第13話 それは確かな成果と胸を張れ
「……じゃあ、井戸を掘っても水が出ないというよりは、固くて厚い岩盤のせいで掘ることそのものが困難だと。」
「そうですね。
岩を砕く術式が得意な職人をお呼びして、岩盤を砕いたりもしました。
ですが、岩盤の層は思った以上に深く、水気はありませんでした。
それが森の地層にも続いているのです。
大人10人分の身長ほど掘って、乾燥地帯と同じような岩盤が見えたときは、一同天を仰いだそうですよ。」
頭が痛いとばかりにこめかみを抑えるセルゼクくん。
なるほどね。森の土はその岩盤層の上に長年の生命の輪廻の果てに土壌を築き上げたとみて間違いなさそうだ。
そりゃ水も湧かないわけだ。
「森の土は湿り気はあったんだよね?」
「ありました。
井戸を掘った作業員と監督の報告からすると、染み出すように泥水が横から流れていたので、横方向にも掘り進めたりもしたようです。
ですが、結果は変わりませんでした。」
「植物の根はどう?」
「報告書には土質と水と岩盤についてしか残ってなかったと記憶してます。
後で確認してみますね。」
「お願い。記載がなかったら領地に連絡して土の中に植物の根があったかということと、その深さまで比較的土が締まって掘りにくい層はなかったか、水が通りにくい粘土質の層がなかったかを調査するように依頼して。」
「はい。わかりました。
――すぐにアルトゥス様の質問を調査したまえ。
記載がなければ書類を領地に回せ。」
セルゼクくんは秘書官に指示する。
無言でうなずいた秘書官はいくつかの資料を手に取って部屋を退出していった。
さて、土は水気を帯びていたことは分かった。
横方向の調査も行ったが水の出どころは分からず。
だが、森は悠然と存在し、今なお成長を続けている。
調査記録に土質を気にする調査内容が残っていた。
とすれば、森の土質の基本から外れた層。
すなわち乾いた土の層は存在していなかったと考えてよさそうだ。
理由は、そんな特異な層があったらこの場で判明しているだろうから。
そのくらい信頼できそうな結果をまとめている資料だ。
アリヴィエの中でも優秀な人材が投入されていることがうかがえた。
というか、資料ほぼ見ないで水が湿り気を帯びていたことと横方向への掘削について淀みなく答えてたセルゼクくん、本当に優秀だな。
こういう首都に赴任する領主の息子って、厄介払いみたいな子も多いから。
忙しい領地の領主だといろいろ手が回らず、跡取りの教育とかもおろそかになりがちなのに、アーシェスタス家侮りがたし。
侮るつもりもないけど。
「何かお力になれていますか?
結局、これらの情報は、上手くいかなかったという言い訳にすぎないとも思ってます。」
セルゼクくんの顔が曇る。
ここで自分たちのやってきたことに自信を持てないのはまだまだ彼が若い証拠だな。
「そんなことはないよ。
こういった何に着目して何をしてみようと考えたのか、失敗だったことをどう整理してきたとか、その整理で次の方針をきめて、また立ち向かっていったとか。
そういったサイクルで計画を回してきたということがよくわかる、いい資料だ。
失敗すると人は隠したがるのに、セルゼクくんたちはそうしなかった。
失敗の経験を重要視してきたリーダーがいた証拠だよ。
それにもし、たまたま井戸を掘って水たまりのような範囲の水が出てきてたとしたら?
森の土に作物が馴染んで豊作になっていたとしたら?
きっと、その時は解決を喜べるかと思うけど、幸運に恵まれた結果としてその場しのぎになってたかもしれない。」
そう、挑戦を重ねられるほどの経済力が安定し、何度も挑戦できる人材を育成し続け、それでもどうしようもなくなって隣国に頭を下げられる判断力を持つことができる首脳がここにいる。
これはいまのアリヴィエの明確な強さだ。
真似しようとしても真似できるものじゃない。
「リヴェリナとの関係を良好に維持し、長年成果が出なかったことを細々とでも続けられる根気と体力。
失敗を残すことを恥と思わず、こうして唐突に表れた僕のようなよそ者にも隠さない。
セルゼクくん、この国は強い。
キミの領主と領民も、この国に根差した人々も、そして自分自身にも胸を張っていいんだ。
僕がそれを認めてあげる。
長く生きた僕から見ても、この情報の価値はとても高いものと評価するよ。」
「アルトゥス様……。」
感極まったように目尻をぬぐうセルゼクくん。
そう、胸を張っていい。
この得るものがなかったという報告こそ大事なのだ。
先陣をきって結果を出せなかったことをなじられることもきっとあったであろう。
でも、結果が出ないということを知った蓄積が、新しい推測を生むんだ。
最後に残った結果を得ることが1番目立ってしまうが、僕はこの資料をまとめ続けた彼らと彼らの先人を称えたいね。
***
事前情報はこんなものか。
随分全容が見えてきたんじゃないかな。
森は大きくなるために十分な水を手に入れている。
何かしらの要因で水そのものは循環しているはずなんだ。
その水がどこからきている?そしてどこに消えている?
