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第2話 老人と約束をする

風吹く平原と豊かな水源、肥沃な土地。そこを支配した民族には王がいた。


その王は自らを慕う民を飢えさせないことを何より重視し、農業を奨励した。

民はその地でよく育つ麦を中心にして開墾を続けた。


だが、麦だけ作り続けていると、育たない年が頻発するようになった。

麦だけではダメだと他の作物を育てると、また麦が育つようになった。

だから、また麦を育てた。

今度は育たない時でも耐えられるよう、長く保存できるように研究された。


だが、根本的な解決に至らない。

また麦が不作になる。

今度は備蓄でしのぎつつ、別の作物を育てた。

数年すると麦が育つようになった。

備蓄はその途中で尽きていた。


今度はもっと貯めこめるようにしないといけない。

その国はそんなことをずっと繰り返していた。


ある時、一人の男が現れた。

彼はその国が大量に麦を作っていることを聞いて、そこを訪れたらしい。


彼はその国の麦を見ていった。


「貧しい麦だ。このままでは土地が死ぬ。」


麦を育てる者たちはその言葉に怒った。

麦は国の象徴だった。

麦は王の寵愛だった。

その麦を馬鹿にされたと彼に詰め寄った。

だが、彼は譲らなかった。

彼はそんな大事な麦ならば、麦そのものをもっと知ろうとしなければならないと語った。


口だけでは証明できないと、彼は畑の一角で研究を始めた。

その土地に灰を撒いているのを見た者は彼を嘲笑った。

その土地に何かの作物を植えて、収穫せずにそのまま鍬を入れているのを見た者は彼を愚かと蔑んだ。

その土地に狩った獲物の臓物を焼いたものを撒いているのを見た者は彼を邪教にとらわれた狂信者と畏れた。


だが、彼は排除されなかった。

彼の土地の麦は必ず大きく実ったからだ。

人々は彼に問うた。

何故、あなたの麦は豊かに実るのか。

豊かに実るなら、なぜ研究を続けるのか。

その見つけた最初のやり方だけ広めればよいではないか。

その方法だけ続けてればよいではないかと。

が、彼はこう言って調べることをやめなかった。


「この土地で、今最も効率が良い方法を見つけること。

そして、その方法が通じなくなる未来のための検証。

どちらも変わらず必要なことなんだよ。」


彼の研究は王に届いた。

王は彼の麦を見て驚いた。

彼が関わる麦だけ、大きさも重さも違った。

王は彼に頭を下げた。

時の王は世代を超えても建国の王の言いつけを護っていた。

民を飢えさせないこと。

そのためなら立場を超えて自らの頭を下げることにためらいはなかった。


彼はそんな王をとても好ましく思い、研究を継続すること、発展させていくことの大事さを説いた。

いつしか彼と王は親密になっていった。

彼の研究結果は国の麦を変えた。

天災さえなければ不作は大きく減っていった。

不作になれば必ず翌年までに研究が進んだ。

今だけではなく未来に備えることの大事さを知った民もまた、彼に敬意を忘れなくなった。


「そして、彼は麦の賢者と呼ばれるようになった。

彼の理解者であった王の晩年期、賢者はある酒を生み出した。

元々存在していた麦酒(エール)を改良して作り出した新しい麦の酒。

黄金の発泡酒。

彼はそれを麦酒(ビール)と呼んでいた。

彼曰く、世界樹の森のエルフ族が生み出した酒だと。」


「結構ちゃんとした言い伝えになってるんだねー。」


隣国のことだし、いい加減に伝わってるのかなと予想していた。

僕はおじいさんと盃を交わしながら、彼の知る麦の賢者に纏わる話を聞いている。

その話を聞く限りは、多少の誇張はあれど、それなりに正確な情報が伝わっているように感じた。


まあ、賢者っていうのは大げさであるが。

無駄に長生きしてるから知恵袋の大きさが違うだけである。

でも、そこに敬意を払ってくれる人がいるんだ。

すべてを否定するのは、その評価をしてくれた人に失礼だ。

ある程度は受け入れていこう。

ただ、少し気になることはある。


