第31話 緑のキツネと赤いタヌキ
「ガルデス、サリティから報告を受けています。
領内で野盗に襲撃された件、誠に申し訳なく。」
「いいよ。……どっちの意味でも気にしていないさ。」
グランバル氏の謝罪に、僕はどちらの意味でも気にしていないと応えた。
その言葉に、彼はピクリと反応してこちらの眼を覗き込む。
「腹の探り合いはいらないってことさ。
外交的にも、そちらの都合で泳がせたことについても理解している。
その上で、今後は連携を取りたいな。」
そういって僕は、自身で今回の事態の解決に向けて、主導権を握るつもりがないということを言外に含ませる。
彼の謝罪には2つの意味がある。
1つは当然、領内で隣国特使を狙った襲撃があった件。
これは、野生動物、野盗にせよ襲撃の可能性を鑑みていること。
それに対して護衛を派遣して無傷で案内できていることから過失はない。
が、外交的には印象が悪くなるので謝罪は必須というわけだ。
そして、もう1つ。
おそらく、グランバル氏は襲撃を事前に予見していたということだろう。
そして、それを承知の上で放置したのだ。
その理由は多分、襲撃を起こしたという事実を得るためのもの。
つまり、大義名分を得るため、敢えて僕らを襲撃することを見逃した。
とはいえ万が一にも僕に被害が出ないよう、特に腕利きであるガルデスくんとサリティさんが選ばれたということなのだろう。
サリティさんは相手が素人まがいとはいえ、容赦なく5人屠っているし、ガルデスくんも即座に敵の退路遮断と遠距離狙撃手の排除を行っている。
彼ら2人を派遣したグランバル氏の采配は保険をかけたものだと思ってよいだろう。
「……むう。
では、この謝罪は外交上の謝罪のみ含ませるということで受け取っていただきたい。」
「うん、いいよ。それじゃ、こちらからのお土産はこれらを。」
そう言って僕は後ろに控えているガルデスくんたちに視線をおくる。
2人はコクリと頷くと、野盗たちの武器と、装飾品を持ってきた。
グランバル氏の傍に立つ衛兵さんがぎょっと眼を剥くが、グランバル氏が手をあげると、困惑しながらも下がった。
おいおい、武器もちこむことの事情説明してなかったのかい?
「ちょっと、ガルデスくん。内部でもうちょっと連携とってよ。」
僕は、わざと三文芝居のような口調で連携不足の不手際を非難してみせる。
「お、御屋形様には事前報告してありますよ!」
ガルデスくんは慌てて両手を振りながらそう答えた。
声が上ずっていて、割と本気であせっていることが可笑しい。
揶揄ってゴメンね。
僕らの何とも言えないやり取りに、ブハっとグランバル氏が息を漏らしてしまう。
「はっは、私がつい連絡を忘れてしまっておりました。ご容赦願いたい。」
「意地が悪いねぇ……。キミ、ごめんね。」
僕がエルフスマイルで衛兵くんに謝罪すると、彼は思いもよらぬところから謝られたことに狼狽する。
なんとも揶揄いがいがある方だ。
おそらくはグランバル氏もそんな反応がみたくて連絡をしていなかったのだろう。
「狸と狐の最悪タッグかもしれない……」
「僕がキツネでいいよね?」
「儂がタヌキじゃな。」
サリティさんのたとえに僕らは息を合わせる。
2人で顔を見合わせ、ガッシリと握手を交わす。
「御屋形様……アルトゥス様……。ほんと、ご容赦願いますね……。」
僕ら以外の従者3名の心が1つになった瞬間だった。
ふふん、これで連携はバッチリ取れそうだね。
***
「……たしかに、当領では見たことのない武器ですな。
それに、どれも品質が良い。
これだけ特徴も揃っていれば、流通ルートを絞り上げたら相手は丸裸ですな。」
やれやれと肩をすくめるグランバル殿。
その仕草には、言葉にできない怒りが滲んでいた。
「くだらないね。」
「まったくですな。」
僕とグランバル殿は同時にため息をついた。
「んぅ?どういうこと?」
黒幕に繋がる証拠が手元にあること。
喜ばしいことのはずなのに、なんだか浮かない表情の僕らをみたサリティさんは首をかしげる。
「サリティ。前にアルトゥス様が言ってただろ?
