第17話 覆水の行方
「……お兄さん、そいつを聞くってことがどういう意味か分かってるよね?」
そっと目を伏せて彼女は軽く威圧するように問いかける。
ミルシャさんが心配そうな眼で見てくるが、大丈夫。
僕の目的はそっちじゃない。
「わかってる。
これは貴方達漁師にとって一番大事な縄張りに手を突っ込むような質問だ。
だが、大事なのは具体的な場所じゃない。」
そう、大事なのは、場所というピンポイントの情報そのものじゃない。
本当に欲しい情報は彼女が好んで潜るところにある、《《環境》》の情報だ。
「具体的な場所を知りたいって話じゃないってことかい?」
予想していた反応とは違ったのか、ナートさんの警戒が少し和らいだ。
とにかく話を聞く態勢をやめてもらっては困るので、こちらもにっこりと笑顔で警戒を解こうとする。
……若干胡散臭そうなものを見る目になってしまった。何故だ。
「僕が欲しいのは、海に潜る人が感じるこの海の姿だ。
この辺りに生息する水生動植物、季節ごとの海水の温度、海流の変化。
何より――」
笑顔がダメなら真剣さを伝えていこうかね。
いままでの明るいトーンから声を変えてみる。
トンっと机を指で軽くたたいて僕は続ける。
「必ず、獲物が集まるポイントの特長というものがあるはずだ。
その特長をまとめれば、僕の予測が確信に変わる。
それはこの国の未来に関わる、重大な情報だ。
これの価値の高さは、何よりもこの国で生きる君たちにとって値千金となる。」
予測が確信に変わると聞いたミルシャさんの顔つきが真剣なものになる。
その顔色の変化に気づいた漁師の2人は、互いに顔を見合わせる。
伝えてよいものか。
どう判断する?そう問いかけているようだった。
「……なので、僕が欲しいのは具体的なポイントの話じゃない。
漁をする周りの環境だけ説明してほしい。
そこから推測してポイントを探られるんじゃないかって思うかもしれないけど、安心して。
こういっちゃなんだけど、僕はお金にも仕事にも困ってない。
得た情報は漁に利用しないし、誰かと共有するとしても必ず守秘義務を負わせるようにするから。
ナートさんの縄張りを荒らす真似は誓ってしないよ。」
僕の誓約の宣言を聞いたナートさんがまっすぐ見てくる。
僕も目をそらさない。
信じてよいのかという気持ちをまっすぐ受け取れない限り、良い返事は得られない。
それだけ、漁師にとって自分だけのポイントという情報は重要だ。
お酒で懐柔されて漏らしていいものじゃない。
しばしの沈黙が続く。
ガンゼさんも何も言わない。
ナートさんの判断に任せるということだろう。
やがて、ふうっと息の吐く音とグラスに残ったお酒を飲み切って机に置いた音を響かせ、ナートさんが両手をあげた。
「参った!
その目と私の勘を信じる。お兄さんに降伏するよ。
ただし、具体的なポイントや地図持ってくるのはなしにしとくれよ?
あくまで私の主観で、こんな雰囲気だったって話でいいんだろ?」
「十分。というか、これくらいなら話していいってレベルの話だけでいいよ。
これは教えられないって思ったら、そこには手をふれないから。」
「あたしに手を出す分にはかまわないけど?」
「ババアに手を出すほど酔狂じゃねえだろ。……いってぇ!!」
ナートさん笑顔のグーパンチがガンゼさんの頬にささる。
「失礼極まりないんだよ、ジジイが。」
手をひらひらさせながら悪態をつくナートさんに、歳考えろとガンゼさんが小さい声でつぶやく。
「さて、それじゃあいろいろ話すとしようか。お兄さん。」
***
ナートさんから得られた情報をまとめる。
「まず、一年を通して海中の温度は、底に近づくほど夏は冷たく、冬は暖かいね。
おかげで年中潜れる最高の海さ。
なんなら冬は潜るまでが辛いまであるね。
捕れるのは、エビや貝類だ。
貝の種類としては、そうだねぇ……ディスカやハリオが多いね。
珍しいものとしてはストレアがあるけど、この辺じゃあんまり見ないな。
冬がきたらたまに見るくらいだね。
あと、私らみたいなのが潜ることができる比較的浅い海の底だとペルトのような海藻が一番寒い時期からだんだんあったかくなるともっさり生えてくるね。」
「ふむふむ、なるほどね……。」
ストレアが少ないのか。
僕の知ってるストレアなら、綺麗な水は好まないはずだ。
でも、同じ種類のストレアとは限らないし、この辺りの生体については後日資料を詳しく調べてみよう。
「……で、私がよくいく漁場だけど。
簡単に言えば水が澄んでいる。」
「……澄んでいるというのは、どういった感じで?
