考えることを放棄しないで
さて………お茶を温め直したのはいいけど、ちょっと思索で疲れちゃったや。
………あ、君もお茶菓子食べるかい?
考えるのには糖分が必要になるみたいだしさ。
実は、それもあるからお茶休憩を提案しているのもあるんだけどね。
…お茶休憩について今まで何度も繰り返してきたけど、別にお茶を飲めって訳じゃないんだよ。
お茶休憩を通して心身共に休ませることと、一旦立ち止まって考えることを体験して欲しかったんだ。
だからお茶が手元に無くてもいい、コーヒーや水だって構わない。
場所も同じだよ。家の中でもいいし、通勤通学中の電車内でもいい。
そこら辺の公園のベンチの上でもいいし、街のカフェの中でもいいんだ。
立っててもいいし、座っててもいい………もちろん、寝転がったっていいだろうしさ。
君がもしも、寝転がっていた方が考えられたり落ち着いたりするのなら、それはそれでいいんだよ。
ちょっとだけでいいから、どうか君自身が落ち着いて思索に耽ることができるような方法を探してごらん。
……そのちょっとだけ試そうとする行動が、君の日々の生活をちょっとだけ豊かにするかもしれないからさ。
………そういえば、寝転がって思索に耽ることで思い出したんだけどさ。
君は『三年寝太郎』というお話を知っているかい?
地域によって色んなバリエーションがあるみたいだけど……とりあえず簡単におさらいしてみようかな。
どこかの村のとある家に、三年間ずっと寝転がっていた男性がいたんだ。
……いや、確かにここまで聞くとただの怠け者に聞こえるかもしれないけどさ?
でもここからが三年寝太郎の凄いところなんだ。
とある地域の話では、彼は父親に新しい草履をいくつも作らせて金鉱山から出てきた人たちから無償で交換した。
その交換して得た古い草履を洗うと、大量の砂金が出てきたことでお金儲けをした。
また、とある地域では大きな岩を転がして川の流れを変え、干ばつで干上がっていた田に水を流した。
……彼がしたことは地域によって違うみたいだけど、それでも変わらないことが二つあるんだ。
三年間寝ていたことと、寝ている間も『考えることをやめなかった』ことなんだよ。
………ね、びっくりでしょ?
だって、特に心身共に病気でも怪我でもないのに三年間も寝ていたら、何も考えていないただの怠け者と思われてしまうじゃない?
でも、彼は寝ていても周りにどう思われても、考えることを放棄しなかった。
私は君たちにも、考えることを放棄してほしくないんだ。
君が突飛なことを考えたって、もしかしたら意外と良い方向に向かうかもしれない。
思いがけない収穫や儲けになるかもしれない。
それが面白い考えだって、思ったよりも周りに受け入れられるかもしれないでしょ?
でも、考えることを放棄してしまったら、得られるはずだったものは手に入らない。
考えることを放棄してしまったら、世界は君の色を一つ失ってしまう。
だから、どれだけくだらなくても君の考え一つには替えようのない価値がある。希望がある。未来がある。
君の周りの世界を、どうか君の考えで更に色鮮やかに変えてみてほしいんだ。
だって、考えることって本来は自由なことなんだから。




