第18話 覆水大地に還らず
「ちょ、ちょっと待ってください!?
大地の下に河?河って、あの河ですよね?
エゥルーナ川とか、シルヴァリス運河とか?」
ミルシャさんは予想外だったのか、明らかな狼狽が見える。
まあ、不毛な荒野が広がる大地の下に、デカい河があると言われたら、そりゃそうなるかもな。
「正確に言うと、地下水脈ってやつだね。
エゥルーナの水量がどれくらいなのかは現地視察する必要があるかもしれないけど、それにしたって国土に対して表面に流れる水量としては少ないと思うんだ。
アリヴィエの国土地図を出してくれる?」
ミルシャさんは言われるがままに地図を広げる。
シルヴァリスの流れは海に流れ着く前にいくつか支流に分かれている。
1つはリヴェリナ南東部に流れるメトランセ川。
1つはリヴェリナ南部とアリヴィエ東部に掠めるシルヴァリス本流域。
そして、アリヴィエ中央部にまで流れ込むエゥルーナ川といった具合だ。
「ほぼアリヴィエ中央に流れ込むエゥルーナは大きく蛇行もせずにストンと海に繋がっている。
河幅はどのくらい?」
「す、すみません。
具体的な数値は今すぐお出しできませんが、そうですね……。
シルヴァリスの河幅の1/4くらいといったところでしょうか?」
「うん、大体予想通りだ。
そして、河幅はそこから大きく変わらず海に出てない?」
「はい。
下流は浅くなり、多少幅は増えますが、中流域はほぼ一定だったはずです。」
「その、河幅が変わらないと言うのが重要でね。
つまり、アリヴィエ近隣での降水量に見合っていない可能性が高いんだ。」
そう、エゥルーナがアリヴィエの天気事情を反映した変化を見せるなら、水の行方はエゥルーナに向かうはずなんだ。
だが、地図で見るアリヴィエは横に広い。
僕は河から少し離れた地域に大きく丸を描く。
エゥルーナを中心にして、東西の大地だ。
ここに対して僕は河からいくつか線を引っ張る。
「エゥルーナがアリヴィエ全土の水を受け入れているなら、更なる支流がこんな感じで分かれているはずだ。
何故ならこの国の北部はトゥガナトの森《寝台》がある。
この森をはぐくむに足る水が、この山に存在しているはずなんだ。
そして、その水の正体は十中八九トゥガナトに積もる雪。
これらが解け出した水量を受け止める水の受け皿は、普通地表に現れる。
これは水が海に向かう道とも言っていい。
国土が横に広いアリヴィエならば、トゥガナトを源流にした川があと2本あってもおかしくない。」
僕はトゥガナトの山から、海につながる線をエゥルーナを中心に見て東側に2本、西側に1本ひく。アリヴィエの国土をちょうど4等分にするような形だ。
ミルシャさんがごくりと生唾を飲み込む。
賢い人だ。水がどこからきて、どこへ向かうのかという視点を理解している。
だからこそ、こんなにも水がない大地の不思議を解き明かされて驚いているのだろう。
「この水の行方を追うためには、まず出口を抑える必要があった。
水は高いところから低いところへ向かう。
つまり、出口は間違いなく――」
「海にある――。」
ミルシャさんは震える指でアリヴィエの海。
それも沿岸部をなぞる。
そう、昼間僕が気にしていたアリヴィエの海の話と結びつけているのだろう。
「トゥガナトからの流れは大地に現れてない。
そして、森を掘り返しても水は出ない。
もちろん、荒野にもだ。
報告書にはある程度掘り進めると固い岩盤があるって書いてあったよね?
僕はこの岩盤の下にトゥガナトの血が流れているのだろうと判断した。
その予測の正しさを証明したいがためにあの2人から話を聞いたわけだ。
そしたら、もう面白いくらい推測が当たるんだ。」
僕もアリヴィエ沿岸部を指でなぞりながら語り続ける。
「夏は冷たく、冬は暖かい海。
これは、どこからか温度変化が少ない水が供給されているため。
温度変化が少ない水がこの海を形作っているとしたら、そこの生態系は年間を通して変化しにくい可能性が高い。
地下水は外気の影響を受けにくく、快適な温度を保つわけだからね。
なにより、外気に触れないで直接海に注ぎ込むから水も澄んでいるはずだ。
ナートさんが漁場として狙い目にしてる澄んだ水と多彩な貝類はその付近できれいな湧き水が直接湧き出しているポイントだったからだろう。
ストレアが見当たらないと言うのもいいヒントだった。
あの貝は綺麗な水を好まないはずだから。
これらを束ねて、綺麗な湧き水が海の至る所に湧き出ていることを確信したってわけ。
――そして、この大地の成り立ちを理解したんだ。」
「大地の……成り立ち……。」
「うん。ここからも憶測だ。
……多分、アリヴィエの大地はトゥガナトからの地続きで、トゥガナトの岩肌の上に土が積もってこの平原ができている。
つまり、気が遠くなる時間をかけて、土が移動してきたんだよ。
森と荒野の境目ができたのはそのためだね。」
そう言って僕は森周辺のラインに横長の丸をつける。
「本当に憶測だけど、ここの地下にデカい滝があって、水脈がさらに下にいってるんじゃないかな。
だから、植物が水を吸い上げることもできなくなったここから南部の大地は荒野になった。
