第14話 銭の香りは麦酒の香りより芳醇か
昼食をいただいてから休まず過去の資料を広げた会議は続いた。
結果、その日はそのまま晩餐会へ直行となった。
資料の気になるところを指摘するだけの僕とは違い、資料を指摘された立場である関係者はてんやわんやだ。
いまでは私以外の3人は疲れ切ってしまっている。
そんなこともあって、晩餐会は軽食にお酒が少々と落ち着いた感じに収まった。
何人か首都へ赴任してきている領主代理の方が挨拶に来てくれた。
トルマド殿は僕に対してよくない印象を抱いてる領主もいると言っていたが、今日の晩餐会に参加してくれた方は皆友好的といってよかった。
実際問題としてあの乾いた土地が何とかなったとしても麦酒が作れるまでどのくらいかかるものか。
また、予算はどのくらい見積もるべきかなどを熱心に聞いてきた。
彼らの話をしていると、王都で麦を作り始めたときと、その麦が苦労なく手に入ると思ってた恥知らずどものことを思い出す。
麦が一杯とれるような土地を作ったことで、次はここで働かせてやる。
結果は来年だせるな?と無知まる出しだった高貴な野郎どもがのさばってた時代だ。
あの時はまあ、暴れ散らかしたなぁ。
あの時の暴れっぷりを知る人はいなくなったけどね。
……みんな老衰で亡くなっていったからね。
あの無礼な若造どもとくらべたら、アリヴィエの関係者はとても聞き分けがいい。
というか、視点が常に現実的だ。
代表が友好的であることを即座に察して、関わり方をどうするか判断している。
これは立場以上に数字を見るこの国の成り立ちらしさのある彼らの文化的振る舞いなのだろう。
何よりお金に生まれ変わる麦酒が欲しいと言う気持ちが伝わってくる。
だからこそ、僕がこの先どんな風に開拓を広げていくのかを具体的に聞こうとするし、人員の派遣を打診してくる。
資金調達でどのくらいの予算が必要になりそうなのか、見積もりのための情報を僕から直接浚っていくのだ。
笑顔のやり取りの中に未来のそろばんを弾いているのがわかるぞ〜。
「当家は道具を作る職人の育成に力を入れてまして……。
舶来の最新の農具を自国で生産できるようになりした。
アルトゥス様が開拓の陣頭指揮を執る折りには、是非当家の農具を指定していただきたく……」
「本領は国で流通する塩の生産の8割を担っております。
その塩で作る保存食の魚の加工品は、お酒に合うと好評です。
内陸部で海の魚を楽しめるとなれば、アルトゥス様にもご満足いただけるかと……」
「最近、土壌の塩分を取り除く植物の研究が進みまして、土壌改善に役立てるでしょうか?
そういえば、アルトゥス様は植物に造詣が深いと聞いております。
よろしければ当家の研究顧問として研究員の指導を……」
君たち本当に貪欲に売り込んでくるね!
特に最後はどこで知ったんだい!?
というか、しれっと凄い発見してるね!?
後で僕にその植物のサンプルくれないかな!?
揃いも揃って自分たちがどんな技術や伸ばすべき産業に対して、将来性をアピールしてくる。
物理的な特産品もだが、人材への投資や新技術の開発も重視してそうな話が多く感じた。
貿易の国でもあるが、無形の技術や知識も彼らにとっては重要な商材なのだろう。
外部の研究者を入れることで塩の純度が上がり、品質向上に至ったことで、塩の価値が飛躍的に上がったことを積極的にアピールするなど、投資家目線もある。
いやはや、今の王国にも彼らのようなバイタリティ及び先見の明と、そこに予算を割く財政センスは説く必要がありそうだね。
リヴェリナって大きい国なだけあって、そのあたりの先見性を発揮しても護りに入ってなかなか実行までが長いからなぁ。
海邦が寄り合いの建国という強みがあるからこそとはわかる。
けど、彼らのような元気ある柔軟性を見ると、何とか取り入れさせたいところでもあるよね。
「皆さんの言うことはわかったよ。
ただ、口約束だと誰が何をしてくれるのか覚えきれなくてね。
具体的な提案書に仕上げてくれたら、名指しで協力依頼ができていいんだけどな?」
ギラりと眼が光った彼らは、挨拶もそこそこに散ってゆく。
残った人も、素早く付き人に耳打ちはしているから、動き出してはいるんだろう。
明日からの調査にも、こっそり何人か関係者が紛れ込んでるかもしれないね。
邪魔しなければ何人増えても気にしないけど。
というか、そういう貪欲さを見せてくれるほうが嬉しいくらいだ。
