第20話 賢者は旅をする
「代表自ら見送りに来てくれるんだねー。」
「リヴェリナ王国特使様ですから。」
――初対面であんな喧嘩売っといて、よく言うよね。
ネーシアス代表に皮肉を返してみるが、まるで気にしていない。
どこ吹く風、ってやつだ。
1ヶ月――
それが今回、ルビーナに滞在した期間だ。
その間に、ネーシアス代表ともだいぶ打ち解けた。
最初の1週間くらいは脅しが効いていたのか、少し堅かった。
けれど、僕の距離感に慣れてきてからは、かなりフランクになっていった。
そういった堅さを好まない性格だと見抜いてくれたのだろう。
今では冗談も交わせる。
僕も一線を越えなきゃ仲良くしたいし、超えたとしても最初は警告するからね。
そういう性格を読み取ってくれたのだろう。
旅立ちにあたり、見送りに来てくれたのは代表とミルシャさん、セルゼクくんとその執事の4人。
そして……
「アルトゥス様、いままでありがとうございました!」
「またこちらにご滞在の際は私たちがお世話いたしますので!」
「お客様だからいえなかったけど、お慕いしておりました!」
えー、なんと、お屋敷の使用人のほとんどが見送りに来てくれました。
来られなかった人?……どうやら、負けたらしい。
うん、なんでこんなに慕われてるんだろう?
僕、特別なことなんてしてないはずなんだけどな。
「皆さんの名前を一人一人呼んで、挨拶とお礼を忘れないお客様なんて、なかなかいませんからね……。
よその国の方だとかなり見下す方もいらっしゃるんですよ。」
ミルシャさんは、
「アルトゥス様は、そうやってたらし込むのがお得意なんですから」
と、冗談めかして理由を添えてくれた。
――たらし込むって、そんなことしてないんだけどな。
「みんな優秀だし、身分が高い人しかいないだろ?」
僕は日々彼らと接して、リヴェリナ王宮の宮仕たちと遜色なく振る舞えていると評価していた。
その為、それなりの出身なんだろうと思っていたのだが。
「そうでもありませんよ。
……一部のメイドは確かに商家や高官の娘さんですが、大半は一般家庭出身です。
教育課程を経てこの職に就いた者たちのほうが多いですね。
特にフットマンは面接で雇入れを決めてはいますが、元々はかなり身分として低かったもの達が多いです。
こう言った仕事を小さい頃から行い、礼儀作法を覚えて、資金を貯めてから独立を志すものが多いんですよ。」
と、ミルシャさんは言う。
なるほど、そういえばアリヴィエは小国だから遊ばせておく人材を減らす為に教育に力を入れてるという話をネーシアス代表から聞いていた。
彼らはその結果なんだな。
「へぇ。ネーシアスくんの雇用政策ってやつか。」
「はい。そういった立場の人間は、私のところでも雇っています。」
そう言って、セルゼクくんは隣に立つ執事の肩を軽く叩いた。
執事くんは無言で、見事な礼をひとつ振る舞った。
聞けば、彼も元は領家の使用人の息子らしい。
――なるほど、能力で人を見る文化が、アリヴィエの思想に根づいてきているんだな。
「まあ、指導する立場に立つには、商家として成功したり、大きな功績を残す必要がありますがね。」
ネーシアス代表は顎に手を添えながら、静かに続けた。
「そのあたりは、今の教育を受けた優秀な人材が、中央に食い込むようになるまで――少し、時間がかかるでしょうね。」
そうだね、このあたりの偏見は、少しずつ薄れていくかもしれない。
でも、それは彼らが優秀な労働力として受け入れられている間だけだ。
もし彼らが、労働を供する側になったり、国政に関わろうとしたら……
きっと、大きな反発を招くだろう。
自分たちの立場を脅かさない限りは、都合よく利用できる存在として歓迎される。
そんな構図が、透けて見える。
「時代が変わるとき、大きな出来事が起こるかもしれません。
そのときはアルトゥス様に、お願いしてもよろしいでしょうか?」
いつもの調子で「それは約束できないかな」と、返そうとしたけれど……
ネーシアス代表の目は、真剣だった。
「本気?」
「冗談ではないお願いなのは確かです。
ですが、強いる気はないですよ。
アルトゥス様の生き方を縛りたくはありませんから。」
「……善処するよ。これでいい?」
「もちろんです。」
そういってネーシアス代表は僕に手を差し伸べた。
僕はその手を取って想いを託される。
その力強さに、彼がどんな気持ちで代表という立場に立っているのかが少しだけ伝わってきた気がした。
「老人に託しすぎだよ。」
「申し訳ありません。」
「冗談さ。僕はエルフとしては、まだ若いほうだからね。」
少し笑って、続ける。
「でも、期待しすぎないで。僕は、所詮ただの旅人なんだから。」
そう言って、そっと握手を解いた。
その後、見送りに来てくれた皆さんと、一人ひとり言葉を交わして別れを惜しんだ。
部屋付きのメイドさんと、身の回りの細々とした世話をしてくれたフットマンの少年は、涙を浮かべながら別れを惜しんでくれた。
メイドさんはニンナさん、フットマンの少年はアルトくんという。
聞けば、2人はこっそり配置転換を願い出て、なんとか僕のそばに仕え続けられないかと、あれこれ根回しをしているらしい。
「そこまでしなくても、また会えるんだから。」
