第1話 道端で草を食む
「凄い荷物だねぇ、お兄さん。
そんな荷物を背負って、しかも歩いて旅するなんて。」
のんびりとした声で御者台の老人が声をかけてくる。
僕が大きな荷物を背負って街道を歩いていたところ、後ろから馬車を引いてきたのが彼である。
歩き旅をしていた僕に、この先の町までよかったら乗っていくかい?と提案してくれた。
まあ、ただの道端であんな奇行をしている上、自分の背丈くらいありそうな荷物を背負っている旅人なんて危なっかしく思えるのは仕方ない。
「歩く気はなかったんだよね。
乗合馬車で次の町まで乗り継ぐ気だったんだ。
でも、気になるものがあるから無理を言って降ろしてもらったんだよ。」
そう、歩いていたのはちょっとした気まぐれというか、興味を示すものがあったから。
当初の予定としては、乗合馬車に乗って町と町を乗り継いで西に向かうつもりでいた。
乗合馬車に乗って1日、僕は外を眺めていると、気になる植物を見つけた。
道端に生えているが、いままで見たことのない植物だった。
認識している植生がこの辺りから変わっている可能性を感じた。
乗合馬車の御者に、この辺りのことについて聞くと、近くに深い森があるということも知れた。
いてもたってもいられなくなった僕は、鉄貨と少しの砂糖を御者に握らせて、ここで降りると伝えた。
御者は危険だからやめたほうがいいと心配してくれたが、客が望んでいるし、払いも良いしで無理には止められない。
責任も持てないが、途中で降りた人がいるということを先の町で伝えさせることを条件に降ろしてもらった。
なんのことはない、この歩き旅は僕が望んで行った結果でしかない。
「しかし、道草を食うためにお金を払ってでも降ろしてもらうとは変わったエルフさんだのう。
そもそもエルフさんがこんなところにいるというのが変わっておるけど。」
「おじいさんはエルフを見たことがあるのかい?」
「いんや、あったのはお前さんが初めてだよ。
おとぎ話というか、言い伝えというか……。
エルフは世界樹の森か北の国にしか住んでおらんということは聞いたことがある。
お前さんは北の国から?」
「僕は森からだね。」
「それは猶更珍しいの。
森のエルフさんは人嫌いで、生涯森からでないという噂じゃ。」
「まあ、人嫌いかもね。僕は嫌いじゃないから森を出て、旅をしてるんだ。
何より、探し物があるからね。」
「それが言葉通り道草を食うことと何か関係があるのじゃろうか?」
「僕が探しているのは故郷の森にない物だからね。」
このおじいさんとは道端の木の下で採取した草をいくつかそのまま食したり、すりつぶして口に含んだりしてメモを取っているときに出会ってしまった。
なんかでかい荷物をもった兄さんがその辺の草を真剣な顔で口に含んでるのを見て、もしや飢えを凌いでいるのかと心配してくれたらしい。
うん、人が通る可能性の高い道端でやることじゃないよね。
次の町についたらやろうかなと考えたけど、ある程度森でサンプルを採取したので先に進むつもりで道沿いに戻ったのまではいい。
やっぱり採取しやすいうちに、生の状態を味見をしたい。
そんな余計な探求心と好奇心に負けて、調査を初めてしまった僕。
気が付いたらこのおじいさんから、その草は喰えんぞと心配そうに声を掛けられていた。
食べるといっても口に含んで味とか毒がないかを試していただけだ。
僕としてはお腹に納めていないからセーフだけど、そりゃ人から見たらその辺の雑草をもしゃもしゃ食べてる変人だよね。
ちなみに毒草だったり、お腹の調子に差し障る草でも平気だ。
腹下しの薬草があるからね。
全部出しちゃえば基本的には大丈夫。
……素人にはおすすめしないし、そもそもやらせる気もないけど。
「多少はこの地で長く生きたおいぼれじゃ。
……いや、まあエルフさんに比べたら大した時間ではないかもしれんが。
ともかく、何か探しておるなら力になるぞ?」
「やあ、ありがとう。
僕が探しているのはとある薬草でね。
味はそれ単体だと多分よくないけど、良い香りがして、煎じて飲めばお腹の調子がよくなる……はずの植物なんだ。」
「ふむ、何か不治の病のようなものに薬効のある貴重な薬草というわけではないのかね?」
「そういうのも見つかったら嬉しいかもしれないけど、僕がずっと探している薬草は一年中収穫できるようなものがいいんだよ。」
「腹の病によく効く薬草ですかのう……。
ミュラの葉やトルーハの根など、そういった一般的なものではいかんのですか?」
「ミュラやトルーハはもう試したんだよ。
残念だけど僕が求めた結果にはならなかった。
薬効より大事なのは多分味なんだろうね。」
「効き目より味ですかの……。
それなら野菜はいかがですか?