これまで開拓に挑んできた者たちはみんなそこに頭を抱え続けてきているんだろう。
僕はまあ、なんとなくどこに消えたかは分かった気がする。
……気がするだけだよ?だから3人には言わない。
「やはり、何か思い当たるんですね?」
だからさぁ。ミルシャさんのその洞察力はなんなの?
「話だけじゃなーんにも思い当たらないよ。」
悔しいので、すっとぼけることにした。
「もう……。じゃあ、この場ではそういうことにしますね。」
「ミルシャくんはこういうところあるんです。」
言葉と態度両方砕けすぎてもはや友人かよ、ネーシアス代表。
侮りや慣れというより、こっちがそういうのを好むのを察して変えてくれてるんだろうけどさ。
鋭すぎてて参ったよ。なんてこちらもフランクに答えてしまった。
「よし、あとは脚で稼ごうか。明日になったら現地へ行きたいかな――」
「お待ちください。向こうも準備が必要です。
最短でも一週間は海都でお過ごしください。」
「だよねー。」
即座に行動しようとする僕に、ミルシャさんのピシャリとした静止が入る。
急に現場にくるお偉いさんが1番厄介だよね。
来る前に準備させろってなるもんね。
「じゃあ、海都周辺でもいろいろ調べておくかな。
ネーシアス代表、ルビーナ滞在中はミルシャさんをお借りしてもいい?」
「もちろん、構いませんわ。」
ネーシアス代表が答える前に、にっこり笑って返事をするミルシャさん。
「あの……ミルシャくん?私にも仕事があってだね?」
「夫に頼んでおきますわ。アルトゥス様のことはおまかせください。」
「いや、リカードだって暇じゃないと思うんですがね?」
「そしたら別の人を紹介してくれるはずですから。
まさか、貴賓の対応より代表のサポートが大事とはいいませんよね?」
「むぐ……。し、しかし、調査ならセルゼクくんが付き合えば……。」
「アルトゥス様は、私を!ご指名です。」
私を。のところをことさら強調してどや顔のミルシャさん。
いや流石にただの街案内を、これから資料集めるだの、領地に調査依頼するだの、忙しくなるセルゼクくんに頼めないから。
なので、願望程度にミルシャさんを指名しただけなんですけどね?
「街の外に行く際はお声がけください。
周辺地理に詳しいものをお付けします。
できれば、その際に記録係もお付けしたいのですが。」
セルゼクくんも忙しくなるのはわかってるのに、街の外の調査が必要ならばとそういってくれた。
「ありがとう。できれば、海都で漁師歴が長い方にも声をかけて欲しい。
自前の、できればそんなに大きな船を持ってない人のほうがいいな。
それと、素潜りで貝とか海藻を捕ることメインにしている人も。」
「漁師ですか?海都ですし、もちろんいますが……。
そうですね、素潜り漁の達人はいるので、その人には声をかけておきます。」
セルゼクくんはメモをとりながら思案している。
何人か思い当たるのだろう。
「ミルシャさんは、海沿いの地形や地図を作ってる人とか知らない?
海に面した洞窟とかの場所を知ってる人とか。」
「航海測量士と海図技師に聞いてみます。こちらはおまかせくださいね。」
ミルシャさんも、ふんす、と張り切る。
「私にはなにかありませんか?ぜひともお手伝いをさせてください。」
私もやる気ですよとネーシアス代表の右手があがる。
調べて欲しいことは一杯あるからやる気があるのはいいけど、代表の仕事は大丈夫なのかな?
「じゃあ、ネーシアス代表には河川近くの生態調査をしている学者さんを紹介してもらおうかな。」
「ええ、もちろ――「おまかせください!そちらも私がご紹介しますね!」」
代表ー!?
ようやくの出番と嬉しそうにしていたネーシアス代表のあげた右手が所在なさげにしぼんでゆく。
ミルシャくん、本当に代表を敬わないね!?
「私にも手伝わせてほしいんだが?」
「代表は明日以降も予定が一杯ですよね?
さっき私にサポート頼もうとするくらいなんですから。
些事は私が対応します。」
「アルトゥス先生、ミルシャくんが私をいじめるんですが?」
「内々で処理してください。私はただの特使ですので。」
ごめんね。最初の仕返しをしてるわけじゃないよ。
なんかもう、ミルシャさんの好きにやらせてあげたほうが回りそうでね。
長く生きたので、長いものには綺麗に巻かれていくの。
それが賢人ってやつよ。