この武器をアルトゥス様が持ち続けるのはメリットがないって。」
「うん。だからおかしらに預けるって話だった。それが何かあるのか?」
あ、理由はわかってなかったのか。
ちゃんとサリティさんには説明がいるようだね。
「ごめん、サリティさん。
説明してなかったね。
この武器はね、罠にしちゃ見え見えなんだよ。」
「見え見え?……囮の罠?」
「正解。これは見せ罠。
これの流通ルートは洗い出す必要すらない。
意匠も、品質も、性能も整った武器。
そんな武器を扱っているのが、なんと素人崩れの野盗の一味。
これさぁ、どう考えても……ね?」
「なるほど。私たちに握らせているんだな。」
ムッと僕らと同じようにサリティさんは顔をしかめた。
理由がわかって、僕らと気持ちが一致したようだね。
「つまり、ここからさかのぼっても犯人は見つからない?」
「ヒントは得られるが、その前に偽物の犯人が判明するだろうね。
そして、それが犯人だと誘導したいのだとしたら?」
「……馬鹿にしてやがる!」
グルル!っと歯をむき出して怒りを示すサリティさんに、僕は満足した。
サリティさんは直情的な面もあるが、基本的にはこうやって話を理解しようとしてくれるし、わかるのも早い。
説明が長くならなくて助かるよ。
「そう、ある程度の頭があれば、これは気づく罠ということだ。
それを持ち込ませる意味を考えると……。はあ……。」
グランバル殿は思い当たる節があるのか、頭を抱え、苦虫を嚙み潰したような顔で長い溜息をついた。
「ひっかけたいのは、我々ではないと。」
「正解。……例の方は?」
「森に留めてあります。
アルトゥス様がいる間は、屋敷の敷居はおろか、街の門も跨がせられませんな。」
「えー?じゃあ、しばらく森にいけないってこと?」
「いえ、折を見てこちらに呼び戻します。すれ違うように仕向けるつもりです。
……申し訳ありません。
散々アルトゥス様に対する誤解も解こうとしたのですが。
……いえ、これは言い訳にすぎませんな。」
そういって、グランバル殿は頭を下げた。
その顔は領主というより、父親の顔といったほうが正しいだろう。
「ねえねえ、隊長?どういうこと?」
サリティさんがまた主語を省いた僕らの会話に首をかしげてガルデスくんの袖を引っ張った。
「あー、うん。いや、わかるだろ?な?」
ガルデスくんは、なんだか言いにくそうにしている。
まあ、ね。
曲がりなりにも立場というものを考えたらガルデスくんの口からは言いづらいだろう。
ここは再度僕の出番だね。
「サリティさん。
さっきの話で、武器の出元がわかれば偽物の犯人に繋がるって話をしたよね。」
「うん。そして、私たちは証拠をわざと握らされた。
それがわかれば絶対引っかからない。」
「それがわかってるのがサリティさん。
じゃあ、それに引っかかって偽物の犯人を捕まえる人は?」
「バカだな。」
「知り合いにそんな人いない?」
「バカの知り合い?そんなものは――あっ。」
サリティさんはポンっと手を打った。
「カドヴィだ!」
その瞬間、場の空気がピシリと凍りついた。
領主の面前でそのご子息をバカ息子呼び。
衛兵くんはポカンと口をあけ、ガルデスくんは顔を覆って天を仰ぐ。
あまりの直球な失礼な言い草に、僕は口を真一文字にぐっと閉じて笑いを堪える。
グランバル殿の眉間には深い皺が刻まれる。
多分怒りじゃなくて、恥ずかしがっているな、これ。
当のサリティさん本人は悪びれるどころか、むしろ私はわかったぞ!賢いだろ?といいたげに胸を張っている。
――僕、彼女のこと好きかもしれないな。
「バカはお前だ!この不敬者が!」
スパァン!とサリティさんの頭をはたく音がアーシェスタス家に響き渡る。
いやはや、大変信頼されていらっしゃるね、カドヴィ君は。
「本当に面目ありません……。」
赤面して小さくなるアーシェスタス家当主は、最初の威厳が消えた、ただのお父さんの姿になっていた。