この辺りですとグロッセを育てる農家は多いですが。」
「ああ、キャベラのような葉物かい?
一応土地に合わせた進化を遂げてるかもしれないから試してみようかな。」
「その言い方ですと、あまり期待できないようですな。」
「一般的に食べられるものだと、クセが少ないことが多いからね。
どうしても僕の目的には合わない。」
「お力になれんようで申し訳ないのう。
……どんなお薬を作るつもりなんじゃ?」
「いやいや、気にしないでくれ。
もう100年以上は探しているんだ。ちなみに作るのは薬ではないよ。」
薬草を探しているのに、作るのは薬ではない?
では何を作るつもりなんじゃ?
と、おじいさんはさっぱりわからないといったように首をかしげる。
「僕が作りたいのはね。とっても美味しいお酒だよ。」
楽しそうに笑う僕におじいさんはきょとんする。
自分の人生より明らかに長く探し求めているもの。
その利用目的がお酒?
「なんとまあ……。酔狂なエルフさんもおったもんじゃ。」
「長く生きられるからね。とっても美味しいお酒を造るのが僕の生きがいなんだ。」
そんな僕の横顔をおじいさんはジッと眺めている。
もしかして僕の噂を聞いたことがあるのかもしれないな。
「……エルフさん。わし、ちょっと気づいてしまったような気がするんじゃが。」
「そうなの?」
「……気づいたからこそ、ちょっと冷や汗出てきてしまったんじゃが。」
「そうですか。」
「……隣国では旨い酒が出回ってると聞いたことがあってな。」
「ええ。」
「その旨い酒というのは、なんでも麦を使ったお酒らしいのじゃが。
今までの麦酒ではありえない味わいらしい。」
「そうみたいですね。」
「金色に輝く澄んだお酒。黄金麦の霊酒。賢者の酒……。」
「大げさだなぁ。」
「……その酒をもたらしたのは陽に照らされた黄金のような麦穂色の髪をしたエルフの賢者様……。」
サアっと風が吹く。僕の髪が揺れる。
夕刻に掛かる少し手前の陽の光に照らされたその髪の色をおじいさんの瞳を開いてまじまじと見つめる。
別に隠す気はない。まっすぐと前を見続ける。
「麦の賢者様……。」
にっこり笑って荷物を漁る。
取り出したのは一本の瓶。何も語らずおじいさんに手渡した。
手綱を握りながら、街道をゆく馬車。
僕とおじいさんは少しの間黙り込む。
風の音、車輪が動く音、馬の蹄の音。
静かな世界に確かに響く僕たち以外の音。
静かな世界とは、音が何もない世界じゃない。
世界が奏でる心地よい音。
沈黙の傍らでおじいさんは何を思っているのだろうか。
変なエルフを拾ってしまったと後悔しているのだろうか。
それとも、僕がいままでやってきたことによって誇張されすぎてしまった様々な噂を思い浮かべて畏れてしまっているのだろうか。
「……貰ってよいのかの?これに見合う対価を払うのはとてもとても……。」
「あっちじゃ普通に飲めるようになったものだよ。
気にしないで。
町まで乗せてってくれる代金替わりってことでお願いしたいな。」
「……はぁ~。とんでもない方を乗せてしまったのぉ……。
気づかなかったことにしようかのぉ……」
「いいかもね。でも、それならそいつを持ってるのはまずいかな。
今日中に飲み切っちゃったほうがいいよー。」
当たり前じゃ。知られるわけにもいかんし、誰にもやらんわ。
と開き直って笑うおじいさんを見て、僕は声を出して笑う。
どうやら畏れはないようだ。
出会いを前向きに受け止めてくれている。
こんな良いめぐりあわせには、乾杯が必要だ。
町に着いたら宿を取るので、部屋で一緒に飲もうと約束をする。
良い旅には、良い友人が必要だ。
この旅路での巡り合わせとしては、刹那で終わる関係かもしれない。
それでも確かに言葉を通わせられる友人に巡り合えたら、良い酒を酌み交わしたい。
共に生きられる時間は、僕と彼らでは違うのだから。
だからこそ、今出会えたことに感謝を。
たった1日でも親友であろう。
それがエルフである僕の、長命の苦しみを楽しさに変える処世術である。




