第11話 お仕事の話をしましょう
「では、特使として赴く任地は事前に?」
「はい。こちらで候補地をいくつか陛下に報告しておりました。
その中で、この地がよいのではと仰られておりました。」
地図の情報を見ながら環境を予測する。
場所はトゥガナト沿いに森の近い平地と考えられる。
トゥガナトの麓は比較的植生が生い茂る土壌に優れていて、特にトゥガナト東部から南部にかけて、」形で広大な森林地帯となっている。
森林の東部はリヴェリナ王国の領土で、南側の3/4がアリヴィエの領土だ。
僕が最初に訪れた街、ヴァルエルナ領域はこの森に面していて、トルマド殿の話からすると、肥沃な土地に恵まれた運の良い土地という話だ。
森の恵みがそういった環境を育んでいると考えると、僕の赴く任地もそれなりに肥沃な土壌となりそうなものだが。
「地図で見ると、私が特使として呼ばれるまでもなく、恵まれた環境になりそうですが?」
「森も近いですので、そう思うかもしれませんが、実はそうではないのです。」
ふむ、なんらか事情があると。
「ここは、森と平原に明確な境目があるのです。」
そういって、ミルシャさんは地図上の森と平原を境に一本の線を引く。
それは大河シルヴァリスへとつながる河川にそって海まで繋がったものだ。
なるほど、森から南の平原が全て対象の平原となっているのか。
そして、明確にその線が引けるということは。
「森から南は、目に見えた植生の変化。なにより荒涼とした大地が続いていると。」
「まさしく。
そして、我々が何度となく開墾を計画し、挫折してきた地ともいえます。」
なるほど、これは広大だ。
アリヴィエ海邦の内陸部は平地で、この規模が農地とできるなら、自給自足は容易いと思われる。
それができなかった理由として、この環境の境目がある。
つまり、この線から南で何かの環境が劇的に変化する要因があり、アリヴィエもその解明のために努力してきたが、実らなかった。
土を耕したり、荒地に強いと言われる植物も植えてみたというのだが、上手くいかなかったという。
うまくいかない理由とは。
「井戸を掘っても水がでないのです。
乾燥地帯はもちろんのこと、森林地帯でもなんどか掘ろうとしましたが、でてきませんでした。」
「……おかしな話だね。」
すぐ北のトゥガナト沿いに森は生きている。
つまり、植物が育つ下地の環境は揃っているのだ。
だが、辺りに湧き水はなく、井戸を掘っても水がでないという。
それは森の中も同じらしく、湿った土は出てくるが、湧き水が滾々《こんこん》と湧き出るようなことはないらしい。
つまり、確かに存在する水がこの境目を中心に消えているということだ。
「なるほど、厄介そうだ。」
いくら土壌改善しようが、水のないところに植物は生えてこない。
内陸部の荒地は広大なので、なんとか歴々の領主もこの地に恵みをもたらそうと努力してきたものの、一向に進展はない。
開発の資金も国庫から無限に出せるわけでもないし、だからといって放り出すわけにもいかない。
「このあたりの事情については陛下からどれくらい?」
「僕が聞いてた話としては、内陸部には広大な土地があるが、乾燥地帯で農業には不向き。
エルゥーナの流れがある中央部に関しては、その流れに沿った土地の水は確保できている。
が、そこから離れると途端に水がなくなっていく。そのため、荒野の乾燥地帯の開墾は実質とん挫しているといっても過言ではない。
現在は森林の開墾に力を注ごうとしているとまでは聞いてるよ。」
「耳が痛いですね。まったくその通りの状況です。
現在は該当地域の領主が中心となり、森林部の開墾を目指しておりますが、そちらでもやはり水という問題が立ちはだかっております。」
「見えない水を探し求めてるわけだ。」
僕の言葉にネーシアス代表は口をゆがめてしまう。
植物が育つ土壌のある森でも水に悩まされているのだ。
歯がゆい気持ちがあるのだろう。
「水も、土も事情が悪い土地です。
ですが、陛下曰く、近くに森があるなら何とかしてくれるはずだ。
とおっしゃりまして、この辺りを指し示しました。」
「いや、そう単純にはいかないって。
僕だって何もない所から水を生むことはできないんだよ。」
「でも、なんとかしてほしいです。」
神様じゃないんだぞ、こっちは。
ミルシャさんも語彙が急に死んでるじゃないか。
何とかしたくても、水がないんでしょ?
流石の僕でも簡単になんとかできるようなことじゃない。
「まあ、まずは現地に行くだけ行ってみるよ。でも期待しないで。」
「それはまあ、無理を言っているという自覚はありますので――」
「2~3年はこちらの言うことを聞いて動いてくれる人がいれば、5~6年くらいで一角の結果は出るように持ってこうと思う。
本格的な収穫については10年単位の長期目線でいいかい?
