表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/35

第29話 剣の誓い

メイキドルア領都アーシェスタ。


アリヴィエ海邦内でも特に内陸中央部に広い範囲を収めている海邦内でも有数の名家である、アーシェスタス家の本拠がある街だ。

荒野のただ中にぽつんと息づく小さな領都。


人口は千人ほど。

領地の七割が荒野だからこそ、この街は「水が得られる特別な場所」として築かれている。

街の中心にはくぼ地があって、そこから定期的に湧き水が現れるとのこと。

泉が湧く日は市が立ち、保存のきく乾燥肉や塩、森から持ち帰った木材や薬草が並ぶそうだ。

荒地の暮らしに必要なものは最低限揃いそうだね。


街を見上げれば、小高い丘の上に堂々とした屋敷があった。

ガルデスくん曰く、あれが領主アーシェスタス家の邸宅だそうだね。

あの高さがあれば、街も荒野も一望できそうだ。


庶民にとって見下ろされるような雰囲気がして嫌?

実はそんなことないんだよ。

湧き水が湧く泉を守り、森を管理し、外敵の接近を真っ先に察知できる領主家の役目。

それを考えたら、あの小高い丘に堂々と佇むお屋敷というのはむしろ街にとって誇りになりえるんだ。

荒野に安寧の地を築くという目的を考えたら、立派なのは当然ってことだね。


北へ半日歩けばトゥガナト山脈の裾野に広がる森がある。

木材や狩猟資源を供給してくれる森と、街の泉。荒野ばかりの領地だから、このふたつが街の命綱だね。


「なかなかいい雰囲気じゃない。」


僕は馬車から顔を出し、街並みと人々を観察する。

水が湧く泉の周辺は綺麗に整地されており、子供たちが元気に走り回っている。

水が湧く日を心待ちにする人々の表情は明るい。

泉の周辺は水が湧いていなくても露天がいくつか開かれているのを見ると市が立たなくても商売をする人はいるようだね。

あちこちで商談が盛り上がっている。

並べられているのは、保存食と乾燥したハーブのようなものかな?

