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第26話 予兆

広がる荒野に敷かれた街道をひた走る。

砂を含んだ乾いた風が馬車の中まで吹き抜けていく。

馬の目を守るために空気操作の術式が刻まれたメンコを取り付けてあげたが、それでも煩わしそうに時折ブルルンと不快そうな声を出す。


「聞いていたけど、かなり乾燥しているんだね!」


ガラガラと音を立てているので、馬車の中ではそれなりに大きな声を出さないと会話もままならない。


「街と街の間はだいたいこんな風景が多い!

でも、街はそれなりに落ち着いている!」


「そうなんだ!緑はあるの!?」


「ある!荒野だけど、街のあるところは水が湧いているとこもある!」


あれ?そうなんだ。

水は掘っても出ないって聞いてたんだけど。


「出るといっても決まった時期だけなんです!

春先や雨季などの後!

そのあたりで水が湧く場所がいくつかあります!

そういった場所に町があるんです!」


「それって、農業用水につかえなかったの!?」


「ダメ!大体数日か数週間しかもたない!

だから、長期的な畑のための水にはできなかった!」


なるほど。突然の洪水(フラッシュフラッド)による一時的な水源か。

でも、雨季なら荒野にもある程度水が発生するというのは覚えておいてよさそうだね。

涸れ川(ワジ)の痕跡を探すこともメモに残しておかないと。

春先にも水が現れるというのも重要な情報だな。

おそらくはトゥガナトの雪解け水がある程度まとまった量で荒野にも流れ込んでいる可能性が生まれた。

季節性スプリングが存在するということは、水源確保より年間の水量調整が重要になるかもしれない。


「年間を通じて水の確保は貯水池だより!?」


「ゴメン!これ以上はよくわかんない!おかしらに聞いて!」


「サリティ!もうちょっと敬意を持って話せ!」


「いや、かまわない!ありがとうふたりとも!」


僕は笑ってそう答えた。

紙に載っていなかった情報が得られるだけで十分有意義だ。

些細な会話でも、現地で生きる二人の話はありがたい。

荒野の暮らしを理解する手がかりになるね。


しばらく僕は仕事に集中する。

サリティさんは時々外に顔を出して周りを見渡し、ガルデスくんは地図を広げて御者くんと相談している。


今日は野宿になるからね。

本日の目的地は岩山に囲まれて、比較的風や気候が穏やかになっている野営に適した場所だそうだ。

旅人や商人たちが一度腰を下ろして休むにはちょうど良いキャンプ地になっていますとはガルデスくんの弁。

特に異論はない。

しばらくは彼らに全てお任せして、僕は自分のことに集中しよう。


数時間後。岩場に囲まれた場所に到着し、そこをキャンプ地とした。

夜は風が収まり、岩場が防壁のように働いてくれるため、聞いていた通りの穏やかな環境になっていた。

ガルデスくんは手際よく野営の準備を進めていた。

僕も手伝おうとしたが、流石にここは任せてあげるべきではと御者くんに諭されてしまった。


なので、大人しくみんなの分のご飯を作っている。


「――って、なんで働いてるんですか!」


「料理には自信あるからまかせて!」


「そういう意味じゃなかったんすけど、まあもういいっす……。

手伝うことはないっすか?」


