第10話 腹の探り合いはクール(術理)にいこう
「……はじめまして。リヴェリナ王国から参りました開拓特使のアルトゥス=ヴァイツェです。
本日はお日柄もよく、少々不愉快になるほど暑くなりそうです。そこで。」
僕は冷たい目で見渡す。
部屋の室温が冷えてゆく。雰囲気が悪くなったからではない。
物理的にこの部屋の温度を変えていく。
「ネーシアス代表!!
大変、大変失礼いたしました!アルトゥス様!申し訳ありません!」
「……これが伝説のエルフ様の固有術式ですか。
およそ200年前に魔術、または魔法というあいまいな言葉で奇跡の力が説明されていたころ、確かなエネルギーの存在を証明し、奇跡ではなく技術で帝国に術式革命をもたらしたと伝わっております。」
「……警告だよ。僕はリヴェリナ王国特使だ。
帝国が敵対してる王国の特使だ。
そして、僕は王国のゲストでもある。
僕の一存ですべての話をひっくり返すことが可能だ。
そして、それを実現するだけの暴力もある。
会合という互いの立場を口舌弁論で戦う場に相応しくない武器を持ち出すこともできるんだ。
古傷を抉って脅しをかけているつもりなのか僕にはさっぱりわからないけどね。」
部屋がさらに冷え込んでゆく。
彼の机に置いてあるコップの水に集中して力を込めた。
ボフッと音が鳴り、水が半分消失する。
「若造が。粋がって挑発のつもりか?
こちとらデカい喧嘩は今世で両手じゃ収まらんくらいしてきてんだよ。
見た目通りの温厚なタイプと思ったのか?
あいにくだが、冷静な話し合いを得意としてるわけでも平和主義を謡っているわけでもねえ。
舐められたら殺すしかなくなる。
それが世界のルールってもんじゃねえのか?」
「ネーシアス!!」
ミルシャさんが叫ぶ。
ネーシアスと呼ばれた、海邦の代表であろう男はグラスをまじまじと眺める。
「水が唐突に……。さらにはこの冷気。流石伝説のエルフ様。
今だ帝国も貴方の術式は再現できず、辛うじて空調機や冷蔵室など、一方向に適度な温度変化をもたらすレベルの術式しか存在しないと聞いております。
瞬時に変化、適応。
そして薄いグラスを傷つけずに半分だけ蒸発させるコントロール。
こんな術式の行使は初めてです。
素晴らしいものを拝見しました。」
そうして彼は腰を折り、最上の礼を示すように頭を下げた。
「無粋、失礼極まるご挨拶になりまして申し訳ありません。
私はネーシアス=セルバトール。
アリヴィエ海邦現代表を議会から承っております。
この度はリヴェリナ王国特使アルトゥス=ヴァイツェ様のご来国に深く感謝いたします。」
「……ああ、随分な挨拶だったね。
試すのはいいが、人生の先輩にはよしたほうがいいよ。
子供のおいたにしても、場を考える必要がある。
公式の場なら猶更じゃないかな。」
「ええ。生まれて初めてここまでの威圧を受けました。
……そろそろ冷気を収めていただいてもよろしいですか?ミルシャが寒そうにしてますので。」
「……まあ、ミルシャさんに免じてここは収めようかな。」
僕は場に干渉して室温を外気と同じくらいに戻す。
ミルシャさんはどちらの空気も弛緩したのを感じ、へたりとしゃがみこんでしまった。
「……ネーシアス代表。挑発するような駆け引きはご遠慮くださいとお願いしていたはずです。
アルトゥス様のお立場ならすべてをひっくり返して敵対される可能性は高いし、リヴェリナ王国も追認するはずと聞いていたでしょう?」
「うーん、すまない。
その話の中で、同時にかのお方は感情を発露することはほぼない、とても穏やかな人柄とも聞いてたしね。
その穏やかな方でも敵対する相手には慈悲がないと言ってただろう?