後で買いに行ってみないと。


「領都としてはこじんまりとしてますが、森の恵みに支えられており、領民は豊かに暮らせております。

農作物は少ないですが、荒野ならではの名産品があります。

カザル(火砂椒)という香辛料ですが、ご存じでしょうか?」


「ああ、あのめっちゃ辛いやつ?」


「流石、ご存じでしたか。

はい。別名荒野の炎フラム・ソリトゥディニス

大人が親指と人差し指で円を作った程度の赤くて小さい実ですが、適切に乾燥させるとビリビリした辛みを生みます。

アリヴィエ海邦の名産品でもあり、高級香辛料でもありますね。

とはいえ、それは領外の話。

アーシェスタでは日常的に利用されている庶民的な香辛料です。

ここでは乾燥させずに、そのまま料理に使われることが多いですね。」


「へえ。乾燥前だと味が変わるの?」


「ええ。辛みよりは優しい旨味が強いのです。

煮込み料理だとコクと甘み、深みが出てきて美味しいですよ。」


ということで、到着後の宿の夕食にはカザルの煮込み料理が振る舞われた。

お肉はラプラメル()の煮込み料理らしく、乾燥野菜を戻したものやカザルの種を粉末にしたものを一緒に煮込むそうだ。

口に含めばピリッとした刺激の奥に甘く濃い旨味が広がり、身体の芯から力が湧いてくるようだった。


ちょっと不思議に思ったのが供え物のパンだった。

手に取ると小さく硬く、まるで石のよう。

噛むのも難しそうで、つい首をかしげてしまったが、これは最初から煮込みに放り込むものらしい。

なので、スープに沈めておいたのだが、ある程度食べ進めるうちにスープを吸ってホロホロと崩れだし、花が咲くようにふんわりとお皿の上でひらいたのだ。

これを見たときは素直に感心してしまったよ。

パンで花を表現するとは面白いね。

見た目で楽しませるおもてなし用の料理だそうだ。


パンの花が咲いた瞬間、給仕のお姉さんが失礼しますと優しく微笑みながら花びらに様々な香辛料とチーズを散らしていった。

カザルの赤を移したスープを吸った赤い花びらに、チーズの白が重なり、食卓の上に一輪の華が咲いたように見える。

香りは刺激的でありながら、どこか優しく包み込むような美しい花だった。


パン・エクロ(パンの花)でございます。

お好みで温めなおすこともできますが、いかがなさいますか?」


「ううん、初めて食べるからこのまま楽しませてもらうよ。ありがとうね。」


僕はそう言ってエルフスマイル(媚びる笑顔)をお姉さんに贈る。

途端に顔が茹るように赤く染まるお姉さんは可愛らしかった。

いやあ、顔がいいとこういう反応が返ってきて役得だよねぇ!


「……じつは顔がいいことを鼻にかけてない?」


「失礼が極まってるぞ、お前。

隣国の大事なお客様だってことを忘れるんじゃない。」


ヒソヒソとサリティさんがガルデスくんに大変失礼なことを囁く。

いいじゃん、別に。

愛想くらい減るもんじゃないんだから。


あ、ちなみに兎人族(ラプラシアン)であるサリティさんもラプラメルの煮込み料理は問題なく食べられるよ。

ワイルズは獣の特徴は出るけど、獣とは違う種族だからね。

だから「兎を食べる=共食い」なんて発想は完全な誤解。

今後も似たような場面は各地で見られるだろうけど、決してそういう言葉を口にしてはいけない。

それは彼らのアイデンティティを攻撃する最低の差別だからね。


彼らは人だ。

それがこの世界の常識であり、揺るがない前提なのだ。


カザルのおもてなしを受けた僕は、宿の皆さんを集めて麦酒を振る舞った。

いつも酒盛りしてるなこのエルフはって思ったでしょ?


違うんだよなぁ。

これは、こういったものを今後作れるようにしたいですよというプレゼンテーションを含んでいるんだよ。

僕は外から来た人だからね。

こうやって内側で安全な人ですよ、あなた達に利益を与える存在ですよとアピールする機会は逃しちゃいけないんだ。

決して、ちょっと刺激的な料理を食べたときに「これ、麦酒に合いそうだな」なんてよこしまな気持ちから始めたことではないことはお断りしておく。


「誰に言い訳してるんすか……」


「おや、御者くん。楽しんでるかい?」


「絡み方がオヤジくさいですよ~。

王子様みたいな顔で、それを女の人にやらないでくださいね?」


ここまで護衛も務めてくれた御者くんは、最初に比べてだいぶ打ち解けてくれたと思う。

でも、口調とか振る舞いの距離が近づいただけで、あと一歩の距離があるんだよなぁ。

その部分をどう崩すか、どうしたものだろうか?


「どうしたんすか?