せっかくなので、一緒に調理することにした。

干し肉と短く切った乾燥パスタ(カサレッチェ)を買い込んだスパイスと麦酒で煮込む。

お手軽ながら、滋味深い(じみぶかい)料理だ。


最初貴重な麦酒を一瓶つかって料理する僕をサリティさんが凄い目で見てきた。

が、料理を口にした途端、大変その味にご満悦していただけたようで、幸せそうな顔で平らげてくれた。

ガルデスくんも料理を作らせてしまったと恐縮していたが、麦酒煮の美味しさには勝てなかったようだ。

みんなが喜んでくれてよかったと思う。


「野営料理にしちゃ、金かけすぎてませんかね……?」


「過酷な野営には、食道楽も必要なのだよ。」


御者くんもツッコミをいれつつ、この味で店構えられますねと称賛してくれた。

うちの国(リヴェリナ)じゃ比較的ポピュラーな料理なんだけどね。

まあ、麦酒を料理に使うから、物知らずのパスタカサレッチェ・デル・ノマドなんて不名誉な名前をつけられてるけど。



***



ご飯も終わってそのまま火の番を続けていると、サリティさんが近づき、耳元でささやいだ。


「……アルトゥス様。囲まれている。」


「そうみたいだね。」


どうやら、招かれざるお客様らしい。

しかも、これ動物の殺気じゃないんだよねぇ。


「僕も出たほうがいい?」


「ううん、いらない。隊長と私だけでいい。どう考えても素人のそれ。」


「ガルデスくんは?」


「こっちに呼び込むためにわざと離れてる。私はこのまま近衛につく。」


「交渉には?」


「間抜けを晒すなら、容赦しない。」


ニィ、と口端を吊り上げるサリティさん。

つまり――命が惜しければ金目のものを置いていけなんて言う輩がいたら、即座に排除するつもりだ。


ガルデスくんは事前に別行動を開始していて、賊の逃げ道をふさいでいるようだ。

サリティさんはクロスボウに弓を装填する。

御者くんもスッと音もなく僕の背中側を護るように陣取った。

うん、熟達の戦士たちだね。

僕の出番はなさそうだけど、臨戦態勢だけは取っておこうかな。

僕はそっとアイズを励起させ、エルドラをいつでも発動できるよう備える。


やがて、岩場の陰からみすぼらしい格好をした者たちがゾロゾロと現れ始めた。

目視できる数で10人。

隠れているつもりのやつが2人か。

恰好はなんだかみすぼらしいのだが、武器は妙に上等なものに見える。

なんというか、ごまかし方がお粗末だなぁと思った。


そのうち2人の男がニヤつきながら堂々と僕らの前に進み出る。

えっと、無防備すぎて正気を疑うんだけど。

サリティさんが一歩進み出てクロスボウを構える。

だが、なぜか射線から身をそらしもせずに武器をこちらに向けて語り掛けてきた。


「命が惜しければ――」


 ビュッ!


サリティさんは話終わるのを一切待たずにクロスボウを放った。

頭を撃ちぬかれた男がもんどりうって倒れる。

一切の躊躇いのない攻撃に、なぜか野盗たちのほうがあっけに取られている。


「――フッ!」


サリティさんはクロスボウの次弾は装填せず、今度は懐からナイフを取り出し、投擲した。

もう一人の男の喉に吸い込まれるように刺さる。


お見事だ。

鮮血をまき散らしながら無謀な男二人は絶命する。


「て、テメエら!人数差がわからねえのか!?」


ひとりの男がそう叫ぶ。

えっと、ド素人なのかな?


