拶は最低限していたが、僕への挨拶は明らかに軽んじていた。

あからさまに興味がないという態度を隠そうともしない。


「商品は?」


「酒ですな。舶来の蒸留酒を得意としております。

リヴェリナとの繋がりを求めると思っていたのですが……」


予想を外しましたなと彼は顎をさすった。

なるほど、どちらかというと僕を商売敵だと思っている節があるのかな。

舶来の珍しいお酒が売りだったのに、リヴェリナで麦酒が生まれてからは少々売り上げを落としたといったところか。


本来なら、グランバル氏としてはリヴェリナとの繋がりを斡旋してあげようとしているのに、ペルーガ商会は僕に対して良い印象を抱いていないようだ。

……まあ、商売人として気持ちは分からなくもないけどね。

新しい波が来たら、古い船は揺れるものさ。


「理由はわかる?」


「一応、本来の商品と競合するとはいえ、そもそも麦酒は品質を保持して輸入するのは難しい商品です。

故に、彼らの商売に大きな影を落としたわけではないのですが……。

何か麦酒に思うところがあったというところでしょうか?」


「ふうん。」


理由は分からないが、どうやらリヴェリナの麦酒そのものには興味がないらしい。

むしろ、ここを他の繋がりを強化する場として利用するつもりなのだろう。

でも、だとしたら僕を侮る理由にはならない。

ホストの大事な客なんだから、それなりの態度をしないと今後呼んでもらえない。

そんな簡単な理屈すら理解していないのだとしたら、商人としては致命的だ。


「……グランバル氏。少し顔が赤い。

酔いが回ったのでは?

()()に当たる?」


「……いえ、まだ酔ってはおりません。

()()()()()()()です。」


僕の言葉にピクリと反応し、グランバル氏はそう答えた。

なるほど。既に風は吹いているんだね。

まあ、あからさまだものね。


周辺の誰かが動き出した様子もない。

つまり、ペルーガ商会はすでに把握済みで、監視対象としてマークされているということ。

彼らを晩餐会に招いたのも、揺さぶりの一環なのだろう。


僕らがそんな密談を交わしていると、アルフリーダさんが控えめに夫の袖を軽く引いた。


「ねえ、あなた。

いくつかの状態が悪くなりにくいってアルトゥス様がおっしゃっていた麦酒はセルゼクにも送りましょうよ。」


その声音は柔らかいのに、どこか嬉しそうで、夫婦の仲の良さが滲み出ている。


「ああ、それはいいな。

アルトゥス様。

いくつかは息子にも飲ませてあげたいんだが、よいだろうか?」


グランバル氏は相貌をふっと緩め、僕にそう頼んできた。

本当に仲がいいんだね。

ちょっとうらやましくなっちゃうくらいに。


「もちろんいいよ。

ちなみにセルゼクくんにはここで出していない特別なお酒を分けてあげているんだけど。」


その瞬間、夫婦の眼がギラッと光った。


「……聞き捨てなりませんな。

セルゼクからの報告にはそういったものを贈られたと記載されておりませんで。」


「まあ、あのセルゼクが親に内緒にするようなお酒を?

ふふ、随分大人になったのね。

ねえ、あなた?」


あ、やばい。


これ藪蛇だったか?

ごめんね、セルゼクくん。

今度会ったときに、何か埋め合わせをさせてね……。



その後も役人さんや商人さん達と話し合い、今後必要になりそうな物資や仕事の管理(マネージメント)できそうな人材に声をかけておく。

アーシェスタスのご両人も僕から離れて歓談していた。


反応を一通り見終え、そろそろお開きにしようかという頃。

晩餐会のざわめきの中、グランバル氏がひとり、静かに僕へ歩み寄ってきた。

あれほど存在感のある人なのに、その足取りは妙に静かで、気配を潜ませている。


「アルトゥス様。少し、お耳を拝借したい。」


声は低いが、緊張を帯びている。僕はグラスを置き、軽く頷いた。


「カドヴィをアーシェスタへ呼び戻しております。

つきましては、明日以降の準備についてですが。」


ふむ、やっぱり今回は僕とカドヴィくんはすれ違うようにするか。

ペルーガ商会の動き、そして『風』の反応。

ここまで揃えば、彼が息子を戻す判断をしたのも当然だ。


「戻す、ということは……彼は既に引っかかっていると?」


「……はい。

あやつは、良くも悪くも真っ直ぐでしてな。

罠を罠と理解せず、こうと思い込んだら振り返らぬのです。

今回の件、あやつにとって良薬としたいのです。

たとえ、痛みを伴うと分かっていても。」


敢えて痛い目にあってもらうと語る彼は、父親としての顔を出している。

それは武人としての厳しさとは違う、家長の決断。

カドヴィくんが過ちを認めぬのなら、苦い思いをしてでも学ばせる。

引き締まった表情からは、柔らかいが揺るぎない意志を感じる。


「なので、このタイミングでカドヴィとの接触は避けたほうが良いでしょう。

少なくとも、あやつ自身がそういった事態を自分で作り出したということに対して責任を負わせる必要があるのです。」


「わかってるさ。

――グランバル殿。

その責任の取り方に自分と、自分の家族の命すら天秤に乗せるのは、今後は避けるようにね。」


「……肝に銘じておきます。

ですが、今回は息子をあそこまで増長させてしまった私に責任があります。」


気持ちはわかる。

彼の覚悟は合理的だし、何より愚息といえど息子なのだという情が透けて見える。

僕は軽く笑って肩をすくめた。


「いいよ。

僕も早く森の状況を見ておきたいしね。

カドヴィくんとは、今回は会わない方向で。」


「ご配慮、痛み入ります……。」


グランバル氏は深々と頭を下げた。

その横で、アルフリーダさんがそっと夫の腕に触れた。


「アルトゥス様……ありがとうございます。

あの子は、自らの浅慮を理解できておりません。

本来なら、私が教え諭すべきでしたのに……結果としてアルトゥス様にご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。」


アルフリーダさんはそう言ってこちらも頭を下げた。

そこには息子を正しく導けなかったという後悔の念が込められている。


正直、この2人からそこまで心配されるような息子が生まれているという理由がよくわからなかった。

彼の成長の時期に何らかの事情があったのだろうか。


いや、そこまでは僕が踏み込むべきではない。

僕は彼らに協力すると決めたんだ。

今後の流れ次第だが、彼にお灸をすえる役が回ってきたとしても、その時になったら考えればいい。


「じゃあ、明日に出発するよ。そちらのことはよろしく。」


「はい。どうかお気をつけて。

メイキドルアの……いえ、アリヴィエの未来のため、ご協力をお願いいたします。」




こうして、僕の森行きは決まった。


ようやく使者という役割から研究者としての仕事を始められそうだ。

余計な仕事もあるけど、未来のお酒のために頑張らないとね!

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