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第21話 ミリアルデの姫君、再び

アルトゥス=ヴァイツェ。


不老長命と謡われるエルフ族の男。

世界樹の森に棲む、数あるエルフ族の中でもっとも力を持つと伝わる一族の出身。

それが――僕だ。


好きなものは、麦酒(ビール)をはじめとしたお酒、美味しい食べ物、そして素敵な友人たち。

わけあって、森を飛び出して旅をしている。


今はリヴェリナという国の特使として、アリヴィエ海邦という国に滞在中。

特使としての役割は、荒れた土地の開墾。

リヴェリナは農業立国で、僕は趣味の酒造りに必要だから、そのあたりの造詣がちょっとだけ人より深い。


そういったわけで、農業指導員として友好国への派遣――という経緯をたどってここにいるよ。


いくつかは、初耳だったかな?

それならごめんね。

もう誰に何を話したかなんて、覚えていられないんだ。

長く生きてると、どうしても曖昧になる。


今、僕が滞在しているのはアリヴィエ海邦のヴァルエルナ領。

ここは、大国リヴェリナと国境を接する場所で、アリヴィエ海邦に入国した際、お世話になったミリアルデ家が治めている。

領主トルマド=ミリアルデ殿には、首都へ向かう際にリヴェリナから持ち込んだ荷物を預かってもらっていた。


「任地に向かう前に、必ず寄っていってくれ。」

――そんな言葉もあって、今回は2週間ほど滞在することにしている。


ミリアルデ一家の皆さんも、僕の訪問を喜んでくれた。

中でも、ひときわ嬉しそうだったのがこの子。


「アルトゥスせんせい!エーリスがきましたよ!

きょうも術式のおべんきょうをしてくださいまし!」


「はーい。少々お待ちくださいね、エーリス。」


客室に入る前は、淑女らしい丁寧なノック。

でも、扉を開けた瞬間――貞淑なんてどこへやら。

ミリアルデ家のアイドル、エーリス姫の登場だ。


ルビーナ滞在中から、トルマド殿へのお礼の一環でエーリスへの術式教育を考えていた僕は、今回の滞在に合わせてトルマド殿に相談してみた。

すると、本人が目を輝かせて「ぜひ!」と。


そんなわけで、短期滞在中の今から、少しずつ教えることになった。

ちなみに教師になるにあたって、エーリスからは呼び捨てと、僕のことは『先生』と呼ばせてほしいと、何ともかわいらしいお願いをされた。


「せんせいはなにをしていらっしゃいましたの?」


椅子の背後から、ひょこっと顔をのぞかせたエーリスが、僕の肩にそっと手を置いて尋ねてくる。

先生と呼ぶようになってから、出会った頃よりもっと距離が近くなった気がする。


「知り合いへの手紙と、お酒の納入依頼だよ。

研究していた高アルコールの麦酒の試作品が、ようやく形になったみたいでね。

アリヴィエにも輸出できそうだから、試飲会用に送ってもらえるよう頼んでいたんだ。」


「おしごとでございましたか?