「焚き付けますねぇ。」
ネーシアス代表は呆れたような口調で彼らを散らせた僕にぼやいた。
その手には麦酒とリモーナという酸味の強い果実の果汁を絞って軽く撹拌したカクテルを2つもっている。
僕は通りすがりのメイドさんに空いたグラスを預ける。
「それでこれだけやる気を見せてくれるからねぇ。」
僕はネーシアス代表からグラスを受け取る。
小皿に盛られた塩をグラスの縁に塗して一口。
うん、美味しい。
こういう味を変える飲み方も悪くない。
「明日からは早速動きますか?」
簡単アレンジをみたネーシアス代表も真似して塩を軽く足した麦酒のカクテルを試している。
ふふ、表情は変えてないけど、一口つけた時、軽く目が開いてたね。
こういう飲み方も美味しいんだよ。
「何もしないのは退屈だしね。
せっかく隣国を旅行する機会だもの。街も海も楽しませてもらうよ。」
「バカンスなら良いですが、自然と仕事になってしまいませんか?」
「僕にとっては、仕事もバカンスも、そう距離が離れたものではないからね。」
「見習いたいものです。
私はこの立場になって、バカンスというものがなくなりましたから。」
「辛いかい?」
「それが、毎日が刺激的で辛さ以上に楽しいのです。
難しい局面を迎える時もありますが、何とかするためにあれこれすると、ふと報われることがあるのです。」
「娯楽で塗りつぶす日常も悪くないものだよ。ネーシアス君。」
「それでも今感じている充実感を思うと、塗りつぶすよりは自分で描きたいものです。」
なるほどね。代表なんて生き方にはアリヴィエの未来を直接キャンパスに描ける充実の時間なのだ。
何千、何万の意志を持った腕がキャンパスに描こうとすると袖を引っ張ったり、筆を隠したりするのに、それでも彼はそこで正面に立って未来を描くということに充実感を感じているということなのだろう。
僕も昔はそういう白いキャンバスの前に立つことを望んでいた。
だが、絵が完成する前に、僕は筆を捨てた。
絵を描くのが遅すぎて、パトロンが亡くなってしまった。
僕の描いた中途半端な未来は、今どんな形であの国を蝕んでいるのだろうか。
ネーシアス代表の横顔は穏やかである。
彼の充実感というのは本物だろう。
いろんなものを見てきたであろうに、国というキャンバスに希望を描きたいという想いを強く感じる。
「ネーシアスくん。君は僕のように永く生きられたらと願ったことはないかい?」
急な問いかけにネーシアス代表の眼が丸くなる。
だが、僕が笑っていないことを確かめて、彼は言った。
「ありませんね。」
即答だった。
「当事者に対してこういうのはとても心苦しいですが……。
あまり長生きしすぎて何もしない時間が生まれるのは怖いんです。」
「動き続けなければ不安で死んでしまうのかい?
回遊魚みたいなこと言うじゃないか。」
「ははは、そうですね。
立ち止まったら死ぬ。人生を泳ぎ切る。
ゴールは遠いかもしれませんが、あと50年程度で安息できるのです。
なのに、今からさらにもう3回分くらいの人生の時間を渡されたら、私は途方に暮れてしまうでしょう。」
「本当によく言うよ。
僕はもう、その3回分をとっくに超えて生きているってのに。」
「ええ、心苦しくてたまりません。」
そういって彼は右の口角を引き上げ、皮肉げに笑う。
まったく、嫌な奴だ。
「ま、君が納得の上ならいいさ。
君がいなくなったら、君のことを面白おかしく君の子孫たちに話してあげるよ。」
そういって、僕は飲み終わったグラスを彼に押し付けた。
やれやれと溜息をついてそれを受け取るネーシアス代表のもとを去ろうとしたとき、ふとした疑問をぶつけてきた。
「アルトゥス様は、どれくらい……大切な人を見送ってきましたか?」
僕はそれを聞いて立ち止まった。
回顧してるわけじゃない。
想い出に触れられて機嫌が悪くなったわけでもない。
大切な人という言葉に、僕の脳が勝手に反応してしまっただけだ。
「……もう両手じゃ収まらないくらい見送ってきたかな。
でも大丈夫。いまでもみんなが大好きだよ。
僕が覚えている限り、彼らはずっと僕と一緒さ。」
その言葉にどれだけの重さが込められてしまったのか、僕は気づかなかった。
ネーシアスくんの複雑そうな表情もまた、いつか大切な想い出の1つに変わるだろう。
僕は、彼らがいなくなっても、世界に居続けるだろうから。