「「会えるのと、仕えるのは話がまるで違います!」」
2人は声をそろえて、きっぱりと言い切った。
その勢いに、僕は思わず苦笑してしまった。
それなりに職業の自由はあるようだし、もし正式に開墾プロジェクトの人員として採用されることがあれば、そのときは歓迎するよ。
そう伝えると、2人は顔を輝かせて喜んでいた。
慕ってくれるのなら、無理に突き放す気にはなれない。
そして、努力して追いかけてくれるほどの情熱があるなら、僕はそれを受け入れたいと思う。
「アルトゥス様、少しお耳を。」
全ての使用人の皆さんと見送りの挨拶を終えたあと、セルゼクくんが申し訳なさそうな顔で、そっと僕に声をかけてきた。
「弟のことです。
……父から手紙が届いたのですが、どうにもアルトゥス様のことを。
その、お会いもしていないのに、ひどく悪しざまに言っているようで。」
おっと。ついに僕を邪険にする実例とご対面の機会が巡ってきたらしい。
「弟は、一度思い込むと一直線に突っ走る性格でして……。
父もかなり言い含めたようですが、よそ者に媚びる父と見下しているようです。
相手がリヴェリナの特使だと伝えても、まるで耳を貸さない。」
「反発して任地に閉じこもったのかい?」
僕の予測にセルゼクくんは口をつぐんでしまう。
まあ、うん。予想の範疇というか、頑固っぽいとそうだよね。
しかも、自分が正しいと妄信するタイプか。
「まあ、大丈夫じゃない?」
「……え?」
僕の気楽な一言に、セルゼクくんは目を見開いた。
「そういうタイプには、実例と反論できない結果で叩きつけるのが一番。
本人が納得しなくても、周囲を納得させてしまえばいい。
孤立させてしまえば、あとはその後の行動で本質が見える。
セルゼクくん、弟君は確かな結果に対して気に入らなくても膝を折れるタイプかい?」
彼は少し考えると、かぶりをふった。
「ダメですね。
反発して、むしろ孤立を深めるタイプです。
おそらく、何らかの妨害に動くかと。
アルトゥス様にご迷惑をおかけする前に、ルビーナへ呼び寄せようと思います。」
そうなのか。
セルゼクくんがそこまで救いがないと言い切るからには、その子に何らかの問題があるのだろう。
まあ、彼の優秀さを鑑みるに、コンプレックスの塊というか、下手なプライドを抱えているタイプなのかなぁ?
「腕っぷしは?」
「私よりは武闘派ですね。
というか、そちらばかり鍛えることに対してずっと苦言を呈しているのですが……。」
彼は、ハア……とため息をついて頭を抱える。
いろいろおうちの問題も抱えて大変そうだね。
「ま、それならいくらでも手はあるさ。
だから心配しなくていい。僕はエルフだからね。」
そう言って、笑いながらシュッシュッとシャドーボクシングを披露してみせる。
セルゼクくんは困ったように笑いながらいった。
「可能なら、プライドごと――鼻をへし折ってください。」
うん、言われなくてもそうするよ。
僕は、舐められるのが大嫌いだからね。
***
「アルトゥス様。」
――最後に現れたのは、やっぱりこの人だった。
「美人のお見送りは華やかで嬉しいねぇ。」
「今後のお見送りも、お迎えも、ずっと私になる予定ですよ?
飽きてしまうかもしれませんね。」
「美人に飽きても、ミルシャさんに飽きはこなそうかな。」
「まあ、お上手ですこと。」
彼女は微笑みながら、そっと手を差し出してきた。
お別れの握手かな――
そう思って手を伸ばした僕の指先に、彼女の唇がふわりと触れる。
「……わーお。これは数百年ぶりかもしれない。」
「あら、こんなことをしてくださるいい人がいらっしゃったんですの?」
どこか拗ねるような素振りで彼女は問い詰めてくる。
だが、耳が赤くなってるから冷静なフリをしてごまかしているのだろう。
「こんな見た目だからね。
勇ましい方にはそれなりの扱いをされてしまうこともあったんだよ。」
小声で、女性からは初めてされたけどね。と付け加える。
もちろん、彼女の耳にはいれない。
「強い女性からのアプローチをいただいたんですね。
ふふ、その方くらい頼りになる印象に変わりましたか?」
僕はにっこり笑うと、今度は彼女の指先に口づけを返す。
「……ずっと、頼りになる方だと思っていたさ。
これで、お互いに頼り合いたいっていう証になるかな?」
「……ずるい方ですね。
はい、もちろんです。
――またお会いしましょう。」
僕が駆動車に乗り込む。彼女は名残惜しそうに指先をつないだまま僕を見送る。
――いや、本当に名残惜しいのは、僕のほうかもしれない。
離そうと思えば、すぐに離せるはずなのに。
彼女の、どこか寂しげな横顔に、心がほどけてしまいそうになる。
「またいろいろ進んだら報告に来るからね!みんな元気で!」
だめだよ、アルトゥス。
その想いは、旅の荷物としては重すぎる。
だからここに置いていこう。
彼女の指を離すのは、僕の役目だ。
僕はミルシャさんの指先をそっと離す。
見送りに来てくれたみんなに笑顔で応える。
さようなら、ルビーナの友たちよ。
たった1か月。
エルフである僕にとっては、ほんの刹那のような時間。
それでも、心に残る温もりをくれた皆に、深く感謝を。
さあ、出発しよう。
想いはここに置いて――
僕の旅は、また始まったばかりだ。




