動くことを諦めないで
………あ。
そういえば最近、私は考えたことをササっと文章に書き起こして投稿してみてるんだけどさ。
これが意外と面白いんだよ………。
まぁ……実は投稿日のその日に、ようやくお茶とクッキーを片手に書き始めて、それで出来たてほやほやな文章を勝手気ままに呟いてるだけなんだけど……。
でもこれって、単純化すると『思索』からの『行動』ってことになるんだ。
考えることが終わると、大抵次に来るプロセスが行動になってくるんだよね。
だって、今日の夕飯何にしよう………って考えた後って、それ用の食材が家にあるか確認したり食材を買い出しにいったりするじゃん?
それ以外にも……テストを控えている学生とかなら、ゲームをするか動画を見るかって考えて、結局勉強しようとしたりしなかったり。
もしくは……休日に外出するかしないかを考えた後だって、出掛けたり家に留まったりして時間を過ごすっていう行動をしているしさ?
考えることはすっごく大切だよ。
でも、その後に一緒についてくる行動ってプロセスも同じくらい重要で、私も君もその他の人たちも、日々の生活の中で繰り返していることなんだ。
だって、いい感じの色の絵の具を作れても、それを筆やら手やらで塗っていかないとキャンバスはまっさらなままでしょ?
思索に耽って『君だけの色』をつくっても結局はそれ塗らないと、世界はせっかくの綺麗な『君だけの色』が抜けたままなんだ。
だからこそ、たまに筆をとってみてもいいんじゃないかなって、私は思うんだよ。
君が思ったよりも、周りから見たら綺麗な色をしている可能性は十分にあるんだからさ。
ゆっくりと考えることに慣れてきたら、次はゆったりと動くことを始めてみないかい?
意外とそこら辺の道にはでこぼこや水溜まりがあるからね。
焦って走ったら転んじゃう可能性もあるし、もしかしたら水溜りの中へ盛大に第一歩を踏み出してしまうかもしれない。
………うん、地味に嫌じゃない?水溜りに第一歩ってさ。
せっかく君は、世界に唯一の君として活動しているんだし……どうせなら格好付いていた方がいいでしょ?
焦らず、ゆっくり。
これは、お茶や過ぎ去る時間を最大限楽しむための方法でもあるんだよね………ってなると、お茶休憩ってものすごくピッタリじゃない?
この社会は、日々ありとあらゆることやもの、人々が目まぐるしく動き続けている。
それに伴って、選択や判断をしなければならない機会も多いよね。
でも、こんな忙しい社会の中だからこそ、ゆっくりと考える時間があるといい。
それに、ふとした瞬間に君や誰かが立ち止まると、他の人もつられて立ち止まれると思うんだ。
君の目の前を歩いていた人が止まったら、ちょっと…いや、かなり気になるでしょ?
集団を動かす力は、実は個々に存在するんだ。
………もちろん、君にもね?
君には周りの皆を動かす力がある。そして、君だけの色で世界を彩ることができる。
あとは小さな勇気と思索の時間があれば、君は素敵な芸術家になれる。
多くの人の心を動かせなくても、いつも側にいる人に少しでも考えさせられたら………それはとても、すごく大きな成果なんだ。
すぐ影響を与えようとしなくても、まずはお茶休憩を通して思索に耽ってみるだけで、既に君自身に影響を与えたことになる。
お茶じゃなくても、コーヒーやジュースだっていい。
思索のお供は別に特定のものって決まっていないから、水でもスープでも、あるいは白湯でも構わないんだ。
お茶休憩以外にも、まずは周りの人や知り合いに挨拶をしてみるのも、少し外をゆっくりと散策してみるのもいい。
そして、何でもいいからゆっくりと考えてみる。
………どれも全部、すごく価値のある第一歩なんだよ。
1人でも2人で考えてもいい。
だって思索や雑談に人数は問わないでしょ?
だから焦らず、ゆっくり………でも、お茶は冷ましすぎないように…ね?




