第32話 勝敗を分かつ
サリティさんの爆弾発言など面白いイベントはあったが、話合いそのものは予定通りスムーズに進んだ。
武器はアーシェスタス家で預かり、今後の調査や関係者の捜索などは全てお任せすることにした。
その上で、僕が要求したのはひとつだけ。
「舐められたら、そいつにはきっちり僕の権限で責任を負わせる。
それこそアーシェスタス家を巻き込むことも辞さないよ。
だから、進展はちゃんと共有してね。
そうしないと、僕勝手に動いちゃうからね。」
これだけである。
つまり、引き続き僕を狙うようなら僕も大人しくしない。
手綱を握りたかったら、僕に黙っておくんじゃなくて、事後でいいから報告と相談をしてねっていうことだ。
「肝に銘じておきます。
……高名な賢者殿のご協力をお約束いただけるということですな?」
「手綱、握ってみせてね。
僕としては柔軟に立ち回れるほうだと思うけど、それに甘えないでくれ。
そしたら、キミの思い通りに動いてみせるからさ。」
「はは、手綱捌きには自信があります。
エルフ様を乗りこなすのは初めてですがね。」
「どんな名馬より、キミを満足させてみせるさ。」
僕たちはそういって手を握り合った。
掌に返ってくる堅い感覚が、長年の乗馬で鍛えられた手綱だこを教えてくれる。
手綱さばきに自信があるといったのは、きっと本当のことなんだろうね。
でも、僕をうまく動かすのにその経験は役に立たないよ。
僕の手綱は情報の精密さと緊密さを両軸とした適切な情報共有を通じて初めて形を成すものだ。
彼の手腕に期待するとしようか。
期待に応えられるような結果を示さなかったら?
その時は、さっきの警告の通りだ。
彼の――いや、アーシェスタス家のメンツを潰すことになってもためらわず、僕は敵を殲滅する。
僕の行動そのものが警告となるように。
僕の手が届く範囲のみんなをできる限り護るために。
そのために、僕は誰かの敵になることを厭わないよ。
噂じゃ、僕は無慈悲でもあると伝わっているらしいからね。
連携については引き続き護衛のガルデスくんとサリティさんが動いてくれることになった。
さらに、アーシェスタス家の特殊部隊である『風』の人員を常に帯同させることになった。
諜報部隊だから挨拶をしたりはしなかったけど、今も僕たちの周囲につかず離れず、風のように気配を消して待機してくれている。
僕は場所を把握できているけど、これは固有術型の下駄を履いているからだ。
常人じゃ、まず気づけないだろうね。
それくらいの練度の高さを感じる。
「アーシェスタスの『風』は諜報と工作に特化した人員です。
風説の流布をしているものを突き止めたり、アーシェスタス領での不穏な動きを調べています。」
ガルデスくんが会談後、『風』がどういうものなのか教えてくれた。
なるほどね。
情報伝達を密にとお願いしたからこその、隠密部隊の人員を割いてくれたわけだ。
「諜報、工作が得意なのに襲撃はさせちゃうのね?」
僕が意地悪くそう聞くと、サリティさんがニヤッと笑ってうんうんと頷く。
あら、彼女はあまり諜報部隊と仲がよくないのかな?
「サリ、性格が悪いぞ。
……理由はご存じでしょうに。
泳がせているんですよ。
予測ですが、風は既に今回の実行犯とその指示をした者たちを補足していると思われます。
……ですが。」
少し顎に指を沿わせて言いよどむ。
しかし、そこまで言ったら答えを示してしまったようなものだよ、ガルデスくん。
「背後にいるものに手が届いてないから、まだ行動を起こしていないんだね。」
「……はい。お願いですから、少しの間から全てを察するのはご勘弁ください。」
「そんなに万能じゃないよ。
全てはわからないさ。
あれだけヒントだされたら、誰でも気づくって。」
僕はガルデスくんのあきれ顔に、ニイッと揶揄うように笑って返す。
ガルデスくんは、俺そんなにわかりやすかったか?とサリティさんに振り返る。
サリティさんの反応?
目を閉じて、うんうんと僕に同意するようにうなずいているね。
でも、多分アレよくわかってない顔だな。
しばらく一緒に行動したのでだんだんわかってきた。
「ま、さっきも言ったけどさ。
ここから先は基本的に僕は積極的に関わらないようにするよ。
キミたちにも面子があることは理解しているしさ。」
「ご配慮、ありがとうございます。
できる限り直接アルトゥス様のお手は煩わせないよう、御屋形様から厳命されております。」
「ん。それに私がいるのに喧嘩売ろうっていうことは、私の沽券にかかわる。
アルトゥス様は安心して使命を全うしてくれていい。」
「ふふ、そうだね。ね、サリティさん。」
「ん?」
「舐められたら?」
「――ぶっ飛ばす!」
そのまっすぐな答えに僕は片手をあげる。
サリティさんは嬉しそうにハイタッチを交わした。
この反応を見る限り、彼女も侮られることに対して相当嫌な思いをしてきたのだろう。
ワイルズ族だからなのか、女性だからなのか。
どちらにせよ、胸の奥に積もったものがあるのだろうね。
ガルデスくんも呆れた目をしてはいるものの、その視線は優しい。
彼女の気持ちに理解はできるけど、あまり張り切りすぎないようしてほしいってところかな。
「ところで、この後のご予定は?」
時刻は昼を少し過ぎた時間帯。
グランバル氏は多忙なので、会食は夜の晩餐会までお預けとなり、ちょっとした暇ができてしまった。
「僕は市場を見たいかな。
カザルの量り売りとか、森の加工品とか見てみたい。」
「……一応確認しておきますが、我々の目の届く範囲でお願いしますよ?」
「んもー、心配性だなぁ!