「あと、麦については誤解があるね。

最初は確かに抵抗あったけど、僕が手を入れて実った段階でみんな結構友好的になってくれたんだよ?」


「そうなのですか?」


「語り部としては多少のヤマ場は欲しかったのかもね。

あ、でも確かにヴェルダヴァン(鹿)の臓物焼いて畑に撒いたときは、すっごい顔された覚えがある。」


けらけらと笑う僕にあきれ顔の老人。

動物の死骸の中でも臓物関係は利用方法が難しく、捨て方にも困ってたようだったから、有効活用するために乾燥させて砕いたものを土にまぜ、それを畑に撒いたんだ。

その時ばかりは悪魔との契約を行っているだの、麦に穢れを付与してるだの、外野から散々言われたっけな。


僕は森の恵みは彼らの躯からも恩恵を受けている。

これはエルフ(森に棲む者)にとって常識だよ。

当たり前だよ。

そんなことも知らないの?と、馬鹿にするような態度で挑発したのだ。

そいつらは確かに怒ってたなぁ。


そんな彼らですら結果を残したら黙り込んだ。

というか、実際に作物を育てている農家と領主が黙らせてくれた。

へらつく僕が目障りだったんだろうが、あの人たちも彼らの言うところの悪魔じみたやり方で育った作物を最終的に食べていたなぁ。

僕から何か仕返しするまでもなかったね。

そう考えると、やはり平和なやり取りだけで済んだと思う。


「しかし、ワシが聞いた話だとこんな話もあるんじゃが。」


「どんな話?」


「賢者様は、無慈悲であったと。

明確に敵対するものは二度と逆らう気を無くすまで徹底的に潰していたと。」


そして命を狙ったものには等しく死を賜る。

どんな立場であれ、それは変わらない。

だから、賢者様には逆らうなと。そんな話らしい。


いや、そりゃ命狙われたら生かしておくわけにはいかないでしょ。

中途半端にやり返した結果、相手も生きてたら絶対やり返しにくるんだから。

でも絶対殺すわけじゃないよ。

ある程度動きを封じたり、命狙えない状況にできたら死ぬまで関わらないところに放置したりはしたことはあるけど。


それに、逆らうだけじゃ殺さないよ。

明確な敵対の上、無関係な人の命まで狙うような救いようがない人にはこちらだって死にたくないし、護りたい人のために抵抗しないといけないじゃないか。

彼の言う無慈悲は、僕が無慈悲にならざるをえない正当な理由がある。


「君だって家族が命を狙う悪党に襲われて、大事な人を護る力があるなら、力を揮うのにためらわないだろう?」


「それはそうですな。

孫の命を狙うバカなどいたら、この身を捨ててでも相打ちに持ち込もうとしますな。」


「それと同じだよ。

僕は個人で狙われるというよりは、なんか組織立って命を狙われることが多かったんだ。

だから、ちょっと排除する人数が増えちゃって、そんな噂になっただけだよ。」


逆らったり、歯向かうくらいじゃすぐに命を奪わないよ。

僕の考えが受け入れられない人だっているさ。

でも、大人しく排除されたくはないから反論したり、威圧もするし、暴力には暴力で返したりはする。

まあ、倍返ししたりするときもあるけど。

殴って人の言うことを聞かせようとするやつは殴られる覚悟がないとね。

やり返されて無慈悲とか悪口言われてたのかな?

だったらちょっとひどいよね。


「まあ、噂というものは誇張されるものですし。

恨みなぞ、悪意で増幅させられるものですしな。」


もしかしたら倍返しの暴力を振るってるかもしれないから、恨みが積み上げられて、結果的に等価になってたのかも。

そんな可能性については口には出さず、迷惑な話だよねーなどと他人事のように返事をする。


「しかし、この黄金の酒は本当に旨いですな……。

嗅げばさわやかな柑橘類のような香り。

口に入れると広がる苦味。

しかし奥に眠る麦の甘み。

喉を通るときの泡の刺激。

そして飲み込むときに鼻を抜けていく時には果実のような香り。

特にこの泡だ。エールにも似たような刺激があるものはたしかにある。

だが、この黄金の酒の刺激とは比べるまでもない。」


「美味しいでしょー?

