正義なんて、本当は存在しないのかもしれない
………そういえばさ、皆が信じる正義って…何なんだろうね?
だって人間が言う正義ほど不安定で移り変わるものってないと思うよ?……あ、他にも幾つかあるにはあるけどさ。
私くらいの歳の子どもたちにとっては、もはや歴史の教科書に載った遠い過去の話だと思うかもしれないけど…戦争の頃を考えてごらん?
あれって正直言うと、狂気的なまでの『正義』な訳じゃん。今どきの日本は『国のため』とか『特定の人のため』なんて言って、めちゃくちゃ武装して別の国や地域に戦争を吹っ掛けないでしょ?
今は『あの頃の悲劇や戦争を繰り返さないこと』が正義な訳だけど、教科書に載っているようなあの悲惨な頃は『御国のために殉じる』なんてことが正義で正しい行いだった訳だよ。
………ね?正義って時代によってもめちゃくちゃコロコロと変わってるでしょ?
まぁ…正義は『時間』だけで変わる訳じゃないのは、きっと皆も知ってると思う。
………そう、『視点』ってやつが厄介でさ?
例えば…そうだね、Aって奴がBって奴を急に殴った。
単純に考えると、Aが絶対悪いじゃない?だって急にBを殴ったんだから。
でもここで視点を変えてみよう。
………Aの視点を覗いてみると、Bって奴が別のCって奴をいじめてた。
そしてそのCって奴はAの親友だった。そして…そのBのいじめがきっかけで、Cって奴の心が壊れちゃったのなら?
Cって奴の心だけじゃなく、そのCの人生ごとBに壊されていたとしたら……Bは『絶対悪くない被害者』と言えるかな?
Cの心を酷く傷付けたBを、殴って復讐したAは…『絶対悪の加害者』だと言えるかな?
………うーん。まぁ、逆もまた然りなんだけど。さるかに合戦ってお話があるじゃん?
あれで、被害者のカニの仇をとるために猿に、子ガニや栗、臼や蜂、さらに牛糞が復讐した訳だよ。
だけど………よく考えたら、あれって褒められることかな?
念の為に、さるかに合戦の子ガニ達の復讐劇をおさらいしておこうか。
囲炉裏で熱された栗は猿にやけどを負わせ、蜂は水桶の中でスタンバって顔をぶすりと刺す…まさに泣きっ面に蜂ってやつだよね。
うーん、もうここの部分でも傷害罪ってやつには当てはまりそうだけど。
でも、それだけに留まらず…牛糞は逃げようとした猿を玄関付近で転ばせて、その上に臼が落ちる。
結局、猿は『退治』されてこの物語の幕は降りて、めでたしめでたし。
………でも、逆に考えてみてよ。
きっかけを作った猿も悪いけど、子ガニ達も被害者とはいえ復讐………いや、猿を殺した訳でしょ?
命の重さは変わらないのに、彼らは自ら自身の手を血に染めてしまったんだよ。
…まさに、猿と同じようにね。
確かに猿がやったことは取り返しがつかないのは、もちろん子どもの私だってわかってるけど………それでも、やってることは猿のやったことと何ら変わりないじゃない。誰か、もしくは何かを自らの手で傷付け、命を奪ったんだからさ。
この灰まみれで血まみれな正義は何も遠い国や昔、物語だけのお話じゃないんだよ。
君たちも日々の生活で、誰かを正義の名の下に『私刑』を執行していないかい?
誰かを無意識のうちに暗黙のルールなどで傷付けていないかい?
誰かの正義を、問答無用で自らの正義の下、へし折っていないかい?
……よく今日の君自身の行動を思い出してごらん。
やられたことの仕返しや腹いせで、安易に相手へ自らの正義の切先を向けやしなかったか……。
やっぱりきっと、正義は人それぞれなんだよ。
だから、正しい正義や間違っている正義なんてものはないと思うんだ。
結局、正義の押しつけ合いやぶつけ合いで、歴史上や日常生活の大小様々な争いが起こってるわけだしさ?
………正義ってものは、世界的な基準が存在しない不安定で曖昧なものだからね。
時に、自らの掲げる正義が人を傷付けている可能性があるということを理解しておかなくちゃ。
だからこそ、ゆっくりと考える時間が必要なんだよ。
相手を考えるのは、すぐにその場ではできないでしょ?だって皆、そういう時は大抵頭に血が昇って衝動的になってるんだからさ。
………ってことで、やっぱり私は君にお茶の時間を取ることをオススメするよ。
だって君たち、ただでさえ疲れてるでしょ?
日々忙しなく心臓や頭、体を動かして疲れているんだし、お茶を飲んで落ち着きながら自身の心や周りの人についてゆっくりと考えたり整えたりする時間があった方がいいと思うんだ。
………さて、私もそろそろお茶を飲もうかな。
うーん………別に茶器と茶葉を使ってもいいんだけど、今回はお手軽なティーパックを使ってさ?
ミルクたっぷり、砂糖と優しさを多めに…ね。