砂が舞ってないとか、靄みたいな白い小さいつぶつぶみたいなのが見えないとか?」
「するどいね。
そう、海の中の一定の深さにいくとこういった靄がかかったような視界になるんだが、私の漁場だとそれがない。
すぅっと水が綺麗になるのさ。
日の光が海底までとどいて、キラキラと輝いてる。
そこにいる獲物は小さいやつらも多いけど、大きいやつは特別大きいんだ。
その大きいやつが産んだんだろうね。
だから、小さいやつらを無視して大きいやつだけとるのさ。
これがあたしの漁の仕方で、漁場と共に生きる方法さ。」
あーあ、教えちゃったと笑うナートさん。
確かにこれが広まって漁場が荒らされるようになったらナートさんの生活の危機に繋がるだろう。
「ごめんね、ナートおばさん。無理に話させちゃって。」
ミルシャさんも罪悪感を感じたのか、申し訳なさそうに謝る。
だが、ナートさんは笑っていった。
「まあ、場所を特定されない限りはいいさね!
この漁してるやつにとっては5年も潜れば自然と気が付くことでもあるからさ!
場所を選ぶセンスはそこからさらに10年かけて、自分の縄張りを見つける!
それがあたしたちの漁だ。
――で、兄さんの役に立ったかい?」
ナートさんはニカっと笑いかける。
なので、僕は親指をぐっと立ててみせた。
「完璧。これで僕の推測が補完されたよ。
ミルシャさん、二人を紹介してくれてありがとうね。
もちろん二人の協力にも大感謝だ。」
積み上げた証言から推測は確信に変わった。
あとは、航海測量士さんと海図技師さんに頼んで、実地調査。
河川近くの生態調査をする学者さんから資料をもらって証跡を固めたら、論文にでもしておこう。
そしたら未来でも役立つはずだ。
「……ということは、そろそろ私にも教えてもらえますよね!?
ずーっと答えをお預けされても我慢してきたんですよ!?」
ミルシャさんがワクワクといったように声を弾ませている。
「もう、答えいっちゃっていいの?」
「というか、ずっと秘密にされてると、なんか信用されてないようで寂しいんですよ!」
あー、確かに仲間外れ感あったか。
いや、僕も自分の中で確信が持てるまでは誰にも話す気がなかったから、仲間外れも何もないんだけどね。
数日一緒に過ごしたミルシャさんとしてはいつまでも信用されてないように感じてしまったのか。
「それは悪かったね。それじゃ、屋敷に帰ったら教えてあげるよ。」
「やった!ありがとうございます!」
「おやおや、私の秘密を聞いたのに、私には教えてくれないのかい?」
「儂らも口は堅いぞ?いうなといわれたら、貝より固く口を紡げるぞ?」
「焼いたら一発で口開くっすね。」
お弟子くんの上手い返しにガンゼさんの拳が脳天に落ちた。
うめき声をあげながらうずくまるお弟子さん。
君のセンス、僕は嫌いじゃないよ。
「ごめんね。
一旦は国の預かりにしたほうがいいかもしれないからさ。
知ったからといって何かが変わることはないと思うけど、余計な勘繰りで2人に迷惑がかかることが、万が一にでもあってほしくないからね。」
「何せ、国家規模のプロジェクトにかかわる話ですから!」
えへんと胸をはるミルシャさん。
よっぽど内緒を打ち明けてもらえることが嬉しいらしい。
「ま、いいさ。今日はこのお酒に免じてね。
ガンゼさん、あたしが持ってきたハリオを焼いてくんない?
リモーネと塩で食べたい。」
「もうすぐクラリが焼きあがるから、そのあと焼いてやるよ。
ミルシャもアルトゥス殿も最後まで食べてってくれよな。」
「もちろん。」
そんな感じで、5人の食事はしばらく続いた。
海の話とこれまでの僕の旅の話が中心だったけど、4人とも興味深そうにいろいろ聞いてくれた。
エルフの里の話なんか、僕にとっては面白い話でもないんだけどね。
***
「というわけで、ミルシャさんには話しておくけど。」
屋敷に戻ってきて、一息ついた後、ミルシャさんがメモを片手に勇んで部屋に訪ねてきた。
早速僕は昼間の推測について話すことになった。
「ガンゼさんが語った年間を通して穏やかな海域であり、漁獲量が安定していること。
種類も近海ならば大きく変化しないこと。
ナートさんが言っていた、捕れる貝類に偏りがあったこと。
水温が夏は冷たく、冬は暖かいということ。
そして、2人の証言に共通する項目。
この海は澄んでいて透明度が高いということ。
これらをすべての情報をひとつに統合して僕は確信した。」
そういって僕は地面を指さす。
「アリヴィエの大地の底には大きな河が流れている。」
淡々とした僕の言葉に
ミルシャさんはただ、唖然するばかりなのであった。