それなら、エーリスはおわるまでおまちしますよ?」


そんなふうに、少し寂しそうな顔をしてくる。

エーリスがそんな顔してしまったら、じいじの答えはもう決まってるんですよ。


「いえ、書き終わったので大丈夫ですよ。

今日は――実際に術式の発動を体験してみましょうか。」


そう言って、僕はエーリスの手を取って席を立つ。

『るんるん』という擬音がぴったりな足取りで、彼女は手をぎゅっと握り返してきた。そのまま、僕たちは並んで中庭へと向かった。


「あら、アルトゥス様。今日もエーリスと術式のお勉強ですか?」


中庭に出ると、ネーベルさんが迎えてくれた。

出会ったときの優雅なドレス姿とは打って変わって、今日は白衣にゆるめのワイシャツ、動きやすそうな深紅のパンツルック。

手には分厚いバインダーを抱えている。


ネーベル=ミリアルデさん。

トルマド殿の奥方にして、エーリスの母親だ。

そして、アリヴィエの高等教育機関で経済学と生物学を修めた、知と実践の才媛でもあるらしい。

この屋敷では、彼女の“研究者としての顔”のほうがよく見かけられる。


ドレスより白衣。

宝石よりバインダー。

それが、ネーベルさんという人だ。


今は、僕が初対面のときに贈った多肉植物――

正式名称『ルミエラ』の研究に本腰を入れているらしい。

成分抽出には圧搾法が有効だが、どうしても匂いが気になるとのこと。

そこで、僕が提案したのが【水蒸気蒸留法】を使った精油による香りづけだった。

これが、思いのほか相性が良かったらしく、今では香りのバリエーションを増やすために、さまざまな植物から精油を抽出しているという。

その熱量たるや、もはや本来の研究の副産物の域を超えている。


このままいけば、アロマオイルとして商品化される日も、そう遠くないかもしれない。


「エーリスね。

アルトゥス様のことを先生と呼ぶようになってから、毎日嬉しそうで。」


ネーベルさんはそう言ってエーリスを見つめながら言った。

その笑顔には、母としての柔らかさと、どこか研究者らしい観察者のまなざしが同居している。

娘の成長を喜びながらも、そこにある変化を冷静に見つめているような、そんな眼差し。


「あの子は少し甘やかして来てしまったことを心配しておりました。

ですが、アルトゥス様が先生になってからは学ぶことの楽しさを知ったように思います。」


「学ぶなら、楽しく。自分の意志で。

そういったところを刺激してあげたいですね。」


「ふふ、そういうところは本当に『せんせい』っぽいですよ。」


ネーベルさんはそう言って、バインダーを胸に抱え直した。


「お母さま。せんせいとのおはなしはよろしいですか?」


「あら、ごめんなさいね。

アルトゥス様、引き留めて申し訳ありません。

引き続き、娘をよろしくお願いいたします。」


「ええ。おまかせください。」


「エーリス。せんせいを困らせてはだめよ。」


「もちろん、そんなことはしませんわ!」


エーリスはふんすと胸を張って自信満々に応える。

それをみたネーベルさんは困ったようにこちらに目を向けるが、エーリスのいうとおりだ。

真面目に話も聞くし、実践もしている。

何も心配する必要はない。


ネーベルさんと別れたあと、僕らは庭の中央にある開けた場所へと歩いていった。

ここは【ノエス】が比較的濃い。

日差しがやわらかく差し込むその空間は、授業にぴったりだ。


「じゃあ、今日の修業をしていく前に。エーリス、まずは復習だ。」


「はいですの!」


エーリスはぴょんと跳ねるように返事をして、胸を張った。


「えーっと、体内でせいせいされるこころのありかたでうまれるきせきのちからを、【アイズ】といいます。

これは、生きものが生きようとするときにしぜんとわいてくるちからで……

生きものは、みんな体内に【アイズ】をもっておりますわ!」


うーんと思い出すようにひとつひとつゆっくりと言葉を紡ぎながら、教えたことを答えていく。


「はい、よくできました。

体内で作ったエネルギーそのものを【アイズ】。

それを使って術式を発現させることを【エルドラ】といいます。

エーリスは、好きなことととか、お父さんやお母さん、お兄ちゃんたちのために頑張ろうと思うときに、力が湧いてくることはある?」


「ありますの!

せんせいのじゅぎょうのときは、とってもちからがわいてきますの!」


「うん。これは心が自然に湧きたつときに、【アイズ】が作用して動き出すからだと考えられているんだ。」


「はい!そして、これはうごいているだけで、ふえてないのです!」


「そうそう、よく覚えてて偉いね。

体内にあるアイズは一定量で、これを励起(れいき)させることで活性化、じゃなくて……使える状態にするんだったね。」


「はい!でも、かんじょうでうごかすのはこうりつがわるいので?

