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第五話 初恋相手との再会

 翌日、俺は家の近くの大学に訪れていた。夏休み期間中だから普通の学生はいるはずもないが、”あいつ”に関しては例外だ。十中八九、いるに違いない。


 あいつとは俺の従姉妹の事だ。年は4つほど離れているが、一浪したから今は大学二年生。三度の飯より読書が好きな奴で、文学部に入ると思いきや何故か理系を選択した。


 以前会ってその理由を尋ねたところ、「理系はプラス5だから」などと意味の分からぬ返事がきたのを今でも覚えている。


 久しぶりの再会だ。それこそ1年ぶりだと思う。俺の怪我の事は多分知らないが、余計な気を遣わせたくないので黙っておいた方が良いだろう。ズボラな風に見えて、あいつには意外と繊細なとこがある。


 サークル棟の扉の前に立った。ノックをしても反応は無い。まさかの不在に内心驚きつつも、時間を改めてまた戻ってこようとその場から離れた時だった。


 ギシギシと、錆びた鉄のズレる音が後ろから聞こえた。


「あれ..? ◯◯..? 久しぶり..。どうしたの? 急に来て?」


「....。大した要件じゃ無いんだ。けど、瑠美音るみね()てもらいたくて..」


「み、見るってな、何を..?? 私、思春期男子のその手の相談には乗ってあげられる自信ないよ..」


「違う。そういうんじゃなくて、もっと精神的な..」


「せ、せ◯しって....。やっぱり..」


「だから違うって! せ◯しじゃなくて精神!!」


「あぁ..。精神ね..。良いでしょう、その手の話なら大丈夫ですよぉ..」


 間の抜けた感じも変わらない。手招きする彼女の後をついていく。教室に足を踏み入れると、檜の木の匂いがわずかに漂ってきた。かなり年数の経った木造建築に特有のものだろう。


 何せ瑠美音の通う大学は歴史が長く、この建物に至っては、戦後すぐに改築されてそれっきりだ。床はところどころが軋んでいる。


「それで、話とは何ですか?」


「いや..。どう説明すれば良いんだろう....」


「なるほど、言葉にするのが難しい感じかな..?」


「別に難しくない..。質問なんだが、瑠美音はその..、もう一人の自分と話した経験てあるか..?」


「トッペルゲンガーって奴?」


「そ、それだ! 自分のそっくりさんなんてものじゃない..。意識だけが分離している感覚って言うのかな..」


「ふむふむ..。確かにそれも定義に当てはまるね。と、いうことはまさか君は見てしまったの?」


「....。実はね」


「それは驚いたよぉ..。じゃあ”あの話”も知ってて、怖くなってここに来たんだねぇ..」


「あの話? トッペルゲンガーを目撃したら死ぬって話か?」


「うんうん..。でも、それは因果関係が逆、だったり....」


「は....。どういう意味?」


「トッペルゲンガーを目撃したから死ぬんじゃなくて、死ぬから、トッペルゲンガーを目撃するんだよー」


「死ぬから....。目撃する.....」


 瑠美音の言葉を反芻し、悪寒が走る。彼女を初めて見たのは自殺しようと決意し、フェンスをよじ登ろうとした時だった。誰もいないはずの隣室で、今にも存在ごとなくなってしまいそうな儚気な表情を浮かべていた。