そのころには、農地としてそれなりの規模にできると思うよ。
そこまで面倒見たら、あとは育成した人材だけで大丈夫になるかな。」
「……えっ。」
「……えっ。」
ネーシアス代表とミルシャさんが僕の言葉に停止する。
どうしたんだろう?
「な、なんとかなりそうなのですか!?」
驚きを隠しきれないといった風に、ミルシャさんが身を乗り出す。
「さあ、なるんじゃない?
近くに水場がないのに生き生きとする森があるんでしょ?
ということは、そこの秘密さえわかれば、水問題も解決できるかもしれないよね。」
「……。」
2人はあっけにとられたような顔を浮かべてお互いに顔を見合わせている。
そして、次第に喜びが顔に溢れてきた。
「我々の曽祖父の時代からずっと悩み続けてたことついて、10年そこらで解決の道筋を立てていただけると!?」
「できるように努力するってだけだよ。
経験則から、それくらいでなんとかなりそうな気がするってだけ。
もちろん、人足人材その他資金に資材は投入、投資してもらうけどね。
しっかりとバックアップさえしてくれるなら、リヴェリナ王国の麦畑と同じ風景を見せてあげるよ。」
楽観的ではあるが、何とかする時間さえあれば何とかなると思う。
水の行方を追ったり、土の分析をしたり、研究室を開設して人を育てたりと、やることは山積みになりそうだけどね。
優秀な人材かぁ。
トルマド殿に何とかしてもらえるかな。
あとは、短期間で採算のとれそうな何かを早期に開墾地で生み出せたらいいな。
すべてを国家予算から持ち出すと、嫌な顔は避けられないしね。
僕は特使だけど、立場に胡坐をかくような不躾な真似はしたくない。
「アルトゥス様に掛かれば、このような問題、大したことではないということですね。頼もしいです!」
「やめてよ、ミルシャさん。
まだ机上の期待値でしかないんだから。失敗したらどうするんだよ。」
「いいえ、失敗するはずありません。貴方は賢者様なのですから。」
「良くない信じ方してるよ。
僕は自分で賢者を名乗ったことはないんだ。
いつだって今やれそうなことをあがいてきただけの俗人さ。
何より、君たち自身の今までの取り組みについても聞いてない。
僕の今の予測が、これまでの取り組みと実は同じやり方だったりしたどうするの?
そうだったら恥ずかしいじゃないか。
信用はして欲しいが、信仰はいらないよ。」
「信仰より信用ですか?」
「そう。神への信仰は寄り添って人を幸せにしてくれるかもしれないけど、行き過ぎた信じる心、人への信仰は自分で考えられること以外にまで盲目にしてしまうんだ。
それは自分で考えて解決する力を失う危険性を孕んでいる。
僕ができるかもというのは是非とも信用、もしくは信頼くらいの大きさに納めてくれるとありがたいよ。
そうじゃないと、僕が困った時、君たちに頼れなくなってしまうからね。」
僕の持論にネーシアス代表は深くうなずいた。
「そうですね。
あくまでアルトゥス様は過去の経験上、うまく行きそうだという予測を立ててただけですから。
ミルシャ、この後の昼食会だが。」
ミルシャさんはメモ帳を取り出してペラペラとページをめくった。
予定を確認しているのだろう。
「はい。昼食会には当該領地のメイキドルア領のセルゼク様も交えてというご予定でしたね。」
「そのセルゼクさんというのが農地開墾の陣頭指揮を執っているの?」
「正確にはセルゼクはメイキドルア領主の長男です。
海都の領事館で領主とのやりとりをする仕事についています。」
なるほど。
メイキドルアが今回の目的地で、そこで開墾計画を主導しているのがその領主だから、息子に現状の確認を取るということか。
「セルゼクにはいまのうちに資料の準備をお願いしておいてくれ。
これまでの取り組みを詳細に説明できるようにと。」
「そうなると昼食会へは……。」
「いや、あいつが農地開墾の陣頭指揮をとってるわけではないだろう。
とはいえ報告はセルゼクを通じて上がってきてるわけだ。
詳しい状況を説明できる人を一緒に連れてきてくれといえばわかるだろう。」
「そんな急がなくていいよ?」
動き出そうとする2人に僕の方がちょっと慌てる。
「頼り切るわけにはいきませんからね。
それに、早めに伝えておけば準備の時間も作れますから。」
「アルトゥス様は、この後の昼食会で聞き取りをお願いします。」
そう二人は笑顔で応えた。
まあ、先の見えなかった問題解決に光明が差したなら元気にもなるか。
軽率に希望を見せたことでやる気にしてしまった手前、僕も覚悟をきめて頑張りましょうか。