サリティさんはその叫んだ奴の脚を狙ってナイフをふたつ投げつける。


「ぐあっ!?」

深々と両脚を縫い付けられた男は苦悶の声をあげ、倒れこむ。

もう立つことはできないね。


「残すのはおしゃべり一人だけでいい。残りは――覚悟を決めろ。」


それは、非情なる宣言だった。


戦場において、言葉よりも先に行動がある。

サリティさんが大地を蹴ってまごつく別の男の懐に飛び込む。

その速度は僕との模擬戦の時より鋭く、何より躊躇がなかった。


「オルァ!」


勇ましい掛け声とともに、右後ろ回し蹴りが男の武器を持つ手を打ち抜く。

ぐしゃりと手の骨が砕ける音が響き渡り、男の絶叫が――響き渡ることはなかった。

なぜなら、次の瞬間には回し蹴りの勢いと加速、体重がのった左ひざが男の顔面を砕いていたからだ。


ザクロがはじけるような光景。

時間差で鮮血があたりに飛び散る。


その刹那の惨劇を目の当たりにした男たちの顔が一斉に青くなる。


交渉は最初から無視。

人数差はまるで意に介さない。

体術ひとつで命を刈り取る戦士。


ようやく、自分たちが何を相手にしているのか理解したのであろう。


力の差を理解をしたならば、賢い選択はひとつだ。

今すぐ武器を捨てて投降する。

それしかない。

そうすれば、この瞬間だけは生を拾える。


が、男達は理を捨てた。

生き残りたいという本能のままに、前進を選んでしまった。

それは、追い詰められた末に狩られる愚かな獣の選択だ。

生き残るために媚びることを諦めた者だ。


愚か者たちの末路は、儚い。


「う、うわああああ!!」


3人ほどの男が叫びをあげながらサリティさんに、2人が僕の方へ飛びかかってきた。

うーん、直前にサリティさんの暴れっぷりを見たからなのかわからないけど、僕を相手にするほうが容易いと考えた2人の見る目のなさに少し不愉快になる。


「すいませんね、アルトゥス様。ここは任せてくれませんかね。」


御者くんが渋い顔をしている僕の雰囲気を察して耳打ちしてきた。


「……ま、いいよ。僕が出るまでもない。」


僕はそう言って一歩下がろうとした。

そこへ1人の男が飛び掛からんと迫った。


「このガキ!大人しく――」


見た目でガキ呼ばわりしてきた失礼な男が左手を伸ばしてくる。

いや、ほんと自分が握っている得物を何だと思ってるのかな?

この段階で人質を確保することで要求を通そうと考えているとしたら、あまりにもお花畑が過ぎる。


既に僕らは命を奪う覚悟を決めている。

故に、こちらの命を直接狙わない行動など、何も怖くはない。

なので、僕は右手をあげて、わざと捕まってあげた。

ニヤリと笑う男が僕を引き寄せようとしたので、逆にぐいっとこちらに引き寄せる。

そして、握った手をふりはらい、一本背負いのように男を後ろに放り投げた。


「へ?」


間抜けな声が響き、勝ちを確信した顔を引き攣らせたまま、男が中空を舞う。

僕の見た目に反して力強く身体が持ち上げられたことに驚いたのか?


「任せてっていったんすけどねぇ。」


哀れにも処刑台に放り込まれた男の首筋に赤い一筋が走る。

地面に叩きつけられた男の胴からボールのように頭が転がり落ちた。

キンッと綺麗な金属音が響く。

振り返れば、御者くんの剣が鞘に収められていた。


「居合?抜刀術?」


「剣閃術ってやつっすね。居合の親戚っす。」


「うん。鮮やかだったよ。」


僕はそういって、手をヒラヒラさせて御者くんに賛美とあとは宜しくという意志を示した。

もう1人の向かってきた男は、先に斃れた仲間の末路と僕たちの気楽なやり取りに腰を抜かしている。


それは可哀想にも思う。

哀れだとも思う。


でもね、容赦はできないんだ。


この世界において、野盗に身をやつすこと。

そして、たとえ誰かに騙されたとしても、命を狙った行動をした時点で、何も言い訳が効かなくなるんだ。

そう、奪おうとするものは、奪われても文句は言えない。


「た、助け……」


「運がなかったっすね。」


遅すぎた命乞いは、たった一言で切り捨てられる。

閃光のように御者くんの剣が横薙ぎされる。


鮮血は夜空に舞い、鉄の香りを撒き散らしながら命の華が無常に咲く。


その鉄華は厳粛に、そして冷酷に夜の闇へ花弁を散らした。


理と覚悟をもって非情に徹する者と、理を捨てて獣となった者。

その差が、この結末を定めたようだった。

己の浅慮が招いた結末に、男は最期に何を思ったのだろうか。


それを伝えるものは、もうこの世界にない。

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