この味になるまで200年くらいかなぁ?

かなり理想の味に近づいてきたよ。」


「200年とは……。

人生の約4回分かけてもいまだあなたを納得させておらぬのか。

ワシにはこれ以上など想像がつかぬ。」


「材料もまだ足りてないし、その材料を見つけたとしても同じ味にたどり着くかもわからないし。

何よりその味に追いつけたとしても……。」


グラスに入った酒をぐっと飲みほしてハアーっと息をつく。


「僕は次の酒造りを始めるつもりだから。この命が尽きるまでね。」


「……なんとまあ、酒狂いのエルフ様がいたもんだ。

エルフの寿命とはいつまでの話なんじゃ。

ワシも付き合い続けたいのう……。

不老不死になればずっとあなたの酒が飲めたのだろうか。」


「ごめんね。でも、君の子孫には届くさ。」


「孫はともかく、息子にはもったいないのう。」


「そういうなって。」


手酌で自分のグラスにもう一杯注ぎ、そのまま老人のグラスにも一杯注ぐ。

……これで全部なくなってしまった。

これが彼との最後の一杯かもしれない。

僕はこれからこの地に逗留して探し物を続ける。

もしかしたらもう一度会えるかもしれないね。


「ねえ、君は何かいつも身に着けているものはあるかい?」


「ふむ?そうだのう……。

腕輪はあるが、これは婆さんとの想い出の品だから……。

この首飾りはどうかね?」


そういって差し出されたのは動物の骨を加工したシンプルな首飾りだった。

赤い石の欠片が中心にあり、ワンポイントのアクセントとなっている。

なかなか味わい深いデザインに仕上がっているようだ。

おそらくは商売用に作られたものではない。

誰かのハンドメイドであろう作品だ。


「ん。じゃあこれと交換してくれないか?」


僕はガラス玉に紐を通したものを差し出した。

ガラスの中には処理した小さい白い花を封じている。

縁を飾るように銀で細工した首飾りだ。

白い花はエルフの森で咲く花。

ガラスでの加工や細工も僕が手掛けた。


「これはこれは……。随分良いものであるように思えますが?」


「君の首飾りを見る限り、これくらい出さないといけないような気がするんだよね。」


物の価値としては確かに僕のほうが高いだろうが、その素朴さといい、使われている素材といい、どう考えても作成者そのものの想いが込められた一品だ。

彼にとって大事な人からの贈り物に違いないだろう。

そこに込められた想いの価値に少しでも近づけるには、このくらい価値があるものがいいだろう。

僕がその作品に込められているはずの想いの強さについて語り、そのまま彼に押し付けた。


「強引ですのぅ。しかし、なんでまたアクセサリーの交換を?」


「君はいなくなってしまっても、君が残したものたちとは会えるかもしれないだろ?」


僕はそういって笑う。

彼は察してくれた。

自分の老い先に、僕との再会が望めない可能性に。

でも、彼と僕のアクセサリー交換が彼の子孫と僕の繋がりを望めるかもしれない。

彼が先に旅立った後の世界で、残された彼の家族との出会いをかなえられるかもしれないということに。


「ありがとうございます、賢者殿。

しかし、願わくばワシ自身との再会を。

そして、私の旅立ちを見送ってくだされ。」


「そんな機会に巡り合えたら、その時は君を見送るよ。

そして、君との一日を残された者たちに伝えるよ。」


風の(せせらぎ)と遠くで夕刻を告げる街の鐘の歌。


夜に差し掛かる前の、世界が赤く染まる幻想的な景色の下、この何でもない地で約束は結ばれた。


それが成されることを願うのか、ただ通り過ぎる記録の断片の1つとして忘れ去られていくのか。


未来(さき)のことは分からない。


でも、老人と僕の約束は確かに結ばれた。


それを祝すようにもう一度乾杯を交わす。



長命の者にとって『いつかまた』の願いは、果たさねばならない約束ではなく、標の1つに過ぎない。

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