さっきもいったでしょ?キミたちの面子も保つって。
一緒に買い物、付き合ってくれるよね?」
「ん!任せろ!ぼったくりは処す!」
「いや、そんなに世間知らずじゃ……あー、うん。
ありがとう。助かるよ。」
素直にぼったくられるほどお行儀がいいわけじゃないからそこは心配しないでって言いたかったけど、よく考えたらこの辺の物価とかをちゃんと把握しているわけじゃないしね。
サリティさんの厚意には甘えておいたほうがよさそうだ。
なにより、ここで長年暮らしている二人の目利きがあるかどうかは大きいし、地元の護衛付きであることをアピールしておくことは大事だ。
少々手段が荒々しいけど、サリティさんの眼が光っていたら、商人だって無茶はしないだろうしね。
「では、宿に戻って少し休憩したら市場にでましょうか。」
「うん。よろしくね。」
僕らは今、アーシェスタの街の大きな宿を拠点にしている。
アーシェスタス家のお屋敷へは、正式に招かれたときだけ訪れるようにしている。
これにはいくつか理由があるんだけど、大きな理由は僕が狙われている立場であるということが一番大きい。
グランバル氏とも協議したが、僕自身に戦闘能力があること。
そして、敢えて街中で無防備を晒すことで相手を挑発し、浅慮な行動を誘う狙いがある。
もちろん、グランバル氏は渋い顔をした。
囮にしても挑発にしても僕自身が餌になるのはいささかわざとらしすぎるのではないか?と。
もっともな意見だ。
でも、僕が餌になるのはわざとらしいくらいがいいんだよ。
なので、これに対しては僕はこう答えておいた。
「ここで我慢できるなら相手は一枚岩で自制心もある強敵。
動きがあれば相手は寄合の烏合。
どちらか試すには絶好の機会じゃない?」
こういった組織の質を見極めるには相手にとってあからさまな挑発あるいは囮だと気付かせたほうがいいんだよね。
すると、どちらの陣営でも必ず『動き』が出る。
前者ならしばらく動きを顰める。
行動しないということ自体が「こちらを警戒している」という動き。
後者なら、罠だと分かっているから自制する者と、罠と分かって行動する者に分かれる。
特に後者はこらえ性がなく、先走るものたちは必ず出てくるだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつだね。
罠と分かっててもターゲットが動いているなら、今ならいけると思って行動するやつがでてくるだろう。
なんなら、そういった連中を切り離すために、背後の黒幕はあえて捨て駒として使ってくる可能性すらある。
僕が餌になることで、どちらの反応でもこっちには何らかの手札がはいってくるんだ。
もちろん、相手にも多少僕の戦い方という手札を与えることにはなるけど、それでも得られる情報の価値のほうが高くつくだろう。
そういう目算だ。
「……儂は、エルフ様はもう少し理詰めな方かと思ってました。
思いのほかギャンブルがお好きで?」
「ギャンブルは嫌いだよ。
僕は投資のほうが好きさ。
……儲けるなら、確実に儲けたいだろ?」
その答えに、グランバル氏は両手を上げて降参の仕草をした。
渋々ながらも、僕の案を受け入れてくれたってわけだね。
ちなみに彼の懸念とは、その目算に僕自身が討ち取られる可能性を一切考慮していない部分だった。
僕はむしろやれるもんならやってみなよという立場なので、その可能性を一顧だにしていない。
自信はあるよ。
多分、僕を闇討ちしたり、謀殺することは無理だもの。
少なくとも、今僕を狙っている連中にそれは絶対不可能だと言い切れる。
それをする自信があるなら、もっとスマートに終わらせる。
それこそ情報を丁寧に得るために素人嗾けるような舐めた真似はしない。
乾坤一擲。
初撃で切り札を切り、こちらが狙われていると思わせる前に終わらせる。
僕が最も恐れる闇討ちはこれだ。
逆に言えば、こちらに気付かせるようなわざとらしい罠を張ったり、仕込みを匂わせるような振る舞いをしている時点で、僕にとって命の危険はほぼ消えたとみていい。
今後は、どれだけ僕が手をかけずに済むか。
その段階に入っていると考えている。
切った張ったの勝負に付き合うつもりはない。
勝負はいつだって、最初の大勝負に勝ったほうが主導権を握る。
あとは、油断せずにこのリードを守りきらないとね。