まさか、さっきの給仕のお姉さん、本気で狙ってたんすか?」


「そんなわけないでしょう。

愛想は減らない通貨だから、遠慮なく振る舞っただけだよ。」


「通貨なんだから、気持ちが買えてしまうことだってあるんすよ。」


「それは気をつけないとね。

僕の愛想はレートが高いから。

ちょっと気持ちを入れて本気にされても困るもんね。」


「自分でそれいうの、男からみると敵を買い付けるような行動だって覚えておいてください。」


むむん、本当に会話上手だねぇ。

ああいえばこういうというか、例えに乗っかってくるとそれに合わせた返しをしてくるもんだから。

僕としては、わだかまりなく本当に仲良くしたいんだよなぁ。


「……アルトゥス様。俺の仕事は今日で終わりっす。」


「うん」


「明日になったら、俺は一旦ヴァルエルナに戻って、旦那様に報告してくるつもりっす。」


「うん」


「……なので、一度お別れする前にお願いしてもいいっすか?」


そういって、彼は僕の瞳を覗き込む。

前の夜とは逆の立場だ。

それは願うように、迷うように。

揺らめく瞳が、言葉よりも雄弁に心の内を語っていた。


「……俺も、()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……気づいていたんだね。」


彼は無言で頷いた。

そう、僕は彼をずっと御者くんとしか呼ばなかった。

名前は知っている。

でも、呼ばなかった。理由は簡単だ。


彼が、僕の敵だと分かっていたからだ。


そうじゃなければ、僕は必ず名前を呼ぶ。

僕が親しい人でも名前を呼ばないのは、本当に刹那の関わり合いだけの場合だ。

それこそ、アリヴィエで初めて出会ったおじいさんや、ルビーナまで送ってくれた使者のおじさんとかくらいだね。

御者くんは気づいたのだろう。

僕が頑なに名前を呼ばない、その意味を。


「名前を呼んで欲しいってことは、決意したってこと?」


「はい。俺は――アレスト=ミッドヴェルはアルトゥス様に仕えたいっす。」


揺らめく瞳に覚悟が宿り、御者くん――ううん、アレストくんはそう宣言した。


名前を呼ぶ。

これは敵を見限り、僕のほうに着くと宣言したということだ。

本当のところはわからないが、彼の眼を見る限りは信じてよさそうな気がする。

無条件に信じるほどお人よしじゃない。

でも、彼の今までの振る舞いをみると信じたくなる。

彼は彼なりに信頼できる人をずっと探してきたのかもしれない。


「……君の元の雇い主は?」


「お気づきかと思いますが、ムッセタリアの者っす。

ただ、俺は契約傭兵(雇われ)っす。

裏切る宣言しておいてなんですが……職業傭兵の誇りとして、具体的な名前は口を割れないっす。」


「うん、わかってるよ。任務は?」


「情報収集。

可能であれば暗殺っすね。

まあ、そこは無理しなくていいとも言われてましたが。」


あー、やっぱりね。

しかし、傭兵身分でよくもまあ、トルマド殿の信頼を買えたものだ。

腕利きってだけで専属の護衛になんてつけないよなぁ。


「いや、思えば旦那様バレてたっぽくて。」


「えっ。」


「『あの方を狙う奴出てくるだろうが、無駄だと分からせてもらえ。やれるものならやってみろ』――なんてこと言われました。

アレ、よくよく考えると俺に対する言葉も含まれてたんすねぇ。」


タハハ、と頭をかくアレストくんだが、僕は言いたい。


トルマドくぅん?

キミ、暗殺者と分かっていて、僕にその護衛つけたのぉ?

帰ったら一旦お話させてもらうからねぇ!!