トゥガナトの血が流れ込まないんだから水が足りなくなって当然ってわけだ。」
「……もう、スケールが大きすぎて何が何やらです。」
まあ、そうだよね。
アリヴィエの大地だと思ってた国土の大半が、実はトゥガナトの裾野で、山の上に新しい陸地が出来ているというなんとも摩訶不思議な土地だっただなんて言われても、規模がデカすぎてよくわからなくなるだろう。
説明してる僕から見ても、ほんとなんでこんな大地になっちゃったのか、神様のイタズラという範疇で収めたくない規模のデカさに感じる。
その規模のデカさがあるからこそ、何者の仕業でもない成り立ちの理由なんだろうけどね。
「えっと、では井戸を掘ろうとしても水がでないのは?」
「水が流れるのは地下にあるトゥガナトの肌のさらに下。
文字通りの血管みたいな水の通り道があるだろうから、表面土を掘っても全然出ない。
荒野の降水量もあんまりないなら、新しい水脈も出来にくい。
やるならトゥガナトの固い岩盤を砕くまで掘るしかないね。」
「……」
がっくりと肩を落とすミルシャさん。
まあ、水の行方がわかったところで、その水を引っ張り出すには途方もない工事が必要だと言われたらこの反応は仕方ないだろう。
水のありかの手がかりがあったとしても、そこに手を付けるには途方もない労力がいる。
何より、全ては憶測だ。
荒野に積もった土が何十メートルも続いている可能性だってあるし、たとえ岩盤に到達したとしても岩盤を砕いてすぐに水があるとは限らない。
「お手上げじゃないですか。」
半分絶望したように歯噛みするミルシャさんだが、安心させるように僕は言った。
「いや、ミルシャさん。僕はまだ全てを語ったわけじゃないんだよ。」
にやりと笑って、僕は地図上の森周辺を指で叩いた。
「トゥガナトの血が生きる森がここにある。
……この森を育む土がどのように育てられるかということについて、僕は何も語ってないだろう?」
その言葉に、ミルシャさんはまた目を丸くした。
そう、このままだと森すら生きていられないはずだ。
森の範囲を考えたら、トゥガナトの裾野から染み出た水が森を育んでいるとも見えるかもしれない。
……ここまで広くなければ。
水が行きわたるには森が広すぎる。
必ずどこかで水を引っ張ってくる何かしらの要因があるはずなんだ。
「トゥガナトの背骨は峻厳で、裾野に広がる森は雄大だ。
裾野を巡れば水源にたどり着けるかもしれない。
森の開拓はどのくらい進んでるんだっけ?」
ミルシャさんは後ろの山と積んでる資料から別の地図といくつかの書類をもってくる。
「現在の開拓の中心はメイキドルア領北部の森の一部を切り開いて中規模程度の農耕地になっています。」
「そうだったね。
確か森の開拓も暗礁に乗り上げかけているんだよね。」
「はい。水源を確保できないことと、害獣被害に悩まされています。」
害獣被害か。深い森だし、大型の獣がいてもおかしくはない。
僕は改めてアリヴィエの全土地図を確認した。
森に面した領地を所持するところはいくつか存在する。
森に隣接しているのはメイキドルア、その東のムッセタリア、そしてリヴェリナと接するミリアルデ家が治めるヴァルエルナだ。
このうちちゃんと事情がわかっているのがヴァルエルナ。
ここは比較的肥沃な土地に恵まれているので、現在もっとも開墾が進んでいる地域というのがトルマド殿の話だった。
そういえば、水をどうしているか尋ねてなかったな。
まあ、ここはエゥルーナ川が通っているから、そこから用水路を引っ張ってきているのだろうとは思う。
メイキドルアはセルゼク殿のご実家、アーシェスタス家が治める領地だな。
そして、僕が開墾を任された領地だ。
森から海に面するアリヴィエの1/4くらいの領土を有する勢力だ。
ただ、その分広大な荒地を受け持ってるともいえる。
リヴェリナの件がなくても、無駄に広い土地を余らせていることに長年頭を悩ませていたはずだ。
僕が派遣されてくるにあたり、真っ先に手をあげたというのもアーシェスタスの現領主であると聞いている。
ムッセタリアは昨日初めて聞いたな。
ただ、昨日のネーシアス代表と話したとき、一番答えを濁して苦笑いをしていた地域だ。
多分、トルマド殿が言っていた僕が来ることにいい顔をしなかったというのもこの領の人間なんだろう。
今日までムッセタリアの話題が上らなかったことからもそう推測できる。
自分たちは自分たちで問題を解決する目途は立っているから余計な手出しは無用とのことらしい。
僕としても関わらなくていいと言われるならそれでいい。
大体、地図を見る限り僕ができることはこのうち一部の荒地を農耕に適した土地へ変えていくだけだ。
その過程のノウハウがあれば、後はアリヴィエの民たちが少しずつ大地を塗り替えていけばいい。
大規模な水路にしろ、人工の川にしろ、岩盤を穿つ工業技術にしろ、なんでもいい。
100年くらいかけてじっくり土地を変えていけるだろう。
「……それでもブルワリーを1つ拓けるくらいの農園ができるまでは、この国で頑張りたいかなぁ……。」
僕のつぶやきに、ミルシャさんの顔がぱっと輝く。
うん、彼女にこの国の明るい未来を感じさせる麦酒を飲ませてあげるくらいは頑張ってみようかな。