どの程度のラインで敵対とみなすのか気になってしまって……。」
「若気の至りとして今回は目を瞑ってあげるけど、相手間違ったら本当に死ぬよ?」
「試す相手を間違っていなかったってことですね。
流石長命のエルフ様だ。ちゃんと攻撃前に警告してくださる。」
「反省してください!死ぬかと思いましたよ!?」
「大丈夫、ミルシャさんは巻き込まないように殺せるから。
僕、そのあたり上手だよ?」
「アルトゥス様も平然と物騒なこといわないでください!?」
険悪になりそうだった雰囲気が緩んだことで、ミルシャさんの調子も少し戻ったようだ。
そんな雰囲気から改めて会合が始まる。
***
「では、仕切り直しといきましょう。
まずはリヴェリナ王国からの親書をお預かりしても?」
「ええ、結構です。ミルシャさんにお渡しすれば?」
「はい。ミルシャ、宣誓を。」
「はい。では、宣誓します。
我が国アリヴィエ海邦は、リヴェリナ王国より託された親書を拝受し、本公式の場において、ミルシャ=ハイムマンがその代理として開封の儀を執り行います。
開封の後、親書は現代表ネーシアス=セルバトール閣下に正式に謹んでお納め申し上げます。
本親書が、アリヴィエ海邦とリヴェリナ王国との絆をより強固なものとし、今後の協調と繁栄の礎となることを、心より願っております。」
「はい。アリヴィエ海邦との会合により、我が国リヴェリナ王国の親書がネーシアス=セルバトール閣下のもとに届けられましたこと、深く感謝申し上げます。
親書は、ミルシャ=ハイムマン女史の誠実なるご対応のもと、慎重かつ丁重に開封され、その内容は原文のまま、何らの改変もなく保持されていることを我が命に誓って保証いたします。
また、文書の安全性につきましても、必要な配慮がなされており、我が国として特段の懸念を抱くものではございません。
リヴェリナ王国特使アルトゥス=ヴァイツェは、当該親書がネーシアス=セルバトール閣下によって受領されことを正式に承認いたします。
この文書が、両国の友好と信頼のさらなる深化を促す礎となることを、心より願っております。」
儀礼の宣誓が終わり、ミルシャさんの手で封が開けられる。
親書を開いたミルシャさんは、親書の紙の裏側から匂いを嗅いだり、パラパラとめくったりする。
毒見というか、まあ危ないものが仕込まれてないかを確認するためのものだね。
術式が手紙に仕込まれて炎上したりとか、急に文言が書き換わったりするような術式が編み込まれてないかとか。
術式以外ならアナログかつポピュラーな揮発性の毒物とかね。
こういった親書に毒物仕込むやり方は過去に多かったらしい。
最近ではそういう不意打ちは国の権威を汚す行為として忌み嫌われるようになってるし、そもそも通じないようになった。
だから、こういった行為の意味合いとしては儀礼・慣例的なものとして形骸化しつつある。
慎重に調べているのを一緒に見守るのは、調べられて困るようなことはしていない。
尚且つ、親書を渡した国にはそういった調査を目の前でされても意に介さない寛大さもありますよってアピールするという側面もあるそうだ。
面倒だね。
ただ、その面倒を押し除けて国威は大事だよ。
儀礼を踏むというのは効率という言葉で片付けられない何かを守るためにあるものだ。
面倒だからって国威を明け渡す選択をするとしたら、相手から相応の嘲りを甘んじて受け入れる必要がある。
舐められたら殺すしかないっていうのは、何も僕だけの考え方じゃない。
この世界の真理なんだ。
さっきの啖呵は脅しじゃ終わらないんだ。
舐められるほうが悪いとまでは言いたくないけど、似たような感覚は誰もが持っている。
嘲りとはすなわち、侮りだ。
舐められないように努力するのは、互いを立場やいろんなものを守るのに大切なものだ。
「……拝読させていただきました。
親書には、リヴェリナ国王陛下より、国同士の約束は事前にした通り。
あとはくれぐれもアルトゥス様をよろしくお願いしたいということを入念に書かれておりました。
特に、仕事に集中しすぎると時間を年単位で忘れるくせがあるため、必ず1年に一度、リヴェリナに帰国させることを徹底すること。
ひと月に一度は本人の手で近況と自身の体調を知らせる手紙を送ることをこの場で約束させて欲しいとあります。
……アルトゥス様、本当にリヴェリナ国王陛下に愛されていらっしゃいますね。」
だからさぁ!舐められちゃダメなんだよねぇ!?
なぁんで人の頑張りを後ろから撃つかなあの子は!!
さきほどまでの雰囲気から打って変わり、ネーシアス代表はニヤニヤとこちらを見ているし、ミルシャさんはあらあらと微笑ましそうに笑顔で頬に手を当てている。
「……愛されてるというより、甘えられてるだけだよ。
いうこと聞かなくていいからね!」
「そういうわけにも。」
「行きませんよね?何しろ陛下直々のお願いですので。」
僕がさっき築き上げた怒らせると怖いイメージが砕け散る音がした。