「で..、でも、俺が見たのは女性なんだ。見た目は、、」


「なるほどぉ..。もしかして、私に似てた?」


「違う..。変なんだよ。あいつの見た目、声音も女性なのに、思い返そうとしても頭に浮かばない」


「....。おかしいね」


「だろ..」


「うん。だから尚更気になるなぁ..。どうして私の所へ来たの? 1年ぶりにわざわざ..」


「......」


「..。言いたくないなら良いよ。お茶でも飲む?」


「いらないよ。喉はそこまで渇いてないんだ」


「そう....」


 部室の机の上にはお茶パックが散乱しており、よく見るとカップも二つ用意されていた。


「....。他に誰かいたの?」


 少し思案した後、彼女は頷いた。


「彼氏..。言ってなかったけど、最近できたんだよね。さっきまでここにいた」


「へぇ。そうなんだ」


「驚かないの?」


「別に..」


 瑠美音は美形だし、性格も悪くはない。今までに一度も交際経験のなかった事に驚くくらいだ。


「何それ。つまんないのー」


 過度な反応を求めていたのか、彼女は心底退屈そうな顔を浮かべた。もう帰ってと言わぬばかりに、目の前で読みかけの小説を開いたまま話さなくなった。


「じゃあ、帰るね」


「ん..」


 そっけない返事だった。


「..。今日はありがとう」


「......」


 最後にそう付け足しておいた。”今日は”じゃなくて、本当は”今まで”と言いたいとこだが、勘の良い彼女に悟られるのは嫌だからやめた。言い残す事も特に無い。無くなったという方が正しいか。



「じゃあ、本当に死ぬの?」


「うん..。お前が何者なのか結局分からずじまいだったけどな....」


「....震えてる?」


「うるさい..。誰だってさ、死ぬのは怖いんだよ....」


「そうなんだ。私は怖くないけど」


「あっそ」


 昨日と同じバルコニーで、また隣には彼女がいた。


「ねぇ。どうして今日、従姉妹の所に行ったの?」


「相談だよ。俺最近おかしいから..。お前みたいなのも見えるし..」


「だったら精神科に行きなよ? ただの大学生と話し合ったところで、解決するとは思えないんだけど」


「一応気心は知れてるし、変な大人に見てもらうより良いだろ..」


「....とか言って、本当はその従姉妹のことが好きなんじゃない..?」


「まさか..。瑠美音は家族みたいなもんだ..。好きになるわけがない」


 なんていうのは嘘だ。本当は、物心ついた時から大好きだった。だから最後に会いたかった。適当な口実を作ってまで大学に押しかけて、ほんの少しの間だけでも一緒にいたかった。


 でも、瑠美音にはもう俺以外に好きな人がいる。今日それを知ってしまったあの時、猛烈な不快感が身体を襲った。頭の芯がスゥッと冷えていき、視界は徐々に色褪せていく。


 さっきまでそこにいた彼女をまるで別人のように感じ取ってしまった時、自分の中に渦巻くこの悪感情は嫉妬である事を理解した。罪悪感で押し潰されそうになり、逃げるように立ち去った。


 帰宅途中、走りながら頭の中で何度も叫んだ。


 『恋愛感情なんて、死んじまえ!』


 そうすれば、今の苦しみは消える。胸の焼け付くような気持ちもなくなる。


「ふーん..。じゃ、少しは楽になろうよ!」


「え..」


「私の家ってさ、自分以外にも色んな人が住んでるんだよね」


 脈絡もない彼女の発言と同時に、目の前で信じられないような現象が立て続けに生じた。


「お兄ちゃん。死んじゃうのー??」


 さっきまでそこにいたはずの彼女より幼い。そいつの口調は、どこか瑠美音に似ている。


「誰だお前..」


 顔の認識できないそいつを、Bと仮定しよう。Bはまず、彼女と入れ違うようにどこからともなく現れ、今こうして俺の目の前にいる。無邪気な笑みを浮かべながら、身体を何度もつつかれた。


「どうするのー? 死なないなら、私が先に逝くね」


「....そうか。ならもう、好きにしろ...」


 ポロッとその台詞を溢してしまった直後だった。夕焼けに染まったBの顔が、一瞬だけ見えた気がした。



 俺は今日も死ななかった。飛び降りる直前、どういうわけか心が軽くなり、気力も失せたのだ。


 親の帰りは相変わらず遅いので、近所のコンビニで何か買おうと考えていた時だった。


 ピンポンと、家のインターホンを鳴らす音がした。宅配かもしれないと思いモニターを覗く。


 思わぬ来客だった。


 玄関の扉を開けると、正面にいる彼女は少しばかり緊張した面持ちでいた。


「夜分遅くにごめんね..。学生寮の改修工事が今日から始まっちゃったの。◯◯のお母さんには前々から伝えてたんだけど今はまだ仕事中かな..」


「うん。しばらくは帰って来ないよ」


「そ、そうなんだ....」


「....。外暑いだろ。決まった事だし、もう入ってきて良いよ。瑠美音」


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