第30話 アーシェスタス家の屋台骨
「剣の誓い。」
「いや、あの……。」
「剣の誓い!やる!ずるい!」
皆さんこんにちは。アルトゥスだよ。
いきなりだけど、僕は今とても綺麗なワイルズ族のお嬢さんに壁ドンされているよ。
どう?羨ましい?
いや、僕としては羨ましがられるよりも、この状況から助けてほしいんだけどね!?
「ちょ、何してるんだサリティ!?
すみません、アルトゥス様!この馬鹿、とうとう血迷ったか!?」
あ、天の助け。
よかった。ようやくこの事態が収拾するよ。
僕を厄介事から守ってくれる心強い護衛さんがきてくれた。
「隊長!いままで世話になった!私は今日からアルトゥス様の剣になる!」
「本気でなにいってんのこの獣娘は!?」
ごめん。
もうちょっと続くことになりそうだよ。
これからご領主様に会いに行かないといけないのにね。
なんでこんな騒ぎになってるんだろうね。
「……ということで、ヴァルエルナからここまで御者をしてくれたアレストくんが剣を捧げてくれてね。」
騒ぎを収めるためにもとりあえず事情をお聞かせくださいということなので、僕はガルデスくんにこれまでの出来事を簡潔に伝えた。
御者君が敵だった可能性にはなんとなく心当たりがあったのか、彼がムッセタリアの間者だったという話にはそこまで驚かれなかった。
だが、彼が剣を捧げたという話には目を見開いていた。
敵対は愚かだと気付いて手を引くくらいの予測だったらしく、完全にこちらに付くことはないだろうと思っていたらしい。
ガルデスくんは、うーんと唸る。
だが僕が受け入れたことだしと、とりあえず納得はしてくれた。
「なるほど、そのあたりの事情は分かりました。
……で、なんでサリティも剣を捧げようとしてんだ?」
「アルトゥス様は今刺客を差し向けられている。
今でこそ剣の従者になったとはいえ、アレストは元敵だし、アルトゥス様の傍にいるわけじゃない。
なら、私が従者になれば、四六時中アルトゥス様を護れる。」
キリッとした表情で言うサリティさん。
でもね、その言い分はどうだろうなぁ。
事情を知らない人にはもっともらしく聞こえるかもしれないが、僕らの関係で言えばその理由は苦しいんだよね。
「いや、あのな。
そもそも俺たちの仕事がアルトゥス様の護衛なんだよ。
アレスト殿がいてもいなくても、俺たちは護衛任務を継続することは変わらんだろうが。」
そうなんだよねぇ。
アレストくんがいない間のことも考えて従者になるっていうのは、サリティさんの元々の任務を考えたら通じないのよ。
従者であろうがなかろうが、2人は僕を護るのが任務になるわけだしさ。
「むうううう!
でも、アルトゥス様の敵は多いわけだし、現状では手が足りない可能性がある!」
「いや、だからそもそも俺たちの任務が――おい、お前まさかとは思うが……」
ガルデスくんはふいに何かに気づいたようにハッとした顔になると、真顔でサリティさんの眼を見ていった。
「アルトゥス様に自分用の兵器造ってもらうために剣を捧げようとしてねえだろうな?」
「アルトゥス様!さあ、おかしらのところに案内する!早く行こう!」
サリティさんの露骨すぎる話そらしに、ガルデスくんは天を仰ぐ。
あーあ、青筋たてちゃって。
「……そこに直れ、サリティ=メーアガルド!
貴様、剣の誓いをなんだと思ってやがる!