くんれんして、じぶんからうごかせるようにするのです!」


「大変よくできました。

それじゃあ、今日の訓練は体内の【アイズ】を、自分の意志で起こす練習だよ。」


そういって、僕は両手をパンっと鳴らして体内のアイズを励起させる。

身体の奥底から立ち上るような力が満ちてきて、淡い光が身体を包み込む。


「いつ見ても、せんせいのれいきはきれいですの!」


ほわぁ。というため息をつきながらエーリスが褒めてくれる。

これは、トリガー式といって、特定のアクションをすることで身体にスイッチを入れる方法だ。


「ありがとう。エーリス、トリガー式の理論は覚えてる?」


「……じつはちょっとよくわかっていませんの。」


「よしよし。ちゃんとわからないことをわからないと伝えられるのは偉いぞ。

前の授業は理論として教えたけど、今回はもっと感覚的に説明しようか。」


「はい!おねがいしますの!」


僕は励起したアイズを落ち着かせて、改めて説明をする。


「たとえば、こうして手を打つ。

この『パンッ』という動作と、アイズを起こす感覚を何度も重ねていくと、やがて身体がこの動きそのものを、アイズを起こす動作と覚えるようになる。

これを条件反射っていうんだ。」


「じょうけんはんしゃ……ですの?」


「そうだね。例えば……リモーナの実を想像してみて。」


「あの、すっぱくてきいろい実ですの?」


「そうそう。アレをがぶっと噛む想像してみよう。」


「……!?すっぱいですの!?

い、いえ、じっさいにすっぱいわけではないですの!

でも、つばがいっぱいでてくるくらいすっぱいですの!」


「うん。これはエーリスがリモーナはすっぱいって覚えてるから、身体が勝手に反応したんだ。

これが条件反射。

今回はこれを意図的に繰り返すことで、心と身体に【アイズを起こすスイッチ】を作るんだ。」


僕はもう一度、手を打つ。

アイズがふわりと立ち上がり、身体がほのかに光る。

それを見せながら続けた。


「今日はこの


起こす

落ち着かせる

また起こす


を繰り返して、アイズの励起状態をコントロールする練習をしよう。

まずは、手を打ってアイズを起こす。

次に、深呼吸して落ち着かせる。

これを、5回。ゆっくりでいいから、丁寧にやってみよう。」


「はいですの!」


エーリスは小さな手を構え、真剣な顔で「パン」と手を打った。

……が、すぐに「うーん」と首をかしげる。


「なんだか、ちからがうまくわいてきませんの……。」


「起こすという感覚が難しいからね。

まずは僕が外から力を流すから、それでふわっと力が湧いてきたら手を叩いてみて?」


僕はそういってエーリスを膝に座らせる。

エーリスははじめ、なんだかもじもじしていたが、僕が背中に手を当てて力をそっと流し込むと、また真剣な顔に戻った。


「……んっ!」


パンっと手を叩くエーリス。

僕はそっと力を流すのをやめる。


「あっ、にげちゃう!」


「集中して。起きた力の流れをかき回すように。」


「はいっ!」


ぐっと目を閉じてアイズの力を体内でくるくる回す。

まだ回転力はないが、ゆっくりと流れが生まれているのが分かった。


「よし、力を抜いて。」


「ぷあっ!」


脱力すると、直ぐに励起が収まるのが分かった。


「うん、初めてにしては上出来。回す感覚もなんとなくわかった?」


「むずかしいのです!

でも、エーリスのからだのなかでくるくるまわっているものはわかったのです!」


「今日は補助輪付きで、くるくる回したりとめたりを何度も練習してみようか。」


「はいです!」


エーリスは笑顔で応えると、膝に座ってまた真剣にアイズを回し始めた。


しばらく続けていると、早くも自分でくるくる回す時間が長くなっているのがわかった。これは才能ありだな。


先生として誇らしい気分を味わいながら、それでも膝から離れず力を流すのを要求する生徒を見て、ふと思った。


……僕が力を流すことを条件反射として覚えないようにね!?

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