「はあ。まったくトルマド殿は意地の悪い方だ。」


「同感っすねぇ。」


僕が肩をすくめてぼやくと、アレストくんも苦笑しながら同意してくれた。

あの人そういうところあるんだよなぁ。

短い付き合いなのに、なんだかこちらの力を信じすぎている節がある。

正直居心地悪くなるからやめて欲しいよ。


「ちなみに、今後の予定は?」


僕は、彼がどこまで腹を決めているのか、確かめたくなって聞いてみた。


「まずは旦那様に報告っすね。

その後、アルトゥス様の適当な情報を雇い主に渡して、そのまま契約終了させるつもりっす。

で、()()()()したら合流してもいいっすか?」


あら、意外。

迷惑かけたくないからって全てが終わったらくらいにはぐらかされると思ったけど、ちゃんと教えてくれたよ。

ふむ、後片付けね。

多分、そういうことなんだろう。


「大丈夫そうなの?」


「そこはまあ、旦那様を巻き込んで身を隠す場所は確保してもらうつもりっす。

正直、たかが金に目のくらんだ傭兵って評価しかされてないんで、半端な追手しかかからないと思うっす。

そんなやつは、こいつで斬り落としますよ。」


そういって、初めて会った時と同じように腰の剣を叩く。

叩かれた誇りの剣は心配するなというように頼もしい金属音で空気を震わせた。

彼にとって、腰の剣は命を預けるに値する、信頼と覚悟を築き上げた剣なのだろう。


しかし、『やれるものならやってみろ』か。

うん、僕たちにぴったりの言葉だね。



 ***



翌日を迎える。

朝日がカーテンの隙間から光の粒を室内にそっと振りまき始める暁の刻。

僕は宿の外の気配に気づいて目を覚ました。


伸びをひとつして寝床から起き、手早く着替えて外にでる。

朝のアーシェスタの街は冷え込んでいた。

環境の変化が激しい荒野の生活の過酷さの片鱗を垣間見るようだった。


それでも朝も早くからいくつかの家からバケツをもって住人が街の中心へ急ぐ。

湧き水ではなく、貯水槽へ向かっているのだ。

この街には水をきれいにして貯めこむ【ヴェルドラ術具】という便利な道具がある。

ここから限られた水をみんなでわけあって生きているのだ。


そんなアーシェスタの人々に交じって、一人の男性が水をもらって帰ってきていた。

早起きした理由は、もちろん、彼とお話するため。


「おはよう、()()くん。朝から精が出るねぇ。」


朝から馬の世話をするアレストくんに、僕はそう言って声をかける。


「おはようございます。

戻ってくるまで名前呼びはお預けっていうのも寂しいもんすね。」


にやりと笑って皮肉を返すアレストくん。


「命を狙われてたんだよー?当然の反応じゃない?」


「命を狙われて危機感を感じる人の態度じゃないんで、アルトゥス様は対象外っすね。」


そういって、馬に水を飲ませ、ブラッシングを始めた。

彼の手は馬の毛並みを整えながら、迷いなく動いている。

長く馬と共に生きてきた者の手だ。


「今日、このまま戻るんでしょ?いつ会える?」


僕は、世間話をするように語り掛ける。

彼のこれからの苦難が、なんてことのないことのように。

心配なんかしていないと伝えるように。


「最低でも1か月くらいかかるんじゃないっすかね。

遅くとも、一年以内には必ず。」


「そっか。僕はいつも変わらずいるけど、ぼやぼやしてないでね。

キミはあっという間におじいちゃんになっちゃうんだから。」


「そんなこと初めていわれましたね。

普通なら、ぼやぼやしてると俺がジジイになっちまうぞって脅すもんですよ。」


「ふふん、僕の至高のエルフジョークさ。――気をつけてね。」


「はい。……あ、そうだ。

大事なことを忘れるところだった。」


そういって、彼は腰の剣を鞘ごと抜いて、僕に預けた。

そして、片膝をつき、頭を垂れた。


「……マジ?」


「マジっす。憧れてたんで。ちゃんとやってくださいね?」


そういって、彼はニカっと初めて歳相応の笑顔を僕に見せてくれた。

その笑顔に、僕は思わず肩をすくめた。


もう、しょうがないなぁ。


「……アレスト=ミッドヴェル。其方の剣は誰が為に。」


僕は彼の名を声に出して世界に刻む。

初めて口にしたその名が、アーシェスタスの朝を震わせる。


「我が剣は、主上のために。」


「汝の剣は、何を成す。」


「我が剣は、いかなる困難も切り開く剣に。」


「剣に誓いを。」


「剣に誇りを。」


「我が名はアルトゥス=ヴァイツェ。我は剣の主。」


「我が名はアレスト=ミッドヴェル。我は主の剣。」


「「我らはここに、剣の契約を承認する。」」


僕は剣を抜き、彼の肩をそっとたたいた。

古くより伝わる騎士の資格を授与するための儀式。


アレコード。


アーシェスタの陽光が剣に宿り、僕たちを照らし出す。

それは世界が新たな契約を承認するかのように、神秘的な瞬間を切り取るようだった。


誓いを果たした僕とアレストくんは顔を見合わせ――腹を抱えて笑いあった。


「ほんっと、バカじゃないの!?僕、ただのエルフだよ!?

それに生涯の剣の誓いを立てるなんて!!」


「なにいってんすか!

兵器(リダンアーカイブ)を自作する賢者様とか、こんな良物件ないっすよ!

騎士の剣、お待ちしてますからね!」


「あ!テメエ!それが目的で剣の誓いを!?」


「承認されたからもうキャンセルできねーっすよ!

契約破るなんて最低な真似、エルフ様にはできねーっすよねぇ!?」


「お前、主上に向かって失礼だろ!」


「ただのエルフって自分で言ったっす!

だから、敬語はなしでおねがいしまーっす!」


「ダメに決まってんだろ!」


僕たちは笑い合った。

満足していた。

彼がどうしてそこまで僕に惚れ込んでくれたのかは、この際聞かない。


僕はただ受け取るだけだ。

その気持ちに相応しい存在かどうかは関係ない。

彼は僕を主上と呼ぶと決めた。


それなら――もう、それだけでいいんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