思い上がりを修正してやるわ!」
「暴力反対っ!」
2人はドタドタと騒がしく部屋を出ていった。
やれやれ、サリティさんにも困ったものだ。
しかし、兵器ねぇ。
個人専用の術式装備ってそんなに需要あるのかなぁ。
サリティさんやアレストくんを見る限りは、現状だと確かに憧れの装備ではあるんだろう。
けど、実用性と安全性を考えると、軽々しく造ってあげるということは避けたいんだよね。
それこそ、僕は僕自身を制御できる自信があるからこそ、煙の槍を運用しているんだ。
2人にそのあたりの心配をしているというわけではないよ。
でも、僕の関係者が次々と兵器を手にすれば、僕との関係性を疑われるのは必至だ。
正直それは嫌だ。
僕は酒職人であって、術具鍛造師じゃない。
その期待を背負うのは困る。お酒を造りたいしね。
なのでサリティさんには悪いけど、彼女との剣の誓いはいまのところできないかな。
彼女の目的が兵器なら猶更ね。
彼女が純粋に僕の身を案じてくれているのならともかく、今は彼女の期待に沿えそうもないしなぁ。
今は、ね。
未来はどうなるか分からない。
いつだって未来は見えないものだから。
僕は必要なら自分の力を友のために使うことはためらわない。
同時に、手に余ると分かっているからこそ、今はまだっていうことさ。
***
「お初にお目にかかります、特使殿。
メイキドルア領を治める当主、グランバル=アーシェスタスにございます。
このたびは隣国リヴェリナより、アリヴィエの危機に際し駆けつけていただき、誠にありがたく存じます。
いかなる言葉をもってしても、感謝の念を尽くし得ぬほどでございます。」
「リヴェリナ王国開拓特使、アルトゥス=ヴァイツェにございます。
このたびはかようにお招きいただき、光栄の至りに存じます。
閣下にお目通り叶いましたこと、深く感謝申し上げます。」
そうして僕らは握手を交わした。
グランバル=アーシェスタス。
メイキドルア領の当主にして、今回の開拓計画にもっとも献身と貢献を果たしてきた当主。
アリヴィエでも屈指の名家を今日までけん引してきた男。
それが彼だ。
齢は五十に差し掛かろうというところで、トルマド殿より一回り近く年上にあたる。
髪は黒に白が混じり始め、短く整えられている。
顎には手入れの行き届いた口髭と、貫禄を添える顎髭。
精悍な顔立ちは衰えを知らず、刻まれた皺もむしろ経験の年輪として威厳を増していた。
深紅の外套に銀の刺繍を施した礼服は、その威容をさらに際立たせている。
肩に輝く家紋の留め具は、領家への誇りと愛を示す証。
しかしその素材は、華美な金銀ではなく、どこにでもある鉄製。
質素にみえて堅牢なその素材選びは、彼が領民と同じ目線に立ち、自然と寄り添おうとする心遣いのといったところかな。
厳格さと人情を滲ませる、どこか不器用そうな方だ。
「堅苦しい挨拶はここまでに致しましょうか。
ガルデスとサリティから報告は受けておりますのでね。
……儂も、どちらかといえばそっち側の人間でしてな。」
そういって、彼は厳格な相貌を崩して、何とも親しみ深い笑顔でニカっと笑った。
なるほど、外向きの厳格さと、内側の親しみやすさが彼の武器だな。
僕もついニカっと口端を吊り上げて笑みを返してしまう。
「助かるよ。真面目にできないわけじゃないんだけどさ。
どうにも堅苦しくて好きじゃないんだよ。」
「はは、大体の者がそうですよ。
それでも、上に立つものの態度としては必要なものですからなぁ。
特に、エルフ殿はそういう繕いがないとお困りになることが多いのでは?」
「ほんとにねー。
見た目だけで『ガキが!』なんて許せないこと言われちゃうこともあるし。
いつまでも若く見られるっていうのはそんなに得じゃないんだよ。」
「儂は黙って真面目な顔をしているだけで勝手に相手が畏れてくれるので、気持ちがわかりませんな。
まことに申し訳ない。」
おーおー、言ってくれるねぇ。
申し訳ない気持ちが全くないじゃないか。
「まあ、その分若いお姉さんの恋心を弄ぶことができるんだけど。」
「割と最低なことで張り合ってる。」
「……余計なことをいうな。」
「あの部下2人。ちょっと失礼じゃない?」
僕が2人を指さして上司に苦言を呈するが、グランバル氏は楽しそうに笑うだけだ。
「仲良くできているときいてましたが、本当にその通りでよかったです。
……サリティ、お客様にあまり失礼のないようにな。」
「むう。わかってる。」
「私をサリティと一緒にされるのは、本当に心外なのですが。」
ガルデスくんが抗議するが、フォローを入れなかったので減点対象